予備選力
フェアリー・バレット1巻が【10月19日】に発売するのですが、
メロンブックス様からはタペストリーが出て
ゲーマーズ様からはアクリルフィギュアが特典になるそうです。
確実に手に入れたい読者さんは、店舗や通販サイトをご利用いただければ幸いです。
「実験が成功したんだったね。……おめでとう、蓮君」
屋上で風に銀色の髪を揺らしながら、少し悲しそうに微笑むのはルイーズだった。
夕日をバックに実験の成功を祝ってくれる彼女だが、どうにも本心から喜んではくれないらしい。
その理由も大体予想が付いていた。
「ルイーズには申し訳なく思っています。ですが、自分の場合は後ろ向きのまま魔力と向き合うのが正解だったようです」
前向きになるようアドバイスをくれたルイーズにしてみれば、隼瀬中尉の意見を優先した俺は裏切り者に等しいだろう。
だが、ルイーズは俺を責めない。
「気にしないで。蓮君にベストな方法が見つかってよかったと思っているから。それでも……私は蓮君には前向きになってほしいかな?」
「どうしてでありますか?」
今の自分を受け入れて成功したのに、ここから以前の方法を試すのは計画の後退に繋がる。
俺としては許容したくない提案だったが、ルイーズにも考えがあるらしい。
「自分を受け入れるのはいいよ。けど、だからってネガティブな感情は駄目だよ。いつか、蓮君が悪い方に転んでいくんじゃないかって心配なの」
「問題ありません。計画は順調ですし、今までの遅れも取り戻すために開発チームのメンバーも不眠不休で作業を行っていますから」
「それでも……心配だよ」
俯いてスカートの裾を握りしめるルイーズが、顔を上げて俺を見つめてくる。
「蓮君、一つ聞いてもいいかな?」
「答えられる内容であれば」
「蓮君のネガティブな感情って何? 何が蓮君に魔力を使わせたの?」
俺を見るルイーズの目は真剣そのものだった。
答えていいものだろうか?
協力者であるルイーズに実験内容の一部開示は許可されたが、俺自身については基準が曖昧だ。
しかし、魔力に関わる分野では俺たちよりも、彼女たち戦乙女の方が詳しい。
今後のためにもルイーズには本心を伝える。
「……嫉妬です」
「嫉妬?」
首を傾げるルイーズに、俺は顔を逸らして夕日を眺めながら語る。
「自分は歩兵の頃に、戦場の空で戦乙女をよく見上げていました。同じ小隊の仲間からはからかわれたものですが、自然と視線が追いかけていました」
俺の話を聞き入るルイーズは、いつの間にか無表情になっていた。
「それって憧れじゃないの?」
聞こえよく言えば憧れかもしれないが、俺自身が一番理解している。
俺が抱いた感情は紛れもなく嫉妬である、と。
「いえ、違います」
「……違うんだ」
視線だけを動かしルイーズの表情を見たが、僅かに落胆したように見えた。
ルイーズはすぐに表情を改めると、微笑みを浮かべて両手を後ろに回して組む。
「でも、いつかは前向きな感情で魔力を扱ってほしいかな。隼瀬さんも何か企んでいるみたいだし、私は蓮君が利用されないか心配だから」
隼瀬中尉を警戒するルイーズに、俺は少し前から抱いていた疑問を尋ねる。
「その隼瀬中尉の件で幾つか質問があります」
「ん? 何かな?」
体を少し斜めにする仕草をしたルイーズを見ながら、俺は隼瀬中尉の人となりを思い浮かべていた。
「隼瀬中尉は本当に危険な方なのでしょうか? 以前に話をしましたが、ルイーズから聞いた印象とは少し違っていました」
俺に助言をくれた隼瀬中尉は、ルイーズが言うように計画を阻止するため行動しているようには感じられなかった。
むしろ、俺にはもっと別の――。
「確かに隼瀬さんに対して、私の見る目は厳しいかもね。ごめんね。前に色々とあって、やっぱり偏見があるかも」
ルイーズは自分の意見が偏っていたと認めるも、俺に忠告してくれる。
「でもね……隼瀬さんに気を付けた方がいいのは事実だよ。何を考えて蓮君に近付いたのか知らないけど、彼女も計画に反対している立場は変わらないから」
「それは、確かにそうですが」
隼瀬中尉もプロメテウス計画に対して反対の立場だった。
助言をしてくれたのは、俺に対しては不満がないからだ、とも。
俺の左隣に来るルイーズは、夕日を眺めつつ隼瀬中尉を警戒するよう念を押してくる。
「今回の助言も成功したからいいけど、長期的に見れば私はマイナスだと思っているの。短期的な成功を急ぎすぎているからね」
「……」
計画継続のためには、その短期的な方法が一番ありがたかった……とはルイーズの前で言えなかった。
計画が廃止される手前だった事実は、ルイーズに教えられないからだ。
「気を付けてね、蓮君。隼瀬さんが助言をしたのは、もしかしたら蓮君と親しくなって情報を抜き出すためかもしれないよ」
隼瀬中尉が俺に接近し、スパイの真似事をする? あり得ないと首を横に振った。
「エースである隼瀬中尉が、そんな真似をするとは思えません」
「甘い! 甘いよ、蓮君!」
「え?」
急にルイーズが顔を近付けて、俺の認識が間違っていると強く抗議してくる。
「その程度はこの学園で日常茶飯事だよ。それくらい普通なの」
「ふ、普通でありますか!?」
相手に親切にして近付き、目的を達成する方法があるとは知っている。
だが、それが日常茶飯事という学園は異質すぎないだろうか?
