五組
フェアリー・バレット― 機巧少女と偽獣兵士 ― 第一巻 は 【10月19日発売予定!】
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早朝からアリソン博士と一緒に、校舎の廊下を歩いていた。
向かう先は俺が配属される部隊が教育を受ける場――つまり教室だ。
現役の戦乙女たちは全員が女子生徒であるらしく、彼女たちは出撃や訓練、待機状態でなければ一般の生徒と同じく授業を受けているらしい。
アリソン博士は私服の上から白衣を着用しており、ポケットに手を入れて歩きながら必要事項の通達を行ってくる。
「機体が届くまでしばらく時間があります。スミス博士が機体の調整を行っているので、終われば一緒に運ばれてくるでしょう」
アリソン博士の言葉には、スミス博士に対すると棘が含まれていた。
「スミス博士と実験機が到着するまでは、君にはトレーニングメニューを消化してもらいます。それから、加瀬学園長からの要望にも応えてもらうわ。基地司令でもある彼女にへそを曲げられたらたまらないもの」
アリソン博士はそう言いながら、窓の方に視線を向ける。
まだ授業は始まっていないというのに、女子生徒たちが運動着に着替えてグラウンドで訓練に励んでいた。
ただ、やはり軍地基地とは違っていた。
着用しているトレーニングウェアは、ショートパンツにノースリーブという恰好である。
俺がグラウンドの様子を見ているのが気になったのか、アリソン博士が尋ねてくる。
何故か笑みを浮かべていた。
「わざわざ立ち止まって見つめるなんて、随分と気になっているのね」
アリソン博士の言う通り、俺は気になっていた。
「はい。現在は訓練時間ではありませんので、彼女たちは自主的にトレーニングを行っていると推測いたします。これが事実であれば、士気が高い証拠です」
流石は戦乙女の基地であると感心していると、アリソン博士が大きなため息を吐いた。
「一つ確認したいのだけれど……部活動は知っているかしら? 朝練とか聞いたことは?」
「存じております。……まさか、彼女たちは部活動の朝練中なのでしょうか?」
「えぇ、そうね」
アリソン博士が疲れた顔で肯定する。
前の部隊で部活動について仲間が話していたのを聞いた覚えがある。
俺は部活動を経験していなかったので会話に入れなかったが、まさかこの基地で本物を見られるとは思わなかった。
「初めて見ました」
「それはよかったわね」
「はい」
アリソン博士が歩きだしたので、その後をついていく。
朝練中の女子生徒たちの掛け声などが聞こえて来る廊下で、アリソン博士が話すのはこれから俺が配属される部隊――クラスについてだった。
「さて、これからの予定を伝えるわ。君が転入するのは五組……中等部を卒業した戦乙女たちが配置されるクラスで、予備戦力をまとめたクラスだと思えばいいわ」
「予備戦力?」
「戦乙女たちのバトルドレスは数に限りがあるのよ。中等部で三年間の訓練を受けた卵たちは、無事に卒業してヒヨッコになっても正式な戦乙女じゃないの。一から四組までの正規部隊にスカウトされて、はじめて本物の戦乙女になれるのよ」
「選ばれなかった場合はどうなるのですか?」
「三年間で卒業になるわ。もっとも、中等部を卒業した時点で彼女たちはエリートよ。組織内では彼女たちしか就けない仕事も多いから、生活に困ることはないでしょうね」
華々しい活躍だけが目についていたが、戦場で見かけた戦乙女たちは厳しい競争に勝ち抜いてきた精鋭だったようだ。
「そのような事情があるとは知りませんでした」
「公言している話ではないし、君も漏らさないように注意しなさい。もっとも、知っている人たちは知っているから、機密というわけでもないのだけれどね」
窓の方に視線を向ければ、早朝から笑顔で汗を流す女子生徒たちの姿見えた。
◇
五組の教室は階段状になっており、クラスに在籍している女子生徒の数も多かった。
全員が十八歳までの女子生徒たちで、ホワイトボードの前に立つ俺に視線を向けていた。
「本日よりこの部隊でお世話になることになりました。一二三蓮准尉であります!」
教室に響き渡る声を出し、敬礼を行った。
俺の隣に立つ五組の教官は、とても歓迎しているとは思えない渋い表情をしている。
元戦乙女の彼女は、現在は教官として後進の育成をしている。
「朝から随分と元気だな、一二三」
「はっ、着任の挨拶なので気合を入れました!」
「今のは嫌みだったんだが、察してもらえないようで先生は悲しいぞ」
「失礼しました!」
「……ここも書類上は軍事基地だが、軍隊式は止めてもらおうか。我々は彼女たちを生徒として扱っている。ここではお前が合わせろ」
「了解しました!」
教室が広いため声を張り上げているのだが、教官殿は迷惑そうな顔をしていた。
女子生徒たちを見れば、俺に向けている視線はどれも好意的とは言えない。
警戒している女子生徒が大半で、中には敵意を向けてくる相手もいる。
