#33 頼む
色々悩んでたらこんな時間に更新する羽目になってしまった....申し訳ない。
「......え?」
部屋で1人、俺だけが取り残されたような気がした。真っ暗な俺の視界は2人の笑い声も、時計がチクタクと刻む音も何も聞こえない。それに、母さんの悲痛な声も。自分が何を持っているのか、何をしているのか分からない。
「....おい、零斗.....?........零斗!!」
「.......っ......悪い、さんきゅ」
明らかに様子がおかしく見えたのか、煌成が何度も呼んでくれたおかげで視界が開ける。煌成の後方では蔭山が不安そうな顔でこっちを見ている。......とりあえず詳しい話聞かねえと。
「..........百華がどうしたの」
「も、百華が.......今っ...........今部屋で暴れてて.......」
「............は?........ちょっとまってどういうこと」
「だからね......ちょ.......百.....!」
後半は途切れ途切れで何を言っているのか聞き取れないまま電話が切れた。焦りと困惑で呆然とスマホを見る俺を2人の双眸が突き刺す。今すぐ家に帰れという赤信号が点灯しているのは分かっている。でも、思うように体が動かない。思考がまとまらない。自分を構成するすべてがそれぞれバラバラに乖離してしまっているみたいに。
「~~?.......~!!」
呼びかけているであろう声も、もはや音としてしか認識できない。まるで深海にまで沈んでいるようだ。.....そんな今の俺に何ができるのか..........いや、出来ることなんて最早ないのかもしれない。砕け散った思考のかけらを断片的に寄せ集めてそんな事ばかりが脳に居座る。
「~!....~斗!零斗!おい零斗!」
「.............っ!...すまん」
俺を底から引っ張り上げたのは煌成の一声。未だスイッチが入っていない体だがそれでも礼を口にしておく。気づけば、自分の両肩に煌成の手が乗っているのに気が付く。....そんなのしなくてよかったのによ。
「すまんてお前...急にどうしたんだよ。電話の後ぼーっと突っ立ってよ」
「...........」
「何かあったのか」
何も話そうとしない俺を見てこう答えてはいるが、煌成はなんとなくわかっているんだろう。電話の向こうで何があったのかを。でも、詳細な内容を聞くのを躊躇っている。その証拠に煌成の下唇は言葉を発す前のように震えており行く当てのない視線がふらふら彷徨っている。それでも俺から話すような気にはなれない。もう疲れた。そんな俺たち2人を割いたのは、先ほどから後ろの方で佇んでいる彼だった。
「.......妹さんの事だよね」
「........」
その言葉にゆっくり肯首する俺を見て、煌成からかすかに息が漏れるのが分かる。
「...ならここにいる場合じゃねえだろ。すぐに家帰んねえと」
「......あぁ」
「いやあぁって零斗お前さ、そんな事言ってさっきからボケーっとしてるだけじゃねえか。......お前本当に大丈夫か?」
.....そうだよな、普通は今すぐにでも駆けだすべきだよ。でも体も心も前を進もうとしねえんだ。
「おい、何してんだよ!行くぞ!」
「......あぁ」
「.......さっきからお前そればっかりじゃねえか。なあ、ほんとにどうしちまったんだ.........?」
「.......いや大丈夫だって......」
そんなに聞いてこないでくれ。この件に関してはこっちの問題だから。薄暗い現状から目を背けている自分に対して、今更なぜここまで茫然自失になっているのか分析し理解しようなんて思わない。.......いいんだよ、もう。
「何言ってんだ!大丈夫なわけねえだろ!そんなに動けねえんなら俺1人でも零斗の家行ってやるよ!」
「...そこまでしなくて――」
「うっせえ!家族が大変な状況なのに立ってるだけの木偶の坊の意見なんか聞かねえよ!...なあいいか、よーく聞いとけよ!俺はな!今のお前よりも前みたいに妹の事大事に思ってるお前の方が何倍も好きだわ!....今のままじゃお前、兄貴失格だよ!!」
「ちょっ、煌成言い過ぎだって.......」
「いーや言うね!.....俺はな零斗。お前みたいにあれこれ考えて説得させるとか無理だからこれだけは言っとく。とにかく動け!お前、兄貴なんだろ!?」
その言葉が引き金となって百華との思い出が瞬時に脳内を駆け巡る。公園で遊んだ小さい頃や、いじめっ子からちょっかいをかけられている時に助けた小学生の頃。段々と会話が減り笑顔を見る回数も少なくなっている今。全部大切な思い出だ。これからもどんどん増えた行くだろう。......でも、今の苦しんでいる百華を、記憶に上書きしたくはない!
