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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 03 章
52/116

14:面倒事

 予定通り一時間ほどで転移門(ゲート)が稼働を再開したらしいけど、『予定通りに鎮圧できるテロって何?』という疑問の方が気になったりもして、気づいたら日が昇っていた。

 この世界に存在するあらゆるものは、存在力(ExP)を集めていれば存在強度が無段階的に上がって徐々に強くなる。これを人にわかりやすく、やる気に繋がりやすい整数値で表したものがLv。Lvは二進対数の一〇倍の整数表記なので、同じLvでも上がった直後と次に上がる直前では、最大七パーセントぐらいは違う。Lv差が一〇あれば二倍ずつ強い。

 各能力に掛かる補正それぞれの強さから算出した数値らしいので、極端な話をすると……Lvが一〇高い相手は自分の二倍力が強く、自分の二倍耐えられて、自分の二倍判断に時間をかけることができる。しかもこれは、分子レベルで見た一対一の繋がりが二倍強いようなものだから、三次元的な肉体の実際の物理的強度は二倍どころじゃない。力の強さよりは頑丈さの方が何倍も上がりやすいので、単純にLvを上げるだけではなく、攻撃の威力を何倍にもするような技や特殊な力を覚えていく必要がある、ということらしい。モンスターも使ってくるので、防御も大事。

 そして、モンスターを攻撃したら少量とはいえ存在力(ExP)を得られるように、モンスターからまともに攻撃を受けても、人同士で攻撃の応酬があっても存在力(ExP)のやりとりは発生し、このやりとりは威力や攻撃側のLvが高いほど多くなる。これはアビリティの有無にかかわらず何にでも起こることだから――存在力(ExP)を集めるだけならこの国に所属していなくても可能で、この国の一般人よりは強い個人の集団も国外には居る。

 まぁ、攻撃側のLvが攻撃を受ける側より相当高くなければ存在力(ExP)を奪われすぎて消滅なんてことは起こらず、Lvが高くなればなるほど居場所を把握しやすくなり、そもそも高Lv者の転送は転移門(ゲート)の利用許可とは別口で照会するようになっているそうなので、探索者や元探索者でもないのに高Lvな人物が利用許可を偽装して転移門(ゲート)を使おうとしても聴取用の部屋に転送されようになってるんだとか。

 アビリティツリー作成や蘇生なんかの技術は流出してるらしいけど、Lvが低いとアビリティの出力も低いらしく、できることが限られるそうなので、テロといえば低Lvなテロリストが街中で兵器を使う程度。

 そんなだから犠牲者は少なく、死者が出ても蘇生可能な範囲で、ある程度Lvを上げてある国の戦力だけで迅速な鎮圧が可能、らしい。……日本なら領海侵犯だののニュースは微妙に遠い他人事だったけど、この世界では転送が便利すぎるせいか公共交通機関がまとめて止まるような事態になるのが難点かな。


(まぁ、漫画でなら『気配』の一言で片づけられそうな、モンスターを探す手がかりになりそうな情報のヒントは得られた気がするからヨシ?)

(ちょっと盲点でしたねー)

(うん……)


 俺が最初に使ってたナイフ型の剣とか、妙な存在感はあったし、取り出しただけで周囲がざわめいたのが聞こえてたのに、モンスターの探知と関連付けて考えきれていなかった。

 言い訳になるけど、足跡やフンや物音を頼りに探す狩猟関係の漫画は割と読んでたし、そういう漫画で『気配』と言えば大抵は物音や息遣いだった。まさかもっと直接的に感じ取れているものがあるとは……。

 正直まだまだ鈍い感覚ではあるけど、研ぎ澄ませていくことはできそうだから、ちょっとずつ頑張っていく所存。

 そんなこんなで四〇時間とちょっとぶりの中級ロビーに来てみたら、入口用の転移門(ゲート)に並んでいる人は昼と比べればちょっと少なめ。転移門(ゲート)内は満員とはいえ、一回待てばギリギリ入れそうだ。

