後編
数日後、数名の令息が家族と相談の上、別クラスへの編入を希望する旨を学園長に願い出た。
学園長は多少の寄付金を払うことで編入を許可することにした。
寄付金は別クラスの学生たちの為に使われることになっている。
「あら?また人が減ってるわ」
登校してきたクララベルは教室内の人数が減っていることに気がついた。
(男爵家の彼も子爵家の彼もいないわ。
しかも、公爵家に紹介してくれるって言ってた伯爵家の彼もいない。
どうなってるの??
このままじゃレイノルド様に近づくこともできないわ!)
担任に聞けば、別クラスへ編入したという。
「じゃあ私も編入するわ」
クララベルがそういうと、教師はいつものように深くため息をつくと答えを返した。
「無理だな」
「どうしてですか?」
(お前が元凶だからだよ!って言えたらいいんだがな・・・)
「あちらのクラスに編入するには寄付がいる。
それに、貴族のマナーができていない者は編入資格がないんだ」
「ひどい、そんな差別だわ」
「区別だ。
貴族のマナーを知っている貴族の子女が学園でこの国の事を貴族として学ぶためにこの学園はあるのだ。
それがわかっていない者だけがここに残っている」
それだけ言うと教師は教室から出ていった。
クララベルはひどいひどいと泣き叫んでいたが、他の令息たちはそれどころではない。
「おい、このクラスにいるってことは・・・」
「貴族として扱ってもらっていないって事なんじゃ」
「そうみられてるって事か・・・」
「そう言えば、編入したあいつ、このままここにいてはいけないって言ってたな」
「なに??」
「俺、今からでも編入できるか聞いてくる」
「俺は早退する、父に確認して編入しないとまずい」
「そうだな、このままこのクラスに残っていれば、今後社交界でも爪弾きだ」
クラスにいた令息たちは大急ぎで自分の為に動き出した。
気がつけば、クラスにはクララベルが一人。
「あら?みんなどこに行ったの?」
あちこち探したが誰一人見つからない。
「なんなのよ」
クララベルはプリプリしながら家に帰った。
次の日からクラスにはクララベルが一人、未婚の令嬢と二人きりになる為、担当教師も女性のマナー講師に変更された。
「ねえ、どうして誰もいないの?」
「先生、どうしてどなたもクラスにいらっしゃらないのですか?です。
もう一度きちんとした言葉で質問なさい」
「面倒くさいから嫌よ、教えてくれたっていいじゃない、ケチね」
「先生、教えていただけませんか?です。やり直しなさい」
「だ~か~ら~なんで誰もいないのかって聞いてんの!!」
「ですから先生、何故なのか教えてくださいませんか?です。やり直しなさい」
「もういいわ、自分で探しに行くから」
そう言って教室を出たクララベルは女性の護衛人に捕まると教室に戻されてしまった。
「何するのよ!」
「今は授業中です、そしてこのクラスに在籍している生徒は教室以外の行動は許可されていません」
「なんでよ」
「学園長の決定です」
「もう~何なのよ!!」
「クララベルさん、どうしてなのかしら?です、やり直しなさい」
一日このような問答が続き、誰にも会うことができずにクララベルは家に帰ることになってしまった。
「あ~最悪、何なのよ、あの女たちは!」
イライラしながら爪を噛んでいたクララベルの部屋にノックの音がした。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「あら、何かしら?」
クララベルは呼びに来た執事の後ろについて父の執務室へと向かった。
執務室へ入るとソファにドカッと座り、足を組んだ。
「なんですか?お義父様、ああ、喉が渇いたわねえ~、お茶がほしいわ」
およそ貴族らしからぬ態度にブルー子爵は額に手をあててしまった。
「あなた、ですからこの子には無理だと言ったのです。おわかりになりました?」
ブルー子爵夫妻は後継ぎの子供を病気で亡くした。
始めは遠い親戚の子供を引き取ろうと考えていたのだが、とある人からクララベルの存在を聞き、より近い身内の方がいいと考えて引き取ったのだ。
クララベルはブルー子爵の弟の子供である。
