歩兵の心得
書籍版「あたしは星間国家の英雄騎士!」のWeb版【あたしの悪徳領主様!!】第四章投稿を開始しました。
そちらも是非ともチェックしてくださいね。
無事にルイーズたちが撤退する時間を稼いだわけだが、囮となった俺の方は負担が限界を迎えようとしていた。
「数が多すぎる。二十体? いや、もう三十体か?」
どこから集まってくるのか、二等級の偽獣が三十体も集まってサンダーボルトを追い回していた。
逃げ惑うサンダーボルトのコックピット内にて、俺は計器類を確認する。
「残弾数は問題ない。エネルギーは少し心許ない……推進剤は明らかに足りないか」
全力で飛び回っているわけだが、使用しているジェットエンジンの推進剤は残り僅かだ。
このままでは逃げることすら出来ずに、囲まれて撃墜されるだろう。
「っ!」
偽獣のビームもどきがサンダーボルトの脚部を掠めた。
幸いなことに魔力による力場でダメージは軽減されたが、俺の魔力が少ないために装甲表面が熱されて赤く染まっていた。
溶解まではいかないが、集中攻撃を浴びるのは危険だ。
「これが力場の守りか……これが歩兵時代にあれば、どれだけの兵士の命が救われた……こと……か」
想像したのは過酷な地上戦での思い出だ。
三等級の偽獣たちですらあの頃は脅威だった。
捕まればまず助からず、攻撃が掠めても重傷を負うことが日常だった。
だから、歩兵に教え込まれるのは徹底した回避だ。
敵の攻撃を受け止めようなどと考えず、避けて攻撃を叩き込むことを重点的に教えられた。
物量の勝る偽獣相手には、そもそも焼け石に水と言える戦法だった。
やらないよりはマシ、という程度だ。
俺は歩兵時代の戦い方を思い出すと、コックピット内のスイッチに手を伸ばす。
魔力コンバーターのエネルギー供給スイッチだ。
「そうだ。自分は……俺は!」
装甲を守る力場を発生させているスイッチを切り替え、魔力の供給をカットした。
本来防御に回すはずの魔力が、浮力と武装へそれぞれ流れていく。
機体が更に軽くなると、サンダーボルトは速度を上げていく。
「そうだ。これでいい。元から防御なんて捨ててしまえばいい。……俺はずっと地上でそうしてきた」
敵の攻撃を受ければ致命傷という環境にいたが、今の俺が乗っている人型兵器のサンダーボルトは見た目に反して敵の攻撃を回避するのが得意だった。
重装甲、重武装と重そうな見た目で、敵のビームもどきを回避していく。
「地上で走り回っていた頃に比べれば、この程度は何の問題もない!」
魔力が武装に供給されているのを確認しつつ、左腕のガトリグガンを構えて操縦桿のトリガーを引いた。
こちらを追いかけ回していた偽獣に向かって弾丸をばらまいたのだが、最初の時よりも確実にダメージを与えている。
力場を魔力で打ち消して弾丸が偽獣の外郭に到達し、傷をつけているのがモニター越しに確認出来た。
もっとも、ルイーズたちほどの威力は確認出来ない。
俺の魔力が元から不足しており、防御に回す分をカットしても足りないだけだ。
それで十分だった。
「問題ない。この程度なら地上戦よりも効果を実感できる」
地上で機関銃を使用していた頃よりも、今の方が体感として効果があるように見えた。
「これだけの効果があれば十分に戦える」
囮として逃げ続けるのを止めた俺は、推進剤に注意を払いながらガトリングガンで偽獣を攻撃し続け一体を撃破した。
絶え間ない攻撃に晒され力場を維持できなかった偽獣は、体中を撃ち抜かれて海に落下していった。
残弾数を確認しながら、戦い方を組み上げていく。
「一体を倒すにしては弾薬の消費が激しい。ガトリングガンのみで対処するのは悪手だな」
続いての偽獣には右腕に持たせた大型ライフルの銃口を向けた。
大砲の砲身を短くしたために反動が大きく、照準器がありながら狙撃に向かないという大型ライフルだ。
「だが、近付けば問題ない」
サンダーボルトが引き金を引くと、コックピット内まで大きく揺れた。
威力を突き詰めた一撃が偽獣に命中するも、やはり魔力不足により決定打にはならなかった。
それでも、表面を吹き飛ばす威力はあったらしい。
空中で体勢を崩した偽獣に、二発目、三発目と撃ち込んでいく。
三発目にして撃破して落下していくのを確認した俺は、大型ライフルの扱いも戦い方に組み込んでいく。
「問題はミサイルか……」
武装に回す魔力量が増えたおかげで、ミサイルの扱いが変わってきた。
右肩に懸架された大型ミサイルコンテナだが、貫通力と爆発力に優れていた。
現時点ではサンダーボルトの最大火力である。
ガトリングガンで偽獣を牽制しつつ、狙いやすい敵を見つけてロックオンする。
大型ミサイルのコンテナから一発のミサイルが発射されると、小型ミサイルよりも速い速度で偽獣に向かっていく。
