12:後輩からの相談
夜が明けて。
探索者ギルドへの出勤中にふと端末を確認してみたところ、朝になってから送信したらしい織宮さんからのメールが届いていたので、返信をして合流することになった。
なんでも、昨日の探索中にボスをパーティーで撃破し、自分用の『魔力』と『闘気』の宝珠を入手することができたとかで、使い道について相談したいのだそうな。
ということで、軽く挨拶をしてから今日も来ました訓練場。今日は戦う予定なんかはないけど、時間の流れが外の百倍近くて、同程度の倍率の図書館と違って武装を出しても問題ない空間だから、都合が良いのはわかる。
「とりあえず、改めてになるけど、宝珠入手おめでとう」
「ありがとうございます。思っていたより時間が掛かってしまいましたが、なんとか手に入れることができました」
「そっか。そういえば、昨日の朝はまだ手に入れてなかったんだ?」
「あははは……一昨日はまだ収納の、【物品目録】の使い方の練習もしていましたし、パーティーを組んでいる時は入手できても売却する流れになることも多いので」
「なるほど。まぁ、下級ロビーの迷宮では重量物を射出してればほとんどの場合事足りるから、別に遅いってわけでもないけどね」
俺の場合はトントン拍子で手に入ってた、というかほとんど毎回手に入ってるからあんまり意識はしてなかったけど、そういえば、それなりに競争が激しいものなんだっけか。
「……それで、えっと、ミノリさん?」
「えっ? う、うん、ボクがどうかしたかな?」
装備はやや軽装気味な印象はあるけど中級ロビーでは平均的なくらい。身長は織宮さんよりちょっと高いかな、というくらいの黒髪のショートヘア。割と見慣れた日本人顔……って印象ではあるけど、一般平均よりは整ってる気はする、多分女性。少なくとも骨格やシルエットは完全に女性。年齢は十代後半くらいかな。
で、俺達は訓練場に来てから、大型モニターを見ることができる位置にある四人掛けの空いているテーブル席に、俺、織宮さん、ミノリさんの三人で着いたわけだけど――
「織宮さんの隣に座るもんだと思ってたけど、何でこっちに?」
俺と織宮さんが対面になり、織宮さんとパーティーを組んでいるらしいミノリさんが座ったのは、何故か俺の隣だった。
上座か下座かを気にするなら俺の位置が一番出口に近いから下座っぽい所だけど、それにしては椅子までわざわざ寄せてきたりと妙に近い。
「な、何となく、かな?」
「ええ……?」
「いや、冗談とかじゃなくて、本当に何となく、近くに居ると落ち着くみたいなんだけど……むしろボクの方が聞きたいくらいだよ? 香水みたいな何かをつけてるわけでもないし、本当にどうなってるの?」
「……いやいや、えええ……?」
どういうことだよ、と思っていてもミノリさんはむしろさっきまでより近くで匂いをかぎながら「あ、お風呂の匂いがする」なんて言ったので、「そりゃさっき入ってきたところだからね」と事実を認めつつ、ひとまず話を進めることに。
「で、使い道についての相談だっけ」
「は、はい。自分用に手に入れることはできましたが、『防護』と『魔力』と『闘気』がそれぞれ一つずつしかないので何に使うべきかと。アビリティにするのは反対なんですよね?」
「うん、俺としては非推奨だね。……って予備はあった方が多少安心はできるけど、同じ力の宝珠がいくつもあっても仕方なくない?」
「えっ? いえ、あの、宝珠ってそんないくつも装備を作るのに使えるわけじゃない、ですよね?」
「んん? いや、能力石の作り方とかは知らないけど、装備に関してはいくらでも作れるよ。昨日のお札も、一気に消費できる仕組みを組み込んだ装備品みたいなもんだしね」
外から存在力を注いだり、定着分と余剰分をしっかり判別して操作する必要はあるからちょっと技術は必要になるけど、手間さえ無視すれば宝珠一つからいくらでも装備を作れるのは間違いない。
「そういえば、あのお札は使ってみた?」
「あー…………はい、使ってみました」
「?」
何というか、歯に物が詰まったような……何か言いにくいことでもあるような口調。
「もしかして、何か不具合でも起こったりとか?」
「あ、いえ、説明されていた通りに使えました。むしろ普通に使うだけでも強すぎて、ボスとの戦闘でも結局投げないまま一〇枚全部残ってます……」
「え……普通に使うだけなら、昨日の模擬戦でポンポン飛ばしてた一発分と同じくらいの威力しか出ないようにしてたと思うんだけど、それでボスにも通じたの?」
「いやいや、一撃で倒す威力はなくても、主導権を握るくらいの火力は十分ありましたよっ」
「……そんな威力あったっけ? ……まぁ、三枚ずつあれば倒しきれるくらいの威力はある……のかな」
「はい、戦う時にはお札以外の攻撃手段も使いましたが、それだけでも倒しきれそうな勢いでしたね」
