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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 06 章
98/116

01:ヌクス海滝宮

 手続きを済ませて上級探索者になったとはいえ、中級ロビーに一度も入っていない迷宮が残っているのに上級ロビーに向かうのは、なんだか気持ち悪い。

 そういうわけで転移門(ゲート)の入場待ちの列に何十分か並んでようやく入場できたこの迷宮は『ヌクス海滝宮』。

 翻訳系のアビリティで日本語として認識できてるだけで実際の表記は違うけど、楽だから頼らせてもらっている。そのアビリティさんがおすすめしてくる読み方は海滝(かいろう)(きゅう)らしい。これまでの迷宮は音読み漢字二文字+(きゅう)って名前で、草沼宮も読み方は『そうしょうきゅう』だったみたいだから、同じように音読みなのかな? と思っていたら本当に音読みだった模様。この世界で買ったものだけど辞書には書いてあるし、ウィッシュも滝観洞(ろうかんどう)なんて名前の鍾乳洞を知っているとかなんとか。

 ただ、海と滝の二文字でどんな迷宮を表してるかは、候補を絞りきれなかったからちょっと楽しみだった。で、実際に転送されて来た結果――


「……なるほど?」


 転移門(ゲート)の転送先の目印として使われていそうな石の台座から見えたのは、かなり背が高い何かの木と、地面にも結構な数が転がっている緑色が眩しい果実ぐらいで、遠くから滝と波のような音が両方聞こえてくる。んでもって、湿度は高めだけど、磯臭さは無い。

 転送先が同じだった探索者はゼロだったから【所在確認】で確認してみたら、半円の弧を描くような範囲にばらけていて、どの探索者の位置からも遠い、少し低い位置にある次の階層への転移門(ゲート)を目指す形式の模様。

 とりあえず、地面にごろごろ転がってる木の実を気にするべきか。


(この実は……一瞬青梅かと思ったけど、毛が生えてるし形も違うね)

(えっと、実の形のことですよね? 確かにちょっと長い気はしますけど、区別できる特徴って何かありましたっけ)

(ヘタのある頭から元々花が咲いてたお尻側……あれ、頭と尻は逆だっけ? まぁ、青梅というかバラ科の実は、ヘタのところから反対側まで一本スジが通ってるのが多いからね。リンゴやナシみたいな例外はあるけど、大体はそうだったはずだよ)

(リンゴが例外……そういえば、並べられた中だと種も多いですね)

(そうそう。逆に桃、梅、すもも、サクランボと……アーモンドは実の形を覚えてないね。まぁ、種が一個しかないバラ科の実は、って言い方にするべきかな)

(なるほどですねー)


 リンゴやナシに筋がないのは、ここまでの迷宮で回収できたものがあるから勘違いではないはず。ビワの実も同様。


(リンゴが違う理由はどこかで見たけど……真っ二つに切ると種がある辺りを包むような線が見えるけど、植物学的な果実に相当するのはそこの内側だけとかなんとか……それは後で図鑑でも調べるとして、この落ちてる見には筋がない、よね?)

(ですねっ)

(でも、迷宮にある果実ってことは、食料である可能性が高いとは思うし……)


 ひとまず、近くまで歩いて拾ってみる。皮は綺麗な黄緑色で、遠くからでは目立たなかったけど、表面には白く短い毛が生えている。刺さるほどの硬さじゃないけど柔らかくもない。大きさも青梅と同じくらいの小ささだ。

 若いビワの実って可能性も考えられるけど、ビワの木の葉は艶と厚みがあって緑色も深かった。この木の葉は、多少形は似てるけど、それだけ。


(とりあえず、一個割ってみるかな。……あ、なるほど)


 思ったより簡単に割れた実の中身は、実と比べれば大きな、丸みのあるしわくちゃの種。


(? あ、もしかして)

(多分、クルミだね。ちょっと小さい気もするから知らない種類かもしれないけど、この中に可食部が……あったね。覚えてる形とはちょっと違うけど、品種が違うだけかな)

(おぉー)


 見慣れたクルミと比べると、うねうねが少ないし、一個一個が小さい気もする。ただ、匂いを嗅いでみると、記憶にあるクルミの香りとの類似点はあるような気がする。クルミ以外の種の中身にも似たような匂いはあった気もするけど、多分クルミだと思う。


(まぁ、今は食べないけどね)

(えっ?)

