プロローグ
小説版【フェアリー・バレット ―機巧少女と偽獣兵士― 1巻】は
【10月19日】発売予定!!
是非とも応援よろしくお願いいたします。
異界より化け物たちの侵攻を受けて半世紀近くの時が過ぎた。
初期こそ人類は一時的に滅亡手前まで追い込まれたが、そこから何十年という時をかけて偽獣と呼ばれる化け物たちが現れるゲートを破壊するまでに至った。
現在は不定期に出現するゲートと、そこから出現する偽獣の相手をするのが人類にとっての戦争になっていた。
戦争の形も変わった。
かつては国家がトップに君臨していたが、現在では世界平和機構ガーディアンが国家を束ねて命令を出す立場になっている。
今では人類同士の戦争は極端に減り、世界が偽獣相手に一致団結して戦っている――というのがガーディアンの公式発表となっていた。
どこまでが本当で、どこからが嘘なのか末端の兵士には知りようがない。
そう、俺に走りようがない話で――同時に関係のない話だ。
だって俺は兵士という名の兵器なのだから。
今では歩兵一人一人にパワードスーツが支給されるようになった。
特殊強化装甲スーツという名の兵器であり、ラバー製のインナースーツに人工筋肉の機能を持たせ、一般人でも屈強な兵士以上のパワーが出せるようになった。
右手に装着された機関銃が火を噴く。
人の力では振り回され、まともに敵を狙えないだろう威力の機関銃だろうとパワードスーツがあれば片手で扱えた。
インナースーツの上に装甲や機械、そして武装を取り付けたアーマーをかぶせている。
これが現代の歩兵の姿だ。
銃口を向けて弾丸をばら撒く先は、不気味な植物の生い茂る森からワラワラと出現する偽獣たちである。
三等級。
一番下の階級に分類されるその偽獣たちは、多くが昆虫や爬虫類に似た姿をしていた。
もっとも多い種類は地球の蟻とよく似た姿をしているが、大きさは二メートルから三メートルと大きすぎた。
異界よりゲートを通って現れる偽獣たちは、全てが禍々しい姿をしている。
そんな化け物たちに共通しているのが、人類や地球の動植物に対する強い殺意だ。
偽獣たちに交渉は通じない。
急に出現したゲートより現れ、意思疎通を図る前に偽獣たちは人類に攻撃してきた。
当時は圧倒的な物量も脅威だったらしいが、人類が苦戦を強いられた理由は偽獣たちが持つ特殊な力場である。
機関銃の弾丸が命中した際に、偽獣たちの表面にバリアのような物が発生する。
三等級の偽獣ともなれば貫けるが、これが弾丸の威力を減衰させていた。
通常なら数発で撃破できるところを、何十発も当てなければ倒せない。
「……リロード」
弾倉を手早く交換し、再び偽獣たちに向かって射撃を再開する。
機関銃で効率的に処理するには、同じ個所に集中して当てるのがいい。
偽獣たちにもタイプごとに弱点が存在し、そこを狙うのも効果的だ。
弾薬を節約しながら偽獣たちを淡々と処理していると、大型の機関銃を持った小隊長が大声で話しかけてくる。
『相変わらず調子がいいな、チェリー! その調子でバンバン倒してくれ!』
上機嫌な小隊長の言葉に、俺は短く返事をする。
チェリーとは俺のあだ名みたいなものだ。
うちの小隊は仲間をあだ名で呼び合っている。
「はっ、善処します」
現代のようなパワードスーツもない時代の軍隊は、偽獣たちを相手にかなりの被害を出したらしい。
ただ、現代も被害が出ないわけではない。
『となりの小隊が食いつかれやがった!』
小隊の賑やかし役である通信兵の男は、仲間からMCと呼ばれている。
司会進行役という意味らしいが、本人は退役したらバンド仲間と合流してバンド活動を再開することを夢見るミュージシャンだ。
小隊長がヘルメットの下で苦々しい表情をしていた。
『三十八小隊の連中だな。くそ、あの調子だと立て直すのは苦労するぞ』
特殊強化装甲スーツのヘルメットは、バイザーの内側にモニターを張り付けている。
ヘルメット内のAIがカメラの映像をより鮮明に、そして見やすくして表示してくれている。
背面にもカメラが用意されているため、車のバックミラーのように背後も確認できる。
