実験機
GCN文庫様 より【フェアリー・バレット ―機巧少女と偽獣兵士― 1巻】が
【10月19日(土)】に発売します!
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五組に在籍して数日が経過した頃だ。
学園は日曜日ということで休日となり、俺は朝からプロメテウス計画の開発チームに貸し出された格納庫で待機していた。
「オーライ、オーライ!」
「固定具の取り外し急げよ」
「コンテナの中身は念入りに確認しておくんだぞ」
整備兵たちが朝から忙しそうに動き回っていた。
受け入れ準備を済ませた格納庫では、計画の中心となる実験機の搬入作業が進んでいる。
邪魔にならないように隅の方で実験機を眺めていた俺は、シートを剥がされ、格納庫内で立たせられたソイツの感想をこぼす。
「人型兵器の実物を見たのは初めてです」
対偽獣用の兵器として期待され開発された人型兵器は、戦場では役に立たず開発計画自体が中止されている。
保管されていた機体を開発チームが回収し、整備と改修を行って第三学園に運び込まれていた。
俺の傍にはアリソン博士の姿もある。
忙しそうに動き回る整備兵たちを時折眺めながら、自身は折りたたみ椅子を持ち出して座っていた。
タブレット端末を操作して、今後の計画のチェックを行っていた。
アリソン博士の視線はタブレット端末の画面を見たままだ。
「計画が中止になって十年以上かしらね? 持ってきた実験機も、どこかの倉庫で眠っていた機体らしいわ。整備が大変だったみたいよ」
「十年も前の機体が動くのですか?」
「動かせるようにしたのよ。そもそも、プロメテウス計画は大きな実績がないからね。組織が用意してくれる予算にも限界があるのよ。使える物は何でも使わないとね」
「世知辛い、というやつですか?」
俺からすれば利用できる物は何でも利用すべきだが、計画のために新機体を開発している余裕がないのは、開発チームの現状を物語っているように感じられた。
「あなたが世知辛いなんて言うとは思わなかった」
アリソン博士が顔を上げて興味深そうにしていたので、俺は文句の多かった男を思い出していた。
「口の悪い仲間がよく言っていました」
「あら、そう」
アリソン博士は俺の話に興味をなくすと、実験機の方に視線を向ける。
固定具から解放された実験機は、重装甲で見た目からして重そうだ。
眺めていると、格納庫にやけにテンションの高いキノコ頭の博士がやって来た。
スミス博士だ。
「一二三君、元気だったかい? 五組に編入されたと聞いた時は驚いたけど、こうしてこの場にいるならそれなりにやっているようだね。それにしても、第三学園の学園長の発想には驚かされるよね。てっきり距離を置かれるものかと思っていたら、まさかヴァルキリーたちと交流させるとは思わなかったよ。僕たち開発チームを受け入れてくれた学園長は、やっぱり変わり者だよね」
挨拶と同時に自分の言いたいことを言い終わったスミス博士は、満足したのか俺の返事を聞く前にアリソン博士に近付いていく。
「アリソン君も元気そうで何よりだ。それより聞いてくれるかな? 実験機の整備中に新しいアイデアが――」
今度はアリソン博士にまくし立てようとするが、二人の付き合いは長いようだ。
長話を聞く気がないのか、さっさと返事をしてしまう。
「えぇ、元気ですよ。それから、実験機の話は後にしましょう。パイロットと機体が揃ったのですから、今後の計画について詰めたいので」
スミス博士の扱いは心得た物らしい。
話を止められたスミス博士だが、本人は少しも気にした様子がなかった。
「そうだね。とりあえず実験機の起動実験から始めようか」
人型兵器の起動実験と聞いて、俺は疑問に思った事を尋ねる。
「スミス博士、質問をよろしいでしょうか?」
「何かな、一二三君?」
「実験機は地上にて整備を行ったと聞いております。起動実験は地上でも出来たのではないでしょうか?」
「あぁ、勿論そうだよ。地上では問題なく動いた。けれど、それはあくまでも一般のパイロットが動かした場合だからね。魔力コンバーターを積み込んだ機体に君が乗った場合、異常が発生しないとは断言できないよ。やっぱり、魔力絡みの実験は学園でやらないとね」
