11:意外な来客
ゴンゴンと、木材を叩くような音が聞こえてきた。
距離は、近いのは近いけど手が届くほど近くもないような、外壁?
まぁ、扉はパッと見ではわからないようになってるはずだから……というか【物品目録】を使わないと壊さずに開けることはできないものだから……ええっと……。
(とりあえずウィッシュ、戻って)
(はぁぃ……)
少し眠そうなウィッシュを戻させたところで、もう一度ノックをするようなゴンゴンと叩く音。モンスターじゃなく人だった?
ビリーさんかな? と思って【所在確認】で周囲を確認してみると、丸太小屋の外に探索者の反応が二人分ある。その一方が多分ビリーさんのテントと同じくらいの位置っぽいから、ノックのようなことをしているのは多分お客さん。
「……んん?」
「エマも起きましたか。おはようございます」
「おはよう……と、来客……ああ、知り合いだ。……アキミチ君、ゴーレムを外してくれるかね?」
「あ、そうでしたね」
寝相で俺が大怪我を追う可能性があったから、エマをかなりしっかり拘束してから寝たんだった。
ほとんど換気専用になっている窓から外が明るくなっていそうなのは何となくわかるけど、何時間寝たか。
一応先に布団から出てから、エマを拘束しているゴーレムを収納――
「おひゅっ……?! ……っ」
「あ、すみません、もう少しゆっくりやるべきでしたかね」
「う、うむ、いや、それはそれでマズいか。ハァ……」
「……おお?」
エマは文句とため息を吐きつつ立ち上がり、一秒程度でインナーまできっちり着た状態になった。
収納していた装備を取り出しながら同時に着るのは、俺もやったことはあるけど、伸縮性のある衣服をそこまであっさり成功させられる自信はちょっとない。
「うん? ああ、これは探索者ツリーを拡張することで得られるスキルの効果なのだよ。発動する際、自分の体の詳細なイメージが浮かぶのがやや難点だがね」
「そんなのもあるんですねぇ……」
ゲームの装備画面みたいなもんかな?
確かに、3Dゲームのアバターとかならともかく、自分のリアルな体が詳細に脳内に浮かぶのはちょっと勘弁してほしいかな。
ともかく、俺も人前に出られるように寝巻から着替えて、応対の準備は完了と。
「んじゃ、開けますね」
「うむ」
出っ張りをはめ込むような形で固定されている丸太束の扉、開閉機構がないのに扉と言うのは若干変な気もするけど、それを収納して出入口を開くと、出入口の場所は分かっていたようで正面に人影があった。
「おはよう、ララ君」
「おはよ、エマ。不思議な作りの丸太小屋だけど、宗旨替えでも……あら、アキミチ?」
「……知り合いなのかね?」
「はい、四日ぐらい前に、パーティーを組んで一緒に探索しました。……あー、おはよう、ララ」
「ええ、おはよ」
顔の上半分を仮面で覆っているロリータファッションのララと、サイズの割にアダルト仕様が盛り込まれている合法ロリ魔術師装備のエマ。どちらも同程度に小柄な体格だから親しげでも納得できるような、やっぱり意外なような……この中だと俺の異物感が凄いな?
