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今回は区切りがいいと思ったためにかなり短くなりました…(°°;)
「小さい頃の話で、」
と彼は切り出し始めた。
「近所に住んでるちょっと年上の女の子で仲のいい子がいてさ、小学生だった時とか、ほぼ毎日遊んでくれて、勉強教えてくれたり、とにかく姉みたいに思ってた子で」
「で、その子は犬を飼っててさ。優しい目をした、メスのゴールデンレトリバーだった。その子と遊ぶときは必ずってほどメリー…その犬の名前だけど、とも一緒に遊んでた」
柚葉は瞳に穏やかな優しさを湛えた遊馬を軽い驚きとともに見つめた。また彼の新たな表情を垣間見たような心地がする。
「それで、その日もその子とメリーと一緒に遊んでて。ボールを投げては持ってくる、って単純なことを繰り返してた。それがいけなかったのかな…。俺が投げたボールが誤って道に転がった時、反射でメリーはボールを追って道路に飛び出した」
「それで…」
「メリーはちょうど走ってきた車に轢かれて、死んだ」
遊馬の手にぎゅっと力が入り、拳を作った。
色が白い。ふるふると拳が震えていた。
「俺のせいなんだ…。俺が、ボールをあんなところに投げなければ。いや、いつも門を閉じてたはずなのにあの時だけ開けてたから…油断してたから…あの子を悲しませた」
普段知っている遊馬とあまりにもかけ離れた姿に柚葉は思わず息を呑んだ。こんなにも自分を責める彼を、呻きを漏らす彼を、柚葉は言葉も出ずに見つめた。遊馬は続ける。
「俺がメリーを死なせた…」
「………」
だから、と遊馬は言った。
「動物医師になりたい」
「!」
「なったところでメリーみたいに、事故で死ぬ犬は減らないかもしれない。でも少しでも大事な家族を亡くして悲しむ人が減るんならそれに貢献したいって、思う。それに、あの子に対する償い方をこれしか、知らない…」
「あの子は気にしないでって言った。悪いのはひろ君じゃない、仕方ないことだったって。でもそれで納得なんてできるはずない。彼女が泣きじゃくった顔と声を思い出す度に償わなくちゃ、って…」
遊馬は口を休ませることなく、全て吐き切るように呟いた。もはや、それは柚葉に話しかけるものではなく、彼の独白に近いものになっていた。
「だから、俺は勉強する。彼女に償うために」
それきり彼は黙った。辺りに何とも言われぬ雰囲気が漂い、柚葉をそこに立ちすくませた。
なんて、言えばいいんだろう。というか、返す必要があるのか。何を言っても、彼を傷つけるだけのような気がして。
柚葉が黙っていると、遊馬が顔を上げた。
その表情はやっちゃった、と言わんばかりの苦笑いだ。
「ごめん。絶対引いたよね」
柚葉は首を大きく横に振った。
「こんなに真剣に話すつもりはなかったんだけど…。加藤さんだからかな」
柚葉はどきりとした。いや、彼は柚葉が思うような意味で口に出したわけではないのだろう。それでも、さらに柚葉を当惑させるには十分な効果があった。
「ふーーー…」
柚葉はベッドに転がったまま、息を吐き出した。
頭の中には、先程の遊馬の話がある。
あんなにいろんなものに恵まれている彼でも、悲しいことを抱えているのだな、と思う反面、『あの子』の存在が気になった。
彼にこんな強い決心をさせる彼女は遊馬にとってとても大切な存在なのだろう。
好きなの、かな。
そこまで考えて柚葉はベッドの上で体勢を変えた。
別にそんなの、考えなくたっていい。それは彼を好いている女子が考えることだ。
改めて柚葉は遊馬に図書室で勉強できていて良かったな、と思った。そうでなければ、彼の口からこんな話を聞くことはなかったのだから。