#34 心からの謝罪
「........その......ここで過ごしてたら、色んな嫌なことばっかり考えちゃって.....もう辛くて苦しくて。...だから.....だからもう全部どうなってもいいやって....」
ぽつりぽつりと途切れながらも話してくれる百華の頭を撫でながら、俺は強く後悔した。馬鹿か俺は。どれだけ百華が怖いかなんて理解してないくせに、まるで辛さを知った風によ。....ほんと最低だな俺。
「.....そうだよな。全部嫌になるよな」
さっきまでの自分と照らし合わせながら言葉を返す。もちろん、俺と百華には大きな違いがある。俺は百華みたいに怖い思いをしてないし、誰にも話せない思いを溜めこんでいっぱいいっぱいになっていない。それでも、様々なことが去来して苦しむことだけは分かってやれる。.....いや、ダメだ。分かってやれるなんて、このままじゃ今までと同じじゃねえか。....なら出来ることは。
「....すまん、百華!」
「え.....?」
勢い良く頭を下げる俺の頭上から百華の困惑した声が聞こえてくる。
「なんで急に謝るの.....?」
「....俺さ、百華の気持ち全然理解してなかった。百華が苦しんでることも知らずにさ、昨日も話聞き込んで。.....お兄ちゃん失格だよな」
「...兄貴....」
「お前どれだけの思いを抱え込んでるのを完全にわかってやるなんて俺にはできない。.......でもな百華。話ぐらいならいつでもいくらでも聞いてやれるから!」
「......!」
「遠慮なんかしないでどんどん相談してくれ。.......俺たちは兄妹なんだから」
「..........うっ....グスッ.......うぅ.....」
その言葉で堰を切ったようにとめどなく想いが溢れる。
「私怖かった!あの夜に人影が出た時からずーっと!私殺されるんじゃないのかって!ずっと怖くって...!寝ても、ゆっ、夢の中であの人影が出てきてッ!!こんな思いするぐらいならッ!もう私っ消えちゃいたいってなっちゃって.....。......でもお兄ちゃんが頑張ってるのに.....」
「.......うん」
相槌を打ちながら再度頭を撫でる。俺の想いが少しでも百華に伝わるようにゆっくり、優しく。
「そ、そんなこと考えてる自分も嫌でッ!もうどうすればいいのか分かんなくって!誰かに相談しようとしてもっ、なんか、どうやって話せばいいのかが分かんなくてッ!もう、全部全部嫌だったッ!!」
そう言って泣きじゃくる百華に、俺は何を言うわけでもなく無言で抱きしめ続けた。百華が落ち着くまで。安心するまで。
いくらか呼吸が落ち着いたような気がするので、顔をうずめたままの百華に問う。
「.......大丈夫か」
「....うん。だいぶ楽になった.....」
「もう、言いたいことは全部言えたか?.......まだあるんならどんどん言え。いくらでも聞いてやる」
「ううん。全部言えた。もう大丈夫」
「そうか」
顔を上げた百華から抱擁を解く。.......これほどの想いを抱え込んでたんだな。......でも良かった。言いたいことを全部言ってもらえて。....そうだよな、自分から相談するなんて被害者からしてみれば苦しすぎるよな。それなのに俺は....メンタルケアよりも手がかりを集めることばかりに気を取られて....反省だな。
「.....ねぇ、兄貴」
猛省している俺に、呼び方が戻った百華が訊く。
「その.....さっきから後ろに立ってるその人、誰?」
「.......あって!あぁ、この人か。この人はな」
後ろを向くと、いたたまれないような立ち振る舞いだが、顔は決意に満ちている蔭山と目が合う。....お前も覚悟決めたか。
「.....百華」
「なに....?」
「今から言う事、百華はきっとパニックになると思う。....それでも、聞いてくれるか」
何度も目を瞬きながら少し険しいような泣きたいような、顔をくしゃっと歪ませる百華は小さく深呼吸をした。そして、長く閉じたままの目を開いた。
「..........うん」
「この人はな。.........人影なんだ」
「........え?」
「.....え.....どういうこと?....こ、この人が.....?.......な、なんで家にいるの....」
信じられないといった顔で、震えた声で蔭山を指差す百華の肩を掴む。
「そのな、実はさっきまでこの人の家にいたんだ」
「...え、え?どういう事.....?」
「.....この人、いや蔭山っていうんだけど。蔭山はずっと不登校でさ、怪しいなって思ったんだ。そんでその話を煌成にしたら、煌成を幼馴染みらしくて。今日話しに行ってたんだ」
「..........」
真剣な眼差しの百華は受け入れたくない現実から目を背けないように見えた。
「それでな、百華」
「..うん」
「こいつの話を聞いてやってほしい」
「....わかった」
百華の正面から少し横にずれて蔭山がこちらに来るよう促す。
「.....こうは言ったけど、俺が話してもいいんだぜ蔭山」
「ううん、大丈夫。僕の口から話させてほしい。......さっき貴女のお兄さんが言った通り、僕が人影の正体です」
「............っ」
「あの時、夜の学校に忍び込んでた僕はたまたま貴女の教室の前を通って。.....その時に会ってしまった」
「.....なんでそんなことを....?」
「実は......」