「上がってもいいかしら?」
「あ、うん、どうぞ」
こっちから聞くべきだったかと少し反省しつつ、座布団を並べておく。上下や前後があるという知識はウィッシュが持っていたので、一応この世界のものも確認してからその通りに、四辺のうち縫い目がない辺を正面として囲炉裏に向けている。
ララは慣れた様子で靴を収納しながら板間に上がり、俺が出した座布団の上に綺麗な正座で座った。
俺とエマも座布団に座りはしたけど、どっちもあぐらだ。
「あら、火は偽物なのね」
「空気穴はあるけど、火の扱いにそこまで慣れてない俺が適当に作った建物だからね。煙の出口なんかも全然考えてないし、人を招くなら臭いも出ないこんな形のがいいかなと」
「なるほど……火の扱いならある程度分かるけど、点けちゃダメかしら?」
「ダメってことはないけど、この小屋、換気はあんまりよくないから気を付けてね?」
「ええ」
火のような形のまま部屋を照らしているゴーレムを収納……すると明るさが急に変わって大変そうなので、手を伸ばして囲炉裏から引き抜いた。
ララは囲炉裏に手を伸ばして薪を一本手に取り、石突が切られたえのきをバラすような手軽さで、パキパキと簡単に分けていく。そして、細くした薪がある程度溜まったところで囲炉裏の真ん中に数本組んで、魔術で着火したらしい一本をそっと差し込んだ。
薪をしっかり乾燥させてあったからか、煙のようなものは特に出ていない。
……エマと比較してどっちが上かはわからないけど、少なくともどっちも俺より力はありそうだし、魔術も簡単に使ってるなぁ。……魔術は後で練習してみるか。
「それで……エマ、貴女、アキミチとどうやって知り合ったの? 前に助手のことは聞いてたけど、あれは外のテントで寝てる初級探索者っぽい人のことよね?」
「ああ、アキミチ君は、接近中の澱界の出身だったようで、一週間ほど前に異次元空間を漂流していたところを私が実体化してからの縁なのだよ」
「異世界人だったのね……一週間?!」
「あー……迷宮の中で寝泊まりしたことはあるから主観的にはもう少し経ってるけど、外の時間を基準にすると確かにそのくらいかな」
思ったより短い時間しか経ってなくて自分でもびっくりだ。
元の世界で楽しんでた娯楽がほぼ全滅したせいか、モンスターとの戦闘回数の割に探索はガンガン進んでて装備が充実してるせいか、風呂に入った回数が多いせいか、睡眠時間が少なくて済むせいか。……まぁ、複合的なものか。
「とんでもないわね……最初から強かったの?」
「いや、アキミチ君のLvは実体化した時点ではまだマイナスで、ちょっと勘が鋭いくらいだったのだよ。探索者ギルドへの紹介状を渡したらそのまま最深部まで探索をして……ララ君も多分見たんじゃないかね? あの巨大なゴーレムを倒して情報を持ち帰ったのがアキミチ君なのだよ」
「あぁ、あれがそうだったの? ……戦い方は全然違ったけど、収納は確かに得意そうで……そういえば槍を飛ばしてるところは見たわね。へぇー」
「まぁ、本当に焦ったけどね。今のところあのゴーレム以上に苦戦した相手はいないし」
「アレを経験してたら、それはそうでしょうねぇ」
と、ララは呆れたように笑いながらも姿勢はしっかりしたままで、相当正座に慣れてそうな雰囲気がある。
俺の感覚では外見とのギャップが凄いけど、この世界だとそうでもないのかな?
「む…………アキミチ君の素の口調はそちらかね?」
「まぁ、どちらが素かと聞かれればそうだと思いますが、敬語も喋り慣れてはいますよ?」
「ふむぅ……」
「……それはともかく。エマもララと知り合いだったんですね」
「ん、うむ。登録した時期は少し違うが、およそ五、六年くらいの付き合いになるかな? 見ての通り体格が近かったからLvの上昇速度も近く、互いに単独でモンスターを狩っていた時に出会って、それからの縁だね」
「この体格だと、一般的な探索者と足並みを揃えるのは中々難しいのよね。エマは装備を扱う腕も良かったから、今でも装備の調整をお願いすることはあるわよ」
「うむ。代わりに、毎回ではないが欲しい素材を貰うこともあって、私としても助かっていたのだよ」
「そこらのお店に依頼するより安く済んでたから、持ちつ持たれつ、って関係かしらね」
「へぇー」
何となく仲が良さそうな雰囲気はあったけど、二人は思ったより長い付き合いだった模様。
「アキミチがエマから力の扱い方を教わっていたのなら、アビリティを持たずに『闘気』を扱ってたのも納得ね」
「うむ? いや、私は教えていないよ?」
「えっ? このリストバンドを目の前で作ってもらった時に、基本ツリーの【操作】でも扱えることを教えてもらいました、よね?」
「……確かに【操作】で防壁を作れる機能は組み込んでいたが、それは、私が教えたうちに入るものなのかね……?」
「作成の実演も含めて、丁度良い教材だったと思いますが」
いうなれば、自転車の補助輪みたいなものかな?