「戦乙女がスパイをするとは思えないのですが?」
素直に疑問を投げかけると、ルイーズは腕を組んで何も知らない俺に教えてくれる。
「そもそも、私たちは編入するまで中等部の頃からずっと競い合ってきたライバル同士だからね。少しでも有利に立ち回れるようになるなら、騙し合いだって平気でするんだよ。そんな環境で育ってきた隼瀬さんが、同じようなことが出来ないと思うの?」
過酷な競争環境にいるため、常日頃からライバルを蹴落とそうと磨かれた技術だろうか?
戦乙女が通っている学園のイメージが、俺の中でガラガラと崩れていく。
「学園はもっと正々堂々とした場所だと思っていました」
「蓮君は甘いね。そんな調子だと、女の子に簡単に騙されるから注意しなよ。その気にさせる態度で近付いて来る子は特に気を付けてね。裏で何を考えているかわからないから」
「は、はい」
ルイーズの言葉を聞いて思い出すのは、MCとヘアセットの言葉である。
二人は女性と遊ぶのが好きなのだが、何度も痛い目に遭ってきたと誇らしく話す時があった。
どうして失敗談を誇らしく語るのか理解に苦しんだものだ。
曰く「女性は嘘が得意だから気を付けろ」と。
そういえば、二人とも俺が女性に騙されないか心配してくれていたな。
冗談半分で「女性と遊びたいなら俺たちに声をかけろよ。その時は一緒に遊ぼうぜ!」と誘ってくれたものだ。
懐かしさと寂しさ、同時に女性に気を付けろいう忠告を思い出した。
「……自分は知らないことばかりで情けなくなります」
本音を吐露すると、ルイーズはクスクスと笑っていた。
「私はそういう蓮君のこと、嫌いじゃないけどね」
「ありがとうございます」
礼を言うと、ルイーズは少し呆れた顔をしてから微笑んだ。
「そういう意味じゃないんだけどな~……って!?」
和やかな雰囲気が漂い始めたが、この空気を破壊したのは学園校舎に響き渡るサイレンだった。
「この音は?」
聞き慣れないサイレン音に周囲を見渡すと、ルイーズがわざわざ俺の右腕を掴んだ。
「スクランブルだよ! 五組の私たちも、すぐに教室に行かないと!」
ルイーズに引っ張られて屋上から五組の教室を目指す俺は、握られた右手を見ていた。
「五組は予備戦力と聞いていましたが?」
駆け足で階段を降りつつ、質問する俺にルイーズは慌ただしく答える。
「戦力外の私たちだけど、今回は三組がスクランブル待機組だから数の不足を補うために出撃要請がかかるの」
三組が戦力の立て直し中であり、戦乙女の数が一番少ないとは以前聞いた。
戦力不足を補うために頼るのが、まさか五組だとは思わなかった。
「他のクラスから増援は望めないのですか?」
「二組は待機明けで休暇中だし、他のクラスも訓練と通常任務で基本出撃しないわ。発生したゲートの規模が大きければ話は別だけど、今回は通常出撃だと思う」
サイレンやその後の放送で、今回は通常出撃であるとルイーズは判断したらしい。
四クラスのローテーションが組まれており、滅多なことで変更は行わないようだ。
五組がある階に辿り着くと、ルイーズが俺の前を走る。
「それにね、こういう時は私たちにとっても実力を示すチャンスなの」
◇
五組の教室にやって来ると、既に半数以上の女子生徒たちが集まっていた。
俺たちの後からも続々と集まってくるが、全員が緊張した様子である。
七割ほどの女子生徒が集まると、担任教師がやって入室してきた。
全員が起立して敬礼を行うと、担任教師は教室を見回して少し不快そうに鼻を鳴らした。
