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【短編小説】呪詛之王

掲載日:2025/12/21

 夏の太陽が憎しみのこめられた鈍器のような光で薄く青い布を引き裂く。

 コタロウは目を覚ました。

 つまり自意識を再び握らされた。



 眠りか終わった時すでに目覚めは始まっている。そこに曖昧なものは何ひとつ無い。

 コタロウは諦めて起き上がった。

 目覚めは不愉快だ。

 自分の意思とは関係無く睡眠が終わる。

 目覚めは苦痛だ。

 眠れば目覚めた時にお前がいないと言う現実に向き合わなければならない。何度も何度も目覚める度に。

 そして思い出を辿ろうにも浅過ぎる歴史がそうはさせてくれない。


 枕や着替えからはとうの昔にユウキの匂いが消えてなくなっている。

 ベッドにもユウキの体温なんて残っていない。ここには何もない。それなのに惨めたらしくコタロウはそこで眠る。

 だから孤独を確認させられるだけだ。そう言う不愉快さだけが部屋を満たしている。


 夏の陽射し。煙草。短い希望。

 換気の悪い部屋に充満する煙。

 あの日、コタロウはナイフを持って立っていた。それを使うことがなかっただけだ。

 ユウキをあの家から剥離するにはナイフが必要だった。

 だからコタロウは右手にナイフを持って立っていた。ただそれを使うことがなかった。


 換気扇が煙を吸い込む。

 短い希望は部屋を出ていく。

 そもそも全てが嘘である可能性は?コタロウはユウキが存在しなかった可能性について考えてみたりもした。

 コタロウがユウキについて知っている事は少ない。でも、詮索しないことと知ろうとしない事の差について考えたところで、コタロウがユウキについての新しい情報を得られる訳じゃない。

 そう思って、コタロウは考えるのをやめた。


 ユウキはコタロウが見た夢なのかも知れないとコタロウは考える時がある。

 しかしそれはコタロウが狂っていると言う事だ。なぜなら現実にユウキは存在していたはずだからだ。

 コタロウはその境界線を越えないようにしていたが、時間の問題かも知れないと思った。




 ユウキがいた時にコタロウが狂っていなかったとしたら、ユウキは存在していたと言う事になるのか?そう考える事もあった。

 コタロウには何も分からなかった。

 ただ不愉快な朝がそこにあるだけだった。

 結局のところコタロウにとって朝は死そのものでしかない。



 コタロウは自分が狂っているのか、まともなのか曖昧なまま生きていた。

 案外とみんなそうなのかも知れない。

 コタロウに、正気でいられる運が無かったのは確かだろう。

 でも、みんなそうなら問題はない。

 自覚していないか、まだ気づいていないかの差なら。


 

 朝が死そのものだと考えるようになったのはいつからだ?

 きっとユウキが消えてからだ。

 ユウキが消えたのは夕方だった。

 そして夜が来て、眠りがあって、朝になる。

 昔の朝は、少なくとも希望では無いが絶望でも無かった。

 でもいまは違う。

 朝も生活も苦痛に満ちているし、もう二度と産まれる事のない様に願って止まない。

 そう言う話だ。

 恐らくな。

 もうコタロウには何も分からない。


 朝だ。コタロウは朝を知っている。

 何であれ生きていくには仕事をしなきゃならない。

 働きたくは無い。

 労働はクソだ。

 でも通勤途中で事故に遭って、病院のベッドで寝転がっているのは希望でもないし救いでもない。

 コタロウは何が望みなのかあまり分からなかった。



 ジャスコしか無い街でセックスだけして生きていく世界、そこでコタロウと言う存在がいる事について考える。

 チノパンとポロシャツとスニーカー、それは閉塞について考えなくなった連中の囚人服だ。

 フードコートでよく見る連中だ。でも奴らは幸福そうな顔をしている。コタロウは自分が死神にでもなった様な気がして、そこから逃げ帰ることが少なくない。

 奴らの服とコタロウが着る仕事のスーツにどんな差がある?

 そう言い聞かせてもダメだった。

 


「男性はバイクで転倒した際、胸などを強く打って意識不明の状態に……」


 ニュースを消す。

 読みかけの本を鞄に入れて家を出る。コタロウは書を捨てられなかった。

 だから恐らく街にも出ていない。そこはコタロウの環世界の中だ。自宅の延長線上に仕事場がある。

 だから境界線は曖昧だ。

 机の上に平積みされた書籍の山が示すものは何か?知性や孤独、暇、倦怠、または憎悪。そのいずれか、その全てだ。


 コタロウは作家になりたいと思っていた事がある。作家がものを書くのは自分が読みたいものを誰も書いてくれないからだ。

 つまり、まだ誰もコタロウが読みたいものを書いていない。

 でもそれは、コタロウがまだその本と出会えていないからかも知れないと思っていた。


 読書は緩慢な自殺だ。

 いつかそのエア拳銃から弾丸が飛び出してコタロウの頭蓋骨を突き抜け、脳内を駆け回る。

 コタロウはそんな夢を見ている。

 別に死にたいわけでは無い。

 いや、コタロウが死ねば、とつぜん消えたユウキを一生のあいだ傷つけて縛りつける事ができる。

 それならありかも知れない。


 ユウキがコタロウの死を知らない限りは犬死だけど。

 どうせユウキを殺したところで、ユウキはコタロウのものになりはしないのだから、ユウキの手が届かないところでコタロウが死ぬのはあり得る選択肢だ。



 コタロウがユウキの呪詛になり穢れになればいい。

 祓えるか?手を伸ばせよ王子様、俺がスソの王だ。

 コタロウは笑うと、足を一歩踏み出した。

 警笛が聞こえた気がするけれど、コタロウはそれが本当なのか分からなかった。

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