15
九条は誰かさんとは似ても似つかない爽やかな好青年だった。そう、あれから告白のことを彼に聞いてみたのだ。
「…うーん?まあ、振られたよ」
にしてもあまりショックを受けていないように柚葉には見えた。肩だって落ちてなかったし。
そう指摘すると彼は笑った。はにかんだような年相応の笑い方。
「まだ諦めないからね」
「えっ」
こんなのまだ序の口だから、と余裕たっぷりの表情だ。
「ごめん」と断られたものの、彼は由理に向けてこう言ったのだ。
「そうやって断ってばっかなんでしょ」
「そうだけど?」
「男子ってのを知らないからだよ」
「知る必要もないのに?」
変わらない彼女の態度に九条は苦笑いした。
「俺が、知ってほしいんだよ」
「……」
「だから、これからはたくさん葛城に話しかけるし、積極的にいくから」
「何をしても変わらないと思うけど」
「“思う”が入ってるだけまだマシ。“何をしても変わらないけど”だったらちょっとしょげるかも」
「あんたにしょげる心なんかあるの?」
ずいぶん粘っこいみたいだけど、と付け足す。
「そりゃ、人よりは頑丈にできてるかもね。粘り強いのだけが取り柄」
「…まあ、やるだけやれば」
無駄だと思うけど、と彼女は笑い背を向けた。
柚葉は九条への印象を改めた。どうやら誠実そうな傍ら、一度決心したものは譲らないという一徹した人間であるらしい。由理が苦手な部類かもしれなかった。彼女は意外と押しに弱いということを柚葉は知っていたからだ。
そして季節は急速に夏へ向かい。
「きゃあっ!遊馬先輩っ!」
「超かっこいいっ!」
「腹筋ちゃんとついてる!」
「細マッチョってやつでしょ」
今や全校女子生徒のほとんどがそれに釘付けになっていた。六月第二土曜日に開催される体育祭。100m走やらクラス対抗リレーやら、大縄飛びやら、障害物競争やらが行われた。
柚葉はほっとため息をつく。全ての競技が終わり、心から安堵している。彼女のような文化部所属にとってはこの日はまさに厄日だった。普段から慣れない運動をここまでさせられるのは今日くらいだろう。なんでこんな地獄を体験させられることになるのか、柚葉は今でも分からない。
それらの競技を終え、今大会最大の見所である競技が始まろうとしていた。男子騎馬戦である。
女子たちはそれを毎年楽しみにしていた。公共の場で公言することはなかったが、この種目が始まれば彼女たちの目が爛々と光るのが明らかに分かるのだ。
なぜかと言えばこの種目、組まれた馬に乗る男子は上半身裸になることが義務付けられているからである。女子たちにとっては彼氏や意中の相手の活躍、それに何と言っても身体をじっくり眺めることができるスペシャルイベントであった。
そして仕組まれたことなのか、二年特進クラスの遊馬博之は上に乗せられていた。
周りは女子たちの興奮した囁きで満たされている。
元々暑いのに、さらに気温が上がったように思える。
一カ月前にその天才ぶりが露見し、再び注目を浴びることとなった彼。その肢体は女子が理想とするまさにそれだった。しっかりと腹筋が割れていながらそれはしつこくなく、全体的に引き締まって均整のとれた体つきに彼女たちの目は吸い寄せられた。
男子たちは紅組と白組に分かれて、入場した後所定の位置につく。
「よーい…」
パンっ!ピストルが鳴ったその音で騎馬達は一気に動き始めた。動きが速いのもあれば上手く連携が取れずのろのろしているものもある。それでもみんな敵を示した色めがけて飛びかかる。上に乗る男子はその頭に巻いたハチマキを取り合うことで勝負する。取っ組み合う際の器用さや素早さ、騎馬の立ち回りなどが必要とされる競技だ。
あちこちで勝負が展開され、騎馬達が入り乱れる。
女子の黄色い歓声がとにかく大きく聞こえた。
その中には「遊馬」が入った叫びがひときわ目だっている。
柚葉は生徒用の観覧席から由理とともにその光景を眺めていた。柚葉もこの競技は嫌いではなかった。他の女子が思うようなものではなく、ただ単に男子の勝負心がぶつかりあい爆発する瞬間を見るのが好きだったのだ。…周りの黄色い悲鳴はさておき。
