07:リシーの目的
リシーの話によると、闘技というのは闘技ツリーを獲得すると使えるようになる【闘気操作】というアビリティを用いた攻撃方法のことらしい。
闘技ツリーを獲得してからしっかり鍛錬を積む必要こそあるものの、闘気を利用して遠くを攻撃したり、近くの相手により強い攻撃を加えることができる、とのこと。
この闘技を剣で扱うので剣士、更に魔術ツリーで魔術を扱うこともできるから『魔術剣士』、と名乗っているんだとか。
闘技や魔術に使う力がそもそも何なのかという話については、古いものだと何百年も前に澱界によってもたらされた特殊な力、と。
……まぁ、あれだ。要するに、二一世紀あたりまでは俺が居た世界と似たような歴史を辿り、そこから滅びかけて数百年経過したのがこの世界だったって話だね。
言われてみれば、滅びかけたにしてはとんでもなく復興してるからなぁ……聞きそびれてたなぁ……。
俺としては現代人のつもりだったけど、この世界の感覚を俺の世界の感覚で例えるなら――戦国時代あたりの世界が凝縮された迷宮が接近してて、その迷宮からこぼれた名もなき一般人を救助したようなものだった、ってことだよなぁ。
…………言葉の壁がないなら、割とあっさり通じることもある気はする。
うん。実際俺は大丈夫だったからヨシ! ……いや、それでいいのか? むむむ……。
「……っと、左の方、来てるね」
「そうみたいね。一体だけ、アキはまだ見たことがないモンスターだと思うけど、私がやる?」
「一体なら俺がやっていいかな? 多分そんなに強くもなさそうだし」
「油断しちゃダメよ?」
「ありがと。気をつけるよ」
迫ってきてるのは、体高がちょっとわかりにくいけど、かなり大きめな気がするネコ科っぽい、のに瞳孔が縦長じゃないモンスター、単独。
発達した筋肉がしなやかに動いてて、速度も猪や狼っぽいモンスターと比べればかなりあるんだけど、Lvが上がってるおかげでかなりしっかり見えるし、近距離なら俺の方が速い。
両前足を上げて跳びかかってきたところで、猪の時と同様に一旦横に跳び、切り返して首に突き刺す。
狼っぽいモンスターと戦った時に振ってみて今更気づいた話だけど、完全に斬り飛ばすと回収が大変だし、血も飛び散りやすくてちょっと迷惑になりそうだからね。
死体になったモンスターを収納し、剣は血が残っていないことを確認してから鞘の中に出し直す。
「なんだか、どんどん強くなってるわね、アキ」
「それはまぁ、順調に上がってるLvと、リシーのおかげかな」
リシーと臨時のパーティーを組むことなく一人で探索しているだけだったら、まだ第一層でうろついているか、猪から逃げていた、かもしれないから、リシーのおかげで成長できているのは間違いない。
Lvの表記はまだ五のままだけど、順調に強くなれている実感はある。
ただ、なんというか……攻撃をまともに食らえば一撃で負ける、という可能性を放置したままでいるのはよろしくないと思う。
そんなバランスのゲームも割と嗜んではいるけど、どうせなら真っ向勝負で、真正面から勝てるようになりたい。回避できない状況に陥ろうとも何の問題もない、ってぐらいまで備えられれば、と思う。
ゲームならともかく、現実で縛りプレイなんてやっても周囲に喧嘩を売ってるようなもんだし。
「ところで……モンスターってかなり大きな個体が多くない?」
「そうね。どんな理由だったかは覚えてないけど、モンスターって同じ種類なら大きい個体の方が強いらしいわよ? 私たち探索者としても、大きい方がお肉もたくさん取れて良いわよね」
「それは確かに。まぁ、今の俺の力だとさっきのモンスターぐらいが精々だし……何をするにしても、Lvを上げなきゃかなー」
