パフェ
【書籍版】フェアリー・バレット―機巧少女と偽獣兵士― 1巻【10月19日】発売予定!
学園に戻ってきたプロメテウス計画の開発チームは、破損して吊された状態のサンダーボルトを前に様々な反応を見せていた。
好意的な作業員たちは「よく戻ってきたな」と感心している。
スミス博士は興奮が収まらないらしい。
「いや~、エンヴィーは貴重なデータを持ち帰ってくれたよ。実験機はボロボロになってしまったけど、上層部に予算の申請をして修理すれば問題ないね」
壊れた実験機よりも、今回手に入ったデータの方が貴重だという考えだ。
だが、否定的な意見もある。
作業員たちの中には「修理が大変そうだな」「武装を全部喪失とか止めてくれよ」「しばらく徹夜が続くな」と落ち込んでいる。
アリソンも否定的な立場だった。
「確かに貴重なデータですけど、防御を捨てて攻撃に特化するなんてあり得ませんよ。一撃でももらえば撃墜されていたところですよ!」
蓮の行動が信じられない、といった態度だった。
だが、スミス博士は違う。
「エンヴィーにしてみれば、一撃をもらえば終わりというのは歩兵の頃と同じだったんだろうね。それにしても、面白いことをするよね。武器の効果がないから防御に振り分ける魔力をカットするなんてさ。いや~、面白いパイロットが手には入って何よりだよ」
スミス博士は意図せずして実戦データが手に入ったことにご満悦の様子で、アリソンが幾ら注意をしても聞き入れようとしない。
「こんな戦い方を繰り返していれば、彼はいつか死にますよ」
大事なパイロットを失うことになるぞ、というアリソンの言葉に、スミス博士は不思議そうに首を傾げる。
「新しいパイロットを用意すればいい。それだけじゃないかな?」
「あなたという人は本当に……いえ、何でもありません」
スミス博士の問題は以前から知っていたことだ。
アリソンは指摘するのを止めて、建設的な話をすることにした。
「実験機の修理を行うため予算を申請しますが、上層部から小言をもらうのは覚悟していてください」
「今回のデータを提供すれば、喜んで用意してくれると思うけどね。それはそうと、エンヴィーはどこだい? 彼には戦闘中の話を聞きたいんだがね?」
アリソンは小さくため息を吐いてから、スミス博士に三度目になる説明を行う。
「取り調べを受けていると何度も伝えましたよね?」
「え? まだ終わらないのかい? 女子生徒が計画を阻止しようとして、失敗しただけの話だろうに」
ルイーズの件を軽視するスミス博士に、アリソンは呆れ果ててしまう。
「学園内にこちらの計画を阻止しようとした工作員がいたんですよ。もっと警戒したらどうなんですか?」
スミス博士は肩をすくめ、アリソンの言葉に従う。
「そうだね。今後は警戒も必要だ。何か考えないといけないね」
◇
取り調べから解放されると、既に深夜を過ぎていた。
学園内は暗く静まりかえっていた。
アリソン博士には開放されたと連絡を入れたが、今日は宿舎に戻っていいと言われて帰宅途中である。
宿舎に戻る途中、俺より先に解放された隼瀬中尉がベンチに座って待っていた。
「お疲れ」
「隼瀬中尉殿、今回は命を助けて頂き誠に――」
敬礼をする俺を見て、呆れた顔でため息を吐く隼瀬中尉が止めるよう手で制してきた。
「堅苦しいのは疲れるからいいわ。それよりも、無事に戻ってきたからお祝いをしましょうよ」
「お祝い、でありますか?」
そのままの意味で受け取ればいいのだろうが、無事に戻れたお祝いと言われても何をすればいいのかわからない。
歩兵の頃は戻ったら小隊の仲間たちは酒を飲むなどしていたが、隼瀬中尉は未成年だ。
俺たちのように酒を飲んで裸で騒ぐなどしないはずだ。
しない……よな?