「そっかー、それはちょっと強すぎたかなぁ……」
織宮さんが自力で得たものならともかく、宝珠を手に入れる前からバランス崩壊級の強アイテムを渡すような形になったのは反省しないといけない。もう宝珠を手に入れてきた後だから遅いけど。
「その、お札についてなんだけど、ボクにも作ってもらえたりとか、しない?」
「ミノリさん? ……【魔力操作】あたりの『魔力』を自分で発生させられるアビリティは持ってるように見えるけど、何でまた?」
「うっ! ……アビリティを持ってても扱えるとは限らないんだよぅ……」
「ああ……まぁ、そりゃそうか」
初級から地道にやってた探索者が頑張って宝珠を手に入れて、アビリティにもして、それで扱えなかった、というのは結構悲惨な状況ではあるか。
「できれば、自分で制御できるようになるのがベストだと思うけどね?」
「うぅー、やっぱりそう思う?」
「うん。……どうしてもっていうのであれば、参考になるように織宮さんにあげたお札みたいなのを作ってもいいけど――」
「いいのっ!?」
「おおう?」
話の途中だったけど、ミノリさんが突然顔を寄せてきた。接触はしなかったものの、どれだけ欲しかったのかと驚きはした。
「あ、ご、ごめんね?」
「いや、いいよ。それで、えっと、補助輪……じゃ伝わらないかな。練習中の参考に丁度良さそうな辺りを目標として、織宮さんにあげたお札より威力は弱めで、お札そのものも飛ばせないようにしようと思ってるんだけど、それでいい?」
「えっ、その、できれば威力はあってほしいなって……」
「まぁ、普通のモンスターは倒せるぐらいの威力はあるはずだよ。それと、ミノリさんにしか使えないように制限も掛けるからね」
「えっ?」
「遭遇したことはないけど、テロリストなんかも時々暴れてたりするみたいだから、最低限、人に盗られても問題ない仕組みくらいは入れておく必要はあるでしょ」
「あ、あー……そう、だね」
モンスター相手に有効、という時点で地球で言うところの拳銃よりはるかに危険な物ではあるので、本人以外に扱えないようにするのは必須と言える。
迷宮や探索者ギルドの外では使えないように制限でもかけるべきかもしれないけど、それはちょっとやり方がわからないし、思いつかないので残念ながら放置。
「凄い技術を持ってる人なら解除もできそうだけど、そんなことができる技術があるならこんなお札を使う必要もないだろうし……こんなもんかな」
札に書くのは『令』の一文字と、それっぽい達筆の使い方説明。札自体が飛んでいく機能は載せていないから織宮さんに渡したものよりちょっと余白は大きいけど、その辺は致し方なし。
定着させる『魔力』の量は回復力に関係するからちょっと多めにはするけど、飛ばす弾の威力は一定にするようにしてある。
そして、札の種類は炎、凍、風の三種類。消耗もないだろうということで一枚ずつだけだけど、まぁ、練習用には十分だよね。多分。
「本当は風じゃなくて雷にしたかったけど、威力の調整が難しいからねー……」
「あ、ありがと、ございます、タダノさん。この、風っていうのは?」
「ん、織宮さんに渡した『闘気』の弾を飛ばすお札の代わりだね。『闘気』の弾と比べれば弱いけど、使えなくはないぐらいの威力はあると思うよ」
「おぉー……」
まぁ、色的にも炎を赤、風を緑、凍を青にしたから光の三原色だ。いや、風の代わりに雷を足して黄色にしても色の三原色になって良い感じ……いや、青緑、赤紫、黄のCMYが色の三原色なんだっけ? 別にそういう意図で揃えてるわけでもないけどね。
「あ、それで織宮さんの方はどうしようか。単純に力を引き出せるような形にしておくのがおすすめかな、と思わないでもないけれど」
「うっ……あんまり扱いきれる自信はないですが……」
「今すぐには無理でも、後でできるようになればいいだけだから大丈夫だよ。理想としては、自分で作れるようになっておくといいと思うけど……作れる?」
「ちょ、ちょっとそれも自信はないですね……!」
「そっかー」
そうなるとまた、俺が作って渡すような形になる、か。さて、どんな装備にするべきか。
「…………付与してほしい装備の希望とか、ある?」
「う……ないわけでもないですが……只野さんのおすすめだと、どうなります?」
「俺のおすすめだったら、必然的に、こういう小さい感じのプレートになるねぇ。プレートから他の装備に必要な分だけ『闘気』を移して励起させてーとか操作は複雑になるけど、両手は空くし、他の装備も自由に選べるからね」
「な、なるほどです……」
「でも……あれだよね」
「あれ?」
問題がないわけでもない。
「ペアルックってほど似るわけでもないけど、異性の後輩に自分の装備と同じものを勧めるのはなんかこう、痛々しくない?」
「あ、あははは……」




