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あと一歩、踏み出したなら。  作者: 姫ちゃん
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あの緊張の木曜日から、一週間経った同じ日。

柚葉は図書室への道のりを重い足をひきずるようにして歩いていた。委員の仕事をサボることも考えたが、本を借りに来る生徒がいないと断言できるわけでもなかった。よって、今こんなにもため息をつく羽目になっている。



図書室の鍵を使って中へ入る。

相変わらず柚葉を出迎えてくれる雰囲気は変わらない。あの人さえ。あの人さえ来なければ私は大丈夫。何ともないのだから。そう言い聞かせてカウンターへ向かった。椅子に座る。今日は数学の問題集を解こうと考えていたのだ。来るか来ないか定かでない人を待つよりは、絶対にこっちの方が効率的だし、はかどるはずだ。柚葉は筆記用具を机の上に出し、勉強し始めた。


しかしどうも注意が入口のドアへと向いてしまう。

それに気づき慌てて数字の羅列に目を向ける。

が、いくらそれを目で見つめようとシャーペンで下線を引いていても無意識のうちにドアの開く音がしないか耳をそばだててしまう。ああもう!柚葉はシャーペンを荒っぽく机に叩きつけた。国語の長文にすれば良かった。元々数学なんて持ってくるから、集中できないのだ。数字なんて見ただけで逃げ出したくなる。たとえ何の教科でも今のあなたを夢中にさせることはできないでしょうよ────心の奥から囁いてくるその声を柚葉は必死に無視した。



彼は来る気配を見せなかった。まだ柚葉が図書室を開放してから二十分も経っていないのだが、なんだかそわそわして落ち着かない。

ふいに、彼はこのことについてどう思ってるのか、疑問に思った。いや、どう思うなんてものでもないか。多分私はこのことに過剰に反応しすぎているだけなのかもしれない。彼にとっては、自分もまた、日常の中にいる女子の一人なのだろう。取り出せなかった本を代わりに取ってあげて、口止めしただけの。来週もなんて息をするように甘い言葉を吐いただけの。

馬鹿馬鹿しい。柚葉はため息をついた。そう考えれば来ない確率の方が高くなるのではないのか。それならそれで構わない…けど。

そう思ったところで、柚葉は扉が横に滑る音を聞いた。反射的にそっちを見やる。



柚葉の心臓が早鐘を打ち始めた。

ドアの前に遊馬がいた。今日も相変わらず…教室でも見たけれど…目立っている。雰囲気が。


声帯を縛られたかのように、柚葉は声が出せなくなっていた。こんな時にどうしていつもそうなの?

遊馬も柚葉の目を見つめている。やめて。何のつもりなの。そう思っていても、やはり先週のように目を逸らすことはできなかった。そんな自分に腹が立つ。少しずつ、喉の縛りは解けかかっている。なんて話しかければいいのだろう。



「こんにちは」

声が少し震えた…かも。自分から話しかけられたことにびっくりする。図書委員としてはこれで合っているのだろうけど。あの人へ言う言葉にしてみたら。



「驚かないの?」

遊馬が訊いた。面食らったような顔をしている。

「来週も来るって言わなかったっけ?」

それ言ったの誰だったかしらね、と心の中で皮肉混じりに付け足す。

「言ったけど。…そっか、忘れてなかったんだ」

そう言う遊馬の声にはほんの少し喜びが入っているような気がして。自分の希望的観測だろうか?

「…なんで、図書室に?」

気づけば、そう訪ねていた。よほど自分は情報に飢えていたらしい。聞くタイミング、早すぎでしょ。柚葉は後悔した。でも一度出してしまったものは、取り消せないし…。遊馬の出方を待ってみた。


「なんでって…ここ勉強する場所じゃないの?」

「はっ?」

自分でも明らかに分かるほど声が裏返った。

赤面する。うわ、恥ずかしい。

え、てか勉強?あの人が、勉強?どうして?