周辺マップが表示されており、小隊メンバーや味方がどこにいるのかも一目瞭然だ。
同じ小隊内のメンバーの顔も、通信回線で発言する度に隅の方に小さく表示されるなど芸が細かい。
『シャイボーイ! 援護は可能か?』
小隊長殿が声をかけたのは、小隊のマークスマン――スナイパーではないが、狙撃が得意な兵士である。
寡黙な男で、普段は滅多に喋らない彼はシャイボーイと呼ばれていた。
『……可能です。でも、うちの小隊の負担が増えますよ』
ボソボソと喋るシャイボーイに、誰も文句を言わない。
彼がそういう男だと知っているのと、この状況で責めても意味がないからだ。
小隊内で頼りになる男が、小隊長殿に進言する。
彼の呼び名はギャンブラーであり、普段から賭け事では無類の強さを誇っている。
小隊長曰く、彼の判断で小隊が何度も救われてきたらしい。
小隊長殿が一番信頼する人物だろう。
『隣が崩れるとうちにも偽獣たちが流れ込んでくる。シャイボーイだけじゃ駄目だ。俺とコミック、あとヘアセットも助けに入る』
ギャンブラーが言うコミックとヘアセットは、共に訓練を終えたばかりの一等兵である。
コミックは単純にコミックを目指しているという安直な理由で名付けられ、ヘアセットはヘアセットに時間がかかるからヘアセットと呼ばれるようになった。
『俺たち二人が抜けても大丈夫なんですか⁉』
『他を助けて俺たちが食われるなんて嫌ですよ!』
二人とも文句を言いながらも戦っており、命令となれば隣の小隊を助けに行くのだろう。
最後に金欠と呼ばれる男が、新人たちに声をかける。
『馬鹿野郎! うちにはチェリーっていう勝利の女神に愛された男がいるんだぞ。お前らがいなくても耐えられるっての! だろ、チェリー?』
話を振られた俺は、答えに困ってしまう。
「自分は勝利の女神に愛されているとは言っていませんが?」
『チェリー!! そこは俺に任せろ! って言って新人共を安心させる場面だろ! 俺の最高のパスをどうしてくれるんだ!』
「す、すみませんでした」
つい謝罪してしまったが、この金欠という男は小隊内で一番の問題児だ。
ギャンブラーと同じく賭け事が好きなのだが、滅法弱くていつも金がない。
そのため金欠と呼ばれていた。
俺をはじめ、色んな人に借金まで作っている。
ギャンブラーが溜息を吐いていた。
『チェリー、金欠の言葉は気にしなくていい。それよりも、お前はお前の仕事をしろ。俺たちはお前を信じているからな』
信じている――これまで幾つもの部隊を渡り歩いてきたが、このような言葉をかけてくれる仲間はいなかった。
いや、そもそも仲間が出来たのもこの小隊に来てからだ。
俺は今まで組織に改造されたサイボーグと呼ばれて来た。
すべてが間違いでもない。
幼いころに両親を亡くし、それから組織の施設に拾われた。
施設では子供たちを戦力化する計画が行われていたらしく、毎日のように厳しい訓練が行われた。
結果、俺は学校にも通わず施設で偽獣を殺す兵士に育成されたわけだ。
「ですが自分は――」
その計画も被験者である俺や俺の仲間が大量に戦死し、効果がないと判断され中止となってしまった。
俺たちは組織にとって汚点であり、邪魔な存在になってしまった。
組織のために生み出されたようなものなのに、切り捨てられて行き場を失ってしまった。
戦死した仲間が言っていた。
俺たちは死ぬことを望まれた哀れな兵器なのだ、と。
言い淀む俺に、小隊長殿が声を荒げる。
『ごちゃごちゃ文句を言うなら、基地に戻ったら腕立て伏せ三百回だ! いいか、俺たちはお前の過去を気にしない。大事なのは俺たちの仲間であるお前が強いって事実だ! この状況をひっくり返して見せろ、チェリー!』
小隊メンバーの視線が俺に集まる。
「了解しました!」
機関銃の弾丸を撃ち尽くした俺は、ギャンブラーたちが味方を助ける間に偽獣たちの注意を引き付けることにした。
弾倉を素早く交換し、駆け出した俺は走りながら射撃を行う。
偽獣たちに近付いたところで射撃を止め、両手に短剣を持った。
刃渡りは四十センチ。
ナイフでは偽獣たちの装甲を貫けないため、歩兵用に用意された近接用の武器だ。
それを両手に二本構えた俺は、襲い掛かって来る偽獣たちの攻撃を避けながら斬り付ける。
