失敗作
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開発チームが間借りしている格納庫にて、俺はスミス博士とアリソン博士の二人に学園での詳細を説明していた。
先にメッセージで状況は知らせていたが、詳細を求めてきた二人に答えるためだ。
「――以上が報告になります」
説明を聞き終えたスミス博士が、額に手を当てて困ったという顔をしているが危機感はなかった。
「まさか学園の女子生徒に知られるなんて予想外だよ。アリソン君が嫌悪感を持たれるって言うから、わざわざ極秘情報にしたのに」
スミス博士にしてみれば、実験がやりにくくなるというだけらしい。
対して、アリソン博士の方は深刻な表情をしていた。
「情報が漏れたとなれば、一番怪しいのは学園長ですよ。基地の施設を提供する条件に、こちらの情報開示を求めましたからね」
スミス博士はあまり興味もないのか、誰が情報を漏らしたのか突き止めるつもりがないらしい。
「秘密保持契約は結んだよね? だったら、学園長は違うんじゃないかな?」
「……はぁ。彼女たちにとって、我々はその程度としか見られていないという意味ですよ。とにかく、学園長に確認してきます」
格納庫を出て行くアリソン博士に、スミス博士はのんきに手を振っていた。
「いってらっしゃい」
俺はスミス博士の緊張感のなさに危うさを感じていた。
「情報が漏洩したというのに、スミス博士は慌てていませんね」
「僕としては待ちに待った実験がついに出来るからね。明後日には準備も終わるし、今は実験の準備の方が大事だよ」
「魔力コンバーターの実験ですね」
いくら人型兵器であるサンダーボルトが動いたとしても、魔力コンバーターを作動させて力場を発生させなければ偽獣の前では役に立たない。
「一二三君の手脚と内蔵、それに左目から魔力が発生しているのは確認済みだ。後は、実戦レベルで使用できるかどうかだね」
スミス博士が満面の笑みを浮かべ、俺の背中を軽く叩いてくる。
「期待していると、一二三君」
俺は姿勢を正して返事をする。
「微力ながら全力を尽くさせて頂きます」
「……やっぱり君は硬いね。もっとフランクに出来ないのかな? 一緒にいる僕の肩が凝るよ」
「肩なら揉ませて頂きますが?」
「え? そう? だったらお願いしようかな。ここのところ、準備で急がしてくてね~」
◇
学長室にてアリソンは、加瀬学園長と情報漏洩の件を問い詰めていた。
「秘密保持契約を結んだはずでは? どうして女生徒達にこちらの機密情報が漏れているのか、説明して頂きたいですね」
アリソンからすれば舐められた行為でしかない。
契約を立てに追い詰められる状況もあり、強気の態度を取っていた。
ただ、加瀬学園長は少しも動じていない。
淡々と書類を確認し、自分のサインを記入している。
仕事の片手間に済まそうとしていた。
「わたくしが漏らしたという証拠でもあるのかしら?」
「学園で機密を知っているのは、我々かあなたしかいませんよ」
「開発チームの誰かが漏らした可能性もあるでしょう?」
「ご冗談でしょ。可能性が高いのはあなたですよ」
アリソンが開発チームを疑わなかった理由だが、これには幾つもの理由があった。
一つは開発チームのメンバーは、女子生徒たちとの接触が制限されているからだ。
例外は蓮だけだが、彼が情報を流したとは思えない。
良くも悪くも一二三蓮は軍人だ。
二つ目の理由だが、プロメテウス計画に参加する条件の一つが、能力が買われたスミス博士や蓮を除いて現状に不満を持つ者に限られていたからだ。
戦乙女が組織内で強権を振るうことに、我慢ならない者も大勢いるからだ。
加瀬学園長が小さくため息を吐くと、アリソンを見据える。
かつては戦乙女として過酷な戦場を生き抜いてきた猛者である彼女の視線に、アリソンは思わずたじろいでしまう。
加瀬学園長は落ち着いた声色で告げる。
「誓ってわたくしは情報を漏らしていませんわ。そんなことをすれば、男性との交流機会を邪魔してしまうじゃない」
「ではどうして!」
アリソンが威圧に負けないよう大声を発すると、加瀬学園長が答える。
「こちらでも調査を進めます。あなたも戻って自分のチームを調べてみるのね。――以上よ、戻りなさい」
最後の言葉は冷徹に告げられ、これ以上は会話をするつもりがないとアリソンにも伝わった。
アリソンは奥歯を噛みしめながら学園長室を出て行く。
◇
いよいよ明日から本格的な実験が開始される。
