09:観戦(織宮祈視点)
只野さんとジェイムズさんの二人が戦闘用の広場に転送され、私が居るこの広いロビーの大きなモニターにも、二人の姿が映し出されました。
映像は斜め後方から見下ろすような第三者視点で、これはカメラが飛んでいるのではなくリアルタイムの再現映像なのだとか。モニターの大きさの割に控えめな、ロビーでの会話を妨げないくらいの大きさで音も流れています。アビリティを使って何をしたかも文字で表示されてますね。
(ええと、只野さんが【物品目録】から小さなプレート(金)を取り出して、その中の闘気を【操作】アビリティで……あれ、【闘気操作】じゃないんですね?)
ジェイムズさんの方のログは『【闘気操作】>《シャープ》>剣』といったもので、只野さんの方は『【操作】>小さなプレート(金)>闘気>《シャープ》>刀身』といったものになっています。
もう少し詳細な情報もあるようなのですが、そういった操作は多人数が見ている大画面で行うような操作ではないので、少し大きめのタブレットのようなものをレンタルして個別に確認するようです。
小さなプレート(金)の『闘気』に対する指定が異様なようで、ログの長さや繊細さに驚いていました。読みながら観戦するのは難しそうなのでレンタルは止めておきます。
(あっ、あれは……そうでした、《シュート》でした。わざと外した感じですね)
只野さんが二回斜めに振った刀から刃の形をした『闘気』が飛んで、ジェイムズさんの足下にV字の切れ込みを入れました。正確に飛ばすのが難しいと他の方から聞いたことはありますが、振った武器の延長線上に飛ぶものなので、狙って外したのは間違いないでしょう。
『っ、そ、装備があれば戦えるというだけだろう! どんなに良い装備を持っていても使い切ればそれで終わりだ。わざと外したその一撃、後悔させてやるっ!』
ジェイムズさんも怒っています。でも、これは、フラグっていうあれですね。
そもそも、装備を作る腕前はララさんも評価していましたし……私が知っている範囲だけでも、只野さんは収納の使い方だけで空を飛べて、ボスを一撃で倒せるゴーレムを出して操っていました。ところが今回は未だに空すら飛んでいないので、きっと驚くような何かが――
『……ハァ。一部正しいのは認めるけど、このプレートは定着させてある『闘気』を増やしてるだけだから、代用品の用意は大して難しくもないよ』
『ふざけるな! それは断じて、『だけ』などと言い表せるものではない!』
『いやいや、そんなに難しいものではないでしょ。定着させる腕がなくても【物品目録】の中で宝珠から漏れた余剰分を適当に纏わせておいても良いし、極論持ってたっていい』
『ハアッ?! そんなこと、誰ができる、って……』
『うん?』
……これは、どちらが正しいんでしょうか?
いえ、おそらく只野さんは自分にできることしか言っていないのだとは思いますが、【物品目録】の扱い方も常識から遠いところにはあるみたいなんですよね。
観戦中の他の方のざわめきで少し聞き取りづらくなっているぐらいですし、おそらくジェイムズさんに近い心情の方が多いのではないかと思います。
頑張ればできそうなところにある技術ではあるのでしょうが……画面の向こうの只野さんは左手の小さなプレート(金)を宝珠に持ち替えて、宝珠を操作することで闘技を使っています。少なくとも、実現可能な技術であるのはわかりました。
また外していますが、これもやはりわざとでしょう。細かく放たれた小さな『闘気』の刃が、ジェイムズさんとは全く違う方向にある樹にバツ印を刻み、続けて放たれた『闘気』の大きな刃がバツ印の中心を通るように縦に裂きました。
『せっかくだし、もうちょっとやれるところは見せておこうか』
そう言い放った只野さんは、手に持っていた黄色の宝珠を収納して、水色の宝珠を取り出して……水色の光で浮かびながら赤、黄、橙、紫の四つの宝珠を浮かべています。
(わぁ、からふるですねー……あははは……)
さっきまで使っていた『闘気』を宿しているものが黄色で、橙色は、私も持っている『防護』ですね。ログによると水色の光は『飛翔』というもののようですが、赤色と紫色は何でしょうね……?
