エンヴィー
【あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 4巻】は【9月30日】発売!
上層部に呼び出しを受けていたアリソンとスミス博士の二人は、幹部を前にして計画の継続を主張していた。
現在はスミス博士が計画について語っている。
「微増ではありますが魔力の出力を確認しました。また、一時的ではありますが、魔力出力の向上が見られており、実験の継続は必要であると主張いたします」
散々な結果しか提出していない会議の場で、にこやかなスミス博士を見る目は冷たい。
アリソンも計画の破棄もやむなし、と思っていたが上層部――プロメテウス計画を主導している幹部たちは違った。
「この程度の数字では計画を継続させる材料にならない。スミス博士、我々が欲しいのは目に見えた結果だよ」
「存じております」
笑顔で返事をするスミス博士に、幹部たちは憤りを感じているらしい。
この危機的状況を理解しているのか、と言いたいようだ。
だが、相手は変人として有名なスミス博士だ。
言うだけ無駄だと理解しているのか、話を先に進めたいらしい。
アリソンとしても、無駄な時間が省けていい、とこの時ばかりはスミス博士に感謝した。
幹部の一人が、わざとらしくため息を吐いてから言う。
「かつて人型兵器開発は、偽獣に対する無力さから開発計画が廃止されました。今回のプロメテウス計画ですが、我々にとっては計画の再開でもあります」
アリソンはこの場にやって来たことで、人型兵器に魔力コンバーターが積み込まれた理由を理解することが出来た。
(人型兵器開発のメンバーが、再度集結してリベンジしていたのね。諦めの悪いこと)
戦闘機でも戦車でもなく、人型兵器に搭載された理由は馬鹿馬鹿しいものだった。
人型兵器に利点が全くない、とは言えない。
だが、もっと他の方法もあったはず――そう思いながらも、アリソンは黙って会議を見守っていた。
幹部は話を続けている。
「莫大な予算を投じて玩具を造った、などと当時は馬鹿にされたものです。今回失敗すれば、二度と我々にチャンスは巡ってこないでしょう。それだけは理解してください」
幹部たちと同様に、自分たちにもチャンスは二度と巡ってこない。
スミス博士は困った顔をしながら、幹部たちに問う。
「どの程度の期間で結果を出せばよろしいのでしょうか?」
幹部の中で一番偉い男が答える。
「年内、と言いたいが三ヶ月だ。それ以上は、我々も庇いきれない。プロメテウス計画に懐疑的な者は多い。何より、戦乙女たちが否定的だ。せめて出力の十パーセントを達成して欲しい。目に見えた成果がなければ、彼女たちを説得出来ない」
組織内の幹部には女性が多い。
ほとんど元戦乙女という肩書きを持っている。
偽獣の出現から半世紀近くが過ぎ、組織内では戦乙女たちが要職について権力を握っていた。
この場に集まった幹部たちも苦しい立場なのだろう。
スミス博士は三ヶ月という時間を聞いて、幹部たちに確認を取る。
「場合によっては多少手荒な真似をしても構いませんか? テストパイロットの偽獣の割合を増やせば、単純に魔力の出力は向上しますからね」
スミス博士の提案が何を意味するのか、幹部たちも知っていた。
知っていたが、スミス博士に許可を与える。
「許可する」
幹部たちも追い詰められており、可能性があるならば、と非人道的な方法を許可してしまった。
アリソンは会議の場で一人俯き、両手を握りしめていた。
◇
実験機であるサンダーボルトが格納庫に戻ってきた。
パイロットスーツに着替えた俺は、機体に乗り込む前にアリソン博士と打ち合わせをしている。
今回の実験内容の確認と、実験機の変更についてだ。
地上では魔力コンバーターの出力だけでなく、サンダーボルトの機体自体も調整が施されていた。
魔力コンバーターをより効率的に動かすための改修らしい。
「見た目は変わっていませんね」
「改修したのは中身とソフトだからね。外観まで変更する余裕はなかったわ」
タブレット端末を持ったアリソン博士は、俺に一通りの説明を終えると物憂げな表情をする。
そして、この実験が失敗に終わった後の俺の扱いについて教えてくれる。
「今回の実験が失敗に終われば、今度は君が地上に戻されるわ。魔力出力の向上を理由に、健康な手脚を切断する予定よ」
ある程度予想はしていた。
失敗続きであるため、どうしても結果を出そうと焦っているのだろう。
俺の手脚を偽獣の物に入れ替えても、出力は上がらないと知りながらも実行するらしい。
ただ、俺は拒否出来る立場にはない。
「……了解しました」
受け入れた俺に、アリソン博士は潤んだ瞳で睨み付けてくる。
以前に隼瀬中尉に睨まれた時とは違い、まったく怖さを感じなかった。
まだ十代だというのに、隼瀬中尉の眼力には今思い出しても驚きだ。
地上にも同じような目を持つ兵士たちはいたが、ほとんど全員が猛者たちだった。
アリソン博士は俺の態度が気に入らないらしい。
「手術が無事に終わると思っているの? 今のあなたでも成功率は高くないのよ。最悪、死ぬか二度と起き上がれなくなるわ。それでも受けると言うの?」
「受けます。それが志願した自分の義務ですから」
「……そう。どこまでも命令に忠実なのね。本当に都合のいい兵士だわ」
アリソン博士の嫌みにも聞くべき部分はある。