 ただ、椅子やテーブルが並べてある方、パーティーの編成をあれこれ話しながら決められそうなスペースに居る人は、下級ロビーより多い印象かな。


「うん? なぁおいアンタ」

「? 俺ですか?」

「ああ」


 待合用と思しきスペースに数秒視線を向けていたら興味を持たれたようで、俺と同じか、少しだけ背が高いようにも見える戦士風の男が声を掛けてきた。


「このロビーに居るってこたぁランクも初級じゃねえんだろうが、採集メインでやるにしても防具ぐらい身に着けたらどうだ? 普通の服だろソレ」

「あー……一応『防護』のリストバンドは着けてて、今のところこれだけで事足りてるんですよ」

「ほお?」


 前にも誰かに似たような説明をした気がする記憶があるから、ちょっと説明が雑なのもやむなし。同じ説明を一日に何度も繰り返す必要がありそうな接客業は、俺はちょっとできる気がしないなー……。

 そんなことを思っているうちにベルが鳴って、転移門(ゲート)の扉が閉じた。今行けば次で入れそうだ。


「それじゃあ、俺は迷宮に――」


 と言いかけたところで目の前の男から感じる敵意が大きくなり、軽く息を吐く音と共にジャブのような拳が飛んできた。拳の握りもかなり緩いので、本当に速さ重視で当てるだけといった雰囲気のものだったけど、当たるのも面白くないので上半身を捻りつつ、紙一重ではなく辞書一冊分ぐらいの余裕をもって回避した。

 男は視線を外しかけていた俺に回避されたことを驚いている様子で、拳を出した体勢のまま固まっている。


「何です?」

「お、おぉ……アンタにゃあ、完全に余計なお世話だったみてぇだ。『防護』の性能を軽く確かめるついでに忠告する程度のつもりだったが、この不意打ちがあっさり回避されるたぁな」


 そんなことを言っている割に、敵意のようなものはまだ消えず、くすぶっているように感じる。


「気になんならアンタも一発手を出してみるかい?」

「あー……その方が良いですかね。んじゃ一発、軽く当てるつもりでいきますね」

「お、おう?」


 大きく息を吸って、吐きながら拳を前に。

 男の拳は頭を狙っていたものだったので俺も頭を狙い、速度重視でとにかく軽く。あまり早く回避するようだったら曲げるつもりだったものの、そのまま伸ばせば十分当たる範囲の回避。ただ、ボディ狙いの軽いカウンターを放とうとしていた。

 とりあえず拳はそのままをコツンと当てつつ、残っていた息を少し勢いよく吐いて後ろに跳び、回避する。

 男は今度も回避されたことに少し驚いている様子で、低く拳を出した体勢のまま固まって瞬きをしている。


「これも避けんのかよ。マジで忠告する意味ねえじゃねぇか……」

「まぁ、普通に戦闘もしますからね。あぁ、俺がやったのは一発ですけど、当てはしたんでもうやりませんよ」

「ああ、それはもう十分にわかったからな」


 そう言われても、さっきより強めに敵意がくすぶってるのを感じるんだよなぁ。いや、敵意というより、戦意みたいなものかな?

 しかもあれだ、この男の知り合いかパーティーメンバーかは知らないけど、近くのテーブルからも似たような敵意を感じる。しかもそのうち一つ二つは目の前の男が先ほど殴りかかってきた時と同程度に強く、近づいてきている。


「……なんか凄ぇ渋い面してんな?」

「いや、迷宮に入りに来たのに面倒臭くなりそうなんで、つい」

「あん? ……あー……」


 男も俺の視線を追ってこちらに向かってきている数人の姿に気づいたらしく、くすぶっていた俺への敵意が一気にしぼんだ。やる気はもうないと見てよさそう。

 その一方で、新たに向かってきた連中は俺への敵意を少しずつみなぎらせているように感じる。

 ……いやこれもしかして、初対面の俺が渋い表情を向けているせいでもあったりするのかな? 十分ありえそうな話だけど、手が出そうなぐらいの敵意を向けられてることがわかる以上、仕方なくない?

