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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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それからというもの、毎週木曜日の放課後は遊馬あすまと図書室で会う日々が続いた。彼がなぜ放課後を空けてまで勉強するのかは今だ分からないけれど、それを聞くのはまだ先でもいいような気がする。

第一、密会みたいじゃない。そう柚葉は思う。

もちろん、それは世間一般で言われるような密度の濃いものでは決してないけれど。図書室の中でも別々に行動しているし、彼は奥にいるから姿の確かめようがない。しかし傍から見れば完璧密会に見えるだろう。彼女がいる美男子とどこにでもいるような女子が図書室に二人きり。なんだか彼女に申し訳なくなってくる。よく、あの人は図書室へ行く途中、女子に見つからずに来れるものだ。図書室は確かに校舎の端の方に位置しているし、普通のクラスルームがないから人気ひとけはないけど。


由理にそれを話した時、彼女は危うく遊馬のところへ殴り込みに行きかねない勢いだった。それほど、怒っていた。

「柚葉、なんで受けいれたの」

そう言う彼女の言葉は完全に詰問口調で、答えを探すのに苦労する。そんなの、自分でも分からない。分からないけど、口が勝手に返事してたの。心の不明瞭な部分で何かが動いたみたいに。けどそんな抽象的な答えを由理に返せるわけもない。

「勉強したいって言ってたから」

「そんなの別に図書室じゃなくたっていいじゃない!」

「家帰るのも一苦労なんだって、あの人」

そう。あれから彼から聞いた話だ。転校した当初、家に帰るのにも女子がたかってきてひどく困ったらしい。彼曰いわく、女子に囲まれるのは悪くないが、家の場所まで知られるのは嫌だと言う。

「けっこう情熱的な人が多いよね、この高校」

そう彼が苦笑まじりで評していたのを思い出す。

あの人は年に合わないような表情をする。誘うように色っぽかったり、大人のように苦笑いしたり。年相応の表情を見せるのは稀。それに気づいたのもつい最近だった。

にしてもみんな一応、分別はあると思うけどな。そうは考えたものの、彼の魅力の前には膝を屈してしまうのかもしれない。

「そんな、一日くらい変わらないでしょ!」

憤然と由理は言い放つ。ここまで感情を露わにする彼女も珍しい。怒ることなんてほとんど見たことない。

「だって、図書委員なんだから、断れるはずないでしょ」

そう言い返せば、由理は黙った。

それは柚葉自身が自らに言い聞かせてきたことでもあった。曖昧な受けいれたことに何とかして理由をつけようとして。そうでもしなければその理由を考えてしまうからだ。考え出せば、止まらなくなってしまう。そして、辿り着きたくない答えに辿り着いてしまう。─────それって、何?


「お願いだから、遊馬のことは、絶対に好きにならないでよ」

「好き」という言葉に柚葉の心のどこかが反応した。しかし柚葉はそれに気づかないふりをしてまさか、と笑った。

「ありえないよ、あんな人」

ひろと似ても似つかない性格。遊び人で、彼女と放課後でさえ一緒にいられない人なんて。その理由は柚葉が最もよく知っていたが、この時彼女にそれを斟酌する余地はなかった。





「じゃあ、テストを返すぞー」

数学の担当教師が出席番号順にテストを返していく。

つい先週、五月末に定期テストがあったのだ。

一年のときに比べれば内容の難易度は確実に上がっていた。柚葉が得意とする文系でさえ、高得点を取ることが難しくなってきていた。新学期始まって初めてのテストだから、範囲も狭いし、まだまだ簡単な範疇なのだろうけれども。苦手な理系は明らかに急所だ。由理に教えてもらいつつ頑張ってみたが、やはり難しい。


「加藤ーー」

「はい」

名字がか行であるため、呼ばれるのが比較的早い。

もう少し遅かったらなあ。と柚葉はいつも思う。


返されたテストを裏から覗いてみる。7と5。

75はありえない。ということは57か。ひっくり返せば、その通りの点数が赤字で書いてあった。

平均か、と柚葉は安堵の入った笑みを浮かべた。

理数は平均が取れていればいいのだ。文理選択では文系を選ぶに決まっているし、特別高得点を取る必要はない。取りたくてもまず取れないし。


突如、おおっ、というどよめきが教室内に広がる。

顔をあげると、クラスの生徒たちが席を立ち上がって一人の机に群がっていた。…遊馬の席だ。

「すっげえ、めっちゃ頭いいんだな」

一人の男子が感心したように呟けば、まわりもそれに同意しはじめた。何事かと目を疑っていると、隣の女子たちの会話が聞こえてきた。

「遊馬君、93だって」

「え、なにそれ!?神がかってる」

「かっこよくて頭いいとか反則じゃない!?」

そしてその二人は目をきらきらさせて彼を見つめた。

あの人、そんなに頭いいの!?

柚葉は仰天した。確かに勉強はしてる、みたいだけど…。そこまで?彼の普段からして全く想像できない。

他の教科もまた、彼は高得点を出し続けた。

どうやら努力型の天才らしい。どちらかというと理系に成績が偏っていたが、文系でも八割は取れているのだから、本当にすごい。柚葉は辛うじて国語は九割以上でクラス一位を抑えることができたが、それ以外は遊馬に届かなかった。




「…何?」

図書室で柚葉の視線を受けた遊馬が首を傾げる。

「なんでそんな頭いいの」

我ながら浅ましい言い方をしていたと思う。遊馬を見上げた瞳は羨望の色があった。そんな柚葉を見て遊馬はくすりと笑った。

「びっくりした?」 

「当たり前でしょっ、いくら毎日勉強してるからって…」

「努力の証」

…私も努力、したんだけどな。

「加藤さん、国語できるんだね」

「国語だけね…」

自嘲するように呟いた。国語だけと言えるほどには国語力にプライドがあった。

「へえ。今度国語教えてもらおうかな」 

「絶対、笑ってるでしょ。国語で八割取れる人は教えてもらうほどじゃないもの」

私なんて数学五割。五割だもの。

はあ、と柚葉はため息をついた。文系はまずまずだったものの、理系との差が激しすぎる。高得点を取らなくてもいいと思っていたが、これは少しひどいかも。 

「他はどうだったの」

「文系はまずまず。理系は最悪」

端的に柚葉は述べた。

「文系なんだ」

「国語がなきゃ生きてけない」

本心からの言葉を口に出すと、遊馬はまたくすりと笑った。…この笑顔、やっぱり慣れないなあ。

「分かんないところがあったら質問してもいいよ?」

人を食ったような笑みに柚葉は反発を感じた。

「いいえ、けっこうです!」

突っけんどんにそう返せば、さらにその笑みが深くなる。どうせあなたは五割なんてひどい成績取ったことないんでしょ。一度でもあるならそんな笑い方できないに違いないから。

「遠慮はするなよ」

遊馬はその笑顔のまま、奥に歩いていき姿を消した。


何なのあの人!偉そうに!

柚葉はむすっとしたまま、数学のテスト直しを意気込んでやり始めた。





私も遊馬みたいになりたい。…いいなあ。

というかあれですね、いつの間にか遊馬と柚葉がフレンドリーになっています。これはその、書いていない四月末から五月末までで二人がこのくらいの会話をするくらいには仲良くなった、ということで…。うーん、それも書くべきだったかなあ。

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