どこか振る舞いが荒々しい隼瀬中尉だから、絶対にないと言い切れないのではないか?
俺が少しばかり不安になって来た。
困惑している俺を見て焦れったくなったのか、俺の左手首を掴んで強引に歩き出す。
「いいから着いてきなさい。うちの流儀を教えてあげるから」
「学園の流儀ですか……了解しました」
学園全体か、それとも大隊内だけの流儀か知らないが、彼女たち戦乙女の流儀にこの場は従っておくべきだろう。
郷に入れば郷に従え、だ。
それに、戦乙女の流儀というのは個人的にも興味があるし、何よりも俺は隼瀬中尉に命を救われている。
誘いを断るわけにはいけない。
「お供しますよ、隼瀬中尉殿」
◇
やって来たのはレストランだった。
深夜を過ぎても営業しているのは驚きだったが、俺の気持ちを察した隼瀬中尉がメニューを見ながら説明してくれる。
「ここの店長が気の利いた人でさ。出撃があった日は夜遅くまで営業してくれるのよ」
無事に戻ってきた戦乙女たちのために、料理を振る舞うため客がいなくても店を開けているという。
「そうだったのですね」
夜中にレストランが営業している理由が知れて、納得していると隼瀬中尉が勢いよくメニューを閉じた。
「よし、決めた!」
一度頷いた隼瀬中尉は、テーブルにあるタブレットでメニューを選ぶ。
食事に誘われたと思っていたのだが、何故かデザートの項目を選択していた。
「隼瀬中尉、食事ではなかったのですか?」
俺が疑問を尋ねると、隼瀬中尉はメニュー画面を見ながら答えてくれる。
「うちは無事に戻ってきたら甘いものを食べるって決まっているのよ。それともお腹が空いているの? だったら、普通の物を注文してもいいわよ」
「いえ、取調中に携帯食を食べたので大丈夫です。学園の流儀とあれば、お付き合いさせて頂きます」
隼瀬中尉が俺の返事を聞いて顔を向けてくるが、随分と反応に困っているようだ。
「携帯食? あの不味い栄養食よね? 取り調べ中尉に食事は何がいいか聞かれたでしょ? もしかして、男だから何も聞かれなかったとか?」
隼瀬中尉は、俺が取調中に男性だから軽視された扱いをされたのではないか? と心配してくれているらしい。
無論、そんなことはなかった。
「自分も何がいいか聞かれました。なので、チョコ味の携帯食を希望しました」
隼瀬中尉が、サバットの隊員たちと同じようにちょっと引いた顔をしている。
チョコ味の携帯食は駄目なのだろうか? 歩兵だった頃は、奪い合いにまで発展した魅惑的な食べ物だったのだが……。
隼瀬中尉が俺に確認してくる。
「チョコが好きなの?」
「はい。携帯食のチョコ味は希少ですから」
「そう、ならあんたはチョコにするから」
「はい?」
隼瀬中尉が手早く注文を済ませると、厨房にオーダーが通ったらしい。
そして、待っている間、俺は隼瀬中尉に質問をする。
「隼瀬中尉殿、質問をよろしいでしょうか?」
「何?」
「どうして自分を……助けてくれたのでしょうか?」
「あぁ、あの時? 一等級が出たからついでよ。ついで」
隼瀬中尉は俺から視線を逸らし――嘘を吐いた。
「いえ、作戦中だけではありません。あなたは、随分前から自分の周りで動いてくれていました。もしや、ルイーズから守ってくれていたのではありませんか?」
今にして思えば、隼瀬中尉との遭遇率が高過ぎた。
俺が学園内で目撃したローブをまとったエースは、隼瀬中尉ただ一人だ。
他のローブを着用したエースとは遭遇もしていない。
そんな状況下で、隼瀬中尉だけ何度も遭遇するものだろうか?