ミサイルが命中すると、二等級の偽獣を少し押し飛ばしてそのまま大きな爆発を起こした。
爆発の際に炎と黒い煙が発生するのだが、その際に僅かにキラキラと何かが光ったように見えたのは気のせいではない。
黒い煙から海面に向けて落下するのは、息絶えた偽獣だった。
魔力不足であるのは変わりがないが、力場を魔力で貫いた後にミサイルの火力で二等級を強引に撃破したように見えた。
「マルチロックは考えない方がいいな」
一撃必殺とも言える威力を持つのは大型ミサイルコンテナだけだが、一発発射しただけで魔力量が大きく減衰していた。
連続して使えればいいのだろうが、少ない魔力をやりくりしている現状では贅沢も言っていられない。
「……地上戦を思えばこれでも十分すぎる」
ただ、俺の中では今のままでも十分に勝ち目が見えていた。
偽獣たちを前にサンダーボルトを突撃させる。
「今度はこちらが狩る番だ!」
◇
ルイーズが第一小隊を連れて簡易基地を目指していると、その途中の砂浜で三等級を相手に歩兵たちが激しい戦闘を繰り広げていた。
蓮の予想通り、地上では歩兵に随分と被害が出ている。
「蓮君の予想通りだったね」
ルイーズは三人を連れて簡易基地に到着すると、担任教師が駆け足で近付いてくる。
「三名とも無事か?」
ルイーズはバトルドレスを着用したまま敬礼を行う。
「はい。ですが、蓮君が囮として戦場に残っています」
苦々しい顔をするルイーズに、担任教師は戻ってきた三名を見て安堵した表情を見せた。
しかし、蓮には仲間意識を持っていないらしい。
「実験機程度の損失で、お前たち候補生が守れたなら安い損失だ」
プロメテウス計画には莫大な予算が組まれているが、この場で担任教師が言う安い損失とは単純に金額の問題ではない。
成功するかも怪しい計画など、さっさと廃止されればいいと考えての発言だろう。
言い換えれば、戦乙女こそ価値があると言外に語っているようなものだ。
ルイーズは担任教師に進言する。
「私を救助に向かわせてください!」
しかし、担任教師の反応は冷たい。
「駄目だ」
「何故ですか!?」
「……お前たちが戻るまでに、二等級の大量発生を確認した。ブーツキャットが対処しているが、間に合わないため予備戦力もこの場の護衛を残して全て投入済みだ」
助けに向かうだけの戦力が残っていないと告げられ、ルイーズが項垂れる。
「そんな……」
担任教師はルイーズが落ち込んでいると思ったのか、肩に手を多い手優しい口調で語りかける。
「救助ご苦労だった。お前は少し休憩を挟んで待機だ」
「……了解、しました」
(蓮君……君はまだ無事でいるのかな? でも、あの状況から一人で生き残るなんて絶対に無理だよ)
◇
二等級の群れの中、俺は空中戦というものを学んでいく。
地上戦とは勝手が違いすぎるが、考えようによってはやることは変わらない。
そう、変わらないのだ。
「次はお前だ」
偽獣を追い回してガトリングガンで攻撃を加え、一箇所に傷やら外郭に割れを発生させたのを確認してから大型ライフルに切り替える。
外さない距離まで接近して大型ライフルを発砲すれば、偽獣の弱った部分は耐えきれずに大砲で貫かれて息絶えた。
ガトリングガンで牽制、あるいは偽獣の一箇所に弱点を作る。
止めは大型ライフルの一撃だ。
大型ライフルの弾数がゼロになったので、弾倉を交換する。
「これで弾薬は終わりか」
もう換えの弾倉は残っておらず、ガトリングガンにしても大型ドラムマガジンの中身は残り僅かとなっていた。
魔力供給は三十パーセントで安定しているが、機体のエネルギーと推進剤は別だ。
エネルギーはともかく、推進剤は心許ない。
「こうなると最初に無駄に推進剤を消費したのが悔やまれるな」
コックピット内で汗だくになりながらも、俺は自分のやるべき事を優先していく。
偽獣たちのビームもどきや、鋭い爪などを最小限の動きで回避しつつ攻撃を行っていく。
最後のミサイルを発射すると同時に、大型ミサイルコンテナもパージした。
サンダーボルトが徐々に軽くなっていくおかげで、推進剤の消費量も減ったのが助かっていた。
ガトリングガンで偽獣を削り、大型ライフルで止めを刺す。
言ってしまえばこれを繰り返すだけだ。
だが、空中という戦場と、普段戦い慣れていない偽獣の相手が神経をすり減らしてくる。
気が付けばガトリングガンもパージして放り投げ、大型ライフルが三発だけという状況になっていた。
「弾薬は残り三発だけ……残った武器は」
機体をチェックして武装を確認すると、人型兵器で通用するとは思えない物が候補として表示される。
そもそも他が残っていない状況だから仕方がないが、まさかこの状況でも頼ることになるとは思わなかった。
刃に魔力を供給して偽獣を貫く近接武器――言ってしまえば短剣だ。
ナイフよりも刃が長いのが特徴だろうか?
