♯21 迷子ではない
「いやお前今日って...流石に無理だろ」
すぐさまスマホを取り出す煌成。その通りだ、だが俺はすぐにでも解決したい。百華は今でも苦しんでる。その旨をしっかり伝えると、煌成ははぁと溜息をついてスマホに顔を向けた。
「わーったよ、今日話しが出来るか言ってみるよ。....でも場所は?学校ですんの?あいつ、学校来ねえと思うんだけど」
「場所はどこでもいい。とりあえず話が出来れば」
「話が出来ればってお前なぁ.....」
呆れた口調だが、それでも指は動かしてくれている。メッセージを打っているのだろう。わざわざ覗いて文章を確認するなんてことはしない。俺は一言残して、廊下を離れる。
「ちょっと待っとけよ」
「ん」
メッセージを送ったのか、校庭の景色をぼんやり眺める煌成に声を掛ける。
「おーい」
顔をこちらに向ける少し前に、俺はある物を投げる。投げるといっても下からゆっくりとだが。
「んー?....おっとあぶね!....ジュース?」
不審そうにそう聞いてくる煌成の手元にはコーラの缶が包まれていた。
「それやるよ、報酬は先払いで」
「...やけに安っちい報酬だけどな」
「まだ解決したわけじゃねえからな」
「解決したら他にもくれんの?」
「ノーコメ」
ちぇっと舌を鳴らしながらプルタブを開ける煌成から目を離して、俺はこれからの事を考えるべく、上の方に視線を向けた。カシュッという小気味良い音を背景に。
「あっ!」
その言葉で現実に引き戻される。言葉の主の方に目を向けるとそこには、袖を濡らした煌成とぽたぽた滴を垂らす缶、小さくシュワシュワ音を立てながら崩壊する泡が広がる床があった。何があったかなんて聞かなくてもわかる。瞬時に理解したおれはげらげら笑いながら近づく。
「あっはっは、お前何やってんだよ」
こちらをぶつくさ言う煌成は恨めしそうな顔だ。
「お前.....誰のせいでこんなことになってると思ってんだよ」
「いや俺じゃねえだろ、さっき下からゆっくり渡したろ?」
「炭酸を放り投げんなよ!優しく手渡ししろ!」
「はいはい、女の子を扱うように優しくねー」
「へっ、扱ったことねえくせに」
「死ね」
べっ、別にっ!女の子なんて扱ったことないんだからねっ!なんて墓穴掘ったツンデレ(俺)を穴に埋める寸劇を脳内にて完結させながら煌成の手から缶を取り上げる。
「ほら、手洗って来いよ。べとべとだろ?」
「どっかの誰かのせいでな。行ってくるわ......床どうしよ」
「まあ乾くだろ」
「犯人がそれ言うかよ....まあ行くけど」
べとべとの手を疎ましく見つめながら、教室の方に歩き出す煌成。俺もその背中に従いながら、元気づけるためにこう言ってやる。
「悪かったって。あとでもう1本買ってやるよ」
すると、こちらを向いた煌成。その顔はいつもの明るさを取り戻していた。
「言ったな!?言質取ったからな!次は選ばせろよ!」
「はいはい」
険悪からほぐれたこの場にはコーラの染みた床だけが残った。
昼以降、煌成とはカゲヤマ関連の会話はしていない。意識してというわけではないがなんとなく口に出さなかった。半分寝ながらも耐えきった、6限の終わりを告げるチャイムが校内に響く。それと同時に号令がかけられ、起立する。
「ありがとーございましたー」
やる気のない礼の後、座って教科書とノートをカバンにしまう。あー眠いわ。授業中でもないので気にせず声を出しながら欠伸をする。そんな俺を見て、隣の席の鈴島美咲が声を掛ける。
「ふふ、ずっと眠そうだね」
「..まあねー。でも今日は寝てないからセーフ」
「えぇ~?5限寝てなかった?」
「いや寝てないって......たぶん」
談笑していると横目で煌成が近づいてくるのが見えたのでいい感じに話を切り上げ、席を立つ。
「おう」
「どうなった?」
簡潔に結果を聞く。その顔はいつもと何ら変わりがなく、表情からはなにも窺えない。妙に緊張してしまい、なんとなく背筋が伸びていく。ポケットに手を入れながらこう答えた。
