08:第三層
第二層の転移門付近には木が生い茂っていたので、短時間で取れる範囲で取って回り、少し呆れたような視線を頂戴しつつも第三層に到着した。
第二層から確認できた範囲の転移門付近は草原だったが、【所在確認】でおおよその位置を確認してみると、第四層への転移門がある方向は広葉樹系の木がそれなりの密度で生えている森があって視線が通らない。葉の密度も中々なので、森の中は全体的に薄暗くなっている。
第三層には採集エリアへの転移門もあるらしいけど、第四層への転移門を正面とすると、採集エリアへの転移門があるのは右手方向。こちらは草原が続いており、遠目にもどうにか転移門の柱が確認できる程度には何もない。
そして、この層まで進んでいた四人組はどちらの転移門にも向かわず、広葉樹の森に入らない程度の位置を歩いていることがアビリティ上で確認できた。あちらに向かえば、森を回避できたりでもするんだろうか?
他には、第三層の空には少し雲が出ていて、これまでより少し涼しい印象。雲は原典の影響を受けて発生しているそうなので、昼夜はともかく天候は層ごとにほぼ固定されているらしい。
原典の時間の流れる速さについては、聞き流してたか、聞きそびれたか、ともかく、第一層と第二層は快晴だった。ずっと雨も降らないのに青々とした草原が広がっていたのも複製だから、ってところかな。
「この階層は……どう進むかはアキに任せるわね」
「ん、任された。それじゃあ……第四層への転移門は方向しかわからないし、とりあえず真っすぐ進んでみるかな」
「……やっぱりそうなるわよねぇ。明らかに危険なことをしようとしてたら注意ぐらいするからね?」
「直進は危険、ってことかな。まぁ、森はLv上げもはかどりそうなだから、とりあえず?」
「まぁ、そうね」
森に向かうことについては何の注意もなかったので、直進することに決めた。
ある程度森に近づいたところで、木を加工して四メートルほどの長さにした棒を取り出し、木に当ててアビリティ【物品目録】を使用。
質量の大きなものを収納する時はアビリティの力の通りがやや悪いようで、少し時間はかかるものの、慣れてしまえばどうということもない程度。今では――正確に計ったわけじゃないけど、棒を接触させてから収納まで〇.一秒を切れていると思う。
棒の届く範囲全部、はさすがにちょっとアレなので、左右斜め四五度、合わせて九〇度程度の範囲だけ収納しながら進むことに。
べしりと当たった次の瞬間にはシュッと収納が完了し、次々にべシュッ、べシュッと道が開けていく。普通に歩く程度のペースは維持できそうだ。
「うーん……これはやっぱり、とんでもない進み方だと思うのよね」
「そう? 取った端から分解してれば結構な存在力になるし、Lv上げも兼ねてやってる人は居る……んじゃないかな、多分」
「私が知ってるのは、魔術でまとめて吹き飛ばした事例ぐらいよ?」
「……そっちの方がとんでもなくない?」
「どっちもどっちだと思うわ」
「えぇー」
過去に大きく地形を変えるような真似をした人が居たとしても、複製側の澱界宮で失われたものは原典を参照して自動的に補われるので、ギルドからの転移先が一巡する頃には大部分が修復される。つまり、俺がこんな風に森を切り開いても何の問題もない。アビリティを使う分だけ意識を割く必要はあるものの、ベシベシと棒を当てて森を開きながらでも雑談ができる程度の余裕はある。
木を分解して得られる存在力も第二層より多くなっているので、森に入ってそう経っていないのにLvはもう八に上がっている。転移門までの距離を考えると、このまま進めたらLv一〇にも届きそうな気が――と、思っていたら、収納した木のあった場所に軽やかな着地音。
「あっ」
ネコ科っぽいモンスターが樹上で昼寝でもしていたらしい。起きたばかりで助走もないのにそこそこ速い。
使い慣れてきた【物品目録】のおかげで棒から剣への持ち替えに時間がかからず、一撃で戦闘が終了したが、それはそれ。
「あぁびっくりした。モンスターが寝てたせいかな、こんな近くに居たのに気づかなかった……」
「対処できてるなら、いいんじゃない?」
「それはまぁ、確かに?」
でも、気づかなかった事例があるのは覚えておこうと思う。
モンスターの存在に気づけていた理由もなんとなくでしかないし。
リシーを狙って横から突っ込んできた猪型のモンスターがリシーにそのまま倒される、なんてこともありつつ幅五メートル強程度で森を拓きながら直進していると、奥の方が開けていることに気づいた。
そのまま更に進んでみると、目の前に広がったのは草原と、大きな、川? かなり緩やかとはいえ流れはあるようなので、一応川ではあると思う。ところどころ水面に顔を出す草が群生していて、島のようになっている。
そんな川の幅は……自信はないけど、一キロメートルぐらいはあるように見える。向こう岸は見えるが、とても遠い。左右に、少なくとも見える範囲に橋がかかっていたりもしない。
渡り切った先にはまた草原があって、その奥はまた森になっているように見える。
「これはまた、なかなかの景色、だね?」
「……まぁ、そうね」
リシーの反応は、同意はするけど全面的ではない、ような感じ。
「見るだけなら綺麗だけど、モンスターのことは忘れちゃダメよ? 遠くまで見えるってことは、遠くのモンスターからも見えるってことでもあるんだし、水中もモンスターが居ることはあるんだから」
「気を付けるよ、ありがとう」
「え、えぇ、どういたしまして」
これまで見てきたモンスターは猪、狼、ネコ科にそれぞれ似た奴らで……どれも泳ぐくらいはできるか。それ以外のモンスターとの戦闘になる可能性もあるし、泳いで渡るのは避けたいところ。舟でも作ってみようかな?