あるいは、コードまで閲覧可能で一通り必要な動作が学べるサンプルプログラムみたいな。
「う、うーん……できるようになったきっかけなのは間違いないと思うけど、教えたと言えるほどでもないんじゃないかしら……同じ条件の探索者が百人居てもまずまともに扱える人は居ないんじゃない?」
「……一応、あれだよ? 闘技自体はリシーが探索中に使うところを何度も見てたし、『闘気』を扱うようになったのも下級ロビーの四つの迷宮を探索し終えた後で、その手の処理能力を上げられるように意識して存在力を注いでたりもするんだよ?」
「それでも限度はあると思うんだけど……そうね。その条件なら、何人かは、居るかもしれないわね?」
「ああ、あと、俺には異次元空間を漂ってる間に融合した同居人……みたいな存在が居るのも大きいかな。『闘気』の制御は確かに俺がやってるんだけど、よく見ててくれるおかげで修正がしやすいというか……」
「……初耳なんだけど?」
「割とデリケートな話だし……ええと、エマ、説明お願いしても?」
「うむ、そうだね」
ウィッシュのことは結構複雑な話なので、この世界の事情に詳しく、ララからの信頼もありそうなエマに説明してもらった方が色々早い。
ウィッシュが先に身体を出してから話し始めても、結局エマが説明する必要はあったと思うからね。
「まず、アキミチ君の体の遺伝情報は、物理的に観測可能な範囲は一〇〇パーセントアキミチ君本人のものなのだよ。ところが、アキミチ君と重なるように存在している別人が確かに存在していて、アキミチ君とは別に物事を考えたり、アキミチ君が持つアビリティに干渉することも可能であるらしい。と言っても、【物品目録】で自分の体を変換先として参照させるくらいの干渉しかせず、アキミチ君だけが【操作】などのアビリティを扱っているのは事実のようだがね」
「…………えっ? 今、この場に居るの?」
「んん、『今』とわざわざ区切るものでもないかな。常時俺の中に居て俺の五感も軽く共有はしてるけど、何か悪さをするわけでもないから、俺としては特に問題はない感じだね」
「……ええ? 大丈夫なの? それ」
「モンスターの敵意を感知しているのは、実際にはアキミチ君の中に居るウィッシュ君ということだし、健康上の問題点は見受けられないね。アキミチ君が自身の遺伝情報と異なるフレッシュゴーレムを作った時は私も驚いたが、先ほど述べた通り参照元が本人であるし、互いに無体を強いているわけでもないようだったので、私は問題ないと判断したのだよ」
「そう……なの?」
エマの説明を聞いたララは、いまいち納得しきれてなさそうな雰囲気ではあるけど、まぁ、問題があったところでそうそう分離できるわけでもなく、仮にできたとしてもするつもりはないわけで。
「……とりあえず、そういうわけだから、ウィッシュ?」
「はーい」
「っ!?」
俺の呼びかけに応えるように、きっちり着込んだスカートタイプの巫女服姿でウィッシュが姿を現した。
……ララがちょっと引いてそうな感じだけど、やたらと長く黒髪を伸ばしてる巫女服姿の女が突然スッと現れたらそりゃ驚くか。
「紹介されましたとおり、ウィッシュです。初めまして」
「え、ええ、初めまして」
「それと、直接顔を出すのは難しい状態でして、一方的に知った上にゴーレムを通した挨拶で申し訳ありません」
「……えっと、エマが言ってたフレッシュゴーレムがその身体ってことね」
「はい。この身体の五感は私に伝わるようになっているので、実際にこの場に居るような感覚はありますが」
「…………アキミチが操ってるわけじゃないわよね?」
「そりゃね。ゴーレムはゴーレムでもこれはウィッシュの身体として用意したものだから、操作どころか出し入れも全部任せてるくらいだよ」
やろうと思えばまず間違いなくできるけど、それをやるのはちょっと、個人的に越えたくない線の向こう側に向かうようなものだから、試したこともない。
「以前精密に計測した際には、間違いなくアキミチ君の体から操作されているのに、ウィッシュ君の動作はアキミチ君の思考から完全に独立していたのだよ」
「へぇー……不思議な関係もあるものね」
