#44 嵐の後
先ほどまでの張り詰めた空気から一転、部室を支配したのはしんとした静かさだった。
皆が疲れ果てているのを表しているようなその静寂を破ったのは、
「........ははっ」
煌生だった。
「木場、それと...蔭山。大丈夫か?
どこ殴られた?まだ痛むか?」
「ちょ、ちょっと先生質問多すぎ。
そんなにいっぺんに聞かれても答えられないって」
「そうですよ石田先生。落ち着いてください」
生徒に嗜められる教師を横目に、俺はスマホで母さんに連絡を入れた。
ここ最近、何かと帰る連絡とか遅めに入れちゃってるの申し訳ねえな。
深呼吸をする声が少し数メートル前で聞こえてきた。
「......ふう、そうだな。じゃ、まず何があったのか説明してもらえるか」
その言葉に、煌生が身を乗り出して言った。
「えーと、俺から話しますね。まず........」
「......で先生達がきた感じです」
事の経緯を全て聞いた石田先生の一言目は
「...お前ら、よく頑張ったな」
労いの言葉だった。今までじっと止まって聞いていたかと思えば急に室内を歩き始めた彼の心境は生徒の成長への感激かもしれない。
「それで怪我はどうだ?木場は殴られていたんだろ?それと、蔭山も押さえつけられたんだよな。
痛いところとかあるか?」
「あーまあ俺は......」
「いや、大丈夫です!押さえつけられたと言ってもそこまで強くはなかったので、ちょっと赤くなってるだけです!怪我っていう感じではありません!」
口ごもりはっきりしたアンサーを出さない煌生とは打って変わってすぐに答えている蔭山の2人が対照的で俺は横から口を挟んだ。
「煌生ー?お前痛いとこあんじゃねえの?
はっきり言っとけよー?」
転がっているバスケットボールを持ち上げないまま、指先だけでくるくる回しているとすぐにため息が聞こえてきた。
「はぁ.......そうっすね。まあ腹とか執拗に殴られたり蹴られたりしたんでそこが痛えすわ。
腕とか足はまあそこまでって感じで」
横腹を摩りながら答えるその顔は痛みだろうか、少し歪んでいた。
何であろうと、友人が苦痛に喘いでいるのを見るのは辛いもので俺の顔も自然と険しいものに変わる。
「わかった。じゃあ木場は保健室......いや、念のため蔭山もだな。じゃ、今からは保健室で話聞くけどついてきてもらえるか?」
ゆっくりと体を動かして立ち上がる2人を横目に俺も問いかけを先生に投げる。
「先生、俺はどうすればいいです?」
その質問に、先生は目を数回パチクリさせて言葉を詰まらせた。
ちょっと、アンタ今忘れてたわって顔したよね!?
仮にも担任なのに...はぁ、俺存在感ねえのかなぁ...。
「あ、えーとじゃあ......二之前も来てくれ」
「絶対俺のこと忘れてましたよね」
「.......してない。ほら行くぞー」
そう言ってサッサと部室を出てしまった。
ちくしょう、あなたまだ若いでしょ。
「.......」
「.......」
「2人とも、その顔やめて」
保健室に行ってからも事情聴取は続いたが、その時間は煌生達のよりも俺の方が長かった。
途中から2人は椅子座ってなんかお喋りしてたし。
まあそりゃあ、突然職員室入ってきた学生に言われて行ってみりゃ暴行現場が広がってんだし、訊きたいことはあるか。おまけに通話回してクラスみんなにリアルタイムで拡散しちゃったしな。
別に隠す内容は何一つなかったので、事実をありのまま述べた。蔭山から電話が来て急いで学校に来て、先生を呼ぶがてら職員室寄って部室に集めたと。
その途中で挟まれる質問に答えていく。
「なんで俺たちと一緒に部室へ行かなかったんだ?