「今日、大丈夫だってよ。行くぞ」
「...おう、ありがとな煌成」
「..ん」
スマホを取り出して何かを打っている煌成に感謝しつつ、机の中から荷物をカバンに入れるスピードを速める。足音が離れていくのに気づき、顔を上げると、カバンを取りにいったのだろうか。煌成も席に戻っていった。それを見て顔を戻し、再度詰め込む。
「ねえ」
横からの声にまたもや顔を上げると、鈴島がこちらを向いて不思議そうな顔を浮かべていた。
「どした?」
「木場君とどこか行くの?」
「えっ...あぁ、ちょっとね」
「...ふ~ん?」
流石に本当のことを言ってしまうのは悪手だろうと判断して、質問にたじろぎながらもそれとなく誤魔化す。それを聞いて少し眉を顰める鈴島。ただ、それは不愉快に思っているというより謎が深まっているような表情だった。
「ま、まあ行くわ、お疲れー」
これ以上詮索されても困るので、残っていたプリントやらを無理やりカバンに詰め込んで煌成の席に向かう。煌成の方も支度が終わったようで、俺を待っていた。
「おっす」
「行くか」
「.......おっせーな」
多くの学生で混み合う靴箱周辺から少し離れたところで、壁にもたれかかりながら煌成を待つ俺の呟きは喧騒に溶け込んでいった。数分前、1階に下りた時煌成が突然
「あっ、そういや俺職員室に用事あったわ!ちょっと待っててくんね?」
と言っていそいそと廊下を走って行ってしまってからずっとこうして待っている。しゃーない、ゲームでもして待ちますかとスマホを開いたその時声を掛けられる。
「あれ?何してるの?」
声の主の方を振り向くと、そこにはきょとんとした顔の鈴島がいた。今1階に下りてきたのか、階段の方から歩いてこちらにやって来る。俺はスマホをポケットに突っ込んで壁にもたれかかるのをやめる。
「なんか煌成が職員室に用事あるとか言ってさ、それ待ってんの」
「なるほどね~。迷子になっちゃったのかと思ったよ」
「なーに言ってんの。迷子になるとしたらあいつの方だし」
茶化しに対して、ズレた返答をしながらも会話を続ける。鈴島といつも行動を共にするクラスメイトの松井夕夏がいないことに疑問を持ち、今度はこちらから質問する。
「鈴島は?今日1人じゃん。松井は?」
「うん、夕夏ちゃんは用事があるからって先に帰っちゃって」
「あぁ、そゆことね。じゃあもう帰んだ?」
「うん、部活もないしね」
鈴島は確か....女バスだっけか。そうか、だから煌成とも一応面識あんのか。つーかあいつおせえ。
「やっぱ部活無いとなんか物足りない感じとかすんの?」
「うん、思いっきり体動かしたい!」
首を縦に振りつつ、にこやかに答えてくれる鈴島は鈴を転がるようにころころ笑っていた。
「早く部活再開してくんねえかなー」
「ふふ、二之前君帰宅部でしょ」
くっ....!俺の渾身のボケにツッコめるとは...。この女子...出来るっ!なんてしょうもないのは置いといて、話の流れを使って、人影の事を話題に出す。
「そういや、なんなんだろうな。校長の言ってた人影って」
「ん-....私も聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、なんかうちの学校の生徒かもしれないんだって。その...」
突如言いよどむ鈴島。何か言いづらいことなのか。耳を傾け、教えてもらう。
「...同級生のカゲヤマ君が怪しいんじゃないのかって」
「......!」
「あ、聞いた話だから何も信憑性とかないよ!それに冗談半分みたいな感じでみんな話してたし!」
動揺が顔に出てしまうが鈴島としては、同級生が犯人かもしれないから俺が驚いていると思ったのだろう。少し焦りながらもその事について聞いてみる。
「なんでそいつが人影って話なんだろうな。だってカゲヤマって...今不登校のやつだよな?確か虐められたんだっけか」