(いや、食用になる品種でも大概の豆類やナッツには毒があるから、火を通す作業は必須だよ?)

(はえー……)


 この世界でなら治療法はあるんだろうけど、だからといってわざわざ食べるつもりもないし、ナッツ類は火を入れた後の香ばしさも感じたい。あれ……クルミって海の近くに生える植物だったっけ? いや、迷宮の中のことだし、気にしても仕方ないか。

 ああ、でも、そうか。迷宮の名前の漢字になってない前半部分は取れる作物の種類を表してたりするから――


(ナッツの語源、種か何かをラテン語で書くとヌクスになるのかな)

(ですね。辞書で見てみます)

(うん、よろしく)


 さて、地面に落ちてる実も多いけど、木に生ったまま落ちていない実も多い。一個一個拾っていくのは手間だから、【物品目録】で地面ごと木までまとめて収納。木材でもクルミ材なんて名前には聞き覚えがあるから、案外価値はあるかもしれないしね。

 そして、収納したことで付近が更地になると……まだ背が高い木が多くてよく見えない。


(ヌクスは、木の実ですね。固い殻を持つ木の実らしいです)

(うん? ……ああ、当時は種だと思われてなかったってことかな)

(おそらく?)


 俺達が生きていた頃から考えれば二千年以上前の言語なわけだし、植物学なんて分類ができる前の言語がそんな意味を持っていても不思議じゃない。和名だってズワイガニかタラバガニか忘れたけど、カニじゃないのにカニと呼ばれている実例もある。


(それでその、種の方なんですが、えっと、セーメンと読むようですね)

(あー…………なるほど、確かに種といえば種か)

(その種を育てる場所を指す単語がセミナリウムで、ラテン語の中でも人を育てる育成所のような意味を持つようになり、セミナーやゼミナールの語源になっている、なんてことも書いてありました)

(へえー)


 ……Sから始まる単語が濁った綴りになるのは、ドイツ語だったかな? まぁ、普段使わない言語で誤魔化すのはよくあることだし、ドイツ語は医療関係の用語として採用されてる単語が多いから、その一つ……いや、尿検査の結果に書かれた覚えがある単語はスペ……って今思い出しても仕方ないか。

 今やるべきことは、迷宮の探索、というより攻略。ナッツ類は塩味のローストナッツとか割と好きだけど、食べすぎて腹痛になった経験が何度かあるから、食べたい分を買うぐらいで丁度良い気もする。


(うん。じゃ、そろそろ飛ぼうかな)

(はいっ)


 今はちょっとスピードを出したい気分。肉体的な疲労があるわけじゃないけど、織宮さん達に付き添う形で進行はほぼ徒歩だったし、起きてからも転送待ちの列にも並んだところだから、流石にちょっとね。

 ある程度上に居た方が周囲も見やすいのもある。《嗅覚拡張》改め《五感拡張》で広範囲のにおい、振動、温度の数値化ができるし、あんまり積極的にモンスターを狩ろうとも思ってないから視認する必要性は薄いけど……景色はちょっと見てみたい。

 そういうわけで、飛行用の装備としてヘルメットと脛当てを身に着けて飛び上ってみると……次の階層への転移門(ゲート)がある方は崖になっていて、下は海だけどかなり険しい感じの岩礁地帯。その先に島があって、転移門(ゲート)があるのも、多分その島の中だと思う。


(……さて、モンスターは……?)


