24.迷い、そして見つからない打開策
「ああ。君の場合、どちらかといえば年増の女性あたりにウケが良さそうだから、女性専門でもいいね。君は体格もいいし、顔もキリッとしてるから可愛がってもらえるぞ。うまくいけば、将来長く金を支援してくれる太客が出てくるかもしれない」
「……は?」
「それが気に入らないなら、単体ではなく、ハルイチとセットとかもいいかもね。客と三人でヤッたり、ハルイチと君がヤッてるのを見るのもいいね。そういうのが好きな奴らも多いんだよ」
「な……!」
「まあ、君にはできないだろうけど」
田崎が何を考えているのか、俺には読めなかった。
親身になってくれそうかと思えば、いきなり突き放すようなひどいことを言い出す。
「うーん。もし君もハルイチのために金を稼ぎたいなら、仲介を通さず俺と契約してみる? ハルイチほどは出せないけど、その辺の居酒屋でバイトするよりは稼げるよ。《《木嶋くん》》」
「……!」
……驚いた。俺の名前だけじゃなく、バイトが居酒屋ということまで知っているのか。
「君は月に何度か、俺が呼んだときに来てくれればいい。まあ、何をやるかって、それは君も分かっているよね。まさかそこまでウブとか言わないだろうな。ハルイチは最初から上手だったけど、君はそうはいかないだろうし、一から俺が仕込まなければならない。俺を喜ばせることができるようになれば、ちょっとずつお手当を上げていってもいいよ」
にっこりと微笑む眼鏡の奥の目は、形だけで笑ってない。
「君の働き次第によっては、借金の利息分くらいにはなるだろうね。俺みたいな親切な奴は他にいないよ。なんだったら、君自身へ少しくらい小遣いをあげてもいいね。どうだい? 心配なら、お試し期間を設けてもいいよ」
「……それが目的だったのか?」
「んー? なんのことだい?」
「俺の話を聞くと言って油断させて、俺にウリをさせようっていう魂胆か」
「まあ、どうとってもらってもいいけど、君くらいの男の子に欲情するおじさんと二人きりになるって、まあそういうことだよね」
こんな胡散臭い男に話を聞いてもらおうだなんて、俺が甘すぎた。
怒りが腹の底から湧いてくる。しかしその反面、もし田崎と契約すれば、もっと何か情報を得られるんじゃないかという、どこか冷静で打算的な考えも頭に浮かんでいた。
「さあ、どうする?」
このままだと、また行き詰まることは分かりきっている。
鏑木のウリのことについては、まだ未成年の俺には、正直荷が重かった。
3月4日を期限に、短期的であれば――。
浅はかにもそう考えたとき、俺のポケットに入れていたスマホから着信音が鳴り響いた。
「え、あ、……鏑木?」
慌ててスマホを取り出し、画面を見ると、鏑木からの着信通知が表示された。
どうしよう。出るか出まいか……スマホを手に持ったまま、チラッと田崎を見た。田崎はそんな俺に、どうぞと手で合図する。俺は、画面に表示された受話器のアイコンをタップした。
「あ、もしもし……? 鏑木?」
なんとなく気まずい感じで電話に出ると、受話スピーカーから鏑木の怒鳴り声が漏れ出した。
『てめー! 今どこにいんだよ!!』
「あ、え? 今?」
『おめーを迎えにバイト先行ったら、出てこねーし、店の人に聞いたら今日は休みだって!? 俺聞いてねーし!』
もうもうそんな時間だったか。
「あ、すまん、ちょっと急用ができて……」
『あ゙? なんだよ急用って。もう終わったのかよ。どこにいんだ? 俺待ってんだけど』
「あ、えっとな……」
田崎のほうを見ると、なんと田崎は腹を抱えて爆笑していた。
どうやら鏑木の怒鳴り声が、全部丸聞こえになっていたらしい。
「くくっ、ハルイチもそんな大声出せるんだな〜! いや、仲良いね君たち。もういいよ、帰って」
「……もう帰れる。今駅近くだから。鏑木はまだ居酒屋の前?」
『その辺うろうろしてる』
「わかった。俺もすぐそっち向かうから。激安タナカマートで待っててくれ」
そういうと返事もなく、ブツッと電話が切れた。
ものすごい怒っているが、たぶん激安タナカマートで待っててくれていると思う。
「……じゃ、そういうことなんで、すみません。俺、帰ります。今日はご馳走様です。ありがとうございました」
「まあ、さっきの話だけどね。あまり裏のことについて、探りいれたりしないほうがいいよ。たまたま今回は俺だったから、こうして帰してあげられる。ヤバい奴が相手だったなら、今頃君はどこかのホテルにいるだろうね」
「……ご忠告ありがとうございます」
会釈をして店を出ると、俺は激安タナカマートへ向かって走った。
「鏑木!!」
鏑木は仏頂面で、激安タナカマートの前で座り込んで待っていた。待つ間寒かったのか、着ていたジャンパーの裾に両膝を突っ込んで、だるまみたいになっている。
「おせーし!」
「ごめん、まさか待っててくれるなんて思ってなくて」
