小市民には向かない職業:王女のやるべきこと
「小市民に向かない職業」の別視点です
子供の頃には侍女が聞かせてくれる物語の王子様に憧れたこともあります。
王女として日々研鑽を積んでいれば、将来素敵な王子様や騎士様、素敵な殿方が迎えに来てくれる。
「さあ、お姫様、行きましょう」と手を差し伸べてくれる。
そんな風に夢見ていた頃もありました。
でも、現実は違います。
王族として生まれたからにはその責務を果たさねばなりません。
この身は国のため、民のためにあります。
婚姻も自由ではありません。
少しでも国にとっての利益のある相手に嫁ぐことを求められます。
どんな相手であろうとも、その方が我が国に益をもたらしてくれるのならば、それは良縁なのです。
わたしは、より多くの利益をもたらしてくれる相手に嫁ぐと決められておりました。
それに不満がないと言えば嘘になりましょうか。けれど王族として与えられたものを享受するのなら、その対価は必然のもの。
それに、始まりがどうであれ不幸になると決まったものでもありません。
最終的に良い方向へ行くよう努力すればいいことです。
王族は幸せになってはいけないという法は無いのですから。
「いいですか、何度も言いますが、お父様たちは高慢な嫌な人間を演じてください」
わたしは何度も何度も念を押す。
お父様は王ですが、娘のわたしが言うのもなんですが威厳が足らないところがあります。
元々玉座には遠い八男だったせいか子供時代に王としての振る舞いを教育されませんでした。
もちろん、戴冠するまでには一通りのことは教育されました。それでも子供の頃から染み付いた8番目の気楽さは抜けきらなかったようです。
人と話すときもうっかり気さくな感じで声を掛けてしまうのです。
民からも愛される王でありますし、わたしもそんなお父様が嫌いではありませんが、今回は普段のお父様のイメージとは違う役を演じて貰う必要があります。
我々は追い詰められています。
魔王軍によって。
強大な魔王に対抗するため、伝承にあるように異世界から勇者を召喚することにしました。
もうそれしか手がないからです。
もうそれに縋るしかないからです。
「しかしなあ、それは本当に必要なことなのか?
皆で手厚く遇せば良いのではないか?」
お父様は、王という重責を担うには人が良すぎる。
敢えて相手に高慢な態度を取って見せるというのがどうにも嫌なようです。
けれどここは堪えて貰わねばなりません。
「ただの客であるならそれで構いません。けれど、勇者様はそうではないのです。
この国とは縁もゆかりもない方を、こちらの一方的な都合でそれまでの日常から切り離してお連れするのです。
無理矢理連れて来られた方が、どうしてこの国、この世界のために命懸けの戦いに身を投じようと思うでしょう」
そう、我々は赤の他人を自分たちのために無理矢理魔王と戦わせようとしているのです。
倫理道徳に反した行いです。
到底許されることではありません。
だからこそ、この方法は禁忌であり、これまで封印されて来たのでしょう。
正確に言うなら倫理道徳に反し、更には大きな危険を孕んでいるから。
異なる世界から強制的に人を召喚する。
その人物が善人か悪人かも分からない。分かっているのは、我々にはない特別な力を持つということだけ。
もし悪人を喚んでしまったら?
随分昔、召喚した勇者と揉めて多くの犠牲を出したこともあるようです。
そういう危険性もあるからこそ、勇者召喚は禁忌であり、軽々にやってはならないことなのでしょう。
我々はただ召喚される人物が善人であることを願うしかありません。
少なくとも、交渉が可能な程度には好戦的でないことを。
「お父様たちの演技次第で、わたしたちの価値が上がりも下がりもするのです」
お父様や側近の方々、重責を担う高位貴族の皆様にとっては不本意かもしれません。
お迎えする勇者様に冷たく接しろ、と無茶を言っているのですから。
しかし、そうすることでわたしたちの価値が上がります。
わたしたちはなんとしても勇者様の心を捉え、この国、いえ、この世界を救うために戦って貰わねばなりません。
20人の有志からなるメイドを揃えました。
貴族令嬢もいれば富裕層の平民もおります。
この際、貴賤は問いませんでした。
重要なのは心から勇者様にお仕えできるかどうかです。
その生涯を勇者様に捧げる覚悟がある者、そしてある程度の教養と優れた容姿で選抜した者たちです。
勇者様のどのような要望にも応えるよう言い聞かせてあります。
また、それができない者は選んでおりません。
わたしを含め、全員が勇者様のために身を捧げます。
様々な傾向の美しき乙女たちです。
勇者様がどのような娘がお好みかは分かりませんが1人ぐらいは眼に止まることでしょう。
1人と言わず、全員でも構いませんが、2、3人にでも手を付けていただければ上々。
必要なら揃えた者以外の女官やメイドたちにも協力を仰ぐ用意はしてあります。
わたしの選別から漏れても優れた女性は他にもおりますから。
勇者様との間に子ができたなら最上でしょう。
この世界で生きて行く理由ができれば、帰る場所を作ることができれば良いのです。
「そこまでせずとも良いのではないか」
お父様はそう仰いましたが、やれることをすべてやってやり過ぎということはありません。
勇者様のお心を掴まねばならないのです。
国の、人類社会の存亡が掛かった戦いです。
そのためなら数人、数十人の犠牲がなんだというのでしょう。
いえ、犠牲となるとも限りません。
勇者様との幸せな生活を送ってはいけないということはないのです。
わたしたちの結婚はそもそもがお家のためにあるもの。それが世界のために置き換わるだけのことです。嫁ぐ相手が異世界からの勇者様になるだけのことです。
魔王が打ち倒され、平和になった世界で勇者様とともに穏やかに暮らす。
わたしたちはそれを目指しているに過ぎません。
勇者様が女性であった場合に備え、騎士や文官からも有志を募りました。
こちらも20名ほど、様々なタイプの若い男性がおります。
勇者様が男性でも、女性でも、そして同性愛であった場合でも対応できます。
わたしのやり方にお父様は良い顔をされません。
言うならば、勇者様に対して偽りの愛情表現で心を掴もうとするのがお気に召さないようです。ですが、そんなもの日常的に行われていることではありませんか。
個人の幸福のためではなく、世界のために愛してもいない方に愛を囁くことがなんの問題なのでしょう。
その嘘も、生涯貫き通すとなればそれは最早真実と変わらないではありませんか。
騙すのは勇者様ではなく自分です。
たとえ最初は偽りでも、近しく接していれば情が湧くのが人間というものです。
わたしの両親も国のために考えられた縁組であり、初めて顔を合わせたのは結婚式の前日でした。
最初はぎこちない、国を導くための仕事仲間のような関係だったものの、徐々に家族となったのだと母に聞きました。
恋物語のような激情はなくとも、穏やかに時を刻むことはできるのです。
勇者様がどのような方であっても、愛情を以て接していれば必ず良い方向へ行けると信じています。
人類のため、国のため、そして自分のために、さあ、巧く騙し切りましょう。
一種のハニートラップ?