いや、あれは全く以て真似できる気がしないんですが。いくつもの力を同時に扱っているせいか、ログがものすごい速さで流れてるんですが……。
ああ、宝珠の色以外でも画面がカラフルです。炎、冷気、雷といった非実体的な三種類がそれぞれいくつか、合わせて十以上の球がジェイムズさんを追い立てています。合間合間に刀とは無関係に発生した『闘気』の《シュート》も飛んでいたり、刀を振ったかと思えば魔術と闘技の合わせ技のような刃が飛んだり。というか、合わせられるものなんですか……?
時々ジェイムズさんが只野さんに向けて飛ばしている《シュート》は、『防護』の宝珠が盾を作って弾いています。よく見てみれば追い立て方はかなり緩めで、当たらない攻撃はかなりの速さと威力がある割に、当たりそうな軌道の球は遅く、大きく動かずにいれば案外避けられそうなくらいですね。どれだけ余裕があるんでしょうか。
「あっ」
『うおお――ああああッ!!』
魔術の球の動きに隙間ができたところに、ジェイムズさんが勢いよく突っ込んで――只野さんは赤い光を追加で纏わせながら空中で素早く、鋭角的に移動し、飛び蹴りで蹴り飛ばしました。
これは、完全に誘導した上で見切っていたようです。本人どころか、宝珠にも攻撃が当たっていませんでした。
『ば、ばっ、化け物め……』
『いやいや、俺は基本ツリーと探索者ツリーしか持ってない下級探索者だよ?』
『嘘を、吐くなッ』
『まぁ、申請すれば中級に上がれる状態ではあるらしいけど、それ以上はまだ聞いてないし、実際上げてないしね』
私はまだ新参者ですが、詐欺のような印象はありますね。率直な感想として、ジェイムズさんの反応の方に思わず頷いてしまいそうなくらいです。
『まぁ、ここまでやれとは言わないけど、宝珠に宿してあるような特殊な力をアビリティとして体に植え付けなくても、実際にこのくらいやろうと思えばやれるって話だね。勿論、大規模な魔術も使えるよ』
只野さんがそう言いながら、先ほどまでより光が強めの冷気の球を地面に落とすと、ジェイムズさんの周囲を避けるように光の波のようなものが地面に広がって……吐く息が白くなって、白っぽい煙のようなものが地表付近を漂いはじめました。ドライアイスの煙のようなものでしょうか? すごく寒そうです。
『それで、特殊な力の危険性についてだけど、こう、力そのものが性格というか、嗜好のようなものを持ってるような感じがするんだよね。『闘気』なら主の敵を打ち倒す、『防護』なら主を守る、って感じで、かなり希薄なものだけど、何となくね。だから……多分だけど、『闘気』の場合はアビリティを得てから性格が荒くなった、とまではいかなくても、少し手が出るのが速くなった人とか、結構居るんじゃないかな?』
「えっ?」
それは……何か、とても重大なこと、のような……。
『それだけならまぁ、手に入れた装備を活用させたい、って気持ちが少し強まる程度のものだから他の装備でも言えることだし、俺がこれからやることもその延長。当然だけど、戦っている相手以外に使うつもりはない手段ではあると、宣言はしておくよ?』
『何だ、何を……!』
『すぐわかるよ。君の垂れ流しっぷりからはあんまり期待はできないけど、頑張れば抵抗もできるはずだから、ま、頑張って』
宣言を終え、宝珠を全て収納、刀も納めた只野さんはジェイムズさんの方にゆっくりと右手を向けました。人差し指を向けていて、何かをつまむように合わせてある中指と親指は、少しずらせばぱちりと音が鳴りそうな形です。
何かを飛ばしたわけでもない、ですが――
「なっ?!」
「嘘だろ……?」
モニターに表示されている只野さんの行動のログは……『【操作】>ジェイムズ>闘気>《ワイド》』。
ジェイムズさんの首には、ジェイムズさんの体から伸びた『闘気』の刃が突きつけられています。
いや、怖すぎません……? モニターのこちら側でも驚いている人が何人も居て、ざわざわと喋る声も聞こえてきてるくらいですよ只野さん。
