19
「うーん…」
「なんで…なんで負けた…」
事の始まりは期末試験より約一週間前まで遡る。
試験が近いこともあって柚葉は休み時間を勉強にあてていた。手元にあるのは数学のドリル。
すると由理が物凄い勢いで柚葉の机へ向かってきた。
「柚葉っ!」
「は、はいっ。何でしょう」
彼女の剣幕に椅子を引き気味にして柚葉は答えた。
「なんであいつにあの店教えたの!」
「え?」
何の話だ、と首を傾げる。
「九条よ!九条に『ICY』教えたでしょ!」
「…あ」
由理の言ってることが腑に落ちた。
九条に少し前、由理の好きなものがあったら教えてほしい、と訊かれて答えたのがこの店だった。
『ICY』は由理と学校から一緒に帰れる時には必ず寄っているアイスのお店だ。食べるスペースもあるので頼んだアイスを食べながら学校の愚痴を漏らしたりしている。学校の生徒にはあまり知られていないようで内緒話をするにはもってこいの場所。
アイスがとても美味しくて初めて訪れた時から由理はこの店のアイスを溺愛している。
そんなわけで由理の好きなもの、と言えばICYのアイスしか浮かばないのだが。
「言っちゃダメなの?」
「だって、九条に知られたくなかった…」
「なんで?いいじゃん、アイス」
「私は柚葉と食べるのが好きなの!あんなやつにおごられたって嬉しくないー…」
「…えっと?話が見えないんだけどー…」
話を聞くと、どうやら九条にテストの出来を競う勝負を仕掛けられたらしい。理系の総合点数で判断するそうだ。負けた方が好きなものをおごるというまあごく普通のルールである。
九条の好きなものは分からないが由理が勝った場合には九条がそのアイスをおごる、ということになるのだろう。
由理としてはアイスを九条と食べにいくのはどうかと思うし、かと言って勝負に負けるのも良しとしないために葛藤していたが、やはりアイスの誘惑に負けたらしい。
それもあってか、試験一週間前の由理の顔はまるで鬼のようだった。彼女の出す雰囲気が怖すぎてクラスメートが迂闊に近寄れないほどに。
そして。
「葛城は…348点か。高いね」
由理が差し出してきたテストを眺めながらしみじみと呟く九条。
「でも残念。俺の方が上でした」
ひらっ、とちらつかせたテストを由理が奪うと、そこには計算式とともに、「355」の数字が。
「…う、嘘!」
何回もテストを見返して計算するもののその数字は変わらなかった。
「ってことで、今回は俺の勝ちね?何おごってもらおうかなあ…」
由理は負けたショックで言葉が出ない。あんなに頑張ったのに、負けるなんて。
と九条が何かを思いついたような顔をしてにこりと笑った。由理は思わず身構える。
「じゃあ、夏休みにどっか出掛けよっか」
「はっ?」
「おごる代わりにさ、いいでしょ?」
「な、な、だったらおごる方がいいわよ!ってか話違うじゃない!」
「負けた方に拒否権はないって話はしたよねー」
ぐっ、と由理は押し黙った。
「そんなに嫌?俺と出かけるの」
「…拒否権はないんでしょ」
ふくれっ面を作る由理に九条は笑いながら言った。
「大丈夫。ちゃんと楽しんでもらえるように考えるから」
それと、と九条は付け加える。
「拗ねた顔も可愛いね?」
「はっ!?ふ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」
動揺した由理は心なしか頬が上気しているように見える。
九条君、友達に少なからず影響されているよね。
しかもとびっきり悪い影響が。
と外野として二人のやりとりを見つめていた柚葉はそんなことを考えていた。
そして冒頭に戻るわけである。
隣で唸り続けている由理は柚葉は声を掛ける。
「いいんじゃない?九条君とデート」
「デートじゃないっ!」
「デートでしょ、二人で遊びに行くんだから」
「うぁー…、やっぱこんな勝負受けんじゃなかったぁ…。そういえばあいつ中間の時順位けっこう上だったわよね。なんで思い出さなかったんだろー…。やらかしたー。やらかしたわー…」
ぶつぶつ呟く由理が珍しくて思わず笑ってしまう。
「何よ」
「何か、由理らしくないなあー…って」
「こっちは真剣なのよっ!」
「はいはい、分かってるってば。今日部活ないんでしょ?ICY行こう」
「…分かった…」
そんなこんなで夏休みは近づいてくる。
今回は由理ちゃんと九条メイン。
なんというか‥こっちの方が、進んでますよね。
主人公たちより。あれ?いいのかな…汗