「そうだね。そういえば……アキミチ君、良ければ、プレートから『闘気』を扱うところを見せてもらっても良いかね? 扱えるのは知っているが、直接見たことはなかったのでね」
「構いませんが……ここで見せるなら、小規模でもいいですか?」
「うむ。強いて言えば、ある程度間接的に扱っているところを見せてもらえると嬉しいかな」
「……なるほど?」
間接的に、か。
とりあえず、時代劇でたまに見た気がする手持ち式の燭台のようなものを用意して、左手に持ちながらその皿の上に金製のプレートを置く。
右は、灯りとして使っていたゴーレムが出しっぱなしだったので、それを手に取り、そのゴーレムを変形させて薪を何本か持たせ、そのうち一本の先端から励起させた『闘気』の刃をちょっとだけ伸ばして、ゴーレムに持たせた他の薪をスパスパと縦に切ってみる。
「こんな感じでどうですかね?」
「結構な無茶ぶりだったと思うが……いやはや、流石だね。それでは、その、定着している『闘気』は残したまま、余剰分の全て『闘気』を刃に回すことはできるかね?」
「それはまぁ、できると思いますが……刃の大きさはそのままでいいですか?」
「うむ、そちらは構わないよ」
エマの指示通り、プレートからの余剰分の『闘気』を全て、刃を出している薪に移して、刃の大きさはそのまま、密度を無駄に高めてみる。
結果、『闘気』の刃の光がやや強くはなったものの、最初から薪はほぼ抵抗なく切れていたので、見た目以外の変化は特にない。
何となく、薪を切るだけだといまいちな気がしたので、『闘気』の刃を針のように細くして、断面に文字を掘ってみたりとか。
「また簡単そうに……これは、アキミチが一人で制御してるのよね?」
「そうだけど、こういうのは複数人でやるほうが制御は難しいんじゃないかな?」
「……それもそうね」
「うん。……これ以上彫るのはちょっとスペースが足りないか」
薪の断面にアルファベットとアラビア数字を順に彫ってはみたものの、ひらがなを並べるにはちょっと狭いので取りやめ、『闘気』の刃を鎮静させて、消費されずに残った分は元のプレートに戻す。
「うむうむ。では、あと一つだけ……現在そのプレートに定着している『闘気』を全て別の物に移すことは可能かね?」
「可能とは思いますが、移す先の手持ちが……何かおすすめはありますか?」
「それなら、透明な結晶がおすすめかな。探索に持ち込むならダイヤや石英は割れやすいので、コランダムかモアサナイトあたりが良いだろうね」
「モアサ……?」
「ダイヤに似せて作られた炭化ケイ素結晶だね。ダイヤに近い硬度を持ちながら、割れにくく、油も付きにくいのだよ」
「なるほど。まぁ、どれも手持ちに量がないので、今はアクリルで」
「ン、ンン……ま、まぁ、それも摩耗に気を付ければ強度はあるか……」
宝石類の在庫は作ってないんだよねぇ。識別用のサンプル集みたいなのは買ったけど、それを使うのは違う気もするし。
ということでアクリル塊を加工して、一応宝石っぽくキラキラするように多面体作成。
十二個の五角形を六角形で繋ぐサッカーボールのように、十二の頂点を辺で繋いだ正二十面体……をもう少し細かくして、三角形を並べた五角錐を十二個。これだと三角形の隙間ができるから……八十面体? 同じ要領でもっと増やせそうだけど、あまり細かくしても球に近づくだけだからそのくらいでカット……完了。
完成品を右手に取り出して、金製のプレートに定着している『闘気』を剥がしつつアクリル側に植え付けるように――
「……色が付きましたね?」
「あー、うむ。透明な結晶を勧めたのはそういった理由からだね。中に込められている力によって色が変わるからわかりやすい。誤差レベルではあるものの、光を当てることで回復量の増加も見込めるのだよ」
「なるほどです」
「それにしても……これだけ大きく動かしても損失らしい損失が皆無とは、素晴らしいね」
「そうですか? まだ経験は浅いんで中々照れ臭いですが……」
「いや、事実として、そのプレートから存在力まで抜けて、最悪の場合消滅していた可能性もあったのだが、見事に『闘気』だけが綺麗に抜かれている。実に素晴らしいのだよ」
「ちょっ、何てことさせるんですか」
「勿論、そんなことがあれば補填するつもりではあったが、すまない。気が逸っていたようだ」
「……?」




