バディ
【発売間近】あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 4巻【9月30日に発売!】
出撃を命令された五組の女子生徒たちが、更衣室で戦乙女のスーツに着替えていた。
短髪で気の強そうな顔をした十六歳の【鈴木 恵】は、褐色肌でスポーツが得意な子だ。
身体能力に優れ、中等部では優秀な成績を収めている。
そのため、自分はスカウトされると信じて疑っていない女子生徒でもあった。
スポーティーな下着姿で、周囲の女子生徒たちに宣戦布告ともいえる発言をする。
「実戦で活躍すればスカウトされて編入だろ? そんなの余裕だね。五組なんてさっさと抜け出してやるよ」
恵の発言を聞いていたのは、紺色の髪をショートにした【浅井 麻美】だった。
色白で細身で背の高い彼女は、十八歳で五組に在籍して三年目を迎えている。
年内に成果を出して編入されなければ卒業だ。
戦乙女候補生止まり……学園の女子生徒にすれば歯痒い結果だ。
悔いを残さないためにも五組で自己鍛錬に励んできた麻美にすれば、恵の発言は気に障る。
「本当に優秀なら、中等部を卒業する頃にスカウトされているわよ」
「万年五組の先輩に言われても腹も立たないね」
「強気の発言をするのはいいけど、そう言って五組から卒業した子は多いわ。あなたも気を付けるのね」
「……舐めるなよ。私はお前らとは違うんだよ!」
恵がバンッ! とロッカーを殴りつけると、それを聞いていた癖のある長い黒髪の【西谷 加奈子】がビクリと肩をふるわせた。
着替え途中で白い下着姿の加奈子は、小柄で可愛らしいが臆病でもある子だ。
「ううっ、みんな興奮していて怖いよ」
気弱な加奈子の言葉に、周囲が鋭い視線を向ける。
険しい視線の意味は「どうして臆病者がこの場にいるのか?」という類いのものだ。
担任教師も、わざわざ加奈子を選ばなくてもいいだろうに、と。
出撃前のピリピリした雰囲気が、更衣室に広がっていた。
ルイーズは他の女子生徒たちを無視して、制服を脱いでピンク色の下着を晒す。
ロッカーから取りだしたグレーを基調としたパイロットスーツは、露出が少ない構造をしている。
首から下は覆われているが、両肩と胸元だけ肌が露出していた。
スカートのような前掛けが用意されているが、個人によっては改造が施され微妙に差異がある。
ルイーズはスタンダードなパイロットスーツを着用していた。
着替え終わるとクラウンハーフアップにした銀色の髪を解き、青いリボンでポニーテールにまとめる。
そして、一呼吸してから笑みを浮かべた。
「ほら、急がないと減点されちゃうよ。みんな、急いで、急いで!」
ルイーズの明るい声が更衣室に響くと、加奈子は安堵し、恵も麻美も言い争いを止めて着替えを急ぎ始める。
ルイーズは先に更衣室を出ると、表情はすぐに引き締まっていた。
いつでも実戦に出られる気構えは出来ている、という雰囲気を出しながら口から出た言葉は正反対のものだ。
少し寂しそうにしながら、ルイーズは誰にも聞かれていないことを確認して呟く。
「……今回は出番がないといいな」
◇
戦乙女を輸送して現場に向かうのは、回転翼軸にジェットエンジンを搭載した大型の輸送機だ。
前後に主翼を持つタンデム翼機で、ジェットエンジンも四機ある。
輸送機の側面にはハッチが幾つも取り付けられており、その内部には戦乙女のバトルドレスが収納されていた。
折り畳まれ、固定された自分のバトルドレスの前には女子生徒たちが立っている。
壁を背にして向かい合う女子生徒たちの間を歩くのは、戦闘服に着替えた担任教師だ。
歩きながら女子生徒たちの顔に視線を巡らせていた。
「今回の作戦はブーツキャット大隊の援護だ。彼女たちが撃ち漏らした偽獣を掃討するのが任務だと思えばいい。基本的に砂浜で待機してもらうが、六名を前線に増援として派遣するよう要請があった。三機編制の二小隊を用意する」
女子生徒たちの目の色が変わる。