現状では訓練しか出来ない俺だが、今日は普段より時間をかけて念入りに行った。
おかげで今の俺は足取りが怪しい。
歩くのも億劫になる程に疲れていた。
「成功させれば次に繋がる。必ず成功させなければ」
俺の存在意義である実験の成功に向けて、今日は早めに休もうと自室を目指していた。
格納庫から自室に向かう途中は明りが少なく暗い。
普段より遅くなってしまったので、懐中電灯を持って来るべきだった。
自分の判断ミスである。
「ん? どうかされましたか?」
暗い夜道で立ち止まった俺は、コンテナの影からこちらを覗いている人物に気が付いた。
徐々に目が慣れて人物の姿が見えてくると、相手は赤いローブを身に着けていた。
相手は俺が自分に気づいた事を意外に思っているらしい。
「隠れていたのによく気付いたわね」
相手の口調は自信に満ちて怯えを一切感じないものだった。
たった一人で俺の前に現われたブーツキャット隊のエースである隼瀬真矢は、こちらに歩み寄ってくる。
「あんたが実験体よね?」
ストレートな質問に俺は僅かに面食らってしまった。
「……機密に関わるため答えられません」
「答えているのと同じじゃない。わざわざ女の園に男が放り込んで何をしているかと思えば、戦乙女の真似事のつもり?」
妨害工作が起きるとは予想していたが、まさか接触してくるとは思わなかった。
「自分はテストパイロットであり、実験について語る立場にありません。それでは、失礼いたします」
彼女の相手をしていられないと歩き出せば、隣に来て歩調を合わせてきた。
歩く速度を上げようとすると、彼女が笑っていた。
「私も走るのは得意よ。試してみる? そっちは随分と疲れているようだけど?」
「……いえ」
限界まで訓練をした体には、彼女と徒競走をする余力は残っていなかった。
諦めて隣を歩かせ、俺は質問には答えないよう無言を貫くと決める。
彼女は勝手に喋り始める。
「私の耳に入った情報通りなら、あんたが参加しているのは非人道的な実験だよね? そもそも、偽獣の細胞から手脚を作るなんて発想が馬鹿げているのよ」
実験に対する批判を語る彼女に、俺は何も答えない。
彼女も俺を無視して話を続ける。
「どうして実験に参加したの?」
「……」
「へぇ~、答えないんだ。だったら、上官命令って言ったらどう? これでも私は中尉よ。あんたは准尉よね? 上官に逆らってもいいわけ?」
俺よりも階級が二つも上であった。
直属の上官ではないにしても、俺は敬意を失した態度を取っていることになる。
「っ!? これまでの無礼を失礼しました。ですが、計画について自分は何も喋れません。どうかご理解ください、中尉殿」
立ち止まって敬礼をする俺を見て、彼女はお腹を押さえて笑った。
「あはははっ。本当に生真面目君だね。噂通り過ぎてビックリしちゃった。まさか、階級が上だからって無視を止めるとは思わなかったわ」
「……からかっておられるのですか?」
ルイーズの言う通りならば、彼女こそがプロメテウス計画の邪魔をする存在だ。
警戒心が強くなる俺に気付いたのか、彼女も笑みが消える。
「そうよ。からかっているのよ。馬鹿みたいな計画に参加したあんたに、止めるよう忠告してあげようと思ってね」
馬鹿みたいな計画という言葉は、彼女にしてみれば煽りだったのかもしれない。
まともに相手をして激高すれば相手の思うつぼだと自分に言い聞かせ、冷静に対処する。
「ご忠告感謝しいたします。ですが、今の自分にとって計画の続行は存在意義そのものです。また、自分に計画から離脱する権利はありません」
彼女は俺の態度に笑みが消え、鋭い視線を向けてくる。
「……何それ?」
先程よりも低い声は、怒りを抱いていた。
彼女は俺に背を向けて去って行く。
「心配して損したわ」
俺に興味を失ったと言わんばかりの態度は、こちらとしてもありがたかった。
ただ、彼女の態度が急変した理由が何だったのかだけは気になった。
◇
実験日当日。
この日は平日であったが、学園には休むと連絡をして実験を優先していた。
パイロットスーツに着替え、コックピット内で待機している。
「こちらエンヴィー、これより魔力コンバーターの試験に入ります」
コックピットのモニターにスミス博士の顔がアップで表示される。
『マニュアルは覚えているね?』
「はい」
実験に関わる資料は膨大だったが、今日までに全てを読み終えていた。
『よろしい。でも、変更点もあるから説明はするよ』
事前に通達してほしかった、と思うのは欲張りすぎだろうか?