「わり煌成。俺どうかしてたわ」
「零斗.........!」
ほっと胸をなでおろす煌成は心底安心した様子で俺の肩をバシバシ叩いた。
「とにかく俺、今から家帰るわ」
「おう、俺もついてっていいか?」
「え?ああ。でもいいのかよ?」
「なーに言ってんだ。友達の妹が苦しんでんのにさ。.....それに今のお前すっげえ不安だし」
「煌成......」
「ま、とにかくいこーぜ!....秀一、お前も行くぞ!」
「うん」
事件の犯人である蔭山にもしっかり声を掛けて出る準備をする煌成。...こういうところ、すげえ助かるし尊敬してるんだよな。
俺たち3人はリビングを出て、廊下で誰かと話し込んでいる蔭山母に声を掛ける。あれこれ説明するのは時間がかかってしまうので俺の妹が今大変な状況という事だけざっくり伝えた。心が痛んだような表情を浮かべながら彼女が発した言葉は
「......わかったわ」
それだけだった。
「秀一、お前自転車乗れるか?無理そうだったら俺の後ろに乗ってもいいんだぜ」
「....いや、大丈夫。乗れるよ」
そう言う蔭山のハンドルを握る手を見ると、心なしか震えているような気がした。でも、今は声ををかけて気遣ってやる余裕はない。俺も自転車に鍵を挿し込んで2人の前に出て自分の家の方を向いた。
「......じゃあお前ら行くぞ、俺が先導するからついてきてくれ」
「了解」
「分かった」
ペダルを漕ぐ足が重い。ハンドルを握る手が思うように動かない。俺の体はどうしようもねえな。....でも、そんなこと言ってられねえ。百華のために1秒でも早く家に帰らねえと。
「.......」
「........」
煌成と秀一は、無言でひた走る零斗の背中に何か言葉をかけようなんて思えなかった。
「......着いた......」
「あっ、おい零斗!」
「ちょっと!」
たどり着くや否や自転車を乗り捨てて家に入る。自転車なんてどうでもいい。後ろからの2人の声なんて入らない。俺は1秒も動きを止めることなどせず、家に入った。
「はぁ.....はぁ、母さん?.............上か....?」
大きな音を立てて玄関に入っても百華はおろか、母さんが来る気配はない。それどころか1階に人のいる雰囲気がしない。リビングの方からも何の音も聞こえず、がらんどうとしているのを肌で感じる。それならばと靴を脱ぎ捨てて俺は百華の部屋に向かった。
「....なしてよっ!....いいんだって.....!!」
「そんなこと.....!......がいるから....つきなさい!!」
階段を上っている最中、言い争う声が耳に入る。それが誰と誰なのかは疑問に思うまでもない。詳しい内容を聞き入ってる場合じゃない。ただ足を動かすスピードを速めた。
「もういいじゃんッ!離してって!!」
2階に上がってすぐ目に入ったのは扉が開けっ放しになっている百華の部屋。そこからはあの時のような百華の怒声が聞こえてくる。それと、母さんの声。
「百華......大丈夫だから..!落ち着いて!」
たまらず部屋に駆け寄った。
「おいっ!百華、お前何してっ.....!」
扉に手をつけながら声を張り上げる俺の目に飛び込んできたのは、散々な惨状の百華の部屋だった。クローゼットから衣服は飛び出し部屋中に散乱しプリント類はびりびりに破り捨てられ机の上は原型が分からないほど荒れている。ここ数か月は部屋の中を見たことがなかったので、何がどこに配置されていたなんて知らないがこの有様は異常の一言でしか言い表せなかった。
「零斗っ!百華が.....!」
「うるさいっ!兄貴もあっち行ってよ!!」
息を呑む俺に2人の声。悲痛と激情が突き刺さってくる。部屋に踏み入って母さんを振り払おうとする百華を止めに入った。
「何すんの兄貴!離してよ!」
「落ち着けって百華!..........母さんは下行ってて。大丈夫だから」
「何言ってるの....!?あなた1人に任せられるわけがないでしょ....!」
戸惑いが隠せない声色で百華の腕を掴んでいる母さん。頼もしいことこの上ないが、このままの状態が続いてもどうにもならない。あの2人が早く来てくんねえと......。
「離してって........!」
「きゃっ!」
直後、思いっきり腕を横に振った百華。その衝撃で母さんが振り払われ尻もちをつく。床に座り込む母さんを気に掛ける余裕がないまま、俺はさらに止める手を強める。
「零斗っ!大丈夫か.....!」
「......!」
2人分の足音が部屋の前で止まり、それと同時に背中の方から頼もしい声が投げられる。がしかし、この状況に思わず言葉を失っているみたいだ。俺は百華から顔を逸らさないまま言った。
「すまん、説明できる状況じゃねえ。とりあえず蔭山、お前はここにいてくれ。それと.........煌成」
「わーってるよ。おばさん下に連れて行くよ。.......おばさん行きましょ」
煌成は母さんの肩に手を置いて立ち上がってもらうよう促す。抵抗していた様子の母さんだったが、耳元で煌成が何かを囁くとすぐに落ち着いて下に向かった。.....わりいな煌成。話に入れずにこんな役回りばっか任せちまって。心の中で煌成に謝辞を述べながら百華の肩をガシッと掴んだ。
「大丈夫。な?落ち着けって。....俺が話聞いてやるから、何があったのか話してくれよ」
「うっさい!そんなの―――」
「百華ッ!!」
「...っ」
俺が百華に怒鳴るなんていつぶりだろうか。間違いなくここ2、3年はそんな状況に陥ってない。....まあ会話がなかったからなんだが。突然の俺の大声にたじろぎ動きを止める百華。ごめんな、怖がらせちまって。でも、お前を止めるにはこれしかねえんだ。分かってくれ。
「百華、ちゃんとお前の話聞くから。頼む」
「.......」
目に見えて大人しくなった百華に語り掛けるように諭す。唇を嚙みしめて堪えているようだったが、俺の腕をぎゅっと掴みながら口を開く。
「....も、もうどうでもっ....よく、よくなったからっ.....」
「....そうか」
百華の肩をぎゅっと抱きながら背中を摩ってやる。それに安心したのか、俺の胸の中でゆっくり話始めた。
兄として、頑張れ零斗!
ここまで読んでいただきありがとうございました!キリ悪すぎるんで明日も更新します!