スミス博士が、わざわざ俺のために用意されたと言っていた。
まさか、本当に使用することになるとは思わなかった。
周囲を見れば偽獣はまだ残っていた。
「振り切って逃げ切るだけの推進剤もない、か……通用するか試させてもらう」
サンダーボルトの左手で、膝裏から短剣を引き抜く。
爪を立てて襲いかかってくる偽獣に対して、左腕で短剣を振るって傷をつけるとすぐさま大型ライフルを向けた。
引き金を引けば傷口を貫き偽獣を撃破する。
「……悪くない」
すぐさま別の偽獣に狙いを付けると、襲いかかって短剣を突き立てた。
傷口に大型ライフルの銃口を押し当てて、引き金を引いて止めを刺した。
その際に違和感を抱いたのは、短剣の刃の長さと切り口だ。
明らかに傷口が刃の長さに合っていない。
より深く、広く偽獣に傷をつけていた。
「これも魔力の恩恵か? それならやり方は幾らでもあるな……」
刃渡りから傷をつける程度と考えていたが、より深く斬り裂けるならば他の使い道がある。
後ろから襲いかかって来た偽獣に、振り返り様に大型ライフルを向けて射撃を行った。
吹き飛ばされた偽獣に向かって距離を詰め、左手に持ったナイフで急所と思われる頭部を切断する。
だが、思っていたよりも深く斬れなかったらしい。
偽獣は暴れ回りながら海へ降下していくが、まだ息はあった。
「斬り方か? それとも力場の阻害か?」
大型ライフルを放り投げ、サンダーボルトの右手にも膝裏から短剣を引き抜かせた。
二刀流のスタイルは随分と久しぶりに感じられる。
「人型兵器での近接武器の扱いは考慮する必要性あり。切り口から威力にばらつきを確認……おそらく原因は……」
コックピット内でブツブツと呟いていると、偽獣たちが集まってきた。
サンダーボルトに襲いかかってくる偽獣を見つつ、一体ずつ対処する。
人型兵器の手首は人間よりも可動範囲が広い、というか回転するため逆手に持たなくてもいいのは利点だろう。
近付いてきた偽獣を斬り付け、その様子から傷口の深さが違う理由を考察する。
斬り刻む……原因を突き止めるまで斬り刻み、息絶えたらば次の目標で試す。
「銃火器よりも近接武器の効果あり……スミス博士は喜ぶかもしれないが、アリソン博士は頭を抱えるだろうな」
六体目の偽獣の頭部を斬り飛ばした際に、俺はようやく傷口の深さが違う理由に気が付いた。
「そうか、魔力か」
偽獣の力場と短剣がぶつかった際に、発光現象が起きた時に気が付いた。
刃を魔力の力場が覆っていた。
そのため、刃渡りよりも深く斬れたのだろう。
「皮肉だな。どれだけ威力を高めた銃火器よりも、使い慣れたこちらの方が高い効果を発揮するんだからな!」
短剣で偽獣の頭部を刺し貫いた。
急所を貫かれた偽獣は、二等級だというのに呆気なく落下して海に沈んでいく。
斬り刻んだ時に偽獣の急所も大体判明した。
短剣二本を構えさせた俺は、今度は偽獣に襲いかかる。
「お前たちの弱点も攻撃方法も把握した。……後は処理するだけだ」
無駄な動きを排除して短剣で偽獣たちを処理していく。
首を刈り、急所を突き、攻撃が来れば避ける。
偽獣が嫌がるような行動を心掛け、最低限の動きで処理して回った。
偽獣にサンダーボルトが覆い被さり、短剣を突き立てた。
「残り一体」
偽獣を蹴り飛ばすように短剣を引き抜くと、最後の偽獣がこちらに向かって突撃してくる。
ビームもどきを連射しながら、その鋭い爪でサンダーボルトを斬り刻もうとしていた。
対して、サンダーボルトは限界が迫っていた。
機体各所は無理な戦闘機動を繰り返したせいで悲鳴を上げているし、何よりも短剣の状態もよろしくない。
刃が欠けて、ひびがはいっていた。