大アゴを鳴らしながら近付いて来る蟻型の偽獣には、地面を蹴って跳び上がると頭部に乗って胴体との付け根部分である細い箇所を強引に突き刺した。
人工筋肉だけでなく、自身の鍛えた筋肉の力も上乗せした一撃は偽獣も耐えきれなかったらしい。
体液をまき散らしながら、胴体から頭部を切り落とした。
仲間が殺され腹を立てたのか、それともただ人間であるために殺意を抱いて攻撃してくるのか? 昆虫型の偽獣たちがギチギチと嫌な音を立てて鳴き出す。
我先にと襲ってくるその姿は、戦術などを考えているようには見えない。
実際に考えてはいないのだろうが、偽獣たちの物量を利用した攻勢には今も人類は苦しめられている。
偽獣たちの攻撃をよけながら、両手に握った短剣で斬り付けていく。
不用意に近づいて弱点をさらす個体も存在しており、そういう時は機関銃の出番だ。
銃口が火を噴くと、口を開けた偽獣の口内に弾丸をお見舞いしてやった。
内部から弾け飛ぶ偽獣の姿は、すぐに後ろから来た偽獣に踏みつぶされて見えなくなった。
周囲が敵だらけという状況の中、俺は動き続けて偽獣を倒していく。
教えられた通り――心を殺し――ただ、偽獣を倒す兵器として任務を遂行する。
感情を殺す訓練を受けた成果だろう。
俺たちは極端に恐怖心が薄い。
生存本能は持ち合わせているが、常人と比べれば随分と鈍いはずだ。
そのように調整を受けてきたのだから。
目の前の敵を倒すことに集中していると、いつの間にか俺の周囲に偽獣たちの死骸が沢山転がっていた。
シャイボーイの狙撃により、俺に迫っていた偽獣が頭部を撃ち抜かれてハッとした。
『もう十分だ、戻ってこい……チェリー』
何故か俺を呼ぶ時だけシャイボーイが恥ずかしがるのだが、時間稼ぎは終わったらしい。
援護されながら仲間たちと合流すると、小隊長が全員に向かって叫ぶ。
『伏せろ!』
全員が一斉に伏せると、押し寄せてくる偽獣たちの大群を前に砲撃が降り注いだ。
爆発音と振動が体の内部まで響き渡り、衝撃波に体が揺らされる。
偽獣たちが種を運んで来たのか、徐々に広がる地球産とは思えない植物たちを巻き込んで吹き飛ばしていた。
砲撃が止むと、先に顔を上げたのはMCだった。
『うっへ~、見事に吹き飛ばしましたね。最初からこうすればいいのに』
MCの文句に小隊長殿が溜息を吐いていた。
『俺たちが時間稼ぎをして、この場に食い止めたから実行できたんだよ。――ん? どうやら女神様たちもお出ましらしい』
小隊長が言いながら空を見ていた。
俺もつられて上を見れば、飛行機雲が三つ。
カメラの最大望遠で確認すると、女性の姿をした存在が空を飛んでいた。
「……戦乙女」
彼女たちこそ現代の戦場の花形であり、二等級以上の偽獣たちを相手にできる人類にとっての切り札だ。
ヴァルキリードレスというアーマーをまとっているが、基本的に手足以外の部分は露出して生身である。
特殊な力場が彼女たちを守っているらしく、装甲で覆う必要がないらしい。
露出した状態で怖くないのかと不安に思う声もあるらしいが、彼女たちが戦うのは俺たちが地上で相手をする偽獣たちよりも大きくて強い奴らばかりだ。
俺たち歩兵が二等級以上と出くわして、生き残れれば奇跡と言われている。
そんな二等級たちが、戦乙女である彼女たちにとっては雑魚扱いだ。
ガーディアンにとって大事な戦力は、地上の俺たちではなく空を舞う彼女たちだ。
何しろ、ヴァルキリードレスは彼女たちしか扱えない。
男性では反応しないばかりか、動かせたところで意味がないらしい。
今の男たちは、俺たちのように地上で泥臭く戦うことしか出来なかった。
俺が見入っていると、小隊長殿が笑っている。
『お前は本当に女神さまが好きだな。そんなに見つめても、俺たちには振り向いてくれねーぞ』
声を掛けられ、俺はここがどこだかを思い出す。
ここは戦場であり、無防備に空など見上げるなど論外だ。
「っ! 申し訳ありませんでした!」
『気を付けろよ。それから、偽獣共の生き残りを仕留めたら引き上げだ。さっさと終わらせて基地に戻るぞ』
「はっ!」
