魔力の資質
もっと酷いヒドインだって書けます!
結果から言えば実験は失敗に終わった。
開発チームは機体の調整を行い俺から魔力を引き出そうとしているが、根本的な問題はテストパイロットの俺にあった。
魔力出力の圧倒的な不足。
期待値よりも大幅に下回った俺の魔力では、偽獣との戦闘に耐えられない。
機体や魔力コンバーターをいくら強化しても、肝心の魔力出力が全く足りなければ意味がない。
現状、俺が優先するべきは魔力出力を上げること。
しかし、開発チームは魔力に関わるノウハウが少なかった。
「魔力出力の向上に助言がほしい、ね」
実験が行われた夜に、俺はアリソン博士の仕事部屋を尋ねていた。
格納庫に仕切りが用意されただけの個室には、アリソン博士のPCと積み上げられた資料や本が綺麗に積み上げられていた。
ほとんどが仕事に関わる物ばかりだが、机の上には一つだけ写真立てが置かれていた。
「アドバイスを求める気持ちも理解できるけど、私たちもノウハウが乏しいと知っているでしょ?」
「自分よりも知識が豊富な博士たちに頼るべきと判断しました」
「スミス博士には聞いたの?」
「偽獣の割合を増やすのが一番早い、と仰っておりました。同時に、前進を入れ替えても期待した数値に届かない、とも」
「……はぁ、あの人は本当に」
アリソン博士が深いため息を吐くと、俺に対して助言をくれる。
「悪いけど魔力に関わるノウハウが少なすぎて予想が立てられないわ。ちなみに、君が考えている解決方法はあるのかしら?」
「手脚をより自分の物にするべく、訓練時間を増やしメニューをよりハードな物に切り替え得ようと考えています。……今の自分にはこれしか出来ません」
期待値を出せないということは、俺が偽獣の細胞から魔力を出し切れていないからだ。
より自分の手脚とするため、トレーニングを増やす方法を思い付いた。
俺が考えた方法で解決するとは思っていない。
だから、博士たちを頼った。
アリソン博士は苦笑している。
「それで解決するなら、とっくに解決しているわね。わかったわ。私からのアドバイスをしましょう」
姿勢を正して真剣に拝聴する俺を見て、アリソン博士は笑っている。
「大した話じゃないのよ。私たちがノウハウを持っていないなら、持っているところから引き出せばいいじゃない」
「持っているところ、でありますか?」
専門機関にアクセスすればいいのだろうか? だが、俺の権限で調べられるとは到底思えない。
困惑している俺に、アリソン博士は呆れていた。
「今にして思えば、学園長の気まぐれに感謝よね。……君が学園で在籍しているのは、魔力の扱いに長けた戦乙女たちのクラスでしょ?」
ここまで言えば理解できるわね? という視線を向けてくるアリソン博士に、俺は敬礼をした。
「ご助言、感謝いたします!」
つい学園の雰囲気に忘れてしまいそうになっていたが、彼女たちは戦場の主役である戦乙女たちだ。
誰よりも魔力の扱いに長けて、ノウハウを持っている存在だ。
アリソン博士が席を立って俺の肩に手を置く。
「上手く情報を引き出しなさい。くれぐれも学園長や周りに警戒されないようにね」
「はっ、全力を尽くします!」
助言をくれたアリソン博士や、開発チームのためにも必ず魔力に関するノウハウを獲得すると意気込む。
しかし、アリソン博士は心配そうな顔をしていた。
「……本当に大丈夫かしら?」
◇
魔力のノウハウを獲得するため、学園に登校した俺は五組の授業を受けていた。
何かしらヒントが得られないかと普段よりも真面目に授業を受けるわけだが、そんな俺のよう素がルイーズには違和感があったらしい。
休憩時間に入ると、すぐに話しかけて来た。
「今日の蓮君はいつにも以上に真面目だね。何かあったの?」
ルイーズにはこちらを探るような様子は見られず、本当に俺を案じているように見えた。
「……魔力の出力を向上させたいと思い、授業にヒントがないかと思いまして」
「あ~、そういうこと。でも、それってちょっと難しいかも?」
難しい表情をするルイーズに、俺はその理由を問い掛ける。
「何故、でしょうか?」
出来る限り切羽詰まっている心情を悟られないよう、必死に取り繕う。
ルイーズは俺の内心など気にした様子もない。
視線を上に向け、戦乙女たちの魔力に対する認識を話してくれる。
「魔力に関わる授業は中等部で行うからね。無事に卒業した時点で、みんな一定の基準を満たしているの。高等部だと授業内容は他を優先しちゃうし」
「そ、そうでしたか」
授業で魔力に関するノウハウは得られそうにない。