メイドと駆け落ちをしてしまい、当時随分と探したのだが見つからず、最近になって弟が亡くなって残された娘がいることを知ったのだった。
元メイドの母親は、引き取りたいと告げると娘を渡すことをかなり渋ったのだが、クララベル自身が貴族になりたいからと言って母親に別れを告げたのだ。
「私は貴族様になるのよ。
やっぱり私はこんなに可愛いんだもの、平民じゃないなんて当たり前よね。
もう毎日お母さんみたいにあくせく働かなくてもいいのよね。
奇麗な服を着て、おいしいものを毎日食べられるの、夢のようだわ。
あ~本当にお父さんの子供でよかったわ。
お母さん、お母さんは平民でもう身分が違うから会いに来ないでね
それから私の母親を名乗らないでね。
じゃあね、平民のおばさん」
そう言ってゲラゲラ笑いながら馬車に乗り込んだという。
それを聞いた時、子爵夫人は嫌な気分になった。
実の母親の心配もしない上に馬鹿にするような捨て台詞をはくだなんて、どれだけ性格が悪いのだろう・・・と。
学園に通わせるために教師を雇ったが、あまり進まなかった。
勉強がつらいと泣きつくクララベルを可愛そうに思い、子爵は教師に手加減するように命じた。
クララベルが可愛らしく甘えてくるのもあり、人の好い子爵は彼女を甘やかしてしまった。
そのうち学園の編入時期になってしまい、夫人が時期をずらすように言ったのを無視する形で入学させた。
夫人が危惧していたように、クララベルは学園で問題児として有名になってしまった。
夫人は他家の夫人たちから「あの養子は早く切り捨てた方がいい」とまで言われていた。
だが夫は「きっと慣れてくれば問題を起こさなくなる」などとのんきな事を言っていたのだ。
そして今日、クララベルが帰宅する前に学園から退学勧告が送られてきたのだ。
学園内でのクララベルの素行に問題があり、貴族としてのマナーも身についていない状況では学園の生徒として認められないとの事であった。
そして、現在元のクラスに在籍するのはクララベル一人であり、本日の授業態度から学園で学ぶ姿勢が見られない事、別クラスへの編入はすべての学園生の親から拒否された事による通達になる事などが理由として書かれていた。
貴族として認められないクララベルをこのまま養子にしておくことはできない。
彼女は子爵家の跡を継ぐために学園に通っていたのだ。
学園を卒業できない者は世間では貴族として認めてもらえない。
ここへきてようやくブルー子爵はクララベルとの養子縁組を解消することを決断したのだった。
そうして貴族ではなくなったクララベルは、プリプリしながら元の家へと戻されてきた。
「ただいま」
そう言っても誰もいない。
よく見ると備え付けの家具が残っているだけで何もない。
「どういうこと?お母さんはどこ?」
そう言ってふと気がつくと台所の机の上に紙が置いてある。
手に取ってみると母親からの手紙だった。
【娘だった人へ
この手紙を読んでいるってことはやっぱり貴族になれなかったのね。
思っていた生活ができなくて残念だったわね。
あなたはこれから一人で頑張って生活してね。
母だった私はもういないのだから。元気でね
母だったものより】
クララベルは手紙を握り締めたまま外に飛び出し、近所中に母の行方を聞いたのだが、誰も教えてくれなかった。
あの日、母親を捨てるように笑いながら去ったクララベルの事を皆が見ていたのだ。
怠け者でわがままなあの娘は貴族になれないだろう、皆がそう思っていた。
あの日以降、母親は商会長の家でメイドとして住み込みの仕事を始めた。
もう娘はいないのだから。
思い出のある場所から離れたかった。
貴族家でメイドをしていた事が評価され、給料も待遇も満足ができた。
子爵家はクララベルの為に家を借り、仕事先も斡旋していたのだが、貴族生活を忘れられない彼女は派手な服を着た男と連れ立って馬車に乗るところを最後に消息を絶った。
学園は別クラスに誰もいなくなったことから元に戻され、通常の生活に戻っていた。
後継ぎから排除された者、令嬢から婚約破棄された者等、肩身の狭い者は一部いるが、平穏な学園生活が送れている。
学園では編入生が入学してくるときは、同性の教師が側につき、貴族となじめるまで面倒を見ることが決められた。
令嬢達は今日も穏やかにお茶をのんでいる。