俺の疑問に隼瀬中尉は顔を背け、無言を貫く。
「今にして思えば、間借りしている格納庫付近で遭遇したのも自分のためだったのでは、と考えています。わざわざ自分を待ち構える行動もありましたし、何よりもアドバイスを頂いた際にはわざわざ自分を訪ねてくださいました」
今にして思えば、ルイーズが自己啓発本を渡して来たのは俺を惑わせるためだろう。
ルイーズの意図に気付いた隼瀬中尉は、失敗続きの俺にアドバイスをするため開発チームが間借りしている格納庫に足を運んでくれた。
俺は自分の右手を見る。
「決定打は自分の右手です。ルイーズは自分の右手に絶対に触れませんでした。ですが、隼瀬中尉は気にせず掴んでくれました。自分を恐れず、力強い隼瀬中尉の手の感触は覚えています」
俺の前で取り繕っていたルイーズだったが、偽獣の細胞から作られた右腕を避けていた。
隼瀬中尉が気付いていたかは不明だが、俺がどんな手術を受けたかは噂も広がっていたので知っていただろう。
そして、俺はそんな人を疑って酷い態度を取っていた。
ルイーズにより隼瀬中尉疑うよう仕向けられていたが、言い訳にならない。
「あなたを疑っていた自分が恥ずかしい。隼瀬中尉は戦闘中も自分を気にかけていてくれたのですね」
隼瀬中尉が、俯きながら手を伸ばしてくる。
「いいから……もう、いいから……」
「いいえ、よくありません! 自分を助けに来られた際、あなたはこちらの事情を全て把握しておられました。戦闘中も自分たちを気にかけて会話を聞いていたのではありませんか? おかげで自分は命を救われました。隼瀬中尉殿、本当にありがとうございました!」
最後は席を立って深々と頭を下げたのだが、隼瀬中尉にはお気に召さなかったらしい。
彼女も立ち上がって俺に抗議してくる。
「わかっていても言うなよ! しかも、全部気付いていたとか、こっちの方が恥ずかしくなるでしょうが! 気付いていないと思っていたのに!」
顔を上げた俺は、隼瀬中尉が恥ずかしがる意味が理解出来なかった。
「何故です? 隼瀬中尉の行動は自分には勿体ないほど献身的でした。これだけ気にかけられていたというのに、隼瀬中尉を疑っていた自分は愚か者です。本来であれば、見捨てられて罵声を浴びせられてもおかしくありません」
隼瀬中尉が、俺を指さしながら手を上下に振り回す。
「私が勝手にやったことだから! 気にしなくていいから!」
「いえ、それならば余計に隼瀬中尉の好意を無駄にした自分が許せません」
「忘れろよ! むしろ、忘れてよ! 鈍そうな癖に、どうしてそんなところだけ鋭いのよ! 気付いていても胸にしまって置けよぉ……」
段々と隼瀬中尉の言葉に力がなくなっていく。
力尽きた隼瀬中尉が、テーブルに突っ伏すように座ると注文していた料理がやって来る。
店長自ら運んできてくれたのは――。
「ご注文のジャンボパフェ、イチゴとチョコになります。さぁ、お兄さんも座って」
「は、はい」
隼瀬中尉を気にしながら席に着くと、店長は俺の前にジャンボパフェのチョコを置いて戻って行く。
パフェ……思い出の中にあるが、どんな味だったか忘れてしまっている。
隼瀬中尉が顔を上げると、スプーンを手に取ってパフェを口に運ぶ。
「……食べていいよ。ここ、私の奢りだから」
「いえ、そういうわけには」
「上官命令」
「っ!?」
恨みがましい視線を向けてくる隼瀬中尉は、深いため息を吐いてからパフェを食べる理由を話し始める。
「無事に戻ってきたら甘い物をお腹いっぱい食べる……それがうちの決まりかな? まぁ、大隊ごとに違いもあるけどさ。その時は、階級が上の子が下の子に奢る決まりなのよ」