チャンスが来たと好意的に捉える者もいれば、実戦に投入されると緊張する者もいる。
担任教師は立ち止まって告げる。
「幸運にも出撃の機会を得た候補生の諸君に言っておくことがある。授業で何度も教えたが、君たちの扱うバトルドレスはしょせん訓練機だ。正式な戦乙女たちが使用するバトルドレスとは基本性能から違う。一等級と遭遇した場合は君たちに勝ち目はない。即座に撤退しろ」
五組の女子生徒たちが使用するバトルドレスは、正式な物と比べれば性能が劣っていた。
必要最低限の性能しか持たない訓練機である。
それでも、二等級以下を相手にするのに何の問題もない。
今回の五組の役割は、ブーツキャットが撃ち漏らした二等級の撃破だ。
地上戦力も投入されるため二等級を撃ち漏らしてしまうと、味方に甚大な被害が出てしまう。
担任教師は女子生徒たちが気を引き締めたのを確認し、詳細を説明する。
「今回出現したゲートは中規模だが、幸いにも一等級の数は少ない。敵主力はブーツキャットに任せ、君たちは自分の仕事を果たせ」
「はっ」
教室の時とは違い、この場では全員が気を引き締めて一斉に返事をした。
担任教師が小隊編制を告げる。
「第一小隊は浅井を小隊長にする。鈴木と西谷が隊員だ」
十八歳で後がない麻美が小隊長に任命されると、恵が露骨に嫌な顔をした。
加奈子の方は経験豊富な麻美が小隊長で、安堵した表情をしている。
「第二小隊は――」
第二小隊のメンバーが発表されるが、そこにルイーズの名前はなかった。
◇
偽獣の発生順序だが、最初に異界と繋がったゲートが出現する。
ゲートから偽獣たちがあふれ出て来るわけだが、一定数を吐き出すと閉じてしまう。
時に閉じない場合もあるらしいが、その場合は戦乙女たちがゲートを破壊するのがセオリーだ。
輸送機の中、サンダーボルトのコックピットで俺は静かに待機していた。
今回に限って言えば、戦場に出るのが目的で戦闘は想定しない。
わざわざ武装を用意させたのは、開発メンバーの作業員たちに非常時の訓練をさせたいとか何とか理由を付けていた。
スミス博士のことだから、可能ならば実戦で射撃訓練が行えればお得だと考えている可能性も捨てきれない。
開いたコックピットハッチから俺を覗き込んでくるのは、アリソン博士だった。
「心拍数は多少上昇したけれど安定しているわ。魔力出力も安定……さすがは歴戦の兵士さんね。多少緊張はしているようだけど」
俺の心拍数が上がっているのが気になっているらしい。
「程よい緊張は戦場での味方です」
アリソン博士は肩をすくめる。
「問題ないなら構わないわ。でも、これだけ準備をしたのに出撃しないのは残念ね。いっそ、射撃訓練だけでもさせてもらおうかしら?」
アリソン博士にしても、今回は出撃することはないと考えているようだ。
機体から離れて持ち場に戻って行くと、俺はまた一人になる。
いつでも出撃出来るように気構えだけをして待っていると、通信回線が開かれる。
『蓮君、そっちは大丈夫そう?』
「ルイーズ? 作戦中ですよ」
『蓮君も一応は五組として出撃しているから、お仲間として回線が繋がるようになっているんだよ。みんなは、わざと回線を開かないようにしているみたいだけどね』
「そう、でしたね。自分の間違いでした」
プロメテウス計画に参加している自分だが、学園では五組にも在籍していると失念していた。
この場合、どうすればいいのかアリソン博士と打ち合わせをするべきだった。
学園側の対応も関わってくるため、話し合いの場も必要だろう。
「そちらの様子はどうですか?」
モニターの一部に作戦状況が表示されているが、現場にいなければ伝わってこない情報もある。
その場にいる兵士の言葉が聞きたかった。
ルイーズは苦笑している。
『二等級を取り合って出撃したがる子ばかりだね。ここで実績を積んで、他のクラスにアピールしたいからみんな必死だよ』
呆れた様子を見せるルイーズだが、俺は彼女が心配になる。
「ルイーズも出撃するべきだと思いますが?」