背筋を伸ばして敬礼をした俺に、小隊長殿は困った顔をして笑っていた。
『お前は本当に硬いよな』
◇
戦闘が終わり基地へと帰ることになると、やって来たトラックの荷台に乗り込む。
他の小隊も同じ荷台に乗るのだが、多くが仲間を失い人数が少なくなっていた。
気落ちした荷台の雰囲気を壊すのは、コミックだった。
ヘルメットを脱いだ彼は、メモ帳を取り出して何やらネタを書き込んでいた。
退役したらコミックとしてやっていくため、今はネタ集めをしているとよく言っていた。
隣に座っていた俺に話しかけてきたのも、その一環なのだろう。
「伍長殿、今日の戦闘は凄かったですね。強さの秘訣とかあるんですか?」
秘訣を素直に答えられればいいが、俺を育てた計画は中止されていても守秘義務がある。
知っている者も多い話だが、好んで広める内容ではないため口に出せない。
「真面目に訓練を消化しているだけだ」
「本当にそれだけですか? それにしては、あの強さは尋常じゃありませんよ」
納得していないコミックの次は、ヘアセットが話しかけてくる。
「俺も気になる話があったんですよ。前に伍長殿たちは落下した戦乙女を回収したんですよね? その時、何かありませんでした? ほら、戦場のラブロマンス的なやつとか」
新人たちは揃って俺のことを階級で呼んでくる。
落下した戦乙女の話を思い出すが、そのような物はなかったはずだ。
そもそも、落下して地上部隊に回収される彼女たちは総じて不機嫌だ。
撃墜、あるいは事故などで地上に落下した戦乙女を回収するのは、俺たちの仕事である。
どんな危険な状況でも飛び込み、命がけで回収する事が求められる。
「そもそもほとんど会話をしていない。回収して他の部隊に渡しただけだ」
二人は戦場に夢を見ているのか、俺の答えにつまらなそうにしていた。
俺たちの会話を聞いていたギャンブラーが、二人に現実を教える。
「お前ら戦乙女が俺たちを何て呼んでいるのかしらないのか? あいつら、黒くて地上で這いずり回っている俺たちを蟻と呼んでいるらしいぞ」
ギャンブラーの話を聞いて、二人が驚いた顔をしていた。
先程まで必死に戦っていた偽獣と同じように呼ばれていたと知り、ショックだったのだろう。
金欠までもがこの会話に入って来る。
「危険を冒して回収しても『遅い!』の一言でお礼もなしだったよな。こっちは命がけだったのに嫌になるぜ。天上の方々は気位が高すぎるよな」
金欠が頭を横に振りながら、当時を思い出して笑っていた。
ただ、周囲には俺たちの雰囲気が我慢ならなかったらしい。
「さっきからキャピキャピうるせーな。女子供じゃあるまいし、静かにできねーのかよ」
付き合いのない他の小隊たちが、俺たちを鋭い目で睨んでいた。
彼らの装備は損傷しており、何人かは巻いた包帯から血が滲んでいた。
仲間も失っているようだった。
一人の男が俺を見ると、不機嫌そうに顔を歪める。
「お前サイボーグの生き残りかよ」
サイボーグと呼ばれた俺が視線を逸らすと、相手は不満をぶつけるように声を荒げる。
「随分と余裕そうだな。殺戮兵器様にはこの程度の戦場はウォーミングアップにもならないってか?」
理不尽な言いがかりはこれまでにも度々あった。
彼らも戦場で理不尽な目に遭い、精神的に追い詰められているのだろう。
それに、殺戮兵器とまではいかないが、俺が特殊な訓練を受けて強化されたのは事実だ。
言い返すこともなく黙っていると、腕を組んだ小隊長殿が相手を睨み付けていた。
「うちの部下に何か用か? 俺が話を聞いてやるぞ」
小隊長殿が睨むと、相手は分が悪いのを察したのか顔をそむけた。
MCが俺に声をかけてくる。
「気にするなよ。あいつらも仲間を失って辛いのさ」
「自分は大丈夫です」
俺は今でも周囲に八つ当たりをされることがある。
特殊な立場が周囲には不気味に見えているのだろう。
だが、そんな俺にも仲間が出来た。
シャイボーイが俺にミント味の携帯食を差し出してくる。
「食え」
「……ありがとうございます。いただきます」
ミント味はシャイボーイのお気に入りなのだが、俺に渡してくるというのは気遣ってくれているのだろう。
幾つもの小隊に所属してきたが、今の小隊は居心地の良さを感じていた。