積み込んだ装置が悪さをするかもしれないので、やはり実験は必要らしい。
アリソン博士も起動実験には賛成のようだ。
「元々君は歩兵でパイロットではないものね。起動実験と平行して、実機による訓練を行う予定よ」
「質問に答えて頂き、ありがとうございます」
敬礼をすると、スミス博士が笑い出す。
「一二三君は相変わらずだね。その態度だと、この学園で浮くんじゃないかな?」
「はい、浮いていると自覚しております」
女子校の教室に男がいるというだけでも浮いているのに、どうやら俺の性格は一般的な男子生徒とかけ離れているらしい。
五組では自分が浮いているという自覚くらいはあった。
俺の返事にアリソン博士は深いため息を吐いていた。
「元気のいい返事だこと」
「ありがとうございます」
「皮肉よ。君もスミス博士と一緒に、一般常識を勉強した方がいいわね」
アリソン博士に常識を学べと言われたのだが、途中まで無関係だと思っていたスミス博士も名前を挙げられて驚く。
「え、僕もかい?」
◇
パイロットスーツに着替えた俺は、実験機の狭いコックピットに体を滑り込ませた。
元から身動きを取るのも一苦労な狭さであったが、実験用の計器類が追加されて更に窮屈になっていた。
操縦席に座ってシートベルトを着用し、淡々と機体を起動させる準備に入った。
「テストパイロットの一二三蓮准尉、これより試作実験機XFA-10サンダーボルト改修型の起動を行います」
インカムで開発チームに伝えれば、スミス博士の顔が起動したモニターに映し出された。
特に問題はないようだが、個人的に気になることがあるらしい。
『う~ん、硬い。もっと気楽に行こうよ、一二三君』
「気楽、でありますか? そう言われましても自分には――」
面白みに欠けるとはよく言われる俺の返事に、スミス博士が手の平をこちらに向けてきた。
口を閉じろ、という意味だと理解して俺は黙る。
スミス博士は少しばかり思案した後に、笑みを浮かべて何度か頷く。
『機体名はサンダーボルトでいいよ。改修型と言っても正式採用されなかった実験機だからね。問題は一二三君のコールサインだよ。こういう時、パイロットはコールサインで呼ばれる物じゃないのかな?』
「コールサインでありますか? ……歩兵部隊に所属している頃はチェリーと呼ばれていました」
懐かしのコールサインを口にすると、何故か胸を締め付けられる。
モニターの向こう側でスミス博士は首を傾げていた。
『一二三君がチェリーとは繋がらないコールサインだね。何か意味があるのかい?』
「それは自分が――」
意味を説明しようとすると、アリソン博士がわざとらしい大きな咳払いをして会話を遮った。
『コールサインは新しい物に変えましょう。准尉の希望はあるかしら?』
「いえ、自分はチェリーに愛着を持っております」
『……スミス博士の希望はありますか?』
アリソン博士が望んだ回答ではなかったようで、コールサインについてスミス博士に意見を求めていた。
『アイファズフト……ちょっと呼びにくいかな? それならエンヴィーにしよう。うん、今日から一二三君のコールサインはエンヴィーだ』
満足した顔をするスミス博士の横では、呆れた顔をするアリソン博士の顔が映る。
『スミス博士にしては随分と嫌みを込めましたね。上層部批判ですか?』
上層部批判とは穏やかではないため、俺も黙ってはいられない。
「批判的な言動はよろしくないと思われますが?」
心配した俺に、スミス博士は中指で眼鏡の位置を調整しながら微笑む。
『アイファズフトは、日本語なら嫉妬という意味だね。エンヴィーは羨望になるからちょっと意味合いが違ってくる。だが、戦乙女の力を羨望する我々に因んだコールサインだと思わないかい?』
「嫉妬ですか……」
コールサインが嫉妬というのは如何なものか? そう思う一方で、前小隊でチェリーというコードサインを付けられた思い出が蘇った。
旧時代の軍隊ではあえて変なコードサインを付けることがあったそうだ。
偽獣襲来後、崩壊した軍隊を再編したのは組織だ。
再編後も軍隊の流儀が残り、受け継がれて今に至っている。
チェリーと呼ばれていた俺が嫉妬と呼ばれるのは、親近感がわくとでも言えばいいのだろうか? 小隊を思い出すので嫌いではなかった。