スミス博士は優秀なのだが、この手のミスが多い。
面倒を見ているアリソン博士が、よくため息を吐いているが納得だ。
『君が生み出した魔力は、操縦桿とフットペダルを通して魔力コンバーターに流れる。そこから機体全体に効率的に魔力を流す仕組みだ』
サンダーボルト――人型兵器の大きさは約五メートルだ。
戦乙女のバトルドレスの約二倍の大きさであり、使用する魔力も増えるというのが博士たちの認識だ。
そのため、サンダーボルトに搭載されている魔力コンバーターは、性能だけを見れば戦乙女たちのバトルドレスに搭載された物よりも優秀だ。
優秀な理由は単純に大型化したからだ。
今回の実験に男性用のバトルドレスを用意しなかった理由の一つに、魔力コンバーターの大型化という問題点もあった。
『コンバーターの限界値を百パーセントとするならば、君に求める出力は……十パーセント程度かな? それだけあれば、ギリギリ戦闘は可能になるだろうし』
限界値の十分の一が目標と聞かされた俺は、自然と操縦桿を握る手に力が入る。
「了解しました!」
『いい返事だ。では、実験を開始しよう。魔力供給を開始してくれ』
「はっ!」
意識を取り付けた手足に向かわせ、魔力の報酬津を開始する。
偽獣の手足が淡い光を発し、そこから操縦桿を通して機体へと魔力が流れ込んでいく。
通信越しにアリソン博士の声が聞こえてくる。
『これは!?』
◇
サンダーボルトの周辺には、測定機などの装置が沢山用意されていた。
開発スタッフがそれぞれ測定機に張り付き、サンダーボルトの各所に繋げられたケーブルから魔力を測定している。
「右前腕部、魔力による力場の発生を確認できません」
「左脚部……わ、僅かに力場の発生を確認」
「胸部に力場の発生を確認しましたが……規定値に達していません」
次々に報告が入るのだが、どれも望んだ結果ではなかった。
アリソンはこの結果も予想していたが、現実として突きつけられると辛かった。
「やはり規定値に到達しませんでしたね。男女で差があるとは思いましたが、手脚や左目まで移植したのにこの結果ですか」
アリソンの視線がスミス博士に向かうと、彼は実験の失敗を突きつけられたというのに焦った様子が感じられない。
むしろ、楽しんでいるように見えた。
「男性は魔力の扱いに不向きとは聞いていたけど、ここまで違うとなると難しいね。いっそ首から下を偽獣の物と取り替えた方が早いかもしれないな。いや、脳だ。偽獣の細胞から作られた人体に脳を移植するのはどうだろう? 一二三君なら耐えきれると思うんだけど、アリソン君の意見はどうかな?」
キラキラ輝いた瞳は、まるで子供のように無邪気に見えた。
それが余計にスミス博士の異常性を物語っている。
「……手脚だけでもかなりの苦痛を伴った手術ですよ。成功するとは思えません」
アリソンは言葉を選んで答えた。
可能性はある、とでも言えば、目の前の男は迷わず実行するという確信があったからだ。
スミス博士は項垂れる。
「やっぱり駄目か~。それなら残った左腕と右脚で……うん、誤差の範囲内だね」
集計された結果を見るアリソンは、スミスに今後の実験について尋ねる。
「現時点では機体を力場で守れない上に、武器に魔力を供給するのも不可能なレベルです」
「魔力の蓄電池を搭載するのはどうかな?」
「コンバーター以上に大型で効率が悪いのでお勧めしません。戦乙女のバトルドレスに搭載されていない理由はご存じでしょう?」
魔力の蓄電池という発想は組織も持っていたが、開発してみると大型化した上に蓄電する量が乏しく使い物にならなかった。
「それなら手詰まりだね。一二三君に頑張ってもらうとして、僕たちはコンバーターの調整や機体の見直しに取りかかるとしよう」
スミス博士は思考を切り替え、機体の調整に入るようだ。
アリソンは誰にも聞かれないように呟く。
「頑張る……ね。何をどう頑張ればいいのか、誰も知らないのによく言うわ」
スミス博士は人好きするような雰囲気を持っているが、中身は他人など気にしていない。
だから、平気で蓮の脳を取り出すという発想に行き着いてしまう。
貴重な成功例である一二三蓮すら使い潰そうとしているが、本人に自覚がないのが問題だ。
(過酷な手術から生き延びたのに、これではいずれスミス博士に殺されてしまうわね。手術で死ねなかったのは、ある意味では不幸だったのかもしれないわ)
小さくため息を吐いた後に、アリソンは蓮に伝える。
「エンヴィー、実験は中止よ」
『中止? 規定値に到達しなかったのですか?』
「一パーセントにも届かなかったわ。……結果は失敗よ」
オブラートに包んだ発言をしようとすれば出来たが、アリソンはあえて冷たく言い放つ。
実験体である蓮に情を持たないためだ。
『……』
小さなモニターに映る蓮の表情は、アリソンから見てもショックを受けているようだった。
(こんな顔も出来るのね……ん? 今、僅かに魔力出力が向上したような……気のせいね)
出力が向上しても誤差の範囲内だと判断し、アリソンは蓮に言う。
「降りて来なさい。今後について説明するわ」
『了解……しました』
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