柚葉はその悲鳴につられるようにして遊馬を目で追っていた。このような肉弾戦はあまり得意ではないのか、同クラスの複数の男子と組んで自分が相手に囲まれないように気をつけているようだった。
それでも取っ組み合うときは負けることはせず、手に敵のハチマキを引っさげてくる。その度、女子たちは歓声をあげた。まるでどこかのアイドルみたいだ。隣の由理を見ればつまらなそうな目で競技を見つめている。あの瞳は今誰を映しているのだろう。九条、だったりするのだろうか。
柚葉は九条とした話の続きを突如思い出す。
「図書室のあいつはどう?」
「…知ってるの!?」
仰天して問いかければ笑って頷いた。秘密って言ったのに、と心の中でごちる。しかし自分もそれを破ってはいたので文句は付けられない。固まっているのに気づいたのか、
「大丈夫、俺にしか言ってないから」
と安心させるように柚葉に言った。
「で、どうなの博之は?」
何気なく飛び出した名前にびくりとしたが、そんな自分を戒めつつ答えた。
「全然普通。これと言って一緒に何かするわけじゃないし」
目が合ったり取れない本を取ってもらったり分かんない問題教えてもらったり涙拭いてもらったりなんてことは普通なのか。…普通じゃない。
「そっか…」
九条は少し残念そうに呟いた。なぜだろう?
「加藤は博之のことどう思ってる?」
名前の呼び捨てに思ってもいない質問に九条の目を凝視してしまう。
どう思ってるか?どう思ってるかなんて、そんなの知るわけない。考えようともしないのだから。
「普通に友達かな」
本当に友達?
「博之のことを友達だって言える人は珍しいね」
「え、なんで?」
「他の女子にも聞いてみたけど、みんな揃って顔を赤くして口ごもるから」
なるほど。それはそうだと思うけど。
「友達でいいんだよね」
突拍子もなく本音がぽろりと零れる。あ、やっちゃった。
九条は一瞬驚いたように見えたが、
「加藤が友達でいいと思うならね」
と曖昧に返した。
友達でいいと思うなら?それなら、友達は嫌だって感じたならそれは変えられるものなの?
聞きたかったけど、それはさすがに口に出せなかった。
「由理と上手くいくといいね」
遊馬の話題は息苦しくなり、より楽なものに振る。
「いいなあ、加藤は。葛城に大切にされてる」
「友達だからね。騎馬戦は上?」
そう聞けば彼は邪気の入った笑みを浮かべた。
「まあね。当日は博之たちと暴れてやろうって決めてるんだ」
それに、と付け足す。
「葛城に言うつもり。騎馬戦の時は俺を見ててねって」
柚葉はそう言われた瞬間の由理の表情を想像して笑ってしまった。
「いいと思う。頑張ってね」
女子たちの歓声がマックスに達した。
柚葉の思考は強引に現在に引き戻される。
どうやら騎馬戦に決着がついたらしい。勝利したのは遊馬がいる白組だった。
競技の終了に伴い、体育祭自体がその後閉会した。
クラス対抗では柚葉のクラスは優勝を飾れなかった。八クラス中四位である。柚葉にとっては頑張った方だと思う。個人の成果抜きにして。
担任のたっちゃんはショックで崩れていたけど。
体育祭前から「優勝」の言葉を繰り返していた彼であったが、さすがに他クラスの攻勢に適わないと感じたようだった。
その日の夜は疲れてへとへとになり、ベッドに入るなりすぐ眠気が襲ってきた。
“加藤が友達でいいと思うならね…”
頭の中から響いた不明瞭な言葉を感じるとともに、柚葉は眠りに落ちていった。
自分の文章力がなさすぎて、何を言いたいのかさっぱり分かりませんでした…ほんとに申し訳ないです。なんというか、イベントはやはり書きたいものです。学生ならではの体育祭。修学旅行も書こうと思ってます。多分、ここらへんが二人の気持ちが変化するいい頃合いになるんじゃないかと(時期的には秋ですかね…)。
とりあえずその前に定期テストを挟んで夏休みです。まあ、高二も遊んでられないですものね。うん。なんとかして彼らのスケジュールに青春ストーリー、入れてあげたいなあ…自分ができない分。