だが、今回は俺としても少しばかり自信があった。
いや、自信ではないな。
「今回で駄目ならば諦めも付きます」
コックピットに入るため、用意されたはしごを登るとアリソン博士が俺を訝かしんでいた。
「今日は随分と余裕があるようね。私たちがいない間に、何かあったのかしら?」
「えぇ、思いも寄らない人からアドバイスを頂きました」
アリソン博士は首を傾げていたが、相手を確認する時間もないのか持ち場に戻って行く。
「今回は成功して欲しいものね」
前回ルイーズの助言で失敗したため、今回も期待薄と諦めているようだ。
コックピットに滑り込み、俺は一度深呼吸で呼吸を整える。
「前を向いて一歩一歩進め……今はそれだけでいい」
母から教わった言葉を思い出して呟き、今の自分に当てはめる。
今は目の前に問題に立ち向かうだけでいい。
やれることをやる……それで失敗したならば、その時はその時だ。
「もう終わった命だ。今更惜しくはない。ただ……戦乙女のように飛べるのなら俺は……」
操縦桿を静かに強く握りしめると、モニターにスミス博士の顔が表示された。
『それでは始めようか。準備はいいかな、エンヴィー?』
「はい。いつでも構いません」
『それではテスト開始だ。魔力の出力を開始してくれ。あぁ、それと気負わないようにね。失敗しても手術とリハビリを受けるだけさ』
「……了解です」
俺にとっては命懸けになるのだが、スミス博士にしてみれば大した問題ではないらしい。
優しそうに温和に見せながら、同時に残酷な一面を覗かせてくれる。
本人は残酷とも意識していないだろうが、スミス博士のような人間がいなければ俺にはこんなチャンスが巡ってくることもなかったはずだ。
テストが開始されると、モニターに魔力出力が数字として表示された。
出力はゼロを示しているが、操縦桿に魔力を流し込むと数字が上昇していく。
数字は実験失敗を意味する赤で表示されていた。
通信機越しにアリソン博士と開発チームメンバーの会話が聞こえてくる。
『前回とあまり変化がないわね』
『……いえ、前回よりも僅かですが出力が上がっていますね』
今も数値は上がり続けていた。
アリソン博士が何やら違和感を抱いたらしい。
『数値の上昇が止まらない? 計測器に異常は?』
『何度も調べたので万全ですよ』
モニターに表示される数字は上がり続けている。
コックピットの中、俺は隼瀬中尉の言葉を思い出していた。
自分の中にある素直な感情と向き合う。
戦乙女が羨ましく、戦場の空で彼女たちを探して眺めていた自分と。
自由に空を飛び回り、偽獣たちを屠っていく力が俺も欲しかったのだ、と。
「エンヴィーよりも、俺にはジェラシーの方が相応しかったかもしれないな」
戦乙女への嫉妬を抱いた自分を受け入れると、なおも魔力出力は上昇して行く。
体に移植した手脚と臓器から魔力があふれ出す感覚に、高揚感に包まれていく。
「これが魔力を引き出す感覚! この力さえあれば俺は――」
――興奮しているのか心の声が漏れてしまった。
だが、その先を言う前に正気を取り戻してしまった。
同時に、自分が何を言おうとしたのか思い出せない。
思い出せないというよりも、何を口走ろうとしたのか自分にもわからない、といった方が正しいだろうか?
これで偽獣とまともに戦えるという喜びはあったが、偽獣を倒せるというものではない気がする。
俺は何を口走ろうとした?
考えている間に合格ラインである十パーセントを超えると、スミス博士が興奮からカメラに顔を近付けたのだろう。
表示された枠いっぱいに、スミス博士の顔が映っている。
『到達した! 魔力出力は十五パーセントを維持している。エンヴィーの魔力出力が予定を大幅にクリアしたよ。これで計画は次の段階に進めるぞ!』
無邪気に喜ぶスミス博士は、まるで子供のようにはしゃいでいた。
操縦桿を握りしめる俺も、この結果には少し驚いている。
魔力出力十パーセントを目指して、あれだけ苦労して血反吐や血尿を出したのにアッサリと目標を達成してしまったからだ。
『魔力出力も継続して続いている。これで魔力による力場で機体を守れる! 余剰エネルギーを浮力に回せば、人型兵器でありながら戦闘機並の速度と起動も可能だ。実戦テストにも投入も近いぞ!』
興奮するスミス博士を諫めるのは、この結果に驚きつつも平静を装うアリソン博士だった。
『……武装に回すエネルギーが不足していますよ。実戦テストは早計です』
『あぁ、ちょっと急ぎすぎたね。でも、この結果があればプロメテウス計画に上層部は予算を割いてくれそうだね。我々の未来は明るいぞ、アリソン君』
未来は明るい、という言葉にアリソン博士は冷たい声を発する。
『明るい未来は遠ざかった気がしますけどね。……エンヴィー、実験は成功よ。魔力出力を停止して小休止に入りなさい。十五分後に再実験を行うわ』
「了解しました」
通信を切った俺は、コックピット内で深いため息を吐いて視線を上に向けた。
「……俺は何を言いかけた?」
予定していた目標を無事に達成出来た喜びの中、ほんの僅かな気掛かりが生まれた。
休憩時間中に考えて答えを出そうとしたが、すぐにアリソン博士に呼ばれて実験に戻った。
GCN文庫様より【フェアリー・バレット ―機巧処女と偽獣兵士― 1巻】【10月19日】発売!
9月、10月と連続で書籍が発売となりますが……まだあったりするんだよね。