「七割か。まずまずだ」
遅れてやって来る女子生徒たちが、教室に飛び込んでくると担任教師を見て青ざめる。
「す、すみませんでした!」
謝る彼女たちに、担任教師の態度は冷たい。
「遅れた者は出撃候補から外す。さて、知っての通り、今回のスクランブル担当はブーツキャットの三組だ。戦力不足の彼女たちから予備選力の投入を依頼されたわけだが……」
担任教師が緊張する女子生徒たちに視線を巡らせ、タブレット端末を見ながら名前を挙げていく。
成績上位者と、担任教師が目をかけている女子生徒たちの名前が呼ばれていた。
「……最後、ルイーズ・デュラン。以上だ。名前を呼ばれた生徒は着替えてバトルドレスを受け取り、武装の確認を済ませたら出撃しろ」
担任教師は伝え終わると教室を急いで出て行く。
残った女子生徒たちの反応は様々だ。
名を呼ばれなかった女子生徒や、遅れてきた女子生徒たちが悔やんでいる。
「次こそは呼ばれると思ったのに!」
「こっちは寮からダッシュで戻ってきたのに、間に合わないから駄目って酷くない!?」
チャンスを逃したと後悔する一方で、名を呼ばれた女子生徒たちは大半が歓喜していた。
「よっしゃぁぁぁ! 今回で活躍して五組から脱出してやるぜ!」
荒々しい言葉遣いをする女子生徒は、今回の出撃で他のクラスにスカウトされる未来を想像しているらしい。
「うぅぅぅ、私は初陣だから気が重いよぉぉぉ」
もう一人の大人しそうな女子生徒は、初の実戦で恐怖心が勝っているらしい。
「落ち着きなさい。それから、気負いすぎて味方を撃たないようにね。減点されて編入の芽がなくなるわよ」
落ち着いた感じの女子生徒が言うと、荒い口調の女子生徒が鼻で笑う。
「卒業間近の先輩の言葉は重みが違うよな。あんた、今回で編入されないと次なんてないんじゃないの?」
五組で三年間を過ごした女子生徒は、戦力外通告を受けて強制的に卒業が言い渡らされる。
そのため、落ち着きのある女子生徒には残り少ないアピールする場といった感じなのだろう。
本人もそれを理解しているようで、挑発され視線を鋭くするも何も言い返さない。
ルイーズを見ると、胸に手を当てて小さくため息を吐いていた。
「よかった。呼ばれた~。これで次にチャンスが繋がったよ」
「ルイーズなら必ず結果を出せるはずです。自分も応援しています」
そう言うと、ルイーズが恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがとう」
そのタイミングで俺の端末に連絡はいる。
「失礼……これは、スミス博士?」
普段連絡をくれるアリソン博士ではないのが気になり、メッセージを確認する。
ルイーズが気になっているようだ。
「どうしたの?」
「……自分にも出撃がかかりました」
未だに実験中であるサンダーボルトに、出撃命令が出されていた。
◇
格納庫に駆け込んだ俺を待っていたのは、スミス博士だった。
「待っていたよ、エンヴィー。いや~、大変なことになってしまってね」
近付いてくるスミス博士に、俺は敬礼を行った。
頭をかいて苦笑しているスミス博士の反応は、少しだけ困っているようにしか見えない。
異常事態というのを理解しているのか怪しい反応だが、俺よりもスミス博士の方がこの事態を正しく理解しているはずだ。
「実験中の機体を出撃させるとは予想外でした」
魔力出力実験が成功し、計画は次の段階へと移行したばかりだ。
実戦投入は早過ぎるというのが俺の意見だが、並々ならない事情でもあるのだろうか?
