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2.鏑木との再会

「――はい、では今日の授業はここまで」


 担任の授業終了を告げる声で、俺はハッと目を開けた。


 天井隅のスピーカーから、授業時間終了を知らせるチャイムが鳴り響き、担任が「遅くまで残ってないで、さっさと帰れよー」と言いながら、教室のドアをくぐり抜けていく。それと同時に、クラスメイトたちは一斉に帰り支度を始め出した。


 目を瞑ってから開けるまでは、体感的にはほんの一瞬。

 さっき、というよりはたった今目をつむった、が正しいくらいのさっきだ。

 しかしこの様子はどうもおかしい。まるで時間をすっ飛ばして、放課後そのもの――。


(ちょ、ちょっと待て。さっき学校に来たばかりだぞ!? 俺は朝来てからずっと寝ていたっていうのか?)


 驚いて辺りを見回した。

 空気が緩んだ教室内はざわざわと騒がしく、みんなはしゃぐように次々と机の横にかけていたバッグを持って立ち上がる。


 女子たちは、今日これからどこ行く? 暇ならカラオケ行かない? えー駅まで出てデパコス見にいこーよ、それともイオンに行く? と、賑やかに喋り、男子たちは、腹減ったなー、何か食おうぜ、ファミレス? それかお好み焼き行く? と、楽しそうに放課後の予定を決めている。


(まさか、俺は放課後まで眠っちまってたのか?)


 いやそれはあり得ないだろう。

 持ってきた弁当も食べず、一度も起きることなくずっと居眠りなど考えられない。


 ではこれはどういうことなのか。


 しかも不可思議なのは時間だけではなかった。

 朝は閉め切って暖房がきいていたはずの教室が、風通しをよくするため窓が開いていて、しかもそれでも蒸し暑く感じる。

 そして男子も女子も長袖シャツを暑そうにまくり上げ、ブレザーを着ている者など誰もいない。


(……おい、待てよ。今は三月だぜ? なんでこんなに蒸し暑いんだ)


 おかしいのは俺なのか?


 いや、朝はみんなブレザーを着ていた。朝来たときエアコンがきいていて、教室内がムッとしていたのを覚えている。


 何がどうなっているか分からない。

 しかも自分までもがブレザーではなく、合服の長袖シャツ姿であると知ったときは背筋がゾッとした。


(どういうことだ)


 なかばパニックになった俺は、黒板の端に書かれた日付を確認して、さらに愕然とした。

 そこにははっきりとした白墨で


『十月十二日』


 と書かれていた。


(10月!? まさか!)


 そうだスマホを見ればいいんだと、俺は慌ててリュックに入れたスマホを取り出し、画面を開くと、10月12日という日付が目に飛び込んできた。


「……10月12日……?」


 すぐにブラウザアプリのアイコンをタップし、〝今年何年〟と検索をする。すると検索結果には〝2X20年10月12日〟と大きく表示された。


 2X20年!? 今年は2X21年のはず……! まさか去年の10月12日に戻ったとでも言うのか。


 振り返って鏑木の机を見る。 そこには朝あったはずの花瓶や花がどこにもない。 そして誰も鏑木の話をしていないことが、逆に()()が2X21年3月4日ではなく、鏑木が死ぬ前に戻ったことを確信づけた。


「木嶋~! 今日、俺らこれからお好み焼き食いに行くけどさー、お前も行かねー?」


 さっきお好み焼きを食べに行こうと話していたクラスメイトたちが、俺に声をかける。


「……いや、俺金ねーからさ。悪ぃけど、また次誘ってくれ」

「そっかー。じゃ、しょうがねーな。また今度一緒に行こーぜ」

「ああ。……そういえば今日、鏑木は」

「はぁ? 鏑木ぃ? さぁ……朝はいたけど、そういや午後は見てねーよな。まあいつものサボりだろ。鏑木となんかあったんか?」

「……いや、なんでもねー。なんとなく」

「ははっ、なんだそれ。じゃな、木嶋」

「じゃあな」


 おい行こーぜと、クラスメイトたちが楽しそうに笑いながら教室を出ていくのを見送る。

 やはり鏑木は生きている。ということは、今日が去年の10月12日であることに疑いの余地はなくなったってことだ。


(どうなってる? 今朝のは夢で、ただ混乱しているだけなのか)