「Lvが高いだけ、なんてことにはならないようにね?」
「そうだね。技術とか、磨けるところは磨いていけるように頑張るよ」
Lvが上がっただけで知識や技術が得られるわけではないけど、動きをスローで認識できるようにはなる。
込める力を加減しながら自分の動きに集中しておけば、Lvが低い時よりも短時間で動作の効率化はできる……はず。とにかく、Lvが上がっただけで満足しないように心がけるのが大事そう。
それはそれとしてLvは上げたい。今のところ頭がよろしくないモンスターとしか戦えていないこの環境に慣れてしまうのは、多分良くない。
自分なりに方針も定まったので、道中に生えている木を収納、ある程度分解もしながら、少し複雑な加工にも挑戦してみることに。
樹木が持つ重要な要素は、繊維のほかに、細胞壁に硬さを持たせる物質を持っていること。名前はたしか……繊維は繊維素で、繊維に似た擬繊維素があって、硬いのが木質素。
俺が元居た世界の知識ではあるけど、多分似たようなもののはず。
どうやら【物品目録】でもそのぐらいまで細かく認識はできるようなので、目的の形に再構成するように加工…………――
「……アキ?」
「うん? あぁ、足止めちゃってたか。ちょっと木の加工を試してみてたんだけど、集中力が結構必要な感じでね。慣れてくれば普通にできるように……なりそうな気はするけど、要練習かな」
途中まで加工してみた成果物、直径三〇センチほどの球体型に固めてみた木を見せてみた。軽く見た程度でわかる歪みはないけど、真球度……だっけ? 精密に測定してみたら、歪みぐらいはありそうな気がする。
「これが木なの? 木目がないし、白っぽいわよ?」
「細かく分解して、不純物を取り除いて固め直したからね。細かい空間もないから見た目より重さもあるよ」
「へぇぇ……」
長持ちさせるならニスなんかも塗るべきかな、とは思うものの、そっちの成分は記憶にない。石油系の何かだったっけ? 探せば売ってるところもありそうだけど、やるにしても探索者ギルドに帰ってからかな。
「今のでちょっとは慣れることはできたけどまだ難しいんだよねぇ……収納してる分が結構あるけど、練習用としてはちょっと過剰な量だし、もうちょっと分解しておくかな」
一本分でも残しておけば練習には十分だし、ちょっと歩けばすぐ取れるし、存在力を溜めれば処理もしやすくなりそうなので、存在力に分解しておいた方が良いと思う。分解しても全く影響がないぐらい俺のLvが高くなってたらまた別だけど。
「……アキって今、Lvはどこまで上がってるの?」
「ん、今は……七だね。どのぐらいのLvが普通かは知らないけど、多分低い方だよね?」
「この階層なら、丁度いいぐらいなんじゃない?」
「そうなんだ? でも俺、リシーと比べたらかなり弱いよね?」
「当然よ。そもそも私は、一番奥まで一人で行くつもりで来てたんだから」
「……そういえば、あの顔ぶれなら奥まで進むこともなさそうだから、とか言ってたね。奥の方ってそんなに強いんだ?」
「ええ。私はLv二三……魔術と闘技も身に着けてるし、装備だって整えてるから一人でも問題ないけど、普通なら平均Lv二〇ぐらいのパーティーで行くところね」
「おぉぅ……」
この迷宮に入った時点で、Lvだけ見てもリシーの方が四倍は強かったし、今でも三倍ぐらいは強く、その上で色々あるけど、ボスと戦うなら同じぐらい戦力は欲しい、と。
そのリシーが下級ロビーに居た。つまり探索者のランクは初級か下級。ランクは五段階だから、上のランクだとLvは三桁近かったりする……?
