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敵対者

定期的に投稿しておりますが、念のため今後の投稿日を掲載しておきます。


25日、27日、28日、30日

10月

2日、4日、5日


毎日更新ではありませんのでご注意を。

「後ろ向きの思考は目的の達成から本人を遠ざけます……大事なのは成功するイメージと、前向きな姿勢なのです」


 トレーニングの休憩中に、ルイーズから勧められた本を読む。


 どうやら俺に足りないのは前向きな思考だったらしい。


 常に最悪を想定して慎重に行動しろ、と教え込まれてきた俺には驚きの発想だ。


 自分が魔力出力を向上させたイメージを思い浮かべるだけで、成功するというのが信じ切れない。


 ページをめくると、俺の心情に対する答えが書いてあった。


「大事なのは信じる心です。疑ってはいけません? ……くっ、俺には何もかも足りないのか」


 誰もいないので一人称が「俺」になってしまった。


 普段は気を付けているのだが、我ながら追い込まれたものだと思う。


 読書に集中する俺は、足音に気付いて顔を上げた。


 アリソン博士がこちらに向かって歩いてくる。


「一二三君、三回目の魔力コンバーターの出力実験だけど……どうしたの、その本?」


 俺が呼んでいる本のタイトルを見て、アリソン博士は胡散臭そうな視線を向けていた。


「クラスの友人に勧められました。自分には前向きな思考が欠如しているらしく、それが魔力の出力低下に繋がっているのではないか、と助言を頂きました」


 アリソン博士は疑った顔をしていたが、魔力に関わる話になると真剣な顔付きに変わった。


「気持ち……この場合は精神力かしらね? 精神性からのアプローチも考えていたけれど、戦乙女が言うなら説得力があるわね」


「はい」


 しおりを挟んで本を閉じると、アリソン博士が表紙を見ていた。


「てっきり、失敗続きで自己啓発本に手を出したのかと思って心配したわ」


 ベンチから立ち上がって姿勢を正す。


「この手の本は初めて読みましたが、勉強になります」


「……そう。でも、私は本よりも友達が出来たのが驚きだわ。クラスで孤立してストレスを抱えないかと心配していたもの」


「ルイーズ准尉は協力的で優しい方です」


「交友関係は大事にしなさい。場合によっては、実験について一部の情報を開示しなさい。そうした方が、より的確な情報を引き出せると思うわよ」


「よろしいのですか?」


「結果に繋がるなら、この際不問にするわ。でも、その友人だけにしてね。――話を戻すけど、三回目の実験予定日が決まったわ。今回の目標値は出力の一パーセントよ」


 一回目は十パーセントだった目標が、三回目を迎えて一パーセントにまで下がっていた。


 単純に俺に対する期待値の低下を意味している。


「予定日までに目標を達成出来るよう、全力を尽くします!」


「そうしてくれると助かるわ」


 アリソン博士は俺に背を向けて歩き去っていく。


 ベンチに座り、俺は本を広げ手続きを読み始める。


「次は……成功した自分をイメージする方法について、か」


 魔力を規定値まで出力し、サンダーボルトが力場を発生させる姿を想像する。


「成功した自分をイメージ……イメージ……」



『これより三回目の魔力出力実験を開始します。パイロット、準備はいい?』


 三回目を迎えた魔力コンバーターの実験を迎えた俺は、操縦桿を強く握りしめていた。


「はい、問題ありません」


 今回はルイーズに勧められた本を読み、同種の関連する書籍も読み漁った。


 成功する自分を何度も何度もイメージした。


 後ろ向きの性格を改善するため、本に書かれていたトレーニング方法は全て試した。


 後は、俺自身が結果を出すだけだ。


 モニターに映るアリソン博士が、少々呆れた表情をしていた。


『今回はいつも以上にやる気があるわね。読んだ本は役に立ったと思っていいのかしら?』


「……やれることは全て実行しました」


 何事も準備が重要だと訓練施設で教わってきた。


 実験日を迎えるまで、俺は自己啓発本をひたすら読み込んで実行してきた。


『自信がありそうね。結果に繋がることを祈っているわ。実験を開始します。パイロット、魔力供給を開始して』


「魔力供給を開始!」


 操縦桿を握り締めて魔力を放出する……魔力コンバーターに魔力が流れ、出力を示す針がピクリと動いた。


 感覚的に前回よりも放出される魔力量が増えている気がした。


 いける……今回は成功する!