俺の疑問にスミス博士は笑みを浮かべて答える。
「実はね、学園長に機会があれば出撃させてほしい、と依頼したんだよ。まさか、こんなに早く機会が訪れるとは予想外でね」
「……原因はスミス博士でしたか」
スミス博士は、悪びれた様子も見せずに出撃する羽目になった経緯を語った。
「まさか、本当に許可を出してくれるとは思わないだろ? でも、丁度いいから出撃させようと思ってね。だから、アリソン君たちが大急ぎでサンダーボルトの武装を用意しているところさ」
スミス博士が顔を向けた先を見ると、開発チームのメンバーがサンダーボルトに武装を取り付けていた。
アリソン博士が部下に向かって声を張り上げている。
「大型ライフルは後にして! 先に左腕にガトリングガンを装備させるわ。左肩に大型ドラムマガジンの取り付けも忘れないでよ!」
フォークリフトで運ばれて来るのは、大口径のガトリングガンだった。
ドラムマガジンも非常に大きく、左肩に専用アームで懸架するため作業が進められている。
「あれが人型兵器用の武器ですか」
俺の隣でスミス博士が眼鏡の位置を調整しながら、武装について解説してくれる。
「ガトリングガンは左腕に持たせるのではなく、取り付けるタイプだね。口径だけなら戦乙女たちが使用する物よりも大きいよ」
「……偽獣の前では大口径も意味がありません。現状、自分の魔力出力では機体の浮力と防御で手一杯ですので、武装に回せる魔力がありません」
サンダーボルトは単独でも飛行が可能だが、魔力で機体に浮力を与えることで消費する燃料や推進剤を減らすことが可能だ。
最悪、浮力に回す魔力はカットしてもいいが、装甲を守る力場をカットすることは出来ない。
実験機として用意されたのは、俺たちの目の前にあるサンダーボルト一機だけなのだ。
失えばプロメテウス計画は失敗と同じだ。
スミス博士は俺の話を聞いて笑い出す。
「構わないさ。君に求めているのは戦場に出て空気を感じてもらうだけだからね」
「……戦場の空気ですか?」
最初に思ったのは、今更俺にどうして戦場の空気を味合せようなどと言っているのか? という驚きと不審だった。
しかし、すぐにスミス博士は意図を話す。
「戦場でも君が魔力出力を維持出来るのか試したくてね。ほら、緊張や興奮で魔力出力が不安定になると困るだろ?」
「そういう意図でしたか。……それなら、ここまで武装を用意する必要はなかったのでは?」
気付けばサンダーボルトの両脚部には小型ミサイルコンテナが取り付けられ、右肩には大型ミサイルコンテナが取り付けられていた。
アリソン博士は汗だくになりながら作業を続け、部下たちに指示を出している。
「膝裏の短剣も忘れないで!」
サンダーボルトの今の状態を言い表すならば、それは武器庫だろう。
重装甲の機体にこれでもかと武装を積載した姿は、重すぎてまともに動けるのか心配になってくる。
「参加するだけにしては武装が多すぎませんか?」
俺の素朴な疑問に、スミス博士は肩をすくめてから答える。
「計画が次の段階に進んだと報告したら、上層部が大喜びで武装を用意してくれてね」
「期待されているのですね」
プロメテウス計画に期待されていると思えば悪くない話だ。
しかし、スミス博士が俺を見て笑っていた。
「自分は何か変なことを言いましたか?」
スミス博士は頭を横に振る。
「いや、期待されているのは君も同じだよ。膝裏の短剣だけだが、アレは君のためにわざわざ用意された物だよ」
「自分のために?」
正直な話、自分のためにそこまでする価値があるのだろうか? という疑問が最初に浮かんだ。
スミス博士は過去の俺の戦闘データについて話し始める。
「短剣の二刀流で戦っていたんだろ? 随分と成果を上げていたみたいだね」
「歩兵だった頃の話です。人型兵器で同じように通用するかは未知数ですよ」
「それでも、君が活躍出来るように環境を整えているのさ」
俺たちが話し込んでいると、アリソン博士がキッと睨み付けてくる。
「そこの二人! 忙しいのに暇そうにしない! 特にパイロットは、さっさと着替えたコックピットで待機しなさい!」
言われてしまったと背筋を伸し、敬礼を行う。
「し、失礼しました!」
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