16:フルクタス裂谷宮
倒したワイバーンの死体を収納し終えてから、ちょっと崖の上まで上がってみると、最初に居た谷がどう続いているのかがそれなりにわかりやすかった。
ただ、風景はちょっと予想外。
大地が裂けてできた谷なら上は平地だと思っていて、実際半分くらいは平地ではあったんだけど、大きめの山まで裂けているし、大地の裂け目も直線的な一本ではない。ガラスの割れ方で言うところの蜘蛛の巣状に近い形であちらこちらに谷がある。
壮大な景色ではあるんだけど、違和感がかなり強い。
(大地が引き裂かれた原因は地殻変動とかじゃなくて、別の何かが原因で無理やり……って感じかな?)
(ですねー。……あ、向こうの方に、地面が橋みたいになってるところがありますよ)
(おぉー……? 本当だ)
石材で作ったアーチ状の橋の上に土が積もっているとかではなく、岩がそのままアーチ状に繋がっている天然の橋がある。
ああいう橋があるということは、下が崩落して上が残った、ってことになりそうなものだけど、その橋を除けば元々あった大地が引き裂かれたような雰囲気だから……自然に見える橋を後から足したのかな。
実際に『魔力』なんて力があるわけだし、そんな地形があっても不思議ではないといえば、不思議ではない、かも?
それと、近場についてはさっきのワイバーン以外のモンスターは居なかったみたいだけど……遠くの空に浮かんでいる影がある。ヘルメットのシールド部分に映像を表示して拡大してみると、これもワイバーンっぽい。
拡大率やちょっとした目盛りくらいなら追加で表示もできるけど、距離を出すのが難しいから……いや、三角法で測量はできるか。もう一つ視点を用意して、詳細な角度の差をθとし、サインθの逆数に二つの視点間の距離を乗算すれば……ああ、電卓が欲しい。いや、【所在確認】アビリティを拡張できればわかるかも? ……少なくとも、現時点では無理か。保留。
モンスターのサイズ測定は諦めるとして、この階層の中心は、高度を見ると谷の上にある大地よりは低い。そして上から見た場合の中心位置は、大地にある蜘蛛の巣状の裂け目が集中してそうな辺りかな。地面が盛り上がってたり森になってたりしてるせいで、地表より上を飛んでる今の状態でも視線は通らないけど、だからこそ怪しい感じ。
(……果物が色々生えてるみたいだからもっとのんびり探し回りたいけど、問題なく取れそうな宝珠を無視するのも何か違うよね)
崖の途中にあった足場ではイチゴ、スイカ、メロンといった野菜に分類されることもあるような果実を見かけて、地表ではパイナップル。あとは、樹に生るタイプの、リンゴっぽいのと、丸い柑橘系の何かと、知らない形の実もあった。
何となくだけど、何科かとか関係なしに人間が生食しても問題ないタイプの果実が生ってる印象だから、まだ見つけてないけどブドウとか、キウイやマンゴーなんかも多分あるんじゃないかなと。
消費期限的な問題については、【物品目録】に収納した物の時間は止まっているような状態になるから、収穫直後の新鮮な状態で大量に保存しておける。俺は素の糖度が多少増減しようが気にならないので、追熟なんかは知らない。砂糖まみれのドライフルーツなんかも嫌いじゃないしね。スイカに塩は振らないけれども。
(よし、それじゃあ、ボスが居そうな地点に向けて、静かに前進ー)
(う、うーん……吶喊ーとかじゃないんですね)
(吶喊って、どっちの漢字も叫ぶって意味なんじゃなかったっけ?)