ミント味の携帯食にかじりつこうとすると、俺たちを載せたトラックが急ブレーキをかけた。
荷台にいた俺たちが横倒しになると、他の小隊の歩兵が運転席に向かって怒鳴りつける。
「痛ぇだろうが!」
彼の意見に俺たちも同意していたが、近くで爆発音が起きた。
俺はすぐにヘルメットをかぶり、戦闘態勢に入った。
小隊も俺に続いて戦闘態勢に入るのだが、周囲からは次々に爆発音が聞こえてくる。
小隊長殿が武器を持って外に飛び出した。
『何が起きていやがる。状況確認急げ!』
外に出て周囲を確認すると、俺たち歩兵を輸送していたトラックが次々に破壊されていた。
何事かと思っていると、進路方向に三メートルの人型の偽獣がいた。
偽獣らしい禍々しい姿と存在感を放つそいつは、これまでに見たこともなかった。
そもそも人型が存在すると聞いたことがない。
頭部から伸びた二本の角。
細身で長身のその姿。
尻尾を持っているが、十分に人型と呼べるそいつを見て――MCが照合をかける。
『アンノーン? 未確認の個体だ!』
相手の情報が何もないとなると、三等級以上を想定して動かなければならない。
俺たち歩兵では二等級以上の相手は不可能であり、蹂躙されるだけだ。
この場からの撤退を急ぐべきだったが――。
「なっ⁉」
気付いた時には、MCの上半身が吹き飛ばされていた。
下半身がゆっくりと倒れこむ。
いつの間にか、MCのそばに人型の偽獣が経っていた。
何が起きた? いつ移動した? どうしてMCが? 混乱していても訓練を受けていた俺は即座に機関銃の引き金を引いていた。
「こいつは自分が引き受けます!」
その間に小隊の仲間たちを逃がそうとした行動だったが、機関銃の弾丸は人型の偽獣の発生させた力場に弾かれてダメージを与えられていなかった。
人型の偽獣は、アーモンド状の両目から涙を流しているような赤い線が二本――口元は笑っているように見えた。
「――え?」
次の瞬間には、俺は吹き飛ばされて地面を転がっていた。
受け身を取る暇もなかった。
何が起きたのかも理解しきれずにいると、仲間の声掛けが聞こえてくる。
『よくもチェリーを!』
小隊長殿の機関銃が火を噴くが、すぐに音がしなくなった。
ギャンブラーが叫ぶ。
『コミック、ヘアセット、お前らだけでも――』
ギャンブラーの声も消えた。
必死に立ち上がろうとするが、どうやら足が折れているようだ。
うまく立ち上がれず、俺はヘルメット内で血反吐を吐いた。
内臓もダメージを受けている。
『野郎、よくもギャンブラーを!』
金欠の声がした。
止めてくれ。頼むから戦わずに逃げてくれ。
叫びたくても声が出なかった。
『うわぁぁぁ!!』
『来るなぁぁぁ!!』
コミックとヘアセットの発砲する音が聞こえてきたが、その音もすぐに止んだ。
周囲では他の小隊が逃げ出そうとしていたようだが、後ろから撃たれたのか悲鳴が聞こえてくる。
俺が何とか立ち上がった時には、人型の偽獣がシャイボーイを掴んで持ち上げていた。
「シャイボーイ!」
名を呼び終わる前に、シャイボーイは人型の偽獣に握り潰されてしまった。
人型の偽獣が赤く染まった自分の手を舐めている。
いつの間にか周囲の味方はいなくなり、静寂が広がっていた。
先程まで会話をしていたはずの仲間たちは、周囲に無残な死体として転がっていた。
呼吸が乱れる。
目の前の現実を受け入れきれない。
俺の鈍った本能でも、目の前の偽獣が勝てない存在であるのはわかりきっていた。
それなのに、俺は右腕を向けて機関銃の銃口を人型の偽獣に向ける。
足を引きずるように前に進み、左手に短剣を握る。
「お前……だけは!」
この行動に何の意味があるのか? ただ敵を刺激するだけではないのか? 黙っていれば見逃される可能性があるのではないか? そうした可能性の話が頭をよぎるが、何故かすべて無視して人型の偽獣に殺意を向けた。
敵は――笑っているように見えた。
指先を俺の方に向けると、右腕が光に貫かれて焼き払われた。
折れた足で駆け出せば、今度は左足を指先から放たれる光が貫いた。
いたぶって遊んでいる? そうとしか思えない人型偽獣の行動に俺は奥歯を噛みしめた。
