♯19 探偵ごっこ
自転車を停めて家のドアを開ける。鍵を抜いて、スマホを取り出して見るといつもよりも時間が早かった。これが妹を想う兄の力ってやつか。得意げに鼻を鳴らして家に入る。
いつもなら2階に直行してだらけるが、今日は百華の事を母さんに聞いておきたいため、リビングに向かう。ドアを開けながら、キッチンで作業をしているであろうことから聞こえるように大きな声で言う。
「ただいまー」
視線をずらすと、テーブルに誰か座っているのが目に入ってくる。その後ろ姿は
「...百華?」
それを聞いて、顔だけこちらを振り向いて確認する百華は
「..おかえり」
短くそう言って、また顔を前に向けた。
「おっ、おう....ただいま」
はやる気持ちを抑えてなんとか返事をする。百華はグラス片手にテレビを眺めていた。
「....百華どしたの、もう大丈夫な感じ?」
飲み物のため、冷蔵庫に向かうふりをしながらキッチンにいる母さんにひそひそ声で聞いてみる。母さんはレシピから目を離し、俺に合わせるようにひそひそ声で答えた。
「...11時頃にね、お腹空いたってリビングに来たのよ。...見てる感じもう落ち着いてると思うんだけどね」
まあ朝飯も食わず部屋に閉じこもるっつーのは健康優良児の百華にはきつかったんだろうなと納得しつつ、話をしてみたのかもう一度聞いてみる。それには首を振って、代わりにこう答えた。
「零斗さ、百華と話してあげてよ」
「..えぇっ、俺ー?」
別に百華と話すことは嫌ではない、むしろウェルカムだ。だが、今回の件は流石に俺には少々荷が重いような気が......。
「私よりもあんたの方が色々話しやすいと思うのよ。お願いよ」
俺の考えを見透かすように続けて頼みこむ母さん。えー......。まあ確かにその通りかもしんないけどさ...。親身になってケアみたいな感じで色々聞くのは苦手なんだよ。....ま、ここはお兄ちゃんの腕の見せ所ってことかな...。
「..いいよ」
母さんは嬉しそうにレシピで俺の背中をはたいて、リビングに押し出した。
「ちょっ..」
「.....お願いね、お兄ちゃん」
「....なんでここ座るの、ソファー空いてんじゃん」
百華と対面の位置の椅子を引いて、座ろうとした俺を見て文句を言う百華に俺は
「たまにはこっち座りたくなったんだよ」
無理やりな言い訳をして、そのまま座る。テレビに流れているのは夕方のニュース番組。いつも通りの何の変哲もない内容だ。肘をついて眺めながら、今からのための考えをめぐらす。
話をしてみるっつったってどうやって話を始めるべきか...。てかそれとなく聞こうとしても、そんなのどうやったって核心をついちゃわねぇか?下手に聞いちゃうと百華がまた今朝みたいになるかもだし。......あーもうめんどくせ。
「.......なあ百華?」
少し座りなおして、百華の方に体を向けて向かい合う形をとる。
「...なに」
不審そうにそう聞くものの何を聞かれるのかなんとなくわかっているのか、こちらを向く百華はうんざりした顔を浮かべていた。
「....明日から学校は行くのか」
「行かない、行きたくないし」
ごちゃごちゃ考える頭を放棄して単刀直入に聞いた質問に間髪入れず答える百華。....どうしたもんか。たじろぎながら続ける。
「その...さ、百華がしんどいのは分かるけどさ...父さんも母さんも心配するだろ?もちろん俺も――」
「........はあ」
深い溜息で俺の言葉を遮る百華はグラスに入ったお茶を飲んで静かに言った。
「だから何度も言ってんじゃん、私がどれだけ怖い思いしたかなんて。心配だのなんだの言われたって私は行かないよ」
今朝とは違う静かな対話がそうさせるのか、グラスを置いたカタンという音がやけに大きく聞こえた。俺の頭は未だ何一つ良さそうなアイデアを生み出さない。先ほどから母さんは手を止めて恐る恐るこちらの様子を窺っている。....まあこれ聞くしかないか。
「じゃあ、どうしたら学校に行ってくれる?」
「......は?」
「いや、だからさ、どうやったら学校行ってくれんのかって」
「...だから私は学校には行かな――」
声を荒げて言い返す百華の言葉を今度はこちらが遮る。
「人影がいなくなったら学校行けるのか?」
「はっ、何言ってんの兄貴。意味わかんないんだけど」
百華は呆れた様子で俺を小馬鹿にするかのように嘲笑する。だが、事の発端であるあの人影がいなければ百華は今現在抱いているトラウマを解消できるだろうと行きついた結果だ。別におかしなことを言ったつもりは無い。俺は机の上で手を組んで言った。
「その人影を俺が突き止めてやるよ、そんで学校からいなくなりゃ問題解決だろ?」
「.........でも何の手掛かりもないのに捕まえるとか無理に決まってるじゃん。.......第一さ、あの人影が人間なのかもわかんないし」
少し声を小さくした百華は不安そうな表情だった。そんな妹を見て俺は組んでいた手を放した。それついては策がある。....もっとも、かなり博打だと思うが。