俺がこの基地では遺物であると、彼女たちの態度が語っていた。
ただ――。
「それでは一二三の席は――」
教官殿が俺の席を決めようと、教室内に視線を巡らせると一人の女子生徒が右手を大きく上げていた。
「はい、先生! 私の隣が空いています! ここです、ここ! ルイーズの隣が空いております!」
――銀髪の女子生徒が元気よく、そして好奇心に満ちた表情をして俺の席を指定していた。
教官殿は困った顔をしていた。
「はぁ……それではルイーズの隣に行け」
「はっ」
返事をして足早に移動して席に着くと、右隣の女子生徒が話しかけてくる。
「今日から同じクラスですね。私はルイーズ・デュランです。一二三蓮さん? それとも君? どっちがいいですか?」
好奇心旺盛な彼女が体を近付けてくる。
「五組の方たちは全員が准尉であると聞いております。自分の方が後任ですので、好きに呼んでいただいて構いません」
「だったら蓮君ですね! 私のことはルイーズと呼び捨てにするように。これ、先輩からの命令ですよ。逆らっては駄目ですからね」
確かにルイーズ准尉の方が先任であるが、命令は実行できない。互いに准尉である。教官殿が言うのであれば問題ないが、指揮系統を考えるとこの命令は受けられない。
ただ、ここは軍事基地であると同時に学園だ。
学園内のルールが存在している場合があり、それを無視するのは今後の円滑な人間関係構築を考えれば悪手である。
問題は、これが学園内の公式ルールであるかどうかだろう。
「……命令ですか」
俺が悩んでいると難色を示したと思ったのか、ルイーズ准尉がアタフタとし始める。
「駄目ですか? それならお願いならどうです?」
怯えるような態度で頼んでくるルイーズ准尉だが、お願いとあれば問題ない。
「お願いならば問題ありません。自分のことも好きに呼んで頂いて結構です」
ルイーズの心配そうな顔が、満面に笑みに変わった。
「それなら、今日から私たちは友達ですね。よろしくお願いしますね、蓮君!」
「この基地に不慣れな自分では迷惑をかけることもあるでしょうが、ご指導よろしくお願いいたします」
「かたい。かたいよ、蓮君。もっとお友達らしく話そうよ」
「お友達らしく、ですか? ……善処します」
ルイーズと会話をしていると、教官殿が注意をしてくる。
「挨拶は終わったか? それではホームルームは終わりだ。連絡事項に関しては各々の端末で確認しろ。以上」
◇
一限目の授業は戦乙女の戦場での立ち居振る舞いに関するものだった。
ホワイトボードの前に立つ教官は、端末を操作してモニターを使用して説明を行っている。
「これから君たちに教えるのは、戦場で落下した際の対処方法だ」
戦場で落下し、地上に降りた際の行動について説明が行われる。
「戦場で緊急時に地上に落下、あるいは降下した場合、我々は即座に救助部隊を向かわせる」
映像に表示されるのは、地上で戦闘を行う歩兵部隊だった。
部隊の規模、装備を見る限り、映像に用意されたのは精鋭部隊だ。
都合よく精鋭部隊が向かう場合は少なく、多くは近場の部隊が向かわされる。
教官殿は俺の方を一瞥したが、すぐに授業に戻った。
「救助部隊に回収されたら即座に移動を開始しろ。歩兵との無駄話も禁止だ。話しかけられても一切答えるな。必要がある場合は冷たく接しろ。情を見せず、一秒でも早く戦場から撤退することだけを考えて行動するように」
隣の席に座るルイーズが、俺の方をちらちら見ながら控えめに手を挙げていた。
教官殿がルイーズを指名する。
「何だ、ルイーズ?」
「助けられて冷たくする意味はあるのでしょうか? お礼くらいは言った方がいいと思うのですが?」
周囲も俺の経歴を知っているのか、質問したルイーズよりも俺に視線が集まっていた。
教官殿も俺の方を見ていたが、端末に視線を戻す。
「戦乙女だろうとバトルドレスがなければ、三等級を相手に命を落とす場合がある。地上戦力の主力である歩兵ならばなおのことだ。その状況で自己満足のために時間を使い、たった数秒のロスが命取りになってもいいのなら好きにしろ。だが、個人的な意見として、自己満足のためだけに歩兵を無駄死にさせる愚か者がこの教室にいないことを願う」
一秒でも早く撤退するのは賛成だ。
だが、冷たく接する意図は理解できない。
命がけで助けに来たのに、冷たくされると救助する意欲を削られる歩兵がいるためだ。
ルイーズも俺を気にかけてくれているらしく、教官殿に意見する。
「その場合、冷たく接する必要ないと思うんですが?」
教官殿は悩ましい表情をしながら、現状のマニュアルが出来た経緯を説明する。
「危機的状況化で救われ、運命的な出会いと勘違いするケースが多発した過去がある。まだ現役で戦える戦乙女たちが次々に卒業していった。組織は戦乙女一人を育成するのにかなりの予算を投じている。勘違いで簡単に卒業されては割に合わないと思わないか?」
コミックとヘアセットが聞いたら喜びそうな話だと思いながらも、確かに精鋭中の精鋭である戦乙女が一人抜けるだけでも大きな痛手だろう。