 そんなことを思っているうちに先頭を歩いているリーダー格のような、一九〇センチぐらいで顔つきの整った、大学生ぐらいに見える男が近くに――剣の届きそうな距離にまで迫ったところで一歩引いたら、先頭を歩いていた男も足を止めた。

 俺のその動きが意外だったのか、敵意も少し小さくなっている。


「……どこかで会ったことがあるか?」

「すれ違ったことぐらいならあるかもしれませんが、初対面ですよ。貴方が誰かも俺は知りません」

「それにしては、今の貴様の反応は妙だったと思うが」

「俺は敵意っていうか、攻撃しようっていう意思みたいなのをはっきり感じ取れるんですよ。そこの男の人が最初に手を出した時と同じぐらいのそれを、こちらを見ていた貴方方から感じてましたし、一歩引いたのは膨れ上がったのを感じたからです。間合いって奴なんですかね?」

「ほう? …………確かに、相当鋭いようだ。力を込める前に感知されるとはな」


 俺の話を聞いてから、足は止めたまま敵意だけを増幅させたりしていたので、それに応じて眉間に皺を寄せつつわかってますよアピール。

 何度も敵意をぶつけられる俺としては、正直面白くないんだけどね。

 あと、最初に絡んできた、一応忠告するつもりで来ていたらしい男はそろそろと離れていっている。


「まぁ、言い訳になりますが、俺はこういうのを感じ取れるようになって日が浅いんで、初対面の相手に向ける表情をしてなかったのはすみませんでしたね」

「ふむ。距離があってもこの精度でわかるなら、気にもなるだろう。モンスターのものもわかるのか?」

「わかりますよ。こっちを発見した瞬間からバカみたいに単調で強い敵意を向けてくるんでわかりやすいです。それで、そろそろ行ってもいいですか?」

「む、パーティーメンバーを探していたわけではないのか?」

「ええ。感じ取るために何かに集中する必要なんかはないですし、戦力はソロでも十分足りているので……あぁ、誰に向けた敵意かも大体わかるので、パーティーでの戦闘に問題があるわけでもないですよ。最初から組む気がないだけです」

「なるほどな。……模擬戦はどうだ?」

「学べることはありそうですが、加減がちょっとわからないので――」

「ほぉう?」

「?」


 一瞬また敵意が膨れ上がったものの、何をするでもなくすぐに収まった。

 気に障る単語が含まれてたりでもした、のかな? 加減を知らないまま模擬戦参加なんて危険でしかないと思うんだけど。


「訓練場なら時間の流れは百倍ほどだ。あちらでしばらく模擬戦に興じたところで迷宮への転送はせいぜい一、二回。問題はないだろう? 先ほどの大口が嘘でないならついてくるが良い」

「……」


 問題ない、のかな?

 正直、面倒臭さの比率がかなり大きい気がするけど、百倍なら確かに、迷宮に入る転移門(ゲート)の転送一回分ぐらいの時間でも一五時間ぐらい時間はかけられるし、今後変な絡まれ方をすることが減ると思えば……アリといえばアリ、というか今更断る方がきっと面倒臭い。こっちもこっちで十分面倒臭そうだけどね。


(ま、まぁ、交友関係が広がるのは良いことなんじゃないですか?)

(そう……かな? あ、さっきの人も捕まったのか。無理やりって感じでもないけど、ご愁傷様?)

(あはは……)


 静かにフェードアウトしようとしていたと思われる男もパーティーメンバーに捕まり、ぞろぞろと連れ立って、ロビーの近くに設置されている転移門(ゲート)へ向かうことになった。

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