 においは不明、振動は、音量の大小はともかくどんな音が鳴っているかがわかりにくいから温度一択。変温動物の区別は難しそうだから改良の余地はあるか、覚えとこう。

 ともかく、範囲を広げてみると……探索者の反応がない位置に人型らしき熱源確認。身長が、人と比べると明確に大きめで、三メートルくらい。

 逆探知的なことは特にされてはいないようで、こちらに気づいた様子はない。木の背が高いおかげもあるかな?

 さて、更に範囲を広げてみると……陸地部分に分布してるのと、次の階層に繋がる転移門(ゲート)がある島には居ない。


(……ん? 何かノイズが……あ、他の探索者の邪魔になってるのかな)

(あぁ……それは気を付けないとですね?)

(だね)


 うまく情報を取れないのは一部の探索者だけだけど、まぁ、俺も《嗅覚拡張》やらには引っ掛からないように妨害できるし、俺以外にやる人もそりゃ居るわな。

 なんか申し訳ない気がしてきたんで、階層全域まで広げていた範囲は制限しておくことに。


(さて、どんなモンスターか見てみたい気もするけど、遭遇する可能性が低そうなルートもわかったから、この階層ではスルーする方向でごー)

(おー、です)


 勿論、俺に探知できなかったモンスターが居る可能性もあるから、急制動できる程度の速度で前進。周囲の空気の流れも『飛翔』で制御してるからかなりの静音飛行だと思う。魔力を感じ取れるモンスターが居たら逆にバレバレかもだから、これも対策を考える必要はあるかな。

 そんなことを考えているうちに崖の先に出て、視線がかなり通りやすくなってもなお直進……ウィッシュ由来の敵意感知能力に反応はない。

 島の上、といってもせいぜい数十メートル程度上方に到達、敵意は相変わらずなし。ただし、転移門(ゲート)も発見できず。


(……洞窟の中とかにあるパターンかな?)

(おそらく……?)


 真上から見てもわからなかったし、それほど大きな島でもないから、高度を下げて島の周囲をぐるっと回ってみる……砂浜もない岩だらけの島だからわかりにくい部分もあるとは思うけど、あからさまな入口らしいものは見当たらない。


転移門(ゲート)の位置は海面より上っぽいけど、本当に入口どこだろこれ……?)

(ですねぇ……見つからなくても、穴を開ければ通れないこともなさそうですけど)

(それは最終手段かな。といっても地上をざっと見ても見当たらなかったから、次は海中部分を探ってみようかと)

(ああ、それも定番といえば定番ではありますね)

(だよねー)


 そういうわけで、島の周囲の海水を【物品目録】で収納しつつ、円を描くように島の周囲の海水を凍らせて流入を防ぐ。外から圧力がかかるから、内側の下部は厚めに……OKOK。

 さて、島の周りをもう一周…………見当たら……ない……?


(もしかして、別の島から長いトンネルが繋がってるパターン……?)

(かもしれません……どこかの岩が動くか、壊しやすくなっていたりするかもしれませんが)

(……そうだね、そっちのパターンで調べて、見当たらなかったら穴開け……あ)

(?)

(外気温と岩や地面との温度差はあるだろうから、空気でもあったら感度を調整すれば温度差でわかりそうだなと)

(……あっ)


 周辺の海水を凍らせちゃったから冷たい空気が流れ込んできそうな気はするけど、ま、まぁ、見つけられなかったら穴を空ける予定は確定としてね。うん。

 もしかしたら、耳を澄ませていたら音で分かったりもしたのか……? いや、温度で調べると決めたんだから今はそっちで……。

 ……微調整してたら差を発見。ちょっとまだらになってはいるけど、高めの外気温が中の冷えた空気と結構しっかり混じっている箇所がある。木で隠れるような位置だったから仕方ないといえば仕方ない、かな?


(あとはこの入口が中と繋がってるかどうか……って、普通に繋がってたね)

(あははは……ドンマイですね)

(うん……)


 もうちょっと使いこなせるようにがんばろ……。

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