今後を考えれば撃破数は稼いでおくべきなのに、ルイーズは乗り気ではないらしい。
『撃破数稼ぎに夢中になるのは、戦場を甘く見ているからだよ。私はそんな風になれないよ』
苦笑を浮かべるルイーズの意見に、俺も小さく頷いて同意する。
「……そうですね。戦場ではいつも不測の事態が起きるものです」
アピールのために戦場に出ている女子生徒たちには、俺も危うさを感じた。
『……第一小隊? それ、本当?』
「どうしました、ルイーズ?」
何やら他の誰かと話を始めたルイーズは、随分と焦った様子だった。
『偽獣の増援が出現したんだけど、深追いしすぎた第一小隊が食い付かれたって』
◇
第一小隊が敵の増援に遭遇する少し前。
彼女たちは偽獣を求め飛び回っていた。
「きゃははは! おら、ぶっ飛べ!」
大型サブアームに取り付けた大型ライフルで二等級の頭部を吹き飛ばすのは加奈子だった。
興奮してアドレナリンが大量に分泌されたのか、怯えきった性格が逆転したかのように好戦的になっていた。
恵は加奈子の活躍に舌打ちをする。
「あいつ、もう三体目をやりやがった! このままだと俺の立場がねーだろうが!」
恵は大型サブアームに持たせたランス型の近接武器を偽獣に突き刺し、そのまま魔力を流し込むと放電現象が発生した。
「俺の電撃は効くだろう?」
黒焦げとなった偽獣からランスを引き抜くと、そのまま海へと落下していく。
前へ、前へと突き進む二人に声を張り上げるのは、小隊長に指名された麻美だ。
「二人とも前に出すぎないで! 指定されたエリアから出ているわ。もう、ここは最前線よ」
大型サブアームにガトリングガンを持たせた麻美は、自身の両手には槍を握っていた。
ガトリングガンで偽獣を撃ち、突破されれば槍で突く戦闘スタイルだ。
しかし、二人のフォローに回る場面ばかりで、二等級の撃破は未だにゼロである。
加奈子が振り返って後ろ向きに飛行しながら、麻美に向かって怒鳴りつける。
「後ろに引きこもっていたら、ブーツキャットの猫共に二等級を刈り尽くされちまうだろ! 私はもっと、もっと戦いたいんだよ!」
性格が激変した加奈子には、流石の恵もドン引きしていた。
「先生がこいつを指名した理由はこれかよ。好戦的すぎるだろ」
恵にすら好戦的すぎると言われる加奈子は、素早く次の獲物を見つけて襲いかかる。
「四体目頂き!」
接近して大型サブアームの左腕に装着した大剣を突き刺し、強引に首を斬り跳ばすと麻美が上空を見上げて二人に叫ぶ。
「て、撤退! 全機撤退!!」
何事かと二人も上空を見上げると、黒い点が幾つも見えた。
上空から飛来するそれらの一つが、恵に襲いかかった。
敵の体当たりを受けた恵は、落下しながらこの状況に叫び声を上げる。
「何でこのタイミングでぇ!!」
叩き落とされるも、海面すれすれで上昇して体勢を立て直した。
辺りを見れば、既に二等級の偽獣たちに囲まれていた。
すぐに麻美がカバーに入るも、偽獣たちの数を見て顔面を蒼白にする。
「……深入りしすぎた。こんな数に囲まれるなんて」
二等級ばかりが数十体。
麻美たちを囲んで狙いを定めており、三人は敵に囲まれ容易に逃げ出せない状況に追い込まれていた。
◇
「第一小隊が敵の増援に遭遇した? それは!?」
『二等級に第一小隊が囲まれたみたい。増援が発生した場所に近かったみたいで、警告が間に合わなかったって』
ゲート周辺はレーダーでも敵の発見が難しく、目視でもない限り発見出来ない。
そのような危険なエリアまで、第一小隊が入り込んでしまったのが問題だった。
これが正規の戦乙女たちならば対処出来たのだろうが、彼女たちは候補生で、使用しているのは訓練機だ。
敵に囲まれ孤立無援……このままでは偽獣たちになぶり殺しにされてしまう。
そう思った時だ。
あの人型偽獣に仲間が殺されていく光景が鮮明に思い出され、俺は焦燥感に駆られてしまう。
自然と声が大きくなり、自分の立場も忘れて発言してしまう。
「すぐに救助に向かいましょう!」
俺が声を張り上げると、ルイーズが驚いた顔をしていた。