 失敗するイメージを拭い去り、成功する姿だけを思い浮かべた。


『……実験終了』


 実験の終了を告げられ、俺はすぐに結果をアリソン博士に確認する。


「結果は! アリソン博士、結果はどうでしたか?」


 焦りが現われ声が大きくなってしまった。


 今は少しでも早く結果が知りたい。


 それだけ、今の俺には実験に対して手応えがあった。


 しかし、アリソン博士の表情からは実験結果が芳しくなかったのが伝わってくる。


『結果だけを見れば三倍近くの効果が出ていたわ』


「三倍?」


 大幅な数値の上昇が知らされるが、それは望んだ結果ではなかった。


『そう、三倍よ。結論から言えば一パーセントには届かず。三倍という結果は素晴らしいけれど、誤差の範囲を出ていないわ』


「誤差の……範囲内……」


 自己啓発本を読み込んで精神面からアプローチを行ったが、結果は芳しくなかった。


 アリソン博士は実験の継続を告げてくる。


『上昇し続ければ可能性はあるわ。続けて二回目の実験を開始します』


「……了解、しました」


 そう、次も同じように結果を出せばいい。


 ただ、結果を出し続ければ……。



 三回目の実験結果を振り返るアリソンは、スミス博士と意見を出し合っていた。


 スミス博士は今回の実験結果を口にする。


「最初だけは前回の三倍の出力を出したのに、続ける度に悪くなってしまったね。一回目で魔力を出し尽くしてしまったのかな?」


 怒るでも、残念がるでもなく、ただ結果を受け止めていた。


 スミス博士の態度は、アリソンに能天気に見えて腹立たしい。


「微増と言えば希望もありますが、この結果では上層部は誤差としか判断してくれませんよ」


 上層部がプロメテウス計画を失敗と判断すれば、自分たちの開発チームは解散させられてしまう。


 危機感を持ってほしいアリソンに対して、スミスは笑っていた。


「結果は改善しているじゃないか。このまま精神的なアプローチを続けていれば、目標の一パーセントは達成出来るんじゃないかな?」


「本来の目標は十パーセントです! そもそも、自己啓発本を読んで成功するなら苦労はありませんよ」


 精神的なアプローチの可能性を考慮し、蓮の行動を否定しなかった。


 だが、結果から言えば誤差の範囲内だ。


 アリソンの立場から言わせてもらえれば、自己啓発本には科学的な根拠がない。


 本来であれば止めさせたかった。


「成功だけをイメージすれば解決するなんてオカルトです」


 スミス博士はアリソンの意見を聞き入れながらも、自分の見解を述べる。


「確かに成功をイメージするだけでは足りないね。科学的に付け加えるなら成功するまでの過程も重要だ。何よりも大切なのは実行力かな? オカルトと断言するのは早計だよ。説明が足りないだけさ。今後はエンヴィーに過程を重視するように言えばいい。大事なのは結果に導いてくれる正しい努力さ」