前のめりに倒れ、今は敵にされるがままだ。
いずれ戦場で死ぬだろうと覚悟はしていた。
だが、実際に死を迎えると――こんなにも胸がモヤモヤするとは思わなかった。
ヘルメット内部のモニターは割れ、AIも機能していないのか映像は白黒でノイズが酷い。
せめて敵の姿をこの目に焼き付けようと顔を上げると、空から何かが舞い降りて来た。
「戦……乙女」
俺と人型偽獣の間に入り込むように舞い降りたのは、地上の戦いなど無関心であるはずの戦乙女だった。
人型というイレギュラーを無視できずに舞い降りたのだろうか?
たった一機で現れた戦乙女は、背中を向けていて顔が見えない。
映像もノイズが酷く、そして拾った通信はよく聞き取れない。
『早ぁ――急に――』
『このま――せるかっての!』
俺たちでは歯が立たなかった偽獣を相手に、戦乙女が戦いを挑んでいた。
その後姿を見ながら、俺は気を失った。
◇
目覚めると病院らしき場所にいた。
らしき、と曖昧な理由は広い部屋に俺のベッドだけが用意されていたからだ。
周囲を見れば医療機器がこれでもかと並んでおり、生命維持装置まで用意されていた。
自分の体を見れば、心臓も駄目だったのだろう。
今は機会が俺の心臓の代わりをしていた。
手厚い医療を受けている様子に、自分のことながら違和感を覚えた。
ただの歩兵にここまでする理由がないからだ。
組織からすれば俺は一刻も早く消えて欲しい存在だ。
金をかけてまで活かす理由がない。
ベッドに横になりながら、この不自然な状況の理由を考えていると部屋のドアが開いた。
「やぁ、目覚めたと聞いて飛んできちゃったよ。初めまして【一二三 蓮】伍長」
その人は初老の男性のように見えたが、言動はまるで子供の用だった。
白衣を着ているので医者だろうか?
眼鏡をかけた小柄で華奢な男性は、小さい目をしていたが瞳はキラキラと輝いていた。
両手に持ったタブレット端末を、横になっている俺に見せつけてくる。
「早速だけど実験に志願してくれないかな? 君のような存在を僕はずっと待ち続けていたんだ」
いきなり現れて急な申し出に、俺は説明を求める。
「実験と言われても自分はこんな体です。それに、自分は組織から嫌われています」
「強化兵士の生き残りだろ? もちろん、許可は取っているさ。君たちのような生き残りが最適だと上に掛け合ったら、納得してくれたよ」
俺の過去を知りながら実験に参加を求めてくる。
どうやら、怪我の具合も関係ないらしい。
「実験の内容をお聞きしても?」
「構わないけど、聞けば戻れないよ」
「拒否したところで、このまま死ぬだけですから」
どうやら俺の命を繋いでいる理由は、目の前の男が実験への参加を希望したかららしい。
ここで断れば、どうせ生命維持装置を止められ俺は死ぬだけだろう。
男は眼鏡を妖しく光らせながら計画について説明する。
「プロメテウス計画……御大層な名前が付けられたけど、要するにヒーローを誕生させようって話さ」
「ヒーローですか?」
「そう。ヒーローだ。男の子は大好きだろ? 僕も大好きだよ」
男は子供のようにはしゃいでいる。
「現状、偽獣に対抗できるのはヴァルキリーたちに限られる。だが、ヴァルキリーたちの操るバトルドレスは女性にしか扱えないという欠点があってね。男性ではどうやっても扱えなかったわけだけど、それなら男性用の対偽獣用の兵器を完成させればいい」
この手の話は何度も出てきたが、どれも失敗に終わったと聞いている。
そもそも、俺たちが使っていたパワードスーツも、元は対偽獣用に開発された。
二等級以上の敵には勝ち目などなかったが。
「これまでに何度も男性の戦力化は計画され、失敗してきたと聞いています」
「あぁ、そうだね。そもそもアプローチを間違えていたからね」
男がタブレット端末を操作して画面を切り替え、俺に極秘資料を見せてくる。
「偽獣が扱う力場が魔力? 何の冗談ですか?」
「特殊な力場を上層部がそう呼んでいるだけさ。ただ、この力を操れるのは偽獣たちだけじゃない。ヴァルキリーも同様だよ」
戦乙女たちも同じ? 同じ力を扱えるから、対抗できたのか?