柚葉が反応を返さないのを不審に思ってか、遊馬が首を傾げる。

「ここ、自習スペースあるって聞いたけど」

確かにある、けど。

「ある…けど」

「けど?」

「みんな来ないよ」

そう返せば、遊馬はとびっきりの笑顔で笑った。

うわ。柚葉の心拍数がさらに速さを増した。

「それが目当てだから」

「…誰もいないのが?」

私はどうなの。まさか人間単位で数えられてないとか?相手があの人にしろ、それは酷すぎないかと。

その懸案に気づいたのか、

「加藤さんだから、図書室でいいと思ったんだよ」

と遊馬はまたくすりと笑った。───はい?どういうこと?柚葉の理解できていない顔を見て遊馬はさらに進めた。

「先週、図書室に入ってみて、誰もいなかったからすごくラッキーだと思った。けど、君が入ってきて…驚いたけど、不思議と嫌な気持ちにならなかった」

「なんでだか俺にも分かんない。けど加藤さんを見てれば秘密をそう簡単に漏らすような人でもなさそうだし」

…要は、利用しやすい人間だと言いたいのか、この七不思議男子高校生は。単に信頼されていると受け取ってもいいはずなのに、悪いように考えるのは歪んでしまっている証拠だろうか。


「つまりは、一人で勉強する場所が欲しい。図書室が希望に沿っているけど、図書委員がいる。でも私ならそれをばらさないと思って信用している?」

今の会話をざっくり整理するとこうなるのか?

疑問に思いながら遊馬を見やるとにやりと笑って頷いた。

「そういうこと」

「他の曜日はどうするの?」

「最大限技術を駆使して、家へ帰る」

遊馬は真面目としか思えない顔で宣言した。家へ帰るのに技術が必要なのか。どんな家なの。

胡散臭い表情を浮かべたのが気づかれてしまったのか、

「別に空に浮かんでるとかそういうわけじゃない」

と言った。

「じゃあ、その技術って何?」

そう聞き返せば、多少意地の悪い笑みが返ってきた。彼、こんな表情もするんだ。

「モテる男子も、辛いんだよ」

うわ。言ってくれた。自分でも女子に人気があるのを自覚してその言葉?彼以外の人間が言えば背中に寒さが走るだろう。彼の魅力はこんな気障な物言いでさえもかき消していまうほどのものなの?


「…そっか」

なんだか考え込むのも馬鹿らしくなって、シンプルにそう返事をした。

「今絶対ナルシストだと思ったよね」

苦笑まじりで遊馬が言う。

「や、あなたが言うとナルシストに聞こえないから不思議」

「…じゃあ、木曜日には来ても、いい?」

いいもなにも。図書室に来たい人を断れるわけないのに。窺うようなその声に思わずくすりと笑いを零してしまった。瞬間、遊馬が目を見張る。

「いいよ、もちろん」

何だろう。そう思って遊馬の顔を見ても変わったところは見られなかった。気のせいか。


「それじゃ、来週から本格的によろしく」

くるりと向きを変え扉に向かって歩き出そうとする遊馬を柚葉は無意識のうちに呼び止めていた。

「ねえ、今日はもういいの?」

え、と驚きの色が垣間見える。

「まだ時間あるし…勉強したいんじゃなかったの?」

そう言い募ると、遊馬がパッと笑った。

またしても柚葉の心臓が居心地悪そうにもじもじする。

「じゃあ、そうしようかな」

そう言って彼は笑いながら歩き、奥の書棚の方へ消えていった。ちょうど、先週初めて会った場所辺りのようだ。



柚葉は大きく深呼吸した。一気に情報がなだれ込んできてすぐには整理できそうにない。由理にも相談したい。図書室に遊馬が来て良かったのだろうか。図書委員の立場上それは確実に愚問であるが、一個人としては自分の、一人の時間が失われてしまうのに。それでも彼をこの部屋へ入れてもいいと思うような理由が私の中にあったのだろうか…


とうとう話数が二桁になりました!

ちょびっと嬉しい。今回、自分にしてはとても長文になりました。お付き合い頂きありがとうごさいます。それでは、また次のお話で。

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