 間違いでもないが正しくもない、そんな曖昧な言い方をするスミス博士にアリソンは嫌みを込めて言う。


「成功には過程が重要……まさにその通りですね。その過程に問題を抱えていなければ、私も諸手を挙げて賛同する意見でしたよ」


 魔力出力を向上させたいが、その方法が不明では実行するのも困難だ。


 蓮も、そして開発チームも、手探りでその方法を探している最中である。


 機嫌を損ねたアリソンを無視して、スミス博士は今回の結果を表した数字を眺めていた。


「さて、ここからどうやって目標を達成したものか」



「えぇぇぇ! 失敗したの!?」


 実験結果が失敗したことを告げるため、俺はルイーズと屋上に来ていた。


 今回の結果に驚きの声を上げるルイーズに、俺は申し訳なさを感じていた。


「せっかく、ルイーズから助言を受けたのに、不甲斐ない結果に終わりました。全ては俺の責任です。成功する自分を強くイメージ出来ませんでした」


 俺は無意識に自分を疑ってしまったらしい。


 最初こそ手応えを感じたが、結果を見れば目標達成には程遠かった。


 助言をもらっても結果が出せない自分を不甲斐なく思っていると、ルイーズが俺の背中を優しくさすってくる。


「そんなに落ち込まないで。大丈夫だよ。これから少しずつ結果を出して行けばいいんだし。魔力操作は才能の領域でもあるし、短い期間で結果が出せただけでも凄いことだよ」


 慰めてくれるルイーズの言葉は嬉しいが、どうやら自分には魔力に関する才能がないらしい。


 ルイーズの言葉が思い出される。


 自分よりも優秀な生徒は沢山いたが、大半が卒業出来なかった、と。


 幾らその他で才能を示そうとも、魔力を引き出せなければ戦乙女としては無価値らしい。


 魔力がなければ偽獣と戦えない現状では、どれだけ戦う才能があっても魔力がなければ無意味だ。


「自分には魔力を扱う才能がないのかもしれません」


 弱音を吐く自分に、ルイーズは背中をバンバン叩いてくる。


「そういう後ろ向きの発言は禁止! 蓮君はもっと前向きになった方がいいよ。僅かでも魔力の操作が向上したなら、今後はコツを掴めばいいだけだよ」


「もっと前向きになれたら、魔力の出力は向上するのでしょうか?」


「少しでも成果があったなら試すべきだよ。それに、始めたばかりなのに、大きな結果を求めるなんて駄目だと思うよ」


 ルイーズの指摘に、俺は苦笑を浮かべた。


 確かに焦りすぎたようだ。


「そう、ですね。もう少し頑張ってみます」


 ルイーズが満面の笑みを浮かべる。


「うん、それが一番だよ。私も役に立つ本を探してみるね。一緒に頑張ろう、蓮君」


「はい!」



 学園では五組を中心にある噂が広がっていた。


 廊下で女子生徒二人が話し込んでいる。


「聞いた? 学園に間借りしている人型兵器の実験だけど、もう六回も失敗したらしいよ」


「もう諦めればいいのにね。そもそも、男を戦力化するなんて無理なのよ。私ら戦乙女に任せればいいのにさ」


 男性が戦場の花形に返り咲こうと必死すぎる、と二人は嘲笑っていた。


 開発チームの頑張りも、彼女たちにすれば無駄な努力に見えているのだろう。


 タイミング悪く通りかかるのは、蓮にお勧めの書籍を持って行く途中のルイーズだった。


(蓮君の悪い噂が思ったより広がっているわね)


 噂話に耳を傾けないよう、足早に去ろうとするが女子生徒二人は逃がしてくれそうにない。


 わざとルイーズの前に出て、道を塞いで話しかけてくる。


「待ちなよ、ルイーズ」


「これからどこに行くのかな?」


 二人はルイーズの事情を知っているのに、わざとらしく問い掛けてきた。


 ルイーズは書籍を抱き締めながら答える。


「……蓮君に本を届けようと思って」


 二人はルイーズが持っている本に目を向けると、訝かしんだ表情になった。


 話題の男性パイロットに届ける本だとは思わなかったらしい。


 だが、二人はすぐに本のことを無視してルイーズの行動を咎めてくる。


「いい加減にしなよ、ルイーズ。あんたは同じ五組の仲間だから言うけど、あいつは私たちとは違うんだよ」


「そう、そう。関わってもろくな事にならないよ。実際、男に誑かされたって噂している連中もいるからね。このままだと、あんた編入の芽がなくなるよ」


「他のクラスも男性パイロットには懐疑的だって噂だからね。それに、親しくしていると関係を持ったって噂されるよ。事実はどうであれ、そんな噂が広まれば私たちには致命的だって理解しているだろ?」