それに、チェリーからエンヴィーに変更となれば、むしろ「格好良すぎる」と前小隊の仲間たちにからかわれただろう。
「……自分もいいと思います。コールサイン、エンヴィー、了解しました」
スミス博士の意見に同意すると、アリソン博士が眉間に皺を作っていた。
『君まで同意するとは思わなかったわ。……本当にエンヴィーで登録しておきますよ。後から文句を言われても知りませんからね』
『大丈夫さ。むしろ、日本のヴァルキリーたちは喜ぶんじゃないかな? 僕たちは間借りしている身だからね。彼女たちに謙虚な姿勢を示しておこうじゃないか』
自ら羨望と名乗り、第三学園の女子生徒たちに媚びを売る。
俺たち開発チームの現状を物語っているように聞こえた。
◇
サンダーボルトの起動は問題なく行われた。
元から起動実験は終了しており、正常に動くと判断されて運び込まれた機体だ。
起動したサンダーボルトを操縦席で操る俺は、現在は格納庫近くに用意された広場で歩行を行っていた。
広場と言ってもコンテナが積まれた場所で、使えるスペースも限られていた。
実験場がほしいと開発チームが懇願すると、学園側が整理の行き届いていないこのエリアを指定してきたらしい。
実験場スペースを確保したいのなら、自分たちで確保しろ、と。
今は片付ける予定のコンテナを障害物として配置し、用意されたコースをサンダーボルトがゴールを目指して歩いている。
「目的地に到達しました」
問題なく機体をゴール地点まで歩かせた俺に、開発チームが軽く拍手を送ってくる。
通信機越しに聞こえる拍手と一緒に、アリソン博士の声がする。
『問題はなさそうね。今日中にチェック項目の大半は終わらせたいから、次のテスト準備が終わるまでコックピットの中で待機していなさい』
「了解しました」
狭いコックピット内で待機を命じられた俺は、早く操縦に慣れるために機能を確認する。
「シミュレーターよりも操縦桿が硬いな。ペダルはもう少し重くてもいいか」
戻った際に次の調整で必要な情報をまとめながら、モニターの映像を拡大する。
サーモグラフィーや様々な画面に切り替え、体に覚え込ませようとしていた。
一つ一つ確認しながら行っていると、人型兵器というのがいかに高価な代物かを実感できる。
「歩兵の時に使っていたスーツとは大違いだな。これだけの性能があれば……」
地上戦での死亡率は大きく下がったのだろうか? そこまで考え、結局コストが釣り合わないという問題に気付いて頭を振った。
「……今更、考えても仕方がないか。それにしても、これだけの装甲が持ちながら、二等級以上の偽獣には効果がないのか」
人型兵器が開発された当時、ほとんどの機体が重装甲型だったらしい。
理由は二等級以上の偽獣の攻撃に耐えるには、厚い装甲が必須という結論に至ったためだ。
だが、そんな分厚い装甲も、偽獣たちの前では無意味だったらしい。
力場――魔力のない装甲は、偽獣たちの前では役に立たないという定説をより強固な物にしただけだった。
また、力場を攻撃に使用できなければ、偽獣に効果的なダメージを与えられない。
人型兵器は、敵に対して大きな的を用意しただけに終わってしまった。
「……魔力コンバーターを搭載した機体ならば、この問題も解決できる」
プロメテウス計画では、大きな的扱いに終わった人型兵器に魔力コンバーターを搭載している。
人型兵器に搭載した理由は、魔力コンバーターが大きすぎて歩兵に持たせられなかったから。
戦車や戦闘機に搭載する案もあったらしいが、結果的に莫大な予算が投じられながら失敗した人型兵器を流用する形で落ち着いたらしい。
スミス博士曰く「人型の方が効率的だ」とのことらしいが、その当たりの事情は機密にも関わるとしてテストパイロットの俺には知らされていない。
ただ、人型兵器であることに意味があるのは間違いない。
「ん?」
機体のカメラアイを動かすと、こちらを遠くから見ている女子生徒たちがいることに気が付いた。
数にして六人程度だが、その中に特徴的な女子生徒がいた。
他の女子生徒たちが彼女に気を遣っているのが、モニター越しにも伝わってくる。
短くも長くもないピンク色の髪を風に揺らしている女子生徒は、特徴のあるローブを身に着けていた。
「赤いローブ?」
学園で他の女子生徒が着用しているのを見たことがない色だった。