男は俺に提案してくる。
「失った手足と臓器の再生治療を行う。ただ――使う細胞は偽獣から採取した物になるけどね」
「それはっ!」
声が大きくなると、体中に激痛が走った。
俺が苦しみに顔を歪めていると、男が数回頷く。
「偽獣と同じ魔力が使えるようになればいいのなら、偽獣の細胞から手足を再生して扱えるようにすればいい。そのための方法も何とか見つけたんだけどね」
男が困った顔をしながら続ける。
「手術を受け入れてくれる志願者がいない。いたとしても、手術とリハビリに伴う激しい痛みに耐えきれず壊れてしまう者ばかりだった。だけど、君たちは違う。感情を抑制され、激しい痛みにも耐えられるよう強化されて来ただろ?」
偽獣たちの細胞を自分の体に埋め込み、その後に待っているのは激痛だ。
これでは被験者を集めるのも大変だろう。
このまま死んだ方が、安らかに死ねるのは間違いない。
ただ――俺は気かずにはいられなかった。
「成功率を聞いてもよろしいでしょうか?」
「一割未満だよ」
男は悪びれる様子もなく答えた。
誠意のつもりだろうか? そもそも、俺がこの申し出を断ると考えているようには見えない。
男は自分の理論が正しいと証明したいだけに見える。
「もちろん、最大限の努力は約束する。少しでも成功率を上げられようにするし、成功したら君はパイロットだ。伍長のままではかっこうが付かないらか、准尉の階級を用意することになったよ。大出世だね」
手術の成功率に出世――俺には興味がなかった。
ただ、偽獣と戦える強さが手に入ることには興味があった。
自分にはまだ存在価値があるのだと思わせてくれるから。
「パイロットとなれば機体が用意されるのですか?」
「ヴァルキリーたちのアーマーと違って、君の場合は人型兵器だね。一時期開発が盛んにおこなわれていたんだけど、コストパフォーマンスの悪さから開発中止になっていたんだよ。その機体に魔力を扱える装置を積み込んでいる」
タブレット端末を見れば、重厚感のある人型兵器が映し出されていた。
二等級を相手に手も足も出ず敗北した人型兵器は、開発が中止されて久しいはずだ。
俺と同じ計画が中止され、再利用された哀れな者同士だろう。
「――志願します」
志願すると言うと、男はタブレット端末を俺の鼻先に持ってくる。
「それじゃあすぐにサインしてくれたまえ! あぁ、名乗るのが遅れてしまったね。僕の名前は【ジョン・スミス】だ。組織から新しい名前を貰ったんだよ」
ジョン・スミス――どうやら本名ではないらしい。
震える左手でサインをすると、男は大喜びで部屋を出て行く。
「すぐに手術の準備をしてくるよ!」
あの様子なら、すぐにでも戻って来るのだろう。
俺は馬鹿なことをしたと思いながら、自分の左手を見て握りしめる。
「どうせ使い道のない俺の命だ。だったら、少しでも有意義な計画のために使うのも悪くないさ」
組織のためになるよう育てられてきたのが俺たちだ。
今も変わらないだけだ。
それなのに、何故か死んでしまった仲間たちの顔が思い浮かんだ。
表紙で勘違いされるかな? と心配しているので後書きでお伝えしますが、今作も【男性主人公】です。