「うん。...たぶんカゲヤマ君が復讐しに来たとか思ってるんじゃない?ほら、虐めの報復みたいな」
「あぁ、なるほどね」
いずれにしても、カゲヤマが人影の正体という事ということが冗談程度でも出ているのはなんというか....良くない気がする。きちんと話してみなきゃな。
「そういや、カゲヤマってバスケ部だったらしいけど、鈴島はカゲヤマの事なんか知ってんの?確か女バスだったよな?」
何か情報を得られるかもしれない。そう思って俺はカゲヤマの事について聞いてみる。鈴島は少し考えこみ、口を開く。
「カゲヤマ君は――」
その矢先
「おーい零斗ー!」
後方から大きな声がこちらに届く。それが誰なのか分かっている俺は
「わり、煌成来たわ。ごめんな引き止めちゃって。時間大丈夫か?」
「うん!大丈夫だよ!また明日!」
そう言って靴箱に向かおうとする鈴島に
「おう、気を付けて帰れよー!」
そう言うと
「ふふ、先生みたいだね!」
笑顔を浮かべて、手を振って去っていった。
走りよってきた煌成は何か言いたそうな顔つきだ。
「...なに」
「なんかいい感じだったっすね」
「うるせえ、ただのおしゃべりだ」
はいはーいとニヤニヤしながらこちらを見てくる煌成を軽くチョップしつつ、靴箱に向かう。
「んじゃ行きますか」
「うい」
昨日と同様、校門付近で合流して自転車を漕ぐ。
「...てか、カゲヤマってどんな奴なの?俺話したことねーからわかんねぇんだけど」
「...あいつは...秀一は昔っからすっげえいい奴でさ。小学生のころとかってやっぱみんなわがままじゃん?俺もそうだったんだけど、あいつはそんなことなくって。いつも俺優先でさ」
前を走る煌成の声をなんとか聞き取りつつ、風を切り走る。
「例えば、あいつがおもちゃ買ってもらったとき、家で遊ぶことになったんだけど、俺が先に遊びたいってわがまま言っても譲ってくれたり。お菓子貰ったときとかも、あいつのがいいって駄々こねたら嫌な顔せずにくれたりしてさ。まあなんつーかとにかくいい奴でさ」
「ふーん。....お前わがまますぎじゃね?」
「うっせぇ!零斗もそうだったろ!」
縦に並んで漕いでいるため会話しにくいが、大声で喋っているため、何とか成り立つ。
「いやあ?俺は全部百華優先で生きてきたからな」
「.....シスコンめ」
「シスコン上等だわ。...で他には?」
「そんでゲームめっちゃうまくてさ、対戦ゲーとかいっつもボコられてた。あと、絵もうまかったな。確か表彰とかされてたし」
「すげえな」
「な、自慢の幼馴染だよ」
「んでこっち曲がるぞー」
「あいよー」
こっち方面はほとんど通らないので景色が新鮮だ。見慣れない店や公園に少し胸が躍る。こんなとこに駄菓子屋あんのかと羨ましがりながら漕いでいると煌成から聞かれる。
「....なあ零斗、お前何話す予定なんだ?」
「...まあ正直に聞いてみるわ。人影かって」
色々悩んだが、ごちゃごちゃ質問しつつ核心に迫るより単刀直入に聞いたほうが向こうとしても答えやすいと思い、そう答えた。
「....あのゲームの事もか?」
「まあな」
「.....そうか」
その声は重々しく静かなものだった。煌成は今、どんな顔をしているのだろうか。
「...着いた。あそこにチャリ停めさせてもらお」
ある一軒家の前で止まり、顎で駐輪場を示した。自転車を下りて押し始めた煌成に倣い、俺も自転車を押して、駐輪場に停めた。俺たち二人はドアの前に立つ。右上を見れば[蔭山]と書いてあるネームプレートが見えた。
「......んじゃ押すぞ」
「おう」
隣人さんって呼ぶのもあれなのできちんと登場してもらいました!
最近バタバタしてて全然書けてない...。前回ちゃんと書くって言ったのに...。もう少しで忙しくなくなると思うので頑張ります!!!ここまで読んでいただきありがとうございました!また次回!




