13:大迷宮へ同行
織宮さんに対しては結局、プレートの素材や意匠を変えれば同じメーカーのスマホを持っているようなものでお揃いと言う方が無茶、という理屈で押し切られて――アクリル製の小さなプレート二枚と、リストバンドというより戦隊ものか何かのガジェットっぽさをほんのり感じる腕時計もどきを作って渡してある。
二枚のプレートにそれぞれ定着させた『闘気』と『魔力』は元々勝手に増えていく性質はあるので、俺が追加した機能はユーザー認証のようなものだけ。宝珠を持ちやすく加工し、個人用の設定をした程度のものだ。
製作には織宮さんが持っていた宝珠を使いはしたものの、余剰分の力を移して定着させただけだから……宝珠の存在力が少し削れて余剰分の力を回復するために使われはするんだろうけど、迷宮に入れば簡単に補える程度だと思う。
それでまぁ、自分用の装備じゃないし、実際に使っているところを見て不具合がないかを確認したい気持ちもないわけじゃない。でも――
「あぁ、そうそう、こんな雰囲気だったよなぁ……」
「ええっと……苦手だったりしますか?」
「多少ねー。のんびり進んだら逃げ場がないパニックホラー系の雰囲気が何時間も続くんだよな、と思ったらげんなりするというか、ね?」
「ま、まぁ、そうですね?」
なんというか、流れでクレアス大迷宮に同行してしまった。
ここは、いわゆるローグライクゲー風ではあるものの、一つの階がマス数で考えても広く、現実として一つのマスが五メートル角ぐらいある。そんな広さのフロアを生身で探索しながら、ボスが居るフロアしかない第四層まで、三階層で合計一〇〇を超えるフロアを、一五メートルほどの落差がある穴を飛び下りていく形で進むとかいう、Lvが無かったら馬鹿じゃないかと言いたくなる迷宮でもある。
一応ある程度の明るさはあるとはいえ、空は当然見えず、モンスターの足音や鳴き声がそれなりに反響するから、のんびり歩き回るのは中々精神的にクるものがある。
今の気分を例えるなら、なんかこう……勢いで乗ってしまったコースターが走り出したところで、乗車時間の長さやダルさを本格的に思い出したような……?
「…………まぁ、いいか。とりあえず、改めてになるけど、今回は俺は補助的な立ち回りをする予定だから、進行は二人に任せるよ」
「はいっ」
「うん、頑張るよ」
元気な返事。
返事だけでなく、二人は落差一〇メートル近い穴にも躊躇なく飛び込み、モンスターが徘徊する最初のフロアに着地した。
進み始めてからは、二人ともルートは把握しているようで、思ったほどモンスターと遭遇することもなくフロアを下りていくことができた。
織宮さんは、リストバンドのプレートの力を引き出すために少し手間取ってはいたものの、時間をかければ一応お札を使う時と同じ程度の威力の弾を飛ばすことができていた。お札を使っている時と比べると、明らかに連射速度や精度は落ちている様子だったけど、使い始めたばかりだからそのくらいは当然かな。
ミノリさんの方はというと、狙った場所に魔術の弾を飛ばせているのが楽しい様子。どんどん使い慣れてるようだけど……それ練習用なんだけどね、と思わないこともない。
しかし何というか、二人とも外見は日本人でメインウェポンも日本人的な漢字のお札なのに、予備の武器や防具は西洋的な――具体的には西洋風ファンタジー的な装備なのは、ちょっと惜しいかもしれない。
巫女服は最近ウィッシュがよく着てるから、陰陽師っぽい感じの……狩衣だっけかな。あんなのを着ていてくれたら――
(むぅ……)
(……まぁ、狩衣もナシか)
陰陽道と神道は厳密には別ものであるとはいえ、それなりに近い系統のものではあるし、ウィッシュもちょっと不満げだから、その辺は避けるということで。
他に和風のだと何があったか……仏教的な衣装だと男女どちらでも頭を丸めるのが基本だった気がするから流石に可哀そうか。修験者だか山伏だかの、なんかふさふさした玉を吊り下げてる、ちょっと天狗っぽいイメージもある奴とか……それもなんか微妙。
どことなく二〇世紀っぽさは漂うけど、中華系の道士みたいなイメージは……いや、人の装備にどうこう言うもんじゃないか。
「あっ、只野さん! この数は……!」
「了解、右を削るね」
それなりに大きな部屋に踏み込んだら、多めに集まっていたモンスターとの戦闘になった。ゲームと違って一度にエンカウントする敵の数に上限なんかがあるわけでもないから、ちょっと運が悪かった感じかな。
それはともかく、俺がやるべきはモンスターへの対処。右半分はやると言ったわけだしサクッと仕留めるのが良い、とは思うものの、せっかくだから肉が多く取れるように仕留めたい。
そして、この位置から真っすぐ射出した投擲物で仕留めると、肉の歩留まりが悪い気がする。せっかくの機会だし、最大限とまではいかずとも、比較的容易にやれる範囲で得られる食肉は増やしたいところ。
ここは比較的浅いフロアだから、部屋の天井の高さに対してモンスターはまだ小さく、素早く突っ込んで上から首を貫けば良いだけではあるけれど……丁度良い機会だし、俺も『闘気』の新しい使い方を練習してみようかな。
具体的には、飛ばした刃の軌道を曲げて首を落とす感じ。目だけだと距離感がちょっと掴みづらいけど、そこは《嗅覚拡張》とかいう力の模倣と拡張を繰り返したものでカバー。
「さて……」
まずは『闘気』の弾を飛ばして、空中で刃状に整形――できた。
モンスターと刃との位置関係を確認――できた。
そのまま『闘気』の刃を首に飛ばす、というより見えない誰かが剣を振り下ろすような軌道で……これも成功。そのまま俺が担当することにしたモンスターの首は全部落とすことができた。
中級ロビーのモンスターはいまいち食用にしたくない部類の二足歩行が多かったから、試す機会がなかなかね。ともかく、首の皮一枚残すぐらいの深さで、慣用句とは違ってモンスターは普通に致命傷だけど、繋げておかないと頭が勢いのまま転がってきたりして危ないから致し方なし。
ああ、飛ばす『闘気』の量はちょっと多すぎたかな。勿体ないし、プレートに回収できるように操作しながら、二人の戦況確認。
即死はさせられていないけど、無力化自体は成功している。正面から貫いた関係で食用にできる部分はちょっと少なそうだけど、その辺は仕方ないかな。
「うん。お疲れ様」
「ありがとうございます。『闘気』も遠隔で操作できるものなんですね」
「だね。お札には組み込んでないから、同じことをやりたかったら自分で制御する必要はあるけどね」
「そこは、そのくらいは、頑張ってみます」
「そっか」
やる気があるのは良いこと、かな?