大きさは、一人か二人乗れる程度の小舟で良いし、何本分か残してる木もあるから材料は十分。
でものんびり渡ってると普通に襲われるから、速度は必須だよねぇ。
収納している水を飛ばすときに反動がない、ってのが地味に曲者。後ろ向きに出し続けても反作用を得られないから、一ミリも進まないどころか水流ができて後退する可能性も……前方向に水を出せば進みそうだけど、そんなことをするぐらいなら前の水を収納した方が手っ取り早い。
加速させても反動がない、ってのは役立つのに中々厄介な要素だと思う。
「……水を飛ばすんじゃなくて、単純に出すだけならいける……?」
ふと思いついたことがあったので、前に出した手のひらに意識を集中しながら、両方実験。
収納内で加速を先に済ませておくイメージでやれば、消防車の放水ぐらい強く出し続けても反動は一切感じられない。
次に、収納内で加速は一切させずにただ水を取り出すイメージでやれば――
「一応反動は感じられるけど、微妙かな」
思ったより反動が弱い。やっぱり、【物品目録】で加速させた水の力をどうにか受け取れる仕組みを考えた方がよさそうだ。
思いつくところでは、車輪を回す? 木で作った低精度の軸が高速で回転するのは、どう考えても軸が破損する。折れなくても摩擦で焼ける。
精度が多少低くても問題ない構造で、加速させてある水のエネルギーを受け止められそうなのは……帆? いや、帆はある程度弱めの風を受け止めるためのものだから、帆を張った時と同じような凹面を維持する頑丈な構造に、加速させた水を叩きつけ続ければいい。
つまり、パラボラアンテナのように凹面とそこに向かって発射させる構造を作ればいい……とりあえず、一度形にして、使ってみてから改良していけばいいか。製作も修正もすぐにできるアビリティ様様だね。
「構造は……こんなもんかな」
「ケトル、じゃないわよね?」
「川を渡る方法を作るための試作品、ってとこ」
外見を一言で言えば、注ぎ口と蓋がなく、本体がほぼ球面になっているやかん。
中は大体が空洞になっていて、中心付近に水の発射台としてのための球があり、その球を支えるための棒がケトルなら蓋がある方に伸びて、その棒は開口部と十字に繋がっている……とまぁ、単純な割に言葉にするのは難しい構造。
この構造なら、中心の球から【物品目録】を通して一方向に水を放てば、放った方向に進む力を得られる……はず。あとは、開口部から出てくる前に使った水を収納してしまえば効率よく――
「うん、結構強い力が出せるね。というかこれ、上向けたら飛べる? おぉー」
吊り革に片手でぶら下がっているような体勢ではあるものの、とりあえず浮かぶことには成功した。森を直進しながら稼いだ存在力の分だけ思考能力にも余裕ができてきているようで、同じ物を何個か同時に動かすぐらいは……ちょっと自信ないな。
すぐ近くに水をいくらでも補給できそうな川があるんだし、使用後の水は収納せずに放っておいても構造上問題はないはずで……うん、盛大に濡れはしてるけど、浮いたままでいられてる。
「えっ? ……えっ、何それ???」
「何って、中で水を放ってガワで受け止めてるだけだよ。問題は、今のでどのぐらいダメージがあるか……」
一度収納してから確認してみた結果としては、今の動きぐらいなら強度も問題なさそうだ。盛大に濡れた服や体はその水分だけ収納した。
水流を綺麗に出せてるおかげか、結構な力を発生させている割に静かなのも良かった。今の機構……機構? ともかく、さっき作ってみた物を動力として組み込んだ舟でも作れば、危険な川でも十分に渡れる性能は発揮できると思う、ので、早速製作。
基本はドローンを拡大したような形で、逆さまにした壺のような形の動力部をプロペラの代わりに付け、本体を底が平たいボートに代えれば、(多分)人を乗せて運べる乗り物の完成。舟の中には補強兼座席として、厚めの板を二枚渡して固定してある。