 二人の言葉を聞いて、ルイーズは俯く。


「それくらい知っているよ。戦乙女は男性と関係を持ったら駄目だって……でも、私と蓮君は友達で、清い関係だから心配ないよ」


 問題ないと言うルイーズに、女子生徒二人は顔を見合わせてから責めてくる。


「周りがどう思うかって話だろ。あんた、ブーツキャットのスカウトで失敗したのに、まだ懲りてないの?」


「他のクラスの女子を敵に回すと、編入の可能性が低くなるってわかっているよね? だったら、今すぐにでも関係を切った方がいいよ」


 二人は言うだけ言うと、ルイーズを残して去って行く。


 ルイーズは本を強く、強く抱き締めて振るえていた。


「……私が一番よく理解しているよ」



 間借りしている格納庫の隅で、俺はトレーニング用のベンチに腰掛け項垂れていた。


 用意されたメニュー以上のトレーニングを自らに課し、終わってみれば筋肉は膨れ上がって汗だくになっていた。


 格納庫にサンダーボルトの姿はない。


 開発チームが機体の調整を理由に、学園から別の研究所に運んでしまった。


 俺は震える左手を見つめる。


 少しでも自分の体として馴染ませるために、限界まで鍛え続けてきた。


 だが、偽獣の細胞から生み出された手脚や臓器は、俺の希望を叶えてはくれなかった。


 六度目の実験にしても、微増どころか魔力出力の減少が続いている。


 三度目の実験で三倍の数値を出して以降は、ずっと下がり続けていた。


 この結果に上層部はプロメテウス計画の破棄も検討に入ったと知らされ、俺は自分の存在意義を失いかけていた。


 実験機を学園から引っ張り出したのも、計画中止を検討しているからだとアリソン博士が言っていた。


 もう、俺には何も残されていなかった。


「どうすればいい……どうすれば魔力を出せる」


 俺の側にはこれまで読み漁ってきた本が山積みになっている。


 ルイーズから勧められた本に加え、俺自身も購入して読破した。


 それなのに結果には繋がらない。


 失敗を重ねれば重ねるほど、成功するイメージが遠のいていく。


 今では自分を信じることが出来なくなっていた。


「どうして埋まらない。どうすれば、俺に足りないものを補える!」


 力の入らなくなった左手を強く握り締めた。


 幾ら前向きになろうとしても、俺の根っこの部分である深層心理は後ろ向きのままだった。


 失敗する可能性を見つけては、まだ足りないと訴えかけてくる。


 どれだけ本を読み、書かれている内容を実践しても変わらなかった。


「俺では駄目なのか」


 辛い手術やリハビリに耐えてきたのは、自分の存在価値を示すためだ。


 それが果たせないことに、俺は自分でも言い表せない悔しさが込み上げてくる。


 これまで、どんな過酷な戦場でも感じたことのない感情だった。


 一人項垂れていると、誰もいないはずの格納庫に足音が聞こえてくる。


 足音は俺の側までやって来ると、ピタリと止まった。


 俺は静かに顔を上げ、相手を確認してから立ち上がって敬礼する。


「何のご用でしょうか、隼瀬中尉殿。開発メンバーは自分を残して学園を出ておりますが?」


 隼瀬中尉は俺よりも小柄なため、見上げながら理由を述べる。


「開発チームがいないから入れたのよ。今のこの場所に、機密に関わる物はないでしょ?」


「……厳密には自分も機密の一部です」


「校舎を出歩いて、五組の授業に参加している癖によく言えたわね。まぁ、それはどうでもいいとして……あんた、失敗続きなのよね?」


 どうして実験結果を隼瀬中尉が知っているのだろうか?