ならば、やはり誰かに聞くしかない。
次の授業も始まるので会話を中断しようとすると、ルイーズは話を続けたいらしい。
「もしかして魔力に関わる問題が起きたの?」
「……それは話せません」
「あ、そうか。軍事機密ってやつだね。だったら言えないよね」
うん、うん、と頷くルイーズは、俺に提案してくる。
「だったら私が魔力について教えてあげるよ。中等部の子でも知っている基礎中の基礎だけど」
「よろしいのですか?」
思いがけない幸運にルイーズを見つめると、本人は満面の笑みを浮かべていた。
「だって私たちは友達でしょう? 困っているなら助け合わないとね」
「友達……ですか」
友達という言葉を聞かなくなった久しいので、とても新線に聞こえた。
ルイーズが首を傾げている。
「どうしたの? もしかして、私が友達は嫌だった?」
「いえ、違います。軍隊生活が長かったもので、友達と呼べる人が自分は少ないものですから」
「そうなの? 同じ部隊の人たちと仲が悪かったとか?」
ここに来る前に壊滅してしまった小隊を思い出す。
彼らとの関係は悪くなかったし、むしろ良好だった。
だが、歩兵部隊は消耗が激しい。
友人を作るというのは、それなりに覚悟のいる行為だった。
「……彼らは戦友です。それに、自分は戦場で戦友以上の関係は望ましくないと教わりました」
誰かを特別にすると、戦場で判断が鈍るから止めておけと教わった。
ルイーズは少し寂しそうに笑う。
「そっか。歩兵の人たちも大変だね。ごめんね、変なことを聞いちゃって」
「構いません。それよりも、本当に指導して頂けるのですか?」
ルイーズは大きな胸を拳で軽く叩いて見せた。
「私に任せてよ! こう見えても面倒見がいいって言われているんだから」
学園の異物でしかない俺にも優しいルイーズの言葉は、その通りなのだろうな、と思える説得力があった。
◇
放課後。
俺はルイーズから魔力に関する知識を教わっていた。
場所は学園の図書室で、放課後だというのに利用している女子生徒もそれなりにいた。
「魔力というのは心が重要になってくるの」
「心、ですか? それは精神力の話でしょうか?」
「う~ん、確かにそっちも大事かな? でも、一番大事なのは動機っていうのかな? 私たちだったら戦乙女になって偽獣と戦うぞ! って気持ちが大事になるの」
「気持ちの問題だと?」
これには俺も困ってしまう。
俺は何年も偽獣たちと戦って来た。
戦うために生きてきたと言っても過言ではない。
「自分は歩兵の頃から偽獣と戦っているのですが?」
「それは戦っているだけであって、自分の意志がそこにあるのかが重要なの」
「……意志」
家族を失ってから、俺は言われるままに生きてきた。
組織に拾われ、訓練施設では大人たちに従った。
戦場に放り込まれてからは上官に従い偽獣と戦ってきた。
ルイーズに言われて気付いたのは、そこに自分の意志がなかったという事実だ。
「自分の意志もあったと……思います。いえ、今後は意志を持って戦います」
偽獣と戦いたいと思うだけでいいのなら、確かに精神的な話である。
光明が見えてきたと希望を持つが、ルイーズの表情は優れない。
「思い込めばいいって話じゃないの。心の底からの強い願いっていうのかな? 誰かに言われてやるんじゃなくて、自発的な原動力が必要になってくるの。その……今の蓮君だと難しいと思う」
「そんなっ!? ……いえ、失礼しました」
静かな図書室で大声を発してしまうと、周囲の女子生徒たちから責めるような視線が集まる。
中には何事かと好奇心に満ちた目を向ける女子生徒もいたが、小声に戻ると興味を失ってしまったらしい。
ルイーズが俺に落ち着くように言う。
「気持ちはわかるけど、こればかりは本人の資質に関わる問題なの。中等部の頃の話だけど、成績だけなら私より優れている子は沢山いたわ。でも、卒業できずに退学する子は大勢いた。理由は魔力を上手く引き出せなかったから」
俺の子供の頃とは大違いだ。
施設では成績が全てだった。
いくらやる気があっても成績が低ければ問答無用で不適格と判断され、いつの間にか施設から消えていた。
「それでは、自分はどうすれば……」
今のままでは魔力出力が規定値を満たせない。
それはつまり、存在意義の消失を意味する。
きっと俺の表情は優れなかったのだろう。
ルイーズが手を合せて慰めてくれる。
「お、落ち込まないで、蓮君。えっと……そうだ!」
席を立ったルイーズは、図書室の本棚に向かって何やら探し始めた。
すぐに一冊の本を手に取って戻ってくる。
タイトルはポジティブになれる本、だった。