「そ、そうでしたか。しかし、自分の方が年上ですが?」
「私は中尉であんたは准尉でしょ? あ、お金は気にしなくてもいいよ。給料もあるし、討伐報酬っていうのかな? お手当も入るし」
戦乙女の給料事情に詳しくはないが、そうでなくても彼女たちが高給を得ていると誰もが思っているだろう。
実際、彼女たちと一緒に学園で生活してきて、羽振りのよさを感じていた。
「そ、それでは頂きます」
俺は山盛りのチョコクリームをスプーンですくい、そのまま口に運んだ。
口に入れると甘さが広がり、すぐに溶けてなくなっていく。
またスプーンですくって口に運ぶ。
隼瀬中尉はストロベリー味をスプーンで突きながら、話の続きをしている。
「気にせず食べていいよ。本当は大隊のみんなと一緒に食べるんだけど、私は取り調べで遅れたからね。……言っておくけど、あんたを待っていたわけじゃないからね。偶然、たまたま、あんたが出てきたのを見かけたから……って!?」
一心不乱にパフェを食べている俺に、隼瀬中尉が驚いた顔を向けていた。
食事に集中しすぎたと反省して顔を上げると、俺は自分の頬を何かが伝うのを感じて手で触れる。
指に触れたのは液体だった。
「どうして泣いているのよ」
隼瀬中尉に指摘され、俺はようやく自分が泣いているのだと自覚した。
「わかりません……ただ、おいしくて」
「おいしいから泣いたの? あんた、今まで何を食べて……あ~、言わなくていいわ。栄養重視の携帯食をうまいと言うくらいだから、ろくな物を食べていないわね」
隼瀬中尉は俺が答える前に自分で納得する。
確かに歩兵の頃は戦場では携帯食ばかり食べていたが、基地に戻れば普通の食事も食べていた。
栄養重視で味は二の次だったらしく、小隊の仲間たちには不評だったのを思い出す。
そこから止めどなく仲間たちの思い出が蘇ってくる。
あぁ、そうか……俺はみんなと一緒にこいつを食べたかったのか。
「仲間を思い出しました」
「あん?」
「ここに来る前の話になりますが、自分は歩兵でした。普段から小隊の仲間と行動を共にしていたのですが、居心地のいい小隊でした」
隼瀬中尉は俺の話を聞いてくれるらしい。
「へぇ、仲がいいのね」
「よくわかりません。ただ、一緒にいて苦痛ではありませんでした」
兵士となり地上で偽獣たちと戦って生き残っていれば、幾つもの小隊を渡り歩くことになる。
中には居心地の悪い小隊もあったし、煩わしく思う時もあった。
俺の出自をネタにして絡んでくる奴も多く、中には上官もいて無視も許されない状況もあった。
ただ……最後の小隊は別だ。
「小隊長殿はトレーニングが好きで、自分もよく誘われました。今にして思えば、小隊に馴染めない自分に気を遣ってくれたのでしょう」
「いい隊長さんね。仲の良い人はいたの?」
「仲が良いかどうかはわかりませんが、シャイボーイとは一緒に過ごすことが多かったですね」
「……シャイボーイ?」
「コールサインのような物です。小隊内では、コールサインで呼び合っていました。ちなみに、小隊長殿はプロテインです」
俺たちのコールサインを聞いて、隼瀬中尉は微妙な顔をする。
「ど、独特なコールサインなのね」
「はい。シャイボーイの場合は、人見知りで初対面の人と話せないのが理由です。自分もあまり喋る方ではありませんから、シャイボーイと一緒にいることが多かったですね」
お互いに口数が少なく、二段ベッドを使用する際は何となく一緒のベッドを選んでいた。
他の仲間たちは騒がしいため、シャイボーイも静かな俺を選んだのだろう。
「普段から一緒にいて苦ではありませんが、シャイボーイはミント味の携帯食が大好きなのが困りものでした」
「ミント味? 奪いになるの?」