 俺が警戒して表情を強ばらせたのを見て、隼瀬中尉は視線を周囲に巡らせる。


 トレーニング機器を見て、その次に見たのは積み上げられた本だった。


 隼瀬中尉は深いため息を吐く。


「性格が前向きにする方法……そんな本を読んでも意味ないでしょうに」


 積み上げてきた努力を否定されるが、相手は上官であるため逆らえない。


 だが、どうして実験結果を知っているのか、は聞く必要がある。


「隼瀬中尉、どうして実験結果をご存じなのですか? 実験結果は秘匿されていたはずです」


 俺の問い掛けに、隼瀬中尉は一瞬だけ戸惑いの表情を見せた気がした。


 すぐに挑発的な笑みを浮かべる。


「教えてあげない」


「……そうですか」


 隼瀬中尉は寂しくなった格納庫を見回しつつ、今度は俺に質問してくる。


「それで? あんたは失敗した理由に気付いているの?」


 失敗した理由を問われた俺は、自然と顔が少し俯いた気がした。


 強引に顔を上げて答える。


「自分の不甲斐なさが原因だと思われます」


「不甲斐なさ?」


 隼瀬中尉が俺の顔に視線を戻すと、何やら訝かしんでいた。


 言葉が足りなかったらしい。


「実験前に準備を万全に出来ませんでした。全て、自分に原因があります」


 隼瀬中尉は両手を腰に当てて、深いため息を吐いた。


「それって、前向きになれなかったから失敗したと思っているわけ?」


「はい」


「バッカじゃないの!」


「……は?」


 大声で俺を馬鹿と罵る隼瀬中尉は、背中を向けて身振り手振りを加えて話し始める。


「あんたはどう見ても否定的な性格をしているのに、肯定的な性格になろうとするのがそもそも間違いなのよ。どんなに頑張ったところで、その人の本質ってのは変わらないものよ。あんたは特に頑固そうだし」


「いや、しかし、これは――いえ、何でもありません」


 ルイーズの名前を出そうとしたが、隼瀬中尉との関係性を考えて止めた。


 ここでルイーズの名前を出して、迷惑をかけるわけにはいかない。


 隼瀬中尉が振り返って俺を見つめてくる。


 その表情は真剣そのものだった。


「一二三蓮……あんた、何のためにここにいるの?」


「え? それは任務で――」


 答えようとすると、隼瀬中尉が大股で俺に歩み寄ってきて――そのまま、俺の胸倉を掴んで押し飛ばしてくる。


 訓練後で肉体が限界に来ていたのもあり、俺は簡単にベンチに腰を落としてしまった。


 隼瀬中尉の顔が目の前にあった。


「私たちは自分の意志でここにいるわ。偽獣と戦うためにね。中等部を卒業した連中は、全員が戦士よ。戦乙女になって戦うためにここにいる……それなのに、あんたは命令されたからここにいるわけ? 気に入らないわね」


 隼瀬中尉が俺を嫌い理由も理解は出来るが、俺は兵士としてこの場にいる。


 その事実は変わらない。


「……自分は兵士です。命令には逆らえません」


 俺の胸倉を掴む隼瀬中尉の力が増してくる。


「どっちでもいいのよ! 戦士だろう、兵士だろうと同じだから。――あんた命令のためだけに戦っているの? だから魔力が応えてくれないのよ。あんたみたいな意志のない兵士に乗られて、あの実験機も迷惑したんじゃないの?」


 俺は右手で隼瀬中尉の手を掴んだ。


「戦う意志はあります。あるんです! でも、魔力出力は少しも向上しなかった。全て試した上で失敗したんです……」


 俺の視線は自然と自分の左手を見ていたと思う。


 隼瀬中尉も気付いたのか、俺の左手首を掴んで持ち上げて顔の近くに持って来る。


「あんた、さっきから兵士だから、命令だからって言い訳をして大事な部分を答えていないわ」


「大事な部分?」


 隼瀬中尉から挑発する表情が消え、今は俺を見定めようとしていた。


「あんた、成功率の低い危険な人体実験に志願してまで何を求めたの?」


「それは……あのままでは自分は死ぬしかなく、人体実験の成功に賭けるしか生き残る道はありませんでした」


「激痛を伴う手術とリハビリに耐えてまで? 耐えきれずに死ぬ人間までいたのよ。それなのに、あんたは耐え抜いた。……命令だけで実行したの?」


 薄暗い格納庫でも輝いて見える隼瀬中尉の青い瞳が、俺の深層心理まで覗き込んでいるような気がした。


 青い瞳に吸い込まれそうな錯覚を感じていると、不意に懐かしい声が聞こえてきた。


『お前は本当に女神さまが好きだな。そんなに見つめても、俺たちには振り向いてくれねーぞ』


 戦場で空ばかり見上げていた俺に、小隊長殿が呆れ、そして笑いながら言った台詞だ。


 暇さえあれば俺は戦場で戦乙女を探していた。


 どうして探していたのか、自分でもよくわからない。


 ただ、憧れとは違う気がした。


 俺は意図せずして、あの頃の自分と向き合わされる。


 何を考え、戦乙女を見上げていたのか?


 憧れなどという前向きな言葉では言い表せない感情が、俺の胸に秘められていた。


 一般的には醜いと言うのだろうか?