「うぅ……闘技の凄さはわかったけど、魔術にも何かないかな、タダノさん?」
「俺の知識は、知り合いに軽く教わった後で自分なりにちょこちょこ研究してる程度のものだから、ミノリさんの方が詳しいんじゃない?」
「一応その通りではあるんだけど……映像も見てはいるんだけど、実際に目の前で使われたら『魔力』の動きもわかりやすいから、全然違うんだ」
「なるほど……」
言われてみれば、ログを表示することはできても視覚情報だけだろうから、見た方が学びやすいのは確かかな。
「んんー……じゃあ、次に手に負えないくらい沢山出たら、お札のとは違う使い方で凍らせてみるね」
「わ、ありがとうタダノさんっ」
「どういたしまして?」
割とオーソドックスな使い方だとは思うから、お礼を言われるのはちょっと変な感じだけども。
「凍らせる魔術って、そういえばお札にも入ってますけど、何かそれを選んだ意味とかってあるんですか?」
「ん、だってここ、クレアス大迷宮だよ?」
「? まぁ、地下で火は危ないかもしれないですね……?」
「いや、クレアスってギリシャ語で肉って意味だからね」
「そうなんですか……?!」
「うん」
書いてある文字はギリシャ文字じゃない普通の、ラテンアルファベットの方ではあったけど、辞書で調べてみたらKreasというのは肉を意味するギリシャ語だった。つまり意味的には食肉大迷宮。確かに作物は全然なくて食肉ばっかり手に入る迷宮だと思う。ボスも二足歩行ではあるけど、骨格はかなり牛に近いし、DNA的には完全に牛なんだとか。
基本ツリーの翻訳系アビリティが初見の時にもそこら辺にも対応してくれたら、と思わないでもないけど、大豆の学名が『大豆属最大』なんて書かれているように読めても困るから、名前がほぼそのままの音で認識されるのは仕方ない。
「ってことで、仕留める段階で火を通してしまうのは避けようかと」
「な、なるほどですね」
もっと深い階層に進めばデカいモンスターが当たり前に居るから、まだ比較的小さな個体しか居ない今から気にしてても仕方ない気はしないでもないけど、まぁ、人に教える目的も兼ねてるならこの方がいいだろうからね。
◇
意外と出番がなく、第一層の三〇フロアを下りきって、五〇フロアある第二層の半ばでようやく見せる機会があって、そのまま第三層に入ったところで休憩することになった。階層を移動する転移門がある付近はモンスターがまず入ってこれない構造になってるから、休憩するには都合が良い。
他にも、真っすぐボスを目指しているパーティーが居なくて俺達が一番前を進んでいたりとか、お札に込めてある力の余剰分が減ってきているから回復する時間を用意したいとか、単純に疲労が溜まってきていることもあって、休憩を挟む理由は多い。
ということで、天井に引っかからない程度の高さの木造小屋を取り出して休憩となった。
「俺はこのぐらいの広さが落ち着く……通路はなんか、広いのは広いけど、なんか、狭苦しい気がして、何となくね」
「あー、そうですね」
五メートル角のブロックで作ったような構造の迷宮だから、通路の天井も五メートルくらいの高さはあるんだけど、ずっとトンネルぐらいの高さの石造りの天井が続いているわけだから、うんざりしそうにもなる。
「……ねぇ、タダノさん。今、その、料理を温めてるのって、魔術?」
「ん、そうだよ。モンスターに使うなら相手の抵抗を上回る必要もあるけど……上回ったら凄いことになる魔術だね。食肉としての価値は落ちるだろうけど、そうする予定のないモンスターになら使えるし、料理にも便利だよ」
「へ、へぇぇ……」
平皿に生卵を割り入れ、加熱の魔術を丁度良い程度の加減で使えば、わずか数秒で目玉焼きの完成。焦げ目がないのは少し残念だけど、黄身そのものは固まっていても色はまだ完全には変わりきっていないような、俺好みの火加減。半熟はなんか苦手なんだよね。食べられないわけでもないけど、皿も汚れるし、何となくね。