コックピット内で一人呟くと、女子生徒はこちらの視線に気付いたかのように眉根を寄せて不快感を表すと背を向けて去って行く。
周囲の女子生徒たちに一言二言、何か言っているように見えた。
赤いローブの女子生徒に続くように、他の女子生徒たちも離れて行く。
「この距離で自分の視線に気付いた? ……まさかな」
一人ブツブツ喋っていたのが気になったのか、スミス博士が俺に話しかけてくる。
『独り言かい?』
「すみません。実験の様子を学園の女子生徒が見ていたのを発見しました」
『あ~、それはまずいね。一応は極秘実験だから見られると困ってしまうよ』
「学園側に知らせますか?」
『と言っても間借りをしている身だからね。学園側も女子生徒たちを庇うかな? ちなみに、どんな子たちが見ていたいんだい?』
「一番特徴的だったのは、赤いローブを着用した女子生徒です」
俺が女子生徒の特徴を知らせると、アリソン博士が会話に割り込んでくる。
『それはエースね。学園側に抗議しても、たいして処罰もされないでしょうね』
「エース?」
『青、緑、黄……そして赤の四色のローブがあってね。着用を許されるのは、クラスでも一番のエースと決まっているのよ。エースは学園の重要戦力だから、注意されて終わりでしょうね』
「あの子が学園のエース……」
気の強そうな子だった。
同時に、こちらに、というよりも俺に嫌悪感を抱いているような顔をしていた。
◇
次の日。
五組の教室で俺はルイーズと休憩時間に話をしていた。
話題は昨日の出来事だ。
「それ隼瀬さんで間違いないよ。隼瀬真矢――ブーツキャットの赤ローブだからね」
聞き慣れない言葉に困惑する俺は、ルイーズの言葉を繰り返す。
「ブーツキャット? 彼女のコードネームでしょうか?」
ルイーズは頭を横に振ると、俺に学園の事情も交えて丁寧に説明してくれる。
「一組から四組にはクラス毎の色と名前があるんだよ。例えば、一組だったら色は青で、名前はブルーバード。三組の場合は赤色で、名前がブーツキャットなの」
「部隊名ですかね?」
アゴに手を当てて俺なりに噛み砕いて理解してみたが、間違いではなかったようでルイーズが頷いていた。
「そうだね。普段はクラス名だけど、戦場だと部隊名で使用されているし。それで、赤いローブの着用が許されているのは隼瀬さんだけなの。だから、その場に赤いローブを着用している子がいたなら間違いないかな」
「色つきのローブはエースの証と聞いています。……ですが、どうしてエースである彼女があの場にいたのでしょうか? エースが基地司令部の命令を無視するとは思いたくありません」
「それは私もわからない、かな?」
学園側からもプロメテウス計画は機密の塊であるため、不用意に近付かないよう通達が出されているとアリソン博士が言っていた。
学園でエースともなれば、女子生徒たちの代表みたいな立場だろうか?
普通の基地とは規律や習慣が違いすぎて予想するしかないが、とにかく目立つ立場なのは間違いない。
隼瀬真矢――エースである彼女が、命令を無視するような人物とは思いたくなかった。
俺が思案していると、女子生徒三名がこちらに近付いてくる。
表情を見ると好意的とは思えない雰囲気が漂っていた。
彼女たちはルイーズを無視して、俺に話しかけてくる。
机の上に手を叩き突きつけるように置いて、俺に対して脅すような態度で接してくる。
「あんた、失った手脚を偽獣の細胞で再生したんだって?」
この時、俺は自分でも驚くほど冷静だった。
表情を消して無表情を心掛ける。
思い浮かんだのは「どうして気付かれた?」だ。
偽獣の細胞を使った再生手術は、プロメテウス計画の機密情報扱いだ。
サンダーボルトのように見られてしまって気付かれる部類でもない。
どこから情報が漏れた? すぐに博士たちに知らせなければ、という思考が頭を駆け巡る。
「……質問の意図が理解できません」
この場は誤魔化し、すぐに博士たちに連絡しようとするも相手が逃がしてくれなかった。
気付けば偽獣という言葉に周囲の女子生徒たちも反応し、騒がしかった教室が静まりかえっていた。
「とぼけるんじゃないよ。もう情報は出回っているからね。あんた、戦場で失った手脚を偽獣の細胞を使って再生したんだろ?」