「いえ、割り振られた際にミント味があると、全員がシャイボーイに押し付けるくらい不味かったです。好みの問題もありますが、大半が外れ扱いをしていました」
「なら、別に問題ないじゃない」
「問題なのはここからです。シャイボーイは戦場でお礼をする時は、ミント味の携帯食を差し出してきます。本人にとっては美味なのでお礼のつもりなのですが、自分は特に苦手な味でしたので受け取っても困りものでした」
小隊が壊滅した日も、シャイボーイが俺にミント味の携帯食を渡してきた。
本人の気持ちは嬉しかったが、俺はミント味が特に苦手で困っていた。
気が付くと、俺は隼瀬中尉に小隊の仲間について話し込んでいた。
「MCとヘアセットはよく一緒にいましたね。女性の話題で盛り上がっていました。ギャンブラーと借金は夜になると他の小隊と賭け事をするのですが、いつも借金が負けて自分たちにお金を借りに来るまでが定番でした。コミックは一人でよく漫画を書いていましたね。兵役が終わったら漫画家になると言って……」
懐かしい仲間たちの思い出が蘇り、目の前のパフェに視線を固定する。
「……気のいい仲間たちでした。そんな彼らにもこのパフェを食べさせてやりたかったです」
隼瀬中尉は俺が言わない部分を察してくれたようで、小隊がどうなったのか聞いてこない。
「そう。あんたにとっては大事な仲間だったわけね」
「はい……大事な……っ」
涙が溢れてくる。
隼瀬中尉の前で情けないと思いながらも、俯いて泣いてしまった。
テーブルにポタポタと涙がこぼれ落ち、スプーンを握る手が震えている。
「俺はもっと……みんなと一緒に……なのに、俺だけ生き残って!」
俺は自分が実験に参加した理由は、自分の存在意義のためとばかり考えていた。
兵士として望まれたからプロメテウス計画に参加したのだ、と。
だが、隼瀬中尉に胸の内をさらけ出し、俺は気付いてしまった。
「……敵を取りたかったんです」
絞り出した俺の答えに、隼瀬中尉は静かに返事をする。
「そう」
「自分は強化兵士なのにみんなを守れなくて……みんな、逃げればいいのに必死に戦って……シャイボーイも最後まで抵抗して……自分は……俺は仲間のために何も出来なかった」
小隊が壊滅した日、俺は悔しくて仕方がなかった。
この手で復讐してやりたいという気持ちが、俺を突き動かしていた。
「何で俺だけ……他の誰かが生き残ればよかった」
何もない自分よりも、他の誰かに生きて欲しかった。
そんな俺の希望を、隼瀬中尉が叱りつけてくる。
「仲間が必死に戦ってあんたの命を繋いだのに、それを否定するわけ?」
「え?」
顔を上げると、隼瀬中尉は俺を見据えてくる。
「あんたの仲間が必死に戦ったから、こうして生きているんでしょ? 感謝こそすれ、自分が死んだ方がよかった、なんて言ったらあんたの仲間が浮かばれないと思うんだけど?」
「それは……そうですが……」
あの日、突然現われた人型偽獣にみんな戦い敗れた。
だが、最後までみんな戦っていた。
怯えて、泣き叫びながらも。
彼らの頑張りが、今の俺をここまで導いたと言われ……後悔していた自分が嫌になってくる。
「……自分は間違っていたかもしれません」
自分の言葉に反省していると、隼瀬中尉は微笑みながらパフェを口に運ぶ。
「間違っているのよ。生きていることを喜びなさいよ。それに、偽獣を倒せる力を手に入れたんでしょ? 仲間の仇が討てるじゃない。……戦う理由がハッキリしたわね」
隼瀬中尉に指摘され、俺は嫉妬だけで戦っていたのではないと知れたことが嬉しかった。
「嫉妬よりも聞こえはいいかもしれませんね」