蔭山はすべてを話した。自分は虐められて不登校になったという事。ゲームを作るためにもともと忍び込んでいた事。虐めてきた奴らに復讐するために、ゲームを作り終えても忍び込んでいた事。その最中、百華はただ黙って話を聞いていた。
「....という事なんです」
「.........」
洗いざらいすべてを話し終えた蔭山が次の瞬間、俺の視界から消えた。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!!どれだけあなたを怖がらせてしまったのか....。一生恨んでいただいて構いません!ですが、ここで謝罪をさせてくださいっ!!」
頭を床にこすりつける蔭山。それを見下ろす百華。俺は口を開いた。
「っつーことなんだ。わかったか、百華?」
「....うん」
「蔭山はこう言ってるけど、お前はどうする。俺はお前の選択を最大限尊重する」
しばしの口を閉ざした百華は重大な選択に決断を下した。
「....いいよ、許す」
「だってよ、蔭山。うちの妹がこう言ってるんだ。顔上げろよ」
蔭山の肩に手を添えて立たせる。その顔は苦しそうだった。
「........いいんですか」
「いいって言ってるじゃん。...ていうか今は貴方よりも貴方を虐めた人たちを許せない。それが無かったらこんな事にもならなかったのに」
「大丈夫だ百華。さっきそれも話してきた」
「どういう事?」
「蔭山の親御さんのほうから学校に連絡するらしい。流石にクラスと部活での虐めをもみ消すほどうちの学校はバカじゃねえだろ。たぶん」
「....そっか」
俺は2人の間に立って提案する。
「...で、今からどうする」
「.....僕は君たちのご両親にも全部話すよ。....まずは下に行ってお母さんに話してくる」
「そうか、百華は?」
「.....私はここにいる」
「...んじゃまあ俺は蔭山と一緒に下行くわ。ほら、行くぞ」
蔭山の背中を押してドアの方へ歩く。蔭山が部屋を出るとき、動きを止めた。どうしたのかと訊くよりも早く蔭山が振り向いて頭を下げた。
「本当にごめんなさい。それと.....ありがとうございます」
「いいですってもう。...兄貴、頼むね」
「あぁ任せとけ」
2人を見送るため玄関に立つ俺は靴を履いている蔭山に話しかけられる。
「じゃあさっきも言ったけど後で家族ともう1回ここに来るから」
「別にいいのによー。父さんにはこっちから伝えとくぜ?」
1階に下りた後、リビングで煌成と話していた母さんは俺たちが下りてきたことにすぐ気が付いたようですぐに椅子に座るよう言った。その後、蔭山は百華に話したようにすべてを語った。そして頭を下げた後、すぐに母さんが言った。
「...大丈夫よ蔭山君。確かに貴方のしたことは許せないわ。...でもこうして真剣に謝りに来ているんですもの。こっちもしっかり受け入れたいわ」
「....ありがとうございます.....」
涙を流す蔭山の肩をさすってやりながら母さんに言った。
「百華も許すって。てか百華、こいつよりもこいつを虐めてきた奴らにキレてたわ」
「...そう。....蔭山君。その、これからはどうするの?」
「....両親が学校に連絡してくれるとのことなので。明日にでも学校側と話すことになると思います。...それと、あとでもう一度ここに謝りに来てもいいですか。お父様にも謝りたいんです」
「...わかったわ」
「ううん。ちゃんと謝りたいから」
「そうか。....じゃあまた」
「うん」
しんみりした俺たちの雰囲気をぶち壊す間の抜けた声が玄関に響いた。
「......え俺は?」
「あぁお前いたっけ」
「はあ!?嘘だろお前!?この木場煌成君を忘れるなんて....!」
「嘘だよ。....じゃあな煌成。今日は本当にありがとう」
「良いってことよ。報酬期待してっから」
「うげ、忘れてた」
煌成も靴紐を結び終えたようで蔭山に声をかけてドアに手をかけた。
「ま、じゃあなー」
「.......またあとでね」
2人を見送った後、母さんに一声かけて百華の部屋に向かった。...そういやドア開けっぱなしにしてたわ。怒ってるかなー?俺は恐るおそる部屋の中を窺う。それが分かっていたのか、スマホの画面から目を離さないままベッドの上で言った。
「そこで何してんの。....なに」
俺は観念して姿を現しす。そして部屋の中に入った。
「あー、その、ごめんな?さっき怒鳴っちまって」
「いいよーもう。私を止めるためだったんだし」
「百華.......」
「......まあ怖かったけどー」
「じゃあそのお詫びとして今日はお兄ちゃんが子守歌でも歌って....」
「要らないって。下行ってくる」
「はーい。........俺も下りるわ」
俺の先に立ってドアノブに手をかける百華に俺は、立ち上がって腰を伸ばしながら言っておいた。
「あ、てかちゃんと母さんにも謝っとけよー?すげえ焦って電話してきたんだから。あとお前、突き飛ばしてたんだしよ」
「分かってるって。...................ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
突然の呼び方に何事かと聞き返そうとした俺に、百華が振り向いた。その顔は憑き物が取れたみたいに晴れ晴れとしていて屈託のない笑顔だった。その目からは先ほど流したものとは全く違う銀筋の光が、暗い百華を、辛い思い出を流すかのように一粒、また一粒と溢れる。
「ありがとっ!」
これにて一件落着。
ここまで読んでいただきありがとうございました!また次回!