「だからさ、百華。...手伝ってくれないか?」
「..........は?」
ポカンと口を開いた百華の顔なんて俺は初めて見た。
「....で、聞いていくんだけど...」
「..勝手に部屋に連れ込んどいて何が聞いていく、よ」
じっとりと恨めしそうな百華の目線が俺に突き刺さる。痛いからその目やめて。
さっきの話の後、俺は百華の手を引っ張ってリビングを出て、今俺たちは俺の部屋にいる。なぜわざわざリビングを出たのかというと百華が見た時の人影の話を聞いた母さんが会話に割って入ってしまうかもしれないことを考慮してのことだ。あと、なんとなく一応現場にいた俺と2人で話して言った方が良いかなって。なんとなくだけど。ちょっと上行ってくる、と言った時の母さんは深く追求してくることは無く、返事だけして俺と百華のグラスを持って行ってくれた。仕切り直して続ける。
「まあとにかく、百華。お前が見た人影はどんなだった?」
「.........覚えてないし」
床に座ってぶっきらぼうに答える百華の声を背に、俺はノートとペンを机の中から取り出す。え?スマホとかでメモしとけって?チッチッチ、こういうのは雰囲気が大事なんだよ。
俺も対面で胡坐をかいて続ける。
「じゃ、特徴思い出してくんねえか。髪の長さとか性別とかなら暗くても見えただろ?」
「..........私よく見えなかったって昨日言ったよね?」
「でも今、覚えてないって言ったろ?もし見えなかったんなら見えないって答えたはずだ。.....つまり本当はお前は人影を見たってことだ」
「........うざ」
ふふん、これぞ名推理だ。...ま、今からの俺にできるのは百華が思い出すのを待つしかねえな。ごろりと寝転ぶ。カーペットのふわふわした感触が心地良く、眠気を誘う。が、寝るわけにはいかない。軽く頬を叩いて天井をぼんやり見つめながら聞く。
「....なんで昨日は見えなかったって言ったんだ」
「......だって詳しく聞かれたら、人影の事とか思い出しちゃうじゃん。........それがいやだったの!」
言葉尻は強い口調だが、俺の質問に答えてくれた百華。寝転んでいるため顔は見えないが、なんとなく想像はつく。いつもみたいに俺のちょっかいを切り捨てるときのうんざりした顔だろう。
「.........ま、思い出したくないんなら無理に言う必要はねーよ。そん時は俺1人で人影とっちめてやるよ」
カバーになるのか分からんが、百華のための言葉を天井に向かって吐き出す。なんせトラウマになってるんだ無理強いはさせたくない。....こうやって話聞いて部屋に連れ来てる俺が言うのはおかしいが。沈黙を破った百華の声は固い意思を感じた。
「....思い出すし」
そして付け加える。
「....だって兄貴捕まえてくれんでしょ?」
「おう」
任せろ、なんせお兄ちゃんだからな。
「...えっと」
3分ぐらいだろうか、目で天井の模様をなぞるのにも飽きていたころ正面からの声で起き上がる。
「...どうだ?」
ぽつりぽつりと百華は人影の特徴を語り始めた。俺はそれを聞きながらノートにペンを走らせる。......スマホの方が楽だなこれ。
「...たぶん男の人....かな。暗かったけど、身長は高く見えた気がする........。それと....前髪は長かった。.........顔見えなかったし」
「ふむふむ」
生返事ながらも、手を動かしてスマホに箇条書きでまとめていく。男子で....前髪長めっと......。そしてこのタイミングで昨日の言葉を思い出す。
「そういや、昨日制服じゃなかったって言ってたよな?」
「....そうだっけ」
その箇条書きに制服ではないという事も書き足す。それを機に百華からの情報提供は止まる。
数分の間が耐えきれなくなり、スマホから顔を離して問う。百華と顔を合わせて。
「他になんか覚えてるか?」
百華は少しいやそうな顔をしながらこちらを見てくる。
「......」
疑問が顔に出てしまっていたのか、答える百華。
「....思い出さなきゃダメ?....もういやなんだけど」
「......っ」
それを聞いて今朝の百華の慟哭が脳内によみがえる。....そうだな。さっきはああ言ってくれたが、いくら何でも探偵気分で調子に乗りすぎた。.....流石にこれ以上は百華に負担をかけすぎる。スマホを床に置いて謝罪と感謝の言葉を述べる。
「...わるい、もう大丈夫だ。ありがとな。...ごめんな、きつかったろ?」
それを聞いた百華は返答の代わりに立ち上がり、ドアノブに手をかけた。少しとはいえ、百華はしっかり情報を出してくれた。...あとは俺がやるしかねぇな。百華の後ろ姿をぼんやり眺めて決意した。そして、部屋を出るとき
「....お願いね」
そう言った百華に、聞こえているのか分からないタイミングで
「..おう」
俺は短く返事をした。
もう少し書けるかなと思ったけどキリがいいのでここまでで!
ここまで読んでいただきありがとうございました!また次回!