(あ、それじゃあダメですね)
(うん、そういうこと)
静かに素早く、風を切る音も出にくい範囲で、地表スレスレではなく上を飛ぶ。地表なら木陰に隠れたりはできそうだけど、ある程度視線は集まってそうだし、高速で動いてたら多分目立つから。
動力の大半は動力器内部に打ち付ける【物品目録】から射出しているラミナーフロー。
次に大事なのは周囲の気流を制御している『飛翔』。ヘルメットを被ってる程度でまだまだ凹凸が多い生身でも風の抵抗をあまり受けないようにできるので、静音性が大きく増す。名前の割に補助にしか使ってないのはまぁ、うん。
飛ぶためにはほとんど使っていない『念動』も、緊急時の急制動には重要。
複数の力を併用していてもこれといった問題がないのは、我ながら上達したものだと思う。
フルクタス裂谷宮の中心付近まで来てみると、そこに居たボスらしい個体は、四本足で翼を持つ爬虫類。いわゆるドラゴンだった。鱗はかなり刺々しく、体色は緑色がメインで、ところどころに赤いアクセントがある感じ。そして、全長……は尾が長そうだから、頭の先端から尻までの頭胴長だかで表すと、二〇メートルくらい。キュプレス山林宮のボスワイバーンより小さい。
骨格的に前脚が多いのは、ソラーナ山岳宮のボスもそうだったけど、ドラゴンといえばやはり四本足に加えて翼も持っていてほしいところだからちょっと安心した。ワイバーンでもカッコいいデザインがあるのはわかるけど、やっぱりこう、ね。
地形は、高い岩壁がぐるりと囲んでいて、円形の闘技場を思わせるような雰囲気。ここがボスとの戦場ですよと言わんばかりだ。
と、観察していたら見つかったらしく、ボスが強い敵意を向けてきた。
『――!』
重低音混じりの勇ましい咆哮。前に見たボスと比べれば小さいとはいえ、尾を除いても二〇メートルくらいはあるドラゴンだから、音が低くなるのは物理的に必然か。
あれ? 翼を広げても前脚と同じくらいの長さしか――
「ッ! っとと、焦ったぁ」
一瞬で急加速して物凄い勢いで突っ込んできたので、『念動』も併用して回避した。
俺が居たところを通り抜けたボスドラゴンは、三〇メートルほど進んだ空中で止まって再び俺を見据えている。攻撃方法は高速移動による体当たりと噛みつき、かな?
(それじゃあ対応できそうなゴーレムを……いや、たまにはボスとも生身で戦っておこうかな)
舐めプってわけじゃないけど、最近ちょっと頼りすぎてた気はするから――と、空中から、地上ほどではない加速でもう一度突っ込んできたので回避。一拍置いて更に突っ込んできたのでそれも回避。
最初はともかくそれ以降のボスの体当たりは遅い上に狙いも甘かったから、結構簡単に回避できている。いや、俺が壁がある方に回避するように誘導してる?
更に数回避け、俺と壁との距離が二〇メートルほどになったところで、一回完全に体当たりではない移動を挟んだボスドラゴンが、俺が避けるとボスドラゴン自身が壁に激突するような角度で突っ込んできた。
狙いも正確だったので、重力の力も借りて真下に避けると、壁に脚を突いたボスドラゴンが空中と比べて圧倒的に早い切り返しで突っ込んできた。
速度そのものは空中からの加速と同程度、方向は俺の移動先を予測したようなものだったので減速することで回避。
『――ッ!』
「意外と賢いなぁ」
ボスが再びの咆哮。最初と比べて、どことなく悔しげな気がする。
とりあえず、殺す気で向かってきている相手で遊んでいるのもどうかと思うし、そろそろ俺からも攻撃するか。ボスドラゴンも丁度空中に留まっていて、さっきまでの行動から考えれば、今すぐ突っ込めば次の体当たりより先に攻撃できる。
ボスドラゴンの顔の近くに突っ込みつつ、自作の刀を取り出し、『闘気』もしっかり纏わせてから励起して――ボスドラゴンは回避するように移動したので、俺も『念動』で跳ねるように追いかけ、首に向かって一閃。
それで首は落とせた……けど、胴も頭もそこそこの速度でかっ飛んでいるのでそのまま追いかける。あれ、断面が緑色に光って――
「ぉおおっ!? びっくりした、ホントびっくりした」
徐々に敵意が薄れていって決着はついたと思っていたのに、ボスドラゴンは首だけで突っ込んできた。
致命傷ではあるんだろうけど、ウィッシュみたいにゴーレムの身体を使っているわけでもない生身だというのに、まさか首だけで飛んでくるとは思わなかった。
まぁ、胴体付きで突っ込んできていた時より遅く、最後の力を振り絞った感じだったから、鼻先を掴む形で受け止め、噛みつきも回避することができた。
ひとまず、向こうから来てくれた頭はそのまま【物品目録】の力を通して収納。飛んでいってしまった胴体も追いかけて、ちょっと地面を転がってはしまったけど、こっちもしっかり収納した。
ボスを倒したことでこの闘技場のような空間の中央に扉が開いており、奥まで進んで見慣れた形の祭壇に置かれていた宝珠を二つとも獲得。
無事にゴールしたということで資料で調べてみると、『治癒』と『加速』であるらしい。
更に効果についての記述も読んで、軽く試してみたら……これは、あれだ。
(『加速』って、『念動』の下位互換じゃない?)