ニ之前だけが行ったとしても、お前も暴行されたらまずいだろ?」
「それは、煌生達の所にいち早く駆け付けたくって。
それに、通話でクラスのみんなに画面共有してたんで最悪、俺が何があっても証拠にはなるかなーって」
あ、でも自分で言っといてなんだが結構はちゃめちゃな行動取ってんな。あいつらがもっとやべえやつだったら今頃俺もボロボロだったかも。
「じゃ、なんで通話をしながら木場達のところへ行ったんだ?」
「ああそれは、ただ先生を呼ぶだけじゃ懲らしめれないでしょ?もし出席停止期間が延びても、終わればまた煌生とか蔭山に対してちょっかいかけてくるかもなんで、その予防すよ」
「皆に知られてたら下手に行動はできないってか?」
首を縦に振る俺を見て、先生は少し困ったような顔でため息をついた。
「...まぁ確かにお前の言ってることは、一応は理にかなってる......か。いやでも、それでもな、クラスメートに拡散しちまうと他クラスにも広がっちまうだろ?
それは結構アレでな」
「...そんなの、考えなくていいでしょう
加害者よりも被害者のことを考えるべきっす」
「まあそれはそうなんだが......」
何をそんなに困ってんだ......あ、あれか?
加害者の親への対応とかの兼ね合いで色々あんのか?
絶対言われるもんな「なんで他の生徒にまで拡散するんですか!?」ってな。
いやいや、じゃあそもそもそんなことすんなよって話なわけなんだけど。でもそれじゃあ納得しなさそ。
「じゃあ、それは被害者の2人を考えての行動ってことにしときます」
「あー......そうか、わかった」
保護者に効きそうな言い訳を一応取り繕って、今度は俺の方から質問する。
「先生、あいつらってどうなるんですか」
煌生と蔭山が体を動かして反応を見せた。
そりゃ気になるよな。
「ま、とりあえず出席停止期間が延びるのは確定だろうが.....いや、もしかしたら停学かもしれんな。
詳しいことは担任と保護者交えて話す事になる」
「......そっか」
多少の不安は解消されたのか、疲れ切ったような声の蔭山の肩を煌生がぽんぽんと叩く。それと同時に煌生が問う。
「それって、俺たちも被害者としてその場にいなきゃいけないやつですか?」
「いや、下手に向こうの気に触れるとまずいだろうしそれはこっちでうまくやっておく。気にするな」
そっか、そりゃよかった。もう一度あいつらと対面するなんてごめんだよ。
保健室を出て廊下にて先生と別れる。石田先生は今から向こうの生徒指導室に行って俺たちが話した事実と向こうが話した事実が合ってるかとかの確認があるらしい。大変だな。
「大丈夫か?3人で帰れるか?」
「大丈夫ですって。小学生じゃあるまいし」
「そっすよ、いざとなったら零斗がなんとかやってくれますって」
「え。...あ、てか先生。煌生と蔭山がこんな目に遭わないように先生達の方でよろしく頼みますよ。
流石にこれ以上は黙ってませんよ。蔭山が」
「......あえっ!?」
自分が振られるとは思ってなかったのだろう、肩をビクリと揺らしながら素っ頓狂な声を出す。
俺の冗談まじりだが本気の提案に、先生は真面目な顔で頷いた。
「あぁ。わかってる」
「そんじゃ、帰りますかー。さよならー!」
煌生の一声で俺たちはそれぞれ歩き始めた。
廊下から今の今までこれといった会話が無かったが、駐輪場に向かっている途中、ようやく口を開いたのは煌生だ。
「なぁ、零斗。質問なんだけどさー?」
「うん?」
「なんで職員室前からお前通話してたんだ?
そんな変なグループ通話、皆んな気味悪がって入らねーかもだろ?」
「確かに、なんでそのタイミングで?」
重ねて蔭山の疑問に軽く頷きつつ答える。
「もしもさ、部室行く前に始めたとしても人が充分な人数集まらないかもだろ?」
「いやでも、そもそも入って来ないかもだろ」
「だから入ってきた数名に、クラスの皆んなを集めるようにって言っといたのよ。そんでそのあとすぐに職員室に行ったのよ」
「......なんで?」
これは蔭山。
「そしたら面白がってたくさん人入ってくるだろ?」
正直賭け要素もあったけど、しっかり人が集まってくれて助かった。いやーよかったよかった。
「....じゃあ、あくまでクラスのみんなを呼ぶため?」
「一応、そういうことにもなるな。
パフォーマンスみたいなところもあったし」
「お前っ.......」
絶句したように言葉が途切れた煌生の顔を見ると、今までに見たことがない顔をしていた。その横の蔭山もおいおいと言いたげな顔をしている。
なんだよ2人してそんな顔して。まるで俺のやってることがおかしいことみたいな......いやおかしいか。
そのタイミングでスマホを取り出す。あ、やべそういえば母さんに連絡入れてねえわ。
「....うぉっ」
メッセージアプリを見て思わず声が出る。そんな俺の反応に2人も肩を振るわす。
「どした」
「いや、結構連絡来ててさ。クラスの人から」
「あー、そりゃ来るだろ。あんなことしといてさ」
えー......何よみんな。そんなに興味津々か?