『お、驚いた。蓮君がそんなに感情をむき出しにするなんて思わなかったよ』
「っ!? し、失礼しました」
何を言っているのだと、頭を横に振って自分を落ち着ける。
今の俺はプロメテウス計画に参加するテストパイロットであり、個人の感情で出撃するなど許されない立場だ。
そもそも実験機は実戦に投入出来る段階ではない。
「冷静さを欠いていました。今の発言は忘れてください」
俺が自分の意見を引っ込めると、ルイーズは何やら考え込んでいた。
小さく頷くと、俺の意思を確認する。
『蓮君は出撃したいの?』
「……いえ、それは自分の裁量を超えた判断になります」
俺の勝手な判断で出撃など許されるはずもない。
助けたい気持ちを押し込めるように、俺は俯いて答えた。
『私は蓮君の気持ちを確認しているの! 助けたいんじゃないの?』
ルイーズの強い口調に俺はハッと顔を上げた。
「た、助けたいです」
ルイーズは大きく頷くと、そのまま五組の担任教師との間に回線を開いた。
モニターの一部に担任教師の顔が表示されると、俺の映像も届いているのか訝かしんだ表情をしていた。
『何だ? こちらは忙しい。急ぎでなければ――』
『第一小隊の救援に志願します』
ルイーズが静かに、そして力強く進言すると担任教師の表情が一瞬だけ強ばった。
戦乙女の候補生に過ぎず、乗っているのも訓練機のお前に何が出来るのか? ――そんな言葉を言う時間も惜しいようだ。
二等級とはいえ、数が揃えば戦乙女候補生にとっては脅威となる。
ルイーズもそれを理解している、という前提で話が進む。
『自暴自棄や英雄願望でないのだな?』
確認してくる担任教師に、ルイーズはハッキリと答える。
『ブーツキャットの救助部隊が駆け付けるまでの時間を稼ぎます。もう少し戦力が加われば、救助までの時間を稼げるはずです』
担任教師は悩ましい表情を一瞬見せた後に、ルイーズの進言を受け入れる。
『――了解した。散らばった戦力を集結させる』
二等級撃破のために四方に散らばった戦乙女候補生たちを集結させ、それから救助に向かわせようとしていた。
ルイーズは間に合わないと判断したのだろう。
モニター越しに俺に視線を送ると、担任教師に進言する。
『それでは間に合いません。蓮君……実験機の出撃を要請します』
俺を出撃させろというルイーズに、担任教師は数秒思案した後に面倒そうに言い放つ。
『聞いていたな、一二三? 私から責任者に話を通してやる。貴様はルイーズを援護しろ』
「っ!? 了解しました!」
『まったく、役に立つか分らない実験機を出撃させて……ルイーズ、その判断が命取りにならないことを祈っている』
担任教師はサンダーボルトの性能に疑問を持っているらしい。
そもそも実績もない開発中の人型兵器に期待しろ、というのが無理な話だ。
ルイーズは微笑みを浮かべていた。
『私と蓮君のバディに期待していてください!』
可愛らしく敬礼をするルイーズだったが、担任教師の顔はすぐにモニターから消え去った。
俺はルイーズに感謝する。
「自分を信じて頂き感謝します。足手まといにならないよう、微力を尽くします」
『あははっ、別にいいよ。蓮君がどうしても出撃したそうにしていたからね。でも、ここからは戦乙女の戦場だよ。私もフォローするけど、一等級がいる戦場では手が回らないかもしれない。蓮君、本当に出撃してもいいの?』
ルイーズに問われた俺は、操縦桿を強く握り締めた。
勝手に出撃を決めてしまった後悔もあるが、それよりも今は仲間を助けたいという気持ちが強い。
「自分は随分と学園に染まってしまったようです」
『それって……』
「兵士としては失格ですが、ここで出撃しなければ自分を許せそうにありません。ルイーズ、お供させて頂きます」
『あはっ! 蓮君も学園の生徒らしくなってきたね!』
陽気に微笑むルイーズは、俺の覚悟を受け入れてくれたようだ。
【新作】フェアリー・バレット ―機巧少女と偽獣兵士― 1巻 【10月19日】発売!