どこまで情報が漏れている? 焦りを感じながらも、冷静を装いながらこの場を切り抜ける方法を考えた。
教室内の時計に視線を向ければ、もう数分で教師がやって来る。
待ってもいいが、これは緊急自体だ。
授業を無視して開発メンバーに合流し、今後の相談をするべきだろう。
席を立とうとすると、いつの間にか他の女子生徒たちが俺の逃げ道を塞ぐ行動に出ていた。
教室の入り口を数人で塞ぎ、残りが俺を囲むように移動する。
全員の目には敵意が宿っていた。
俺に質問してきた女子生徒が、険しい表情をしている。
「魔力の使えない男が、どうやって偽獣と戦うのか不思議だったんだよね。まさか、偽獣の手脚をくっつけるなんて予想外だったけどさ」
偽獣と戦うために厳しい訓練を受けてきた女子生徒たちにしてみれば、俺は偽獣と大差がないらしい。
「黙ってないで何とか言いなよ。それとも、この場で倒されたいの?」
ここに来る前に調達したのか、女子生徒たちはカーディガンの下に武器を隠し持っていた。
強引にこの場を切り抜ける方法を考えていると、俺を庇うようにルイーゼが女子生徒たちの前に立ちはだかった。
「みんなそこまで! そろそろ先生が来ちゃうよ!」
ルイーズが大声を出すと、教室の入り口に教師が来ていた。
教室内の物々しい雰囲気に気付いたのか、腕を組んで様子を見ていた。
ただ、介入しようとはしない。
「自分は失礼します」
席を立って開発チームに合流しようとしたが、ルイーズが俺の腕を放さなかった。
「駄目。蓮君は教室に残るべきだよ」
ルイーズがそう言うと、黙っていた女子生徒が声を荒げる。
「ルイーズ、そいつは敵だろ! あたしらの先輩や仲間をどれだけ殺してきたと思っているんだ? 庇うようなら、あんただって容赦しないよ」
武器に手をかける女子生徒たちを見て、ルイーズを庇うように前に出ようとした。
だが、先にルイーズ本人が口を開く。
「学園長たちが認めたから、蓮君はここにいるんだよ。みんな、少し冷静になろうよ。学園長たちが、彼の詳しい事情を知らないと思うの?」
ルイーズの正論に女子生徒たちも納得する部分があったのだろう。
「っ! このお人好しが!」
武器から手を離した女子生徒たちが、ルイーズの説得を聞き入れて自分の席へと戻っていく。
他の女子生徒たちも自分の席に戻っていくと、教師が教室に入ってきた。
「随分と騒がしかったな。全く、学園長の気まぐれにも困ったものだ。念のために言っておくが、あまり騒ぎは起こしてくれるなよ」
消極的な態度だったが、教師は武器を教室に持ち込んだ女子生徒たちを睨んでいた。
「騒ぎを起こせばスカウトや推薦の話が消えてもおかしくない。五組で卒業を迎えたくなければ自制することだな」
教師の言葉に女子生徒たち全員が一瞬で緊張した雰囲気を出す。
スカウト、推薦……それに卒業という単語に過敏に反応していた。
俺が黙って教室を出て行こうとすると、ルイーズが座るように促してくる。
「後で話があるから今は残って」
「ですが、この状況を開発チームに知らせる義務が自分にはあります」
「だったら……情報を流した人に心当たりがある、って言ったら?」
情報漏洩の原因に心当たりがあると言うルイーズに、俺は僅かに驚いたと思う。
「知っているのですか?」
ルイーズは俺に座るように促しつつ言う。
「次の休憩時間はお昼休みだよ。そこで話そう」
「……了解しました」
手がかりがほしい俺は、念のためメッセージでアリソン博士に機密情報が漏れていることを先に伝えてから授業に参加した。
◇
昼食時間になると、俺はルイーズに連れられて校舎の屋上に来ていた。
「ここは立ち入り禁止ではありませんか? 来る途中に看板も置かれていましたが?」
屋上のフェンス近くに立つルイーズは、この場所を選んだ理由を話す。
「ごめんね。でも、ここなら誰も来ないから」
「人に聞かれたくないのですね」
ルイーズの行動からすると、俺に情報提供するのは彼女にもデメリットがあるようだ。
危険を承知の上でルイーズが俺に教えてくれるのは、確実な情報ではない。
証拠はない。だが、本人はほぼ間違いないと考えているらしい。
「私も確証はないんだけど、蓮君の話を聞いて思い当たる点が一つあったの」
「自分の話にヒントが?」
「ブーツキャットのエースだよ」