普段静かなカス陰キャの俺があんなことしちゃって。
.....待てよ、これ月曜日からやばくないか?
「いつもとキャラ違ってカッコよかったね笑」みたいな感じで馬鹿にされたりとか!?終わった......。
.......とりあえず、母さんからのやつだけ返しとくか。幸いそこまで心配じゃなさそうだし。
[友達と話し込んじゃってた。今から帰ります]
別に学校に行ったこととか言わなくていいか。色々説明するのが面倒だし。それに百華にとってもあまり気分の良い話じゃないし。
......ん?
「あ!!!!」
「うわなんだよさっきから」
「おかしくなったね」
2人のツッコミなんて今はどうでもいい!そうだ、百華に勉強教えてたのに忘れてた!!!やべえ!!
こうしちゃおれん!今すぐ帰宅せねば!
「すまん、俺先行くわ!じゃーな!また月曜!」
そう言い残して走り去ろうとするが、その足を止めて彼らの方を振り向く。
「蔭山、電話してくれてありがとな!お疲れ様!」
「......うん、こちらこそありがとう。あと、これからは蔭山じゃなくて秀一でいいよ」
「そうか?じゃあ......またな秀一!それと煌生!」
「うーい。勝負忘れんなよー」
その言葉に返事をして、俺は駆け出した。
「すまん、百華!待たせちまって!!」
急いで部屋に行けば、百華はスマホを見ていた。
「......おかえり。.......別に大丈夫。
自分で進めてたし。続きしよ」
「......ねぇ、さっきの電話なんだったの。
それと今まで何してたの」
問題を解いているので顔自体は見えないが、その声色はやけに不安そうだ。不安にさせないように、それでいて今までのことを隠しつつ伝える。
「あー.....まあそれは、あれだよ。友達が教室に閉じ込められちゃって。鍵かけられたらしくてな」
「ふーん.......」
やべ、こんな嘘じゃすぐにバレるか。
「そっか」
「そ、そうそう。いやーあいつ間抜けでさ!」
なんとかこの場を切り抜けられたことに安堵しつつ、話題を逸らす。
「あ、そういえばさっき何の動画見てたんだ?」
「......あの人、前私が言った人」
こうやって答えてくれるのなんて、ちょっと前じゃありえないことだったよな。よかったよ、百華が俺をあんまり嫌ってなさそうで。
「あーみう。さんだよな!
あ、てかその人と俺が言ったZer0さんが———」
「コラボしてるんだよね」
問題から目を離すことなく百華は俺の言葉に被せる。
「そうそう!やっぱ百華も知ってたか!」
「知ってたも何も、さっき見てたのコラボ動画だし」
心なしか百華の声が弾んでるような気がする。
なんだかこっちも楽しくなってきちゃうな。
「へぇそっか!それってみう。さんのやつか?」
「うん」
あ、もう続きの動画投稿されてたんだ。はええな。
「どうだ?面白かったか?俺もZer0さんのやつは見たけどまだそっち見てないんだよな!」
「うん、面白かった。だってあれだもん。
バズってるし」
「へぇ、すげえな!みう。さん!」
やっぱ流石我が妹の推しだな。みう。さんには特別に百華会員2号の称号を授けよう。え、1号はって?
んなもん俺に決まってますよ〜だ。
そんな俺に、さらに嬉しいニュースが飛び込む。
「Zer0さんもね」
「.......まじ?」
お疲れ様零斗!それとやっとバズったなZer0!
1週間も空いてしまって申し訳ありません、、、
ここまで読んでいただきありがとうございました!
また次回!