(あはは……『念動』と比べると自由度が低い代わりに制御が単純、ってぐらいみたいですからね)
燃費が良いかといえばそんなこともなく、消費する力に対して得られる慣性力は同程度。更に実験してみたところでは、手に乗せた石を『加速』で飛ばそうとしたら、手のひらも少し引っ張られるような感触があった。
例えるなら、効果の対象にする範囲指定時に、設定がソフトで固定されてるお絵描きツールのブラシを使うような感じかな?
だから、拳だけを加速させて予備動作が見えないジャブを放つ、ような使い方なら『加速』の方が多分安全だと思う。グラデーション的な指定は『念動』でもできるから、本当に制御能力がギリギリな時にしか目に見えないぐらいの誤差だとも思うけど。
まぁ、本格的な実験はまた落ち着いてからやることにして、宝珠は無事に獲得できたので果物探し再開、と。
(……お、黄色いバナナが生ってる。緑じゃないんだねぇ)
(あ、そういえばスーパーで見かけるような黄色いバナナは、収穫時は緑色なんでしたっけ)
(そうそう。木に生ったまま黄色になるまで熟すと、虫が付くんだったかな?)
(なるほどー……このバナナは大丈夫でしょうか?)
(今のところ、迷宮の中で虫を見たことはないから、大丈夫なんじゃない?)
(それなら安心ですねっ。ある意味ちょっと不安になったりはしますけど)
(まぁ、なんかはちみつを作ってるところもあるらしいし、多分大丈夫でしょ)
一応、収穫……というか木、いや、茎? ともかく、根まで含めて丸ごと収納してしまってから、虫が居たりしないかをチェック。当然のように種がない種類のもので、虫も居なかったので一安心。
他のところに目を向けてみると……ブドウらしき何か発見。バナナもそうだったけど、果実の色が目立つからわかりやすい。
(目立つのは見つけやすいけど、キウイみたいに皮と茎の色が変わらないのもありそうだから、しっかり見ないとダメか)
(ですね。他がちょっと思いつきませんけど……)
(だねぇ。……青リンゴとか、マスカットくらい?)
(たしかに、緑色もちょっと見つけにくいですね。そうなると、ヤシの実やドリアンもでしょうか)
(ヤシは、実の色はともかく樹が特徴的だから、見つけやすい気がする。というか、あっちにあるのが……あれ、違う?)
(な、なんだかブドウみたいな実がたくさん生ってますね?)
やたらと背が高いし、街路樹として植えられているところを見たこともあるから、これもヤシ系統の樹木ではあると思うんだけど、なんだろこれ?