「落ち込みやすい蓮君にはこれ! 前向きになれて、魔力操作も向上するすぐれた解決策だよ。これを読めば蓮君もきっと魔力が扱えるようになるよ」
確かに俺の性格は明るいと言えないし、前向きとも思えない。
ルイーズから本を受け取る。
「これを読めば解決するのでしょうか?」
「うん! きっと魔力操作が向上するよ。だから元気を出して」
微妙に使っている単語が違うようだが、魔力に関する認識が学園と開発チームで違っているからだろうと自分を納得させる。
パラパラと本をめくり、そして閉じる。
「ありがとうございます。早速、帰って読ませて頂きます」
礼を言うとルイーズが照れて頬を指先でかいていた。
「気にしなくていいよ。私たち……友達でしょ」
「は、はい」
友達と言われて妙な気恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきた。
これは青春? と言っていいのだろうか。
俺には縁のなかった時間が流れていくと、図書室に大きな足音を響かせて一人の女子生徒が俺たちに近付いてくる。
騒がしいその女子生徒に、周囲の子たちは誰も咎めたりはしなかった。
顔を向けると、そこにいたのは険しい表情をした隼瀬中尉だった。
「まだこんな真似をしているとは思わなかったわ。ルイーズ、あんたも懲りないわね」
隼瀬中尉の視線が向かうのはルイーズだった。
学園で嫌われている俺を庇うルイーズに、釘を刺しに来たというところだろう。
ルイーズが俯きながら抵抗する。
「私が何をしようが勝手だよ、隼瀬さん。私は蓮君を助けたいと思ったから行動しているの。邪魔はしないでほしい……かな」
ルイーズにとっても隼瀬中尉は上官であり、詳細はわからないが軍隊式を重視しない学園のルールでも格上のはずだ。
ルイーズの立場を守るためにも、俺が席を立って隼瀬中尉の前に出る。
「隼瀬中尉、これは自分がお願いしたのです。責めるなら、どうか自分にお願いします」
俺を見る隼瀬中尉の視線には嫌悪感があった。
今まで色んな基地で、俺を異物として見てきた兵士たちと同じ目をしていた。
偽獣の細胞を宿した俺を汚物……いや、敵を見るような視線だ。
「随分と手懐けているみたいね。そもそもあんた……ん?」
隼瀬中尉の視線が向かうのは、俺が小脇に抱えた本だった。
視線は次にルイーズへと向かう。
「何のつもりかしらないけどさ、これ以上好き勝手にやるなら覚悟しなよ」
隼瀬中尉から剣呑な雰囲気が漂い始めると、図書室から女子生徒たちが逃げ出していく。
代わりに入室してくるのは、元気の有り余っていそうな女子生徒……ではなく、スリットの入ったレディスーツを着た女性だった。
一瞬間違えてしまったのは、彼女のまとっている雰囲気が生徒と同じだったから。
長い茶髪をポニーテールでまとめたその人は、図書室に入るなり隼瀬中尉を指さした。
「あ~! 真矢ちゃんが他のクラスの子をいじめてる! いけないんだよ。先生として許さないからね!」
怒っているのだろうが、本人から漂う雰囲気は軽かった。
ぷんぷん、と怒っていますとアピールしているだけで怖くはない。
だが、隼瀬中尉には効果があったらしい。
深いため息を吐く彼女は、俺たちに背中を向ける。
「大日南先生、人聞きが悪いことを大声で言わないでくれませんか? 私は助けようとしただけですよ」
助けると言う隼瀬中尉の発言を聞いて、ルイーズさんが小声で言う。
「……白々しいよ、隼瀬さん」
幸いにも相手には聞こえていないようで安心したが、二人の間には何か根深いものがあるようだ。
図書室にやって来たのは大日南先生……どうやら教師だったらしい。
「言い訳をしない! 真矢ちゃんは三組のエースなの! だから、立ち居振る舞いには気を付けないと駄目でしょ。先生、いじめとか嫌いだから許さないよ」
子供っぽい人、というのが最初の印象だった。
隼瀬中尉は大日南先生に対して弱いのか、困り顔で頭をかいている。
「よく言うよ。それより、何か用?」
「あ、そうだった! これからブリーフィングを行うから会議室に集合です! 真矢ちゃんは私と来るよ
うに」
「端末で呼び出せばいいじゃない」
「違うの! 呼び出そうとしたら、騒ぎがあったから駆け付けたら真矢ちゃんがいたの!」
「はい、はい」
隼瀬中尉は上官と思われる教師に対してもタメ口で、俺からすれば信じられなかった。
ただ、大日南先生の方は気にした様子がない。
上官に対して無礼な口を利くなど俺にとってはあり得ない行為だ。
エースの特権……ルイーズの言葉を思いだした俺は、学園というのが軍隊とは別の組織であるのだと痛感した。