 どす黒い感情が渦巻いており、それを隼瀬中尉の青い瞳が見逃さず問い詰めているような気がしてならない。


 俺の抱いた感情を言葉にすれば、皮肉にもコールサインに近しい「嫉妬」だろう。


 空高く舞う戦場の主役たちに、俺は嫉妬していたのだ。


 俺も同じ力が欲しい、と。同じように戦いたい、と。


「俺が実験に参加したのは――」


 言葉にするのを躊躇っていると、隼瀬中尉が急かすように俺を揺すってくる。


「早く言いなよ。それとも、命令だって言えばあんたは納得するの?」


 何の事情も知らず、こちらに圧力をかけてくる隼瀬中尉に俺は不満だった。


 そんなに利きたいなら聞かせてやる、と隼瀬中尉の手を掴んだ俺は、内に溜め込んだ嫉妬やら何やらをぶちまける。


「それでは言わせて頂きます。――自分は昔からあなたたち戦乙女が羨ましかった。自由に我々の頭上を飛び回り、二等級以上の偽獣たちと戦えるあなたたちが! 自分たちは地上を駆けずり回り、三等級の相手が精々でした。なのに、あなたたちにとって三等級など眼中にもない」


 自分の中の不満をぶちまけていくと、隼瀬中尉が俺から手を離した。


 ただ、視線だけは外さない。


「えぇ、嫉妬ですよ。自分は――俺はずっと、あなたたちが妬ましかった。俺たちが望んでも手に入らない力を持つあなたたちが……だから、同じように戦えると聞いて、志願したんです」


 あの時は断れば死ぬのを待つだけの身だった。


 実験体に志願すれば過酷な手術とリハビリが待つと知りながら、戦乙女への妬みから受け入れてしまった。


 全てをぶちまけた俺は、肩で呼吸をするほど興奮していたようだ。


 いつの間にか一人称も俺になっており、しまったと後悔する。


 冷静さを取り戻した俺は、黙ってこちらを見つめている隼瀬中尉から視線を逸らした。


「理解されましたか? 自分が志願した理由など、個人的なつまらないものですよ。あなたたちへの嫉妬から志願したんですからね」


 我ながら馬鹿馬鹿しい話だと思った。


 戦乙女に嫉妬したから志願して、過酷な手術とリハビリを耐えきったのだから。


 俯いていると、隼瀬中尉が俺の髪を掴んで強引に顔を上げさせた。


「それだけの理由がありながら、どうして俯くのよ? 顔を上げなさい」


「……え?」


「いいじゃない。後ろ向きだろうと、それだけ突き通せるなら可能性があるわ」


 最初は何を言われているのか理解出来なかった。


 隼瀬中尉は真剣な表情を崩さない。


「ただの嫉妬でここまで来たなら、あんたは私たちに並ぶ可能性がある。でも、偽っている内は駄目ね。自分の中の本気の感情をぶつけてやらないと、魔力は応えてくれないわよ」