ルイーズはほとんど確実だと思っているようで、断定的な口調で話をする。
「実験中に女子生徒たちを連れて様子を見ていた、って言っていたよね? 多分、彼女はエースの特権を使って機密情報を入手したんだと思う」
「どうしてエースにそのような特権があるのですか?」
俺からすれば理解に苦しむ話だ。
確かに軍隊でエースとは重宝されるが、だからと言って機密事項が知らされる立場にはない。
相応の階級や役職がなければ、機密に触れることは許されない。
ルイーズは俺から視線を僅かに逸らしつつ、疑問に答えてくれる。
「学園は軍隊であって軍隊じゃないからだよ。エースは特権が与えられていると聞いているし、機密情報のアクセスも可能だと思う」
学園に来てから驚かされてばかりだが、まさかエースに分不相応な権限が与えられているとは思いもしなかった。
戦乙女のエースとは言っても、しょせんは一戦力に過ぎない。
安易に機密に触れていい立場ではない。
俺が絶句している間に、ルイーズは教室での出来事を予測混じりに話し始める。
「蓮君の情報を手に入れて、五組の子たちに流したのかも。隼瀬さん、偽獣には個人的に恨みもあるって聞くし、蓮君が受けた実験を許せないんだと思う」
「個人的な恨みとなれば……十年前の大規模発生ですか?」
偽獣に恨みのある人間は多い。
特に、十年前に起きた出来事を思い出せば、隼瀬さんくらいの年代でも直接的な恨みを持っていてもおかしくない。
ルイーズは俺から視線を背けたまま、小さく頷いていた。
「うん、直接的ではないけど、余波で大変な目に遭ったと聞いているわ」
当時は本当に大変だった。
俺も家族を失ったのは、十年前の大規模発生の時だった。
そこから組織の施設に送られ、兵士として育てられた。
「隼瀬さんが自分を憎む気持ちも理解できます」
「蓮君?」
隼瀬さんの気持ちを受け止めた俺に、ルイーズは少し驚いていた。
だが、気持ちは理解できても、実験を注視するわけにはいかない。
「ですが、自分にとっては今の計画が存在意義素のものです。理解したとしても、命令なしに中止するわけにはいきません」
今の自分は試作実験機のテストパイロットであり、偽獣の細胞を埋め込まれた実験体だ。
プロメテウス計画のために存在している俺には、もうこの計画を成功させるという目標しか残されていないのだ。
ルイーズは俺を見据えてくる。
「いいの? これから、隼瀬さんたちが色々と邪魔をしてくると思うけど?」
心配してくれるルイーズに、俺は自分の経験を語る。
「歩兵の頃にも陰湿ないじめも受けていました。対処可能です」
断言する俺に、ルイーズは微笑みを浮かべていた。
両手を背中に回して組み、少し前屈みになって俺を上目遣いで見つめてくる。
「蓮君は頼もしいね。それなら、私が力を貸すよ。何かあったら相談してね?」
「感謝します」
敬礼をすると、ルイーズは最初こそ呆気にとられるがすぐにクスクスと笑い出す。
「もう、こういう時に敬礼はいらないって」
「失礼しました。どうにも癖が抜けませんね」
自分でもどうして敬礼したのかわからず、困っているとルイーズが両手を合わせる。
「もしかして、今笑った? 笑ったでしょ?」
「どうでしょう? 自覚はありません」
今の俺は笑っていたのだろうか?
「笑ったよ。困った感じで少し笑っていたから間違いないよ。うん、蓮君も学園に来て少しずつ成長しているみたいで、私も安心したよ」
年下であるはずのルイーズだが、まるで俺の姉のような立場で接してくる。
確かに一般常識に疎い俺は、彼女から見れば頼りなく見えてもおかしくない。
「本当に困ったら相談してね。私が必ず助けるから」
「ありがとうございます」
まさか、年下の女性にこんな風に言われるとは思いもしなかった。
それにしても、学園のエースに目を付けられたのは問題だな。
ルイーズの話が本当ならば、隼瀬さんは普通の部隊ではあり得ない権限が与えられていることになる。
俺の立場で対処するには、難しい問題も出て来るだろう。
「それでは、自分は一度、開発チームと合流して詳細を説明して参ります」
屋上を出ていく俺に、ルイーズは手を振っていた。
「午後の授業までには戻ってきてね」
空の魔王を知ったのは自作のドラグーンを書いていた頃になるので、もう12年前になります。