 だがさっきの会話には、はっきりとした既視感があった。

 そう、俺は、過去にさっきと同じ会話をしている。

 なぜこんな些細な会話を覚えていたかって、それは〝友達〟からお好み焼き屋への初めての誘いだったからに他ならない。


 ――それは高校入学にあわせて、ひとり東京からこの地に引っ越してきたばかりの頃のことだ。引っ越してすぐはキッチンに何もない状態で、贅沢だと思いつつも駅近くのお好み焼き屋に入った。


 東京でお好み焼きといえば、キッチンで調理済みのお好み焼きが皿に乗せられて出てくるのが当たり前だが、この辺りでは各テーブルに備え付けの鉄板で客が自分で焼くのが当たり前のようで、俺はそんなの知らなかったから店に入ってすごく驚いた。


 何も考えずに注文したら、生地と具材がそのまま入ったカップがテーブルにどんと置かれ、ずいぶん戸惑った。お好み焼きなんか家で焼いたの見たことないし、焼き方なんか知らねーからどうしようって思ってたら、見かねたお店の人がその場で焼き方を教えてくれた。


 店には家族連れや複数人連れ立っての客が多く、親や友達とわいわいと賑やかに焼いて、すげー楽しそうで。焼くの失敗しても笑ってまたそれが思い出になるんだろうなって、そん時一人で食いながら思ってた。


 だから、お好み焼き屋に誘ってもらえた時、すごく心が揺れた。ただのクラスメイトでたいして仲良くもないけど、誘って貰えて嬉しかったし、行きたいって思った。でもこの時の俺は超絶貧乏な一人暮らしで、外食はかなりの贅沢で。ないものはないのだから仕方がないと諦めたんだった。

 

 クラスメイトたちとはそこまで親しい付き合いはしていない。この学校は、地元中学からの持ち上がり組ばっかりで、すでにグループが出来上がっていたし。とくに趣味もなく無口な俺は2年経ってもクラスに馴染めず、いまだ疎外感があった。でももしかすると、この時一緒に行っていれば、友達といえるような仲に少しはなれていたのかもしれない。


 ――そんなわけで、クラスメイトからお好み焼きに誘われた時のことは、ちょっと記憶に残る出来事だったのだ。


(あー……マジかこれ。時間が戻ったってことなのか)


 ただの夢だと思いたい。 それとも妄想の中の出来事とか。だってありえねぇよな。時間が戻っただなんて。そんなの漫画や映画の中の話だろ。


 でもこの年末年始は、東京の家に帰りたくなくて居酒屋のバイトをびっしり入れて、大晦日も正月もなかったし、忙しすぎてうっかり割ったグラスで手を切りそうになって、キッチンのおっちゃんに叱られたことだって覚えている。年末年始は病院が開いてないから、大怪我だけはするなって。


 それもただの妄想なのか? いやそんなはずはない。あの居酒屋のバイトは今年始めたばかりで、初の年末年始バイトだったから、はっきり覚えてる。

 それでなくても、たった二ヶ月前のことを忘れるはずがない。


 ――ということは、俺は本当にこの日に戻ってきたってのか。


 俺はスマホを手にしたまま椅子の背に凭れて少し考えた。だがいくら考えても答えが出るわけもなく、このまま教室にいるわけにもいかず、とりあえず帰るしかないことに気づいた俺は重い腰をあげ、ほとんど荷物の入っていない軽いリュックを背負った。


 俺のアパートは学校の近くの住宅街の中にあって、普段使われていない裏門から出るとかなり近い。

 でも普段使われていないということは、勝手にそこから出るなという意味で、そこから出入りしているのを先生に見つかると実は怒られる。


 でもこの時間は先生も部活やらなんやらで、あまり裏門近くにはいないことを俺は知っていた。だから今日も俺は裏門のほうから帰ろうと、旧校舎のあるほうへ向かって、歩いていった。


 ――そうこの日が、俺とあの鏑木がはじめて目をあわせた日だということを、すっかりと忘れて。

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