前進
しばらく雑談をしてからカフェを出た。
奏多と小鳥遊さんと別れ、燈ちゃんと一緒に歩き出す。
俺はすぐに雅さんと話がしたいと思い、風葉に連絡を取ろうとした。
が、連絡先をまだ聞いていなかったことを思い出した。
先ほど風葉は、追って伝えると言っていたが…。
どうしようかと思っていると、燈ちゃんが服の裾をクイと引っ張る。
「ねぇねぇ悠馬さん!アレ見てください!」
燈ちゃんが指差す方向に、奇妙なものがいた。
丸々とした、狸だった。
………。
なぜこんなところに狸が…?
燈ちゃんが手招きすると、トコトコと寄ってきた。
「わぁ〜かわいいです!悠馬さん、撫でてもいいですかね?」
動物が好きなんだろう、いつもよりキャーキャー騒いでいる。
狸は人慣れしているのか、警戒している様子はない。
されるがまま、燈ちゃんに抱っこされている。
「見てください悠真さん、もふもふですよ〜」
「野生動物だし、あんまり触らない方がいいんじゃないかな」
「あ、この子、口に何か咥えてますよ」
狸は咥えていた紙を俺に差し出してきた。
すると用事が済んだのか、燈ちゃんの腕をすり抜けて、さっと走り去ってしまった。
「あっ…行っちゃった…」
燈ちゃんが物凄くがっかりしている。
「あの狸さん、この辺りに住んでいるんですかね?」
「今まで見たことないけどなぁ。にしても、不思議な感じの狸だったね」
「あ、ところで悠真さん、さっきの狸さんに何を貰ったんですか?」
俺は唾液で少し湿った紙を広げる。
これは…電話番号とメールアドレスだ。
右下にKazahaと書いてある。
………。
どうやら狸はお使いで来たらしい。
しかし、まさかこんな方法で連絡してくるとは誰が予想できようか。
そして、あの無表情の彼女が狸に芸を教えていたのだとすると、正直かなり面白い。
―――――――
燈ちゃんと寮の前で別れ、俺は早速、風葉に電話をかけた。
プルル…プルル…プルル…
「もしもし」
三コールで出た。
「もしもし、風葉か?」
「悠真ですか。こうして電話してきたということは、無事にメモを受け取ったということですね」
「あぁ、でも面白…吃驚したぞ。まさか狸が持ってくるとな」
「ポンちゃんは仕事に手は抜きませんので。して、要件は?」
もしかして彼女は天然なのかもしれない。俺はあえて突っ込まずに言う。
「もう一度、雅さんと話がしたい。取り次いでもらえるか?」
風葉は少し時間を置き応えた。
「理事長のスケジュールですが、次の土曜日まで一杯です。それ以降でもよろしければ、確認を取ります」
「それでOKだ。それともう一つ」
「なんでしょうか」
「――今から、少し話せないか?」