見た目はなんか微妙な気もするけど、まぁ今は川を渡るのが先決だし、とりあえず陸で試運転試運転。
これで四か所同時のアビリティ使用ができませんでした、なんてことになったら盛大に恥を晒しただけになるんだけど……モンスターを気にする余裕ぐらいはありそうだったのでセーフ。なんかモンスターと初遭遇した時より不安になるけど。
「さっきのは特に損傷もなかったし、このぐらいのバランスなら、二人でも大丈夫なはず……!」
「……えっと、アキ?」
「な、何かなリシー」
「私は一人で渡れる手段を持ってるし、何かあっても助けられると思うから……先に一人で渡ってみたらどうかしら?」
「……………………そだね。もしもの時はよろしく……」
もうちょっと広い範囲で木を取ってLvを上げておくべきだったかなー……。
俺だけ事故るのならまだしも、リシーまで巻き込むのも申し訳ないから、いや、あと一つや二つLvが上がっててもありがたい申し出ではあるけど。
あと水も補給しておく必要があるか。
「水の消費量は気遣わない方がちょっと余裕が出るから、川の水をちょっと収納してから行くね」
舟を収納し、木を取るときにも使っていた棒を取り出し、川に差し込んで水を収納していく。
この水を存在力に分解しておきたい気もするけど、Lv一つぐらいだと正直誤差なんだよね……。
「水を消費しないようにすると大変……なの?」
「うん、最初だけちょっとやってたことなんだけど、水があふれる前に収納する手間が入るから……それが四つ分ってなると中々ね」
「う、うぅん……そうなのね……」
「今はまだちょっとギリギリってだけだから、慣れてLvも上がれば多分大丈夫だけどね。……よし、多分これで足りると思うから、行ってくるね」
「ええ、頑張って」
「ありがとう」
作ったばかりでロクに試験もしてない自作の舟でモンスターが居る川に、なんて普通に考えたら自殺行為だよなぁ、なんて今更思いはするものの――舟を収納から取り出し、二枚渡してある板のうち前の方を座席として、発進。
「……」
速さは、そこそこ。時速とか考える余裕ない。
あー、川に水がバチャバチャと……いや、前から現れるかに集中。
岸までもうちょい。ちょっと通り過ぎるぐらいまで……よし、収納。
「ふぅ、なんとかなったか」
まぁ、なんとかはなったけど、今のLvだと余裕がなさ過ぎて危ないから、次の階層へ進む前にLvをあと一つぐらいは上げておきたいところ。
奥の森からモンスターが来る様子は、なし。リシーは、まだ川の向こうに立ったままだね。
何か合図でも送るべきか――と、リシーが剣を、いや、杖も抜いた? それを両方光らせて……水面を走りはじめた。しかも無茶苦茶速い。
生身で、スタート以外は足元が水面で、両手に武器を持ったままだってのに時速一〇〇キロは軽く超えてそうなレベル。……Lvが普通の会話で出てくる世界だからややこしいなこれ。
ともかく、リシーはこの幅の広い川を三〇秒もかけずに渡り切り、地面を削るようにして減速した。
「お待たせ」
「いや、お疲れ様。凄かったよ」
「ええ。驚かされてばかりだったから、ちょっと頑張ってみたの」
「俺もリシーには何回も驚かされてるけどね」
「それは、何だかベクトルが違わない?」
「そう、かな? ……そういえばこの階層って、普通はどんな風に抜けるもんなの?」
「この階層は、四人パーティーが進んでた下流の方では森が途切れてて、川幅も少し広くて、でこぼことした地形になってるのよ。水面より上まで出てる島も結構あるから、二〇メートルぐらい跳べるなら濡れずに渡りきれるわね。その分深いところは深いから、落ちたらそのままモンスターに殺されることもあるけど」
「なるほどね。……この辺にはモンスターが居なかったのかな、今回」
「……そうみたいね」
遭遇したかったわけでもないけど、肩透かしというかなんというか。
「とりあえず……次の層への転移門に向かおっか」
「ええ」