二人がそのまま図書室を出て行くと、風に残った女子生徒たちは嵐が過ぎ去ったかのように胸をなで下ろしていた。
ルイーズが席を立つ。
「蓮君、ちょっといいかな?」
図書室で解散する予定だったが、ルイーズに誘われて俺たちは屋上へと向かうのだった。
◇
屋上にやって来ると、ルイーズは俺に背中を向けたまま手を組んで背伸びをしていた。
風を受けてスカートがめくれそうだったので、俺は見ないように彼女よりも前に出て落下防止のフェンスに手をかけた。
「隼瀬中尉とは何かあったのですか?」
ルイーズは苦笑を浮かべながら、隼瀬中尉との関係を語り始める。
「……嫌われているの。隼瀬さんは上昇志向が強いっていうのかな? だから、私みたいにおっとりしている子は苦手みたい」
隼瀬中尉の言動を思い出せば、確かに気が強そうだ。
優しいルイーズとは反りが合わないと言えばそれまでだが、やり過ぎているきらいがある。
エースの特権を振りかざしている姿は問題としか見えないが、教師たちが黙認しているとなるとそれだけ優遇されている証だろう。
ルイーズが俺の隣に来ると、フェンスを掴んで項垂れる。
「私、一度だけ三組のスカウトを受けたの。面談までは順調だったけど、最終的に隼瀬さんが嫌がったから編入の話が消えちゃった」
「そんなことが許されるのですか?」
たった一人の意見で戦力外と判断される。……俺にとっては異様だった。
「許されるのがエースだよ。まぁ、編入の際にクラスの子たちの意見を聞くのは、どのクラスでもやっていることだけどね。好き嫌いは仕方ないけど、ここまで露骨なのは珍しい……かな?」
五組に在籍して理解できたことがある。
女子生徒たちが目指しているのは、戦乙女として戦力と認められる一組から四組までのクラスに編入することだ。
編入すれば実戦投入されるわけだが、相応に待遇が改善されるらしい。
待遇だけが理由でもないようだが、中等部を卒業した彼女たちは俺から見ればエリートだ。
上昇志向の強い女子生徒たちにとって、編入というのは出世以上の意味があるように感じられた。
「ルイーズなら、他のクラスからスカウトされますよ」
「あはは、ありがとう、蓮君。慰めでも嬉しいよ。でもね、三組にスカウトされたのは、三組が現状で一番戦力が足りていないからなの」
「どういう意味でしょうか?」
「三年くらい前だけど、三組は部隊が壊滅してね。今は立て直し中なの。五組の子たちからすれば、三組に入るくらいなら他のクラスに入りたいのが本音だよ」
つまり、三組からスカウトを受けて編入が許されなかったというのは、ルイーズにとっては戦力外通告を受けたに等しいようだ。
「まぁ、何というか……私にとっては最後の希望だったんだけどね。隼瀬さんに潰されちゃったから、もう私にチャンスはないんだ」
諦めて苦笑している彼女の姿を見て、俺は自然とある言葉を思い出した。
懐かしい母の言葉を。
「……前を向いて一歩一歩進め」
「え?」
急な俺の呟きにルイーゼは酷く驚いた顔をしていた。
これまでに見せたことのない表情は、一瞬だが普段のルイーゼとは別人に見えた。
目を見開き動揺する彼女は、慌てて俺から顔を背けるようにフェンスの向こう側を見た。
どうやら、また間違ってしまったらしい。
「失礼しました。昔言われた言葉を思い出したものですから」
「そ、そうなんだ。急に言い出すから驚いちゃった。……ちなみに、誰に聞いたの?」
「母親です。周りに惑わされず、自分の歩幅で一歩一歩前進するという意味だそうです。だから、ルイーズも周りの評価など気にせず、今出来る努力をするべきだと……いえ、今の自分がするようなアドバイスではありませんでしたね」
思い出した言葉を口にしてみたが、ルイーズよりも今の自分に当てはまる。
存在意義を見失った今の俺には、今出来ることを積み上げていくしかない。
ルイーズが俺から顔を背けて前を見た。
「いい言葉だね。うん、本当にいい言葉だよ。私も……もっと頑張ろうって思えたよ」
気持ちが沈んでいるのか声色に元気はないが、こちらを向くルイーズは無理に微笑みを浮かべていた。
「ありがとう、蓮君。それじゃあ、私はこれで失礼するね。明日からも隼瀬さんの妨害は続くだろうけど、一緒に頑張って乗り切ろうね!」
「はい」
【フェアリー・バレット ―機巧少女と偽獣兵士― 1巻】は【10月19日(土)】発売予定です。
店舗様、通販サイト様にて予約も開始しておりますので是非ともご利用下さい。
ちなみに、略称はフェアバレらしいですよ。