『…………そろそろ、ちょっとぐらい『闘気』の制御を取り戻してほしいんだけど……ともかく、流派によっては相手の武器を奪う技だとか、相手の力を利用する技があるように、人が使うために調整されてる『闘気』だって利用はできる。実戦で試したのは初めてだけど、制御する技術で上回る相手を前にして『闘気』を垂れ流すのは、接点が増えて危険なだけってことだね』
一通り言い放って満足したのか、只野さんが前に出していた手を戻すと同時に『【操作】>ジェイムズ>闘気>鎮静』というログも表示され、ジェイムズさんの首元の『闘気』の光が消えました。
もしかしなくても、人が放った闘技や魔術を止められるってことですよね、これ。
『ああ、ちなみにだけど、さっきのは制御を奪うために特別な何かをしたわけじゃないからね? 【闘気操作】のアビリティをハッキング、みたいなことをしたわけじゃなくて、君の『闘気』が誰の【操作】でも受け付ける状態のまま漂ってたのを使っただけで……例えるなら、鍵も何も掛かってない開きっぱなし箱から、中身を取り出した程度のもの。管理が杜撰すぎるんだよ、ホント』
「え、ええっ?」
本当にそんな感覚で操れるのだとしたら、無防備にもほどがあるといいますか、さっきとは逆の意味で恐ろしいですね!?
でも、少なくとも、只野さんが特に嘘を吐いているようには見えないんですが……そういえば、街でも只野さんは、ジェイムズさんが『闘気』を垂れ流していることを注意してましたね。いえ、それにしても……ええええ?
「な、なぁ、お前、できるか?」
「いや、そもそも試したことがねえ……っつうか、触れてても【操作】だけで装備の力を引き出す自信もねえな」
「だよなぁ。魔術師いないか、杖から『魔力』を引き出したりしてるだろ?」
「ああ、それなら僕はそうだけど、触れた上で集中する時間は欲しいよ。手放した杖からだともっと難しくなるし、僕が真似をしても斬られる方が先だと思う」
丁度近くでされていた話が聞こえてきましたが、そうですよね。そんな簡単に誰でもできることなら、もっと広まってますよね。
…………【物品目録】の使い方も常識と比べてかなりおかしなものだったようですが、私もある程度似たようなことはできたんですよね…………。
『し、信じられるかああッッ!』
「っ、あれ?」
大きな叫び声とパチンと指を鳴らす音が聞こえて、モニターに視線を戻すと、そこには何も映っていなくて……あ、別の方が映りました。
「ただいま。気が滅入るね、全く」
「お、お疲れ様です。……その、一方的な試合、でしたね?」
「あそこまで大きな態度が取れるなら、もしかしたら何かあるかも、と、少しくらいは思ってたんだけどね」
何もなかったよ、と言わんばかりにため息を吐いた只野さんは、一つ置いてその隣の座席に座りました。ええと……周りから何か、ものすごく質問したそうな気配を感じるのですが……。
「あ、そういえば、あの指を構えていたのは何か意味があったんですか?」
「ああ、あれ? これから何かをやりますよ、やろうとしてますよってのが見た目でわかりやすいかと思ってやってただけだよ。【操作】を使うだけだから本当は視線を動かす必要すらないんだけど、たまたま制御しそこねただけ、みたいに思われるのも面倒でしょ? 向こうにはモニターもなかったし、彼は俺の闘技もプレートの機能だと思ってたみたいだから、その可能性は高そうかなって」
「あ、あー……なるほどですね」
何か特別な効果があるポーズとかじゃなかったんですか。
「そういえば、プレートってどんな効果があるんです?」
「ん、プレート自体に効果はないよ? 定着させた力が勝手に増える場所になってるだけだね。混ぜてどうなるかわからないから力ごとにプレートも分けてるけど、他に特別なことはしてないよ。素材も何となく金で作ってみただけだから特別な意味もないね」
「えっ、それなら、何で作ったんですか?」
「何でって、俺自身はアビリティを習得してないし、力を使う時に宝珠を持ち出すのはかさばるでしょ? だから、こう、リストバンドに差し込むような形で切り替えられたら便利かなって」
「ああ、それもそうですね。なるほどです」