そう言うと、隼瀬中尉は嫉妬や復讐心を抱いている俺に寛容に振る舞う。
「戦う理由自体はどうでもいいのよ。大事なのは何のために戦うのか、よ。その辺、ハッキリしない子はここでは強くなれないわ」
隼瀬中尉が俺に顔を近付けてくる。
「気に入ったわ。あんた、私の従者になりなさいよ」
隼瀬中尉の提案を受けて、俺は最初に何を言われたのか理解出来なかった。
「……従者?」
隼瀬中尉は俺の反応を見て、額に手を当てて椅子の背もたれに体を預ける。
「そこも知らないの? あ~……とりあえず、私の小隊に入りなよ。丁度、部下を探していたところだしさ」
どうやら俺は、隼瀬中尉に勧誘を受けているらしい。
「……責任者に確認を取ってもよろしいでしょうか?」
「オッケー、返事は待つわ」
話が終わり、再び二人してパフェを食べ始める。
しばらくすると、隼瀬中尉が思い出したように質問してくる。
「そういえば、あんたが歩兵だった時のコールサインって何なの? 独特なネーミングセンスだし、一応聞いておきたいわ」
そういえば、仲間の話ばかりで自分のコールサインを教えていなかった。
俺はパフェを食べながら答える。
「チェリーです」
「ぶっ!?」
顔を耳まで赤くした隼瀬中尉は、咳き込むと右手で胸を叩いていた。
……しまった。女性である隼瀬中尉に言うべきではなかった。
◇
後日。
学園長室で夏子は旧友とリモートで話をしていた。
相手の名前は【陽葵・ルナール】――第五学園の学園長だ。
ピンク色の長い髪をゆるく縦ロールにしてまとめた女性で、髪色と同じゴシックドレスを着用している。
おっとりとした雰囲気で優しそうな彼女は、二十代半ばの年齢に見えるが夏子と同じく第一世代の戦乙女だ。
お互いに数少ない第一世代の生き残りだが、二人の間には懐かしむ気持ちなど一切なかった。
微笑んでいる陽葵だが、とんでもない要求をする。
『うちの子が迷惑をかけてごめんなさいね。それはそうと、ルイーズを返してほしいのだけど?』
「あら、ご冗談でしょ? そちらの工作員が、わたくしの庭で好き勝手にしてくれたのよ。簡単に返すわけにはいかないわよね?」
プロメテウス計画を阻止しようとしたルイーズだが、現在は取り調べを受けている最中だ。
本人は何も喋ろうとせず、誰の命令で動いたのかも不明だった。
夏子としても事実関係をハッキリさせたかったが、自分と同じ学園長という立場の陽葵がわざわざ自ら名乗り出て来た。
『工作員とは酷い言いようね。あたしはただ、第三学園に有能な子を送っただけよ。まさか、どのクラスにもスカウトされずに埋もれさせるとは思わなかったけれどね』
夏子はルイーズの資料をモニターに表示させ、中等部からの成績を確認する。
陽葵の言う通り、ルイーズの成績は非常に優秀だった。
少しばかり手を抜いているようにも感じられるが、五組に埋もれていい才能ではない。
「ルイーズ・デュラン……確かに優秀な子みたいね。けれど、うちのエースが気に入らなかったみたいなのよ。猫をかぶっていて好きじゃない、って。工作員には向いていないと思うのだけど?」
夏子がルイーズを評価すると、陽葵は機嫌を悪くする。
このまま話を続けるつもりもないのか、夏子に再度要求する。
『……ルイーズを返しなさい。代わりに一等級の素材を複数用意したわ。見返りとしては十分ではなくて?』
夏子はこの提案に、少しばかり驚いて目を丸くした。
一等級の素材を複数用意するくらいに、陽葵はルイーズを評価しているらしい。
だから、夏子はふっかけることにした。
「そういえば、ユーラシア方面で特等級の素材が手に入ったそうね? わたくし、そちらの方が興味があるわ~」