Lv差が百あると存在力による補正が千倍ぐらい強いことになるんだけど……。
いや、そんな遠くを見ても仕方ないな。今は今のことを考えないと。
現時点でリシーと一緒に探索できているのは、リシーの厚意によるもの。
できればもっと一緒に探索したいところではあるけど、それはつまり『ボスと戦えるようになるまで手伝ってください、一緒に戦うので素材も下さい』なんて言ってるようなものなわけで……厚かましいにもほどがあるな。
「……まぁ、今回はLvを上げに来ただけだと諦めるかな」
「そのLvと装備なら、ここまで探索できてるだけでも十分だと思うわよ?」
「そんなもんかな。装備といえば……ここのボスの素材って、どんな装備を作れるのわかる?」
「ボスの……素材? ボスが守ってる物じゃなくて?」
「そう。俺を拾ってくれた博士がボスの素材で装備を作ってくれるって言ってたんだよね。ボスの素材って話で、他の何かではなかったと思うよ」
一言一句正確に覚えているわけではないけど、そういう話だったのは間違いない、はず。
「そうなの? となると……ボスを倒したお祝い、みたいなものなのかしら? 他には何か聞いてないの?」
「ええっと……初心者向け迷宮の、中が草原のところ。つまりここで、ボスを倒してその素材を持って博士を訪ねたら、長く使える装備を作ってくれる。あとは……ボスの大きさには驚くだろうが、Lvをしっかり上げていれば倒せないこともない、だったかな。そんな風に聞いだけだったと思う。どんなボスなのか、どこに居るのか、そもそも何層目に居るのか、みたいな情報はなかったはずだよ」
「祭壇とか、宝珠とか、そういう単語は聞いてない?」
「いや、全く」
フィクションの中ではたびたび目にする単語ではあるけど、博士から聞いた話の中にはなかったはず。
「……ボスは確かに大きいけど、取れる素材で装備に使えそうなのは、皮と角と骨ぐらいだから……その博士の腕が良いのかしらね?」
「それについては比較対象を知らないから何とも……ただ、悪い人ではなかったと思うよ」
「そう。んー…………どうしようかしら……」
「?」
リシーが唸りながら何かを悩んでいるみたいだけど、急かしたりはせず待つ。
十数秒ほど経ったところで結論が出たのか、リシーの顔がこちらを向いた。
「……あのね、アキ」
「うん、何?」
「今回私がここに来た目的は、この迷宮の一番奥の祭壇に置いてある『防護』の宝珠なのよ。宝珠は特殊な力の結晶で、例えば私が使ってる闘技ツリーの能力石も、『闘気』の宝珠から作られたものね」
「なるほど……『防護』っていうと……高性能な防具に?」
「ええ。勿論、能力石に加工しても便利よ。だから一番簡単なこの迷宮では原典に置いて増やしてるってわけ。競争率も高くて中々手に入らないし、高価だから買うのも大変なんだけど……今日は澱界が接近してるって放送があったから、狙い目だと思ってたのよね」
少し悔しそうな口調で狙い目だと思ってた、と。
「……探索者ギルドで見た時リシーがちょっと不機嫌そうだったのって、もしかして?」
「う゛っ……そ、そうよ。モンスターにちょっと手間取ってたら他のパーティーに先を行かれちゃったのよね……」
「へぇ……ってことは、競争相手が居ない今回はもう取れたようなものなのか」
「そういうこと」
「なるほどね。それについては、おめでとう?」
「ありがと。それでなんだけど、アキはそもそも祭壇のことも知らなかったんでしょ? ある程度わかりやすい所にはあるけど」
「あー……この話を聞かずに臨時のパーティーを解消して、また俺一人で探索……とかやってたら、ボスだけ拾って帰ってる可能性は割とあった、かも」
ボスを倒さないと開かない扉が堂々と設置されてたりするなら別だけど、知らなければスルーしてしまっていた可能性は割とある。というか気づいてもそれが取っていい物だとわからなかったら放置して帰っていた可能性すらある。
取った上で存在力に分解してしまう可能性も、なきにしもあらず。貴重な全回復アイテムなんかは大体余らせる性質ではあるけどね。
「でももう話は聞いたから、大丈夫、じゃない?」
「この迷宮の宝珠を狙う探索者は正確な場所も知ってるわよ?」
「それを言われると、確かに、一回は負けそうな気がするなぁ……」
ボスが居る階層に入れたとして、ボスを探している間に他のパーティーが先に戦い始める可能性はあるわけだ。そこで宝珠だけ先に取るのは、マナー的にどうかと思わないでもない。
「だから、良かったら、今回連れてってあげましょっか?」
「それは、案内してもらえれば助かるけど、道中で足手まといになりそうな気がするんだよなぁ……」
「アキのLvなら途中で上がるでしょうし、この階層のモンスターを無傷で倒せるなら大丈夫なはずよ」
「そっか。それじゃあ……よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うん、ありがとう、リシー」
そろそろ臨時パーティーも終わりかも、なんて可能性を考えていたので、ボスまで一緒に探索できそうなのはちょっと嬉しい。
解散してたら、外と流れが違うからって理由で丸一日ぐらいは一人で潜ってた気がするし、次は多分また一人で探索してたと思うから。
……まぁ、一人で探索するのも、一人キャンプみたいな感じでなんやかんや楽しそうだけど。
虎やライオンはネコ科ですが瞳孔は縦長ではなく丸。
ただし虎目石(タイガーズアイ、またはタイガーアイ)という宝石は縦縞。