組織はまだ現役で戦ってくれると戦力計算をしているはずだ。
それが、戦場のラブロマンス? のせいで予定が狂うのは看過できないだろう。
ルイーズとは違う女子生徒が、手を挙げて発言する。
「本当に運命的な出会いだったら許されるのでしょうか? 別に好きになったら構わないと思いますけど?」
笑いながらの質問は、教官殿を困らせるような意図が見えた。
教官殿は答える。
「現在は関係を持った時点で調査が入り、歩兵側が厳しく罰せられる。戦乙女側が罪に問われないのは、歩兵一人よりも君たちの方が重要だからだ。さて――命がけで助けてくれた歩兵たちが、理不尽な目に遭うわけだが、これを君たちは許容すると言いたいのかな?」
女子生徒たちが押し黙ってしまうと、教官殿は言う。
「組織は君たちのために莫大な予算を投じて育成している。それから、世界を守るという義務もね。一時の気の迷いですべてを投げ捨てることがないように願うよ」
過去に落下した戦乙女を何度か救助したことがある。
その際、全員が俺たち歩兵に冷たい態度を取って来た。
その理由を聞くことになるとは思わなかった。
教官殿が俺の方に視線を向けてくる。
「さて、実際に地上で歩兵をしていた一二三に感想を聞いてみようじゃないか。お前が助けた戦乙女たちはどんな態度だった?」
「救助した戦乙女全員が、歩兵に対して壁を作っていました。……一つ質問をよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「歩兵側に戦乙女と関係を持つと罰せられる、という話は聞こえてきませんでした。正式な通達もなかったはずです」
どうして歩兵には通達されなかったのか? 俺の疑問に教官殿は答える。
「下手に知られて巧妙な手段に出られても困る。戦乙女と付き合えて浮かれている輩の方が捕まえやすい……それだけだ」
一瞬、ヘアセットの顔が思い浮かんだ。
ヘアセットなら浮かれてすぐにぼろを出すだろうな、と。
◇
放課後。
授業が終わると、五組の女子生徒たちは荷物をまとめてバラバラと教室を出て行く。
「放課後はどうする?」
「給料前だから節約したいかも」
「早く給料日になってほしいよね」
放課後は自由時間となっているらしく、部隊の仲間――クラスメイトたちは思い思いに過ごすようだ。
俺も荷物をまとめ、格納庫に戻って今日の訓練メニューを消化するつもりだ。
教室を出ようとすると、ルイーズも立ち上がって話しかけてくる。
「蓮君はこれから開発チームと合流するの? よかったら実験機に興味があるんだけど見せてくれたりしないかな?」
手を合わせてお願いしてくるルイーズに、俺は断るしかなかった。
「自分では許可を出す権限がありません。確認は取ってみます」
「そ、そうなんだ。うん、ごめんね」
寂しそうに微笑むルイーズは、あっさりと引き下がる。
だが、周囲は許してくれないらしい。
「それってどうなの? 今日一日、ルイーズに世話になったのにさ。見学くらいさせてあげればいいのに」
教室内に残った女子生徒の言葉をきっかけに、周囲の視線が俺に集まった。
開発チームは基地に間借りさせてもらっている立場だが、機密事項も多い。
事前確認は必須だと思うのだが、ここでは違うのだろうか?
「先ほども述べたように自分には権限がありません。ですが、責任者に確認することは可能です。返答は後日とさせていただきます」
女子生徒たちが俺を見て言う。
「今の態度ってないよね。最悪」
「気が利かないよね」
「ルイーズが可哀想」
どうやら俺は選択を間違ったらしい。
何が問題だったのだろうか? 格納庫に連れて行けば機密事項の漏洩に繋がる恐れもあるため、現時点での同行は確認が必要だ。
明日返事をする、というのも駄目だったのだろうか?
何を間違えたのか悩んでいると、ルイーズが慌てながら周囲にとりなしてくれる。
「みんな、あんまり責めちゃだめだよ。今のお願いは私も悪いし、ちゃんと確認を取ってくれるって約束したんだからさ」
周囲も「ルイーズがそう言うのならば」と理解してくれたようで、これ以上は責めないらしい。
皆が教室を出て行くと、ルイーズが両手を合わせて俺に謝罪をしてくる。
「本当にごめんね! まさか、みんながあそこまで怒るとは思っていなかったの」
「気にしていません。それに、実験機は学園外で調整中ですので、まだ運び込まれていません。見るべき物はありませんよ」
「そうなの? それなら、蓮君は何をしているのかな?」
「座学と訓練を行っています。それでは、自分はこれで」
腕時計を確認すると、そろそろ座学の授業が始まってしまう。
急いで格納庫に向かわなければ間に合わない。
走らない程度に教室を出て行くと、ルイーズの明るい声が聞こえてくる。
「また明日ね!」
教室の出入り口で立ち止まった俺は、振り返って敬礼をしようとして――右手を握りしめた。
右手を小さく振る。
「はい。それでは、また明日」
いつかヒドイン以外のヒロインも書けるんだ、って証明したいですね。