特等級の素材が欲しいと言う夏子に、上品に振る舞っていた陽葵の様子に変化が起きた。
微笑みが消え去り、無表情で夏子を睨み付ける。
『大人しくこちらの提示した品で満足しなさい。欲をかくと痛い目を見るわよ』
陽葵がドスの利いた声で言うが、夏子は席を立って机に腰掛ける。
同じく第一世代の戦乙女として戦ってきた夏子は、この程度の脅しで揺るぎはしない。
「このわたくしと取引したいのなら、相応の誠意を見せるのね。そもそもの原因は、そちらにあるのを忘れたのかしら?」
『忘れていないから一等級の素材を用意してあげているのよ。あたしが譲歩している間に、さっさと取引に応じなさい』
譲るつもりのない陽葵に対して、夏子は肩をすくめる。
「わたくしはどちらでもいいのよ。素材が手に入らなくても、ルイーズという娘を調べ上げて事実をハッキリさせるだけですもの」
夏子が譲らないと思ったのか、陽葵が小さくため息を吐いて緊張を和らげた。
『相変わらず欲深いわね。そういうところ、昔から変わらないわ』
「あなたにだけは言われたくないわ。……それで、どうするのかしら?」
夏子が確認すると、陽葵は降参したように両手を上げた。
どうやら、夏子の要求を受け入れるらしい。
『迎えを出すから、その時に特等級の素材も渡すわ。……あたしにここまでさせるのだから、ルイーズに傷一つ付けても許さないわよ』
夏子は自分の要求が通ったことに驚くが、同時に納得もする。
(相変わらず子供に甘いな)
内心を悟られないようにしながら、夏子は喜んでみせる。
「えぇ、ここから先はわたくしの名前で傷を付けないと約束しますわ。拘束前の傷までは責任を持つつもりはありませんけどね」
『はぁ、それでいいわ。それはそうと――』
取引が終わると、陽葵は別の話題を取り上げる。
『――プロメテウス計画に協力しているそうね。夏子、あなたがそこまで愚かだとは思わなかったわ』
冷たい目をする陽葵を見ながら、夏子は肩をすくめて見せた。
「わたくしは場所を提供しただけでしてよ。学園の女子生徒たちに、殿方に対する免疫を付けさせようと思いましたの」
『今後も協力するのなら、相応の覚悟をするのね。他の学園もプロメテウス計画には反対の立場よ。あなた、ますます孤立してしまうわね』
男性の戦力化に対して、他の学園は反対の立場であると明言されてしまった。
夏子はそれを聞いても方針を変えるつもりがなかった。
「今後も独立独歩でやっていくから構わないわよ。あ、でも助けが欲しいなら言いなさい。あなたたちと違って、わたくしは派閥関係を抜きにして手を差し伸べてあげますわよ」
陽葵は夏子が計画への支援を止めないつもりであると察し、冷たい目をしたままだった。
『――すぐに迎えを出すわ』
通話が切られてしまうと、夏子は静かになった学園長室で伸びをする。
「相変わらず政争に大忙しみたいね。余裕があるようで羨ましいわ」
机から降りた夏子は、プロメテウス計画の詳細が書かれた資料を手に取った。
期待されていなかった実験機が、二等級を多数撃破という予想外の戦果を挙げたのだ。
夏子としては楽しくて仕方がない。
「今後は組織内が騒がしくなりそう……楽しくなってきましたわね」
これにて フェアリー・バレット を完結させていただきます。
この作品がどのような話なのか、大体掴んでいただけたのではないでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
お気軽でいいので、この作品の評価を下部からお願いいたします。
評価をいただけると、今後の執筆活動の指針と励みになります。
それでは、今後とも 三嶋与夢 をよろしくお願いいたします!