「……すれ違い様に仕留める」
有利な位置取りをして斬りかかるには、推進剤も心許ない。
向かってくる偽獣の攻撃を回避しながら、短剣を構えさせて接近するのを待つ。
ビームもどきがサンダーボルトを掠めると、装甲を溶解させていく。
サンダーボルトの分厚い装甲が、ビームもどきの前では簡単に溶かされていた。
それでも掠める程度に留めていたので、偽獣はサンダーボルトに止めを刺すべく接近してくる。
鋭い爪を突き立てて、サンダーボルトを鷲掴みにすると、分厚い装甲は簡単に貫かれて偽獣に拘束されてしまった。
「必ず止めを刺しに来ると思っていた」
そのままサンダーボルトを握り潰そうとする偽獣に対して、短剣を振り抜いて両脚を切断する。
脚を失った偽獣が悶えているが、左手の短剣は折れて使い物にならなくなった。
残る右手の短剣を頭部に突き立て、そのままひねりを加えると――もう一つの短剣も刃が折れてしまう。
これでサンダーボルトの武器は喪失し、攻撃手段はなくなってしまった。
だが、最後の偽獣も傷口から体液を噴出すると、ゆっくりと落下していく。
「周囲に偽獣の存在を確認出来ず……敵の殲滅を確認」
海に落ちた偽獣を見下ろしながら、俺は乱れた呼吸を整える。
気が付けば随分と体力を消耗していた。
汗だくでパイロットスーツが濡れて肌に張り付く。
コックピット内は警報が鳴り響いていた。
推進剤の残量が少ないという知らせから、酷使した両腕の異常も酷い。
マニピュレーターの関節は悲鳴を上げ、肘やら様々な箇所が駄目になっていた。
動くには動くが、戻れば両腕は修理するよりも交換する方が早いだろう。
「戻ったらアリソン博士に叱られてしまいそうだな」
武装は放り投げたので海の底に沈んだ。
回収は難しく、更には両腕以外にも問題が発生した箇所がある。
無理な戦闘機動を繰り返したために、内部の方まで酷くなっていた。
動くだけで精一杯の状態で、自力での帰還は諦めた。
大人しく救難信号を出して、海に落下した時の対処法を準備する。
「……っ」
魔力を長時間放出したせいなのか、俺はこれまで経験してこなかった独特の気持ち悪さも感じていた。
ただ、それよりも喜びの方が勝っていた。
操縦桿を手放して自分の右手の平を見つめ、そのまま握りしめる。
「戦える。俺はまだ戦える……」
二等級を相手に勝利を収めた事実が、何よりも俺には嬉しかった。
歩兵の頃には敵わなかった相手が、今の俺には倒せた。
不意に元小隊の仲間たちの顔が思い浮かんだ。
「……みんな、俺は……」
その時だった。
味方機の反応をレーダーがキャッチしたと同時に、モニターにルイーズの顔が表示された。
『迎えに来たよ、蓮君』
微笑みを浮かべていたルイーズだったが、俺は目を見開く。
「ルイーズ?」
表示されているルイーズの姿だが、ライフルを構えていた。
『オーヴォワール、偽獣もどきの糞野郎』
ルイーズの乗り込むバトルドレスの大型ライフルから、魔力を込められたビームが発射されてサンダーボルトのモニターが光で白く染まった。
GCN文庫様より書籍版【フェアリー・バレット -機巧少女と偽獣兵士- 1巻】は【10月19日】発売予定です。
店舗様や通販サイト様でご予約開始しておりますので、是非ともご利用ください。
予約していただけると作者としても大いに助かりますので(切実)
「あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 4巻」も好評発売中です!
アンケート特典よりも加筆して、より厳しく、そして楽しくを心掛けておりますので、書籍版も是非とも応援よろしくお願いいたします。