 そう言って、隼瀬中尉は俺の左手を優しく握ってくる。


 偽獣の細胞から生み出された左手を、だ。


「嫉妬? 大いに結構じゃない。あんたがやるのは、自分を逸話って前向きになることじゃないよ。後ろ向きだろうと、自分を受け入れなさい」


 それだけ言って、隼瀬注意は俺に背中を向けて歩き去っていこうとする。


 一瞬だけ微笑んでいるような気がして、俺は慌てて立ち上がるもオーバートレーニングの影響で力が入らず床に座り込む。


「どういうつもりですか、隼瀬中尉? あなたは、自分のことを嫌っていたはずでは?」


 立ち止まった隼瀬中尉は、頭をかいてふりから選らずに答える。


「私が気に入らないのは、あんたが参加した計画の方よ。プロメテウスだか何だか知らないけどさ、人体実験を許容する計画なんて認めるわけにはいかないのよ」


 隼瀬中尉は「何のために、私らがいると思っているのよ」と愚痴か文句を呟いていた。


 聞きようによっては、戦乙女以外は認めない発言だろう。


 だが、彼女にはそんなつもりはないのだろう。


 隼瀬中尉の人となりから、俺は悪い人物とは思えなくなっていた。


 プロメテウス計画自体に否定的な立場は変わらないが、俺個人にはそこまで悪感情を抱いていないらしい。


 ただ、そうなると一つだけ問題が出て来る。


「この可能性だけは外れていて欲しいが……」



 本を抱き抱えながら校舎から遠い格納庫を目指していたルイーズは、途中で向こうから歩いてくる真矢に気付いて立ち止まった。


「隼瀬さん!?」


 驚いた顔をするルイーズを見て、真矢は露骨に嫌な顔をしていた。


 視線はルイーズが持っている書籍のタイトルに向かっている。


「あんた、まだそんな本をあいつに勧めていたの? わざわざ後ろ向きの奴に、前向きになれなんて酷い奴よね」


 真矢の言葉を受けて、ルイーズは自分の意見をハッキリと告げる。


「蓮君は前向きな人だよ。色々と事情があって今はあんな感じだけど、元々は肯定的な人だと思っているから」


 ルイーズは五組で蓮と交友関係を築き、人となりを自分なりに掴んでいた。


 だから、この方法が最も効果的であると確信を持っていた。


「今現在は違うでしょ。本気で成功させたいなら、ネガティブでもいいから自分を受け入れるように助言するべきだったわね」


「そんな一時的な方法は駄目だよ。……もしかして隼瀬さん、蓮君を使い潰したいの?」


 使い潰すという言葉に、真矢は過剰な反応を見せる。


 激高したのか、僅かに髪の毛が逆立つように膨らみ、本人は眉根を寄せ、眉尻を上げて睨んでいた。


「私が使い潰す? 言ってくれるじゃない」


「だってそうでしょ? 一時的な解決法だけ示して、本当の蓮君を見ていない。結果だけ出せればいいなんて、そんなの酷すぎるよ。もし、蓮君が私たちと同じなら……下手な成功はかえって命取りになるって知っている癖に」


 ルイーズが真矢を責める視線で見ると、二人の距離は一気に縮まっていた。


 真矢が五メートルから六メートルはある距離を一瞬で詰め、ルイーズの肩辺りを掴んでいた。


 服を捻られ、ルイーズは真矢に引き寄せられる。


 真矢の青い瞳は、戦乙女として実戦を経験した猛者の瞳をしていた。


「薄っぺらい台詞をペラペラと! だから私は、中等部の頃からあんたが嫌いだったのよ」


 今回ばかりはルイーズも負けていられないと、隼瀬に抵抗する。


「それはこっちの台詞だよ、隼瀬さん。こっちは仲良くしたかったのに、私を毛嫌いして遠ざけたのはあなたよ」


 ルイーズが真矢を突き飛ばす。


 真矢は驚いた顔をするも、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。


「今回は随分とこだわるじゃない」


 実戦経験者、しかもエースである真矢の威圧は、ルイーズにとっても厳しい。


 今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、堂々と言い返す。


「こだわっているのはそっちだよね? どうして私たちの邪魔をするの? 事ある毎に蓮君に絡んで、一体何がしたいの?」


 普段のルイーズと違うと思ったのか、真矢は威圧を止めて慎重な態度を取る。


 ルイーズの問い掛けに答えようと口を開くが……結局、答えは出て来なかった。


 黙っている真矢に、ルイーズは普段とは違う芯の強さを見せ付ける。


「隼瀬さん、今回は譲るつもりはないよ。……蓮君は私が守るから」


 真矢はルイーズの言葉に興を削がれたようだ。


「そう……好きにすれば」


 この場を乗り切ったルイーズは、深いため息を吐くと格納庫へと向かう。


「蓮君大丈夫かな? ……隼瀬さんに何か言われていないといいけど」


書籍版【フェアリー・バレット ― 機巧処女と偽獣兵士 ― 1巻】は、 GCN文庫様 より


【10月19日(土)】発売!!


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― 新着の感想 ―
もしやルイーズは敵キャラなのか、、?
[一言] ついに主人公の本音が吐露された…! と思ったら、何というか肩透かし 1話目に仲良くしてくれた戦友おったやん そいつらの事なんも出てこんの? 敵に対する憎しみでも、戦友を守れなかった悔しさでも…
[気になる点] 成功率が1割を切るパイロット手術に高コストの人型兵器の実験がうまく行ったとして、実際に数を揃えて運用するのは厳しそうですね。 ヴァルキリーのエース以上の戦力であれば、単騎か少数精鋭部隊…
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