「つか、休むなら言えよな! いつもは俺にどこにいんだってうるせーのにさ」
そう言いながら立ち上がり、だるまから人の形に戻った。
「本当、ごめんて。ちょっと急用ができたんだ」
「ふーん。昨日あんなことがあったから、俺と会いたくねーんだと思った」
「いやいやいや、来るってわかってたら、バイト休むこと言ってたし!」
「俺のこと、嫌になってねーの?」
「なってないって」
「そっか。ならいーや」
へへと鏑木が照れたように笑った。
やっぱかわいいなと、その笑顔を見て思う。反面、田崎のような奴らが、鏑木を弄んでいることを思うと虫唾が走る。 ……だが田崎の言ったように、俺がどうこうできる問題ではなく、かと言ってこのまま放置していて大丈夫とは思えない。
今回の一件は、一応収穫はあったが、また振り出しに戻った気分だ。
「なー、飯食った?」
「あー、さっき」
「ちぇ、なんだよ。何食ったの」
「肉。……あー嘘、牛丼的な」
「うっそ、マジで! なんだよー俺寒い中一人でずっと外で待ってたのにー。俺もくいてーし」
危なかったー。肉食ったなんか言ったら、絶対怪しまれる。
ぶつぶつ文句を言う鏑木の指先を触ると、かなり冷たくなっている。
「な、俺んちくる? すげー冷えてるし、風呂、沸かしてやる。泊まってってもいいし。メシも作ってやる」
「なんかごまかそうとしてねー?」
「してねーって。冷えてるから、温まったほうがいいかなって思って。なに食いたい?」
「ふーん。じゃ、チャーハン。肉入ったやつ! 餃子も。あとアイスも食いてー」
「こんなに冷えてんのに?」
冷たくなった手を握ると、手のひらがヒヤッとする。そしてその手を、鏑木も握り返してくる。
「帰ったらエアコンで暖かくなんだろ」
「そうだけどさ。じゃあタナカマートで、肉と餃子とアイスを買って帰るか」
「やった! 木嶋の奢りなー」
「今日だけだぞ」
鏑木は上機嫌で俺の腕をがっちり掴んで、激安タナカマートの入口に引っ張った。
こんなふうに、昨日の出来事などまるでなかったかのように振る舞っていた鏑木だったが、ウリのことについてやはり俺に知られると面倒だと思ったのか、この日以降鏑木は俺の前でスマホの通知を見なくなった。
おかげで鏑木がいつウリをやっているのか、まったく分からなくなってしまった。
焦るだけの日々が過ぎ、しかし何事もなくクリスマス、年末年始を迎え、そして2月が訪れた。
だんだんとあの日が近づいてくるというのに、結局田崎と会った以降、何の情報を得られていない。
しかしかといって、状況が悪化しているということでもない。
鏑木は相変わらずで、前の時間軸と同様に自殺するような様子は欠片もなく、本当にいつも通りの鏑木のままだ。
「木嶋ってさ、めちゃ勉強できるよな」
「あー期末、成績良かったからか?」
「ヤマもばっちり当たってたし、俺まで成績良かったからなー。3月の学年末も木嶋がいれば安心だなー」
嬉しそうな鏑木に、俺は内心苦笑した。
4回目の期末ともなれば、さすがの俺もテストの内容を覚えていた。だからテストでいい点数をとれたのだが、3月の期末は一度も受けたことがない。もしその日が訪れても、鏑木の期待には応えられないだろうな。
「テストが近くなったら、また俺んちで勉強すっか」
「勉強すんの面倒くせーけど、留年したくねーしなー」
休みがちの鏑木は、今のところ進級ギリギリらしい。テストもちゃんと受けて及第点を取らないと正直進級は厳しいと、この前担任に言われたとボヤいていた。
「一緒に3年生にならねーと、木嶋と卒業一緒にできねーもんな」
「……そーだな。頑張ろうぜ」
「だなー」
2人揃って3年生になる。
とても簡単なことなのに、俺にとっては学年末のテストでクラスのトップになるよりも難しい。
(鏑木の死につながる原因を排除できないなら、死ねない状況を作るしかない)
今日が2月3日。母親からメールがあった2月25日は、まだ鏑木と連絡が取れていた。鏑木からの連絡が途絶えたのがその翌々日の2月27日。この日は土曜で、俺がバイトの合間をぬって鏑木に会いに行ったから、よく覚えてる。
鏑木が死ぬ一週間前まで、俺は結構余裕があった。
鏑木は風邪で学校を休んだけど、鏑木が死ぬはずの3月3日にはまだ日があったし、まだ何とかなるなんて、焦りつつも余裕ぶっこいていた。
それが覆されたのが、鏑木の死ぬ4日前である2月27日。
鏑木が死ぬだろうと思われる3月3日だけなんとかできればいいと思い込み、結果俺は鏑木を失くしてしまった。
(鏑木がいなくなった日、あのスナックでは一体何があったんだ)
何か事件があって、鏑木はそれに巻き込まれたとしか思えない。
何とか2月27日までに、鏑木をあのスナックから一時的に避難させるしかない。
それしかない。
今度は鏑木が俺と連絡が取れなくなる一週間前に、何とか手を打とう。