◆
「それで、その、アキミチさんはどういった方なんでしょうか」
「そうねぇ、実力はあるし、人格面でもいい人だと思うわよ? この刀も魔術を教えたお礼にってアキミチがくれたものなんだけど、品質に驚かされたわね」
「裕福な、方なんですね?」
「? あ、お金は持ってると思うけど、【物品目録】の使い方が凄くて、装備もほとんど自分で作ってるはずよ?」
「え、【物品目録】アビリティで作れるんですか?」
「相当に使いこなせれば、ね。普通なら、お店で買うか、製造系のアビリティを持ってる職人に頼んだ方が高品質なものが手に入るわよ」
「ですか。習熟度が一〇〇パーセントになったばかりでは厳しいですよね……」
「でしょうねぇ。アキミチは能力石で覚えてすぐに一〇〇パーセントに達したらしいわよ。それからもちょっと信じられないくらい鍛えてて……具体的な言及は避けるけど、本当に凄いの」
「そ、そうなんですね」
「ええ。探索者としてはまだ下級だったはずだし、後輩の指導は評価にも繋がるから、一度一緒に探索してもらったらいいんじゃないかしら。同郷なのよね?」
「おそらく、そうなんだとは思いますが……知り合いではないですよ?」
「そうよね。とりあえず、私の方から聞くだけ聞いてみるわ。……あら、丁度探索中だったみたい。絶妙に間が悪かったわね」
「迷宮の中の時間は千倍以上でしたっけ。それは確かに間が悪かったですね……」
「ええ。でも、そんなに何日も探索を続けることはないはずだから……精算を含めても数分以内には伝わるでしょ」
「ありがとうございます、ララさん」
「どういたしまして、って私が言うことじゃないような……まぁ、上手くいくといいわね、イノリ」
「はいっ」
ヤシの実
特にココヤシの木に生るココナッツが有名だが、ヤシ科の木の実という範囲ではココナッツ以外にも多様な実が存在する。
ヤシ油を取るアブラヤシの実、健康食品として有名なアサイー、樹に生ったままドライフルーツと化していくデーツ(ナツメヤシ)など。
フルクタス裂谷宮
ラテン語で果実を意味するFructus。
要するに、果物類取り放題の、大地が引き裂かれてできた谷が目立つ迷宮。
……発音はフルクトゥスかフラクタスだろって? ……一応ググったりはしたんですが、なんでフルクタスにしたんだったかちょっと覚えてn――
ボスは四足歩行で翼がある緑色のドラゴン。頭胴長は二〇メートルほどで、翼は体格からすると小さめ。
多少は知恵も回るため、前衛を避けて後衛に突っ込むくらいのことは平気でしてくる。自己回復する上に機動力があるので、火力が足りていないとクソボス感が強くなる。
また、『加速』の力を二、三回連続で使えるため、『加速』の力を減速に使う必要がなくなる壁を利用し、跳ね返るように素早く切り返してくることもある。
弱点としては、見ていない方向を狙って体当たりをするほどの知恵まではないので、ある程度狙いは読みやすい。そして、それほど長時間スタミナがもつわけでもないため、攻撃を防ぎ続けていれば攻撃のチャンスも生まれてくる。
フルクタス裂谷宮内に実っている果実
大まかに言えば、果肉が生食可能かつ美味な果実類。
酸味についてはそれなりに許容されるが、苦みや渋みに関しては厳しい。
野菜に分類されることがある草本性のイチゴ、スイカ、メロン、バナナなどもある。
迷宮内には虫が存在しないため、桃やライチは安心して生食可能。
バラ科や柑橘類以外にも、パイナップル、キウイ、マンゴー、バオバブ、アケビ、ザクロ、イチジク、柿などなど、多様な果物が生食に適した状態で実っている。
何気にコーヒーの実もあったりする。
今回見つけたヤシ科の植物はアサイー。和名はワカバキャベツヤシ。ドリンクや果実を見たことはあっても、生っている状態を見たことがある人はそうそう居ないはず。
探せばドライフルーツ状態で生っている(?)デーツもある。
フルクタス裂谷宮内に存在しない果実
カカオ(発酵させなくても食用は可能だがそれは美味ではない)
ドリアン(嗅覚の鋭い人が世界規模で多いので圧倒的不人気。単品では好きだけどこの迷宮にはあってほしくないという意見も)
ココナッツ(種の内側を食用部位とする種実類であるため)
栗(種実類であり、生食にも向かない)
青梅(梅の実は完熟している)
緑色のバナナ(追熟をしなければ生食には向かない)
アーモンド(果肉は美味しくない)
フルクタス裂谷宮のモンスターの肉質
果物をよく食べている、というより果物以外の食料が少ないため、おおむねフルーティで美味。




