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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 01 章
5/109

05:迷宮初体験

 転移門(ゲート)が作動すると体感一秒程度で転移が完了したようで……周囲の明るさがギルド内と違いすぎて目に優しくなかった。転移時に警戒が必要ならサングラスでも用意しておくべきだったかも。

 周囲からは風で草がこすれあう音しか聞こえず、目も慣れてきたので、掴んでいた剣の柄から手を離した。


「……へぇ……」


 俺達九人が転移した先は、大きな石の台座のようなものの上。周囲の地面と比較すると、台座の高さは一メートルほど。

 そして、草原宮と言われるだけあって、この台座の周囲は見渡す限りの草原となっている。地面はところどころしか見えず、膝丈以上はありそうな草が群生している場所もあちこちにある。ただ、台座から降りる階段の正面方向には背の低い草しかなくて、道のようになっている。軽く受付で聞いていた説明通りではあるけれど、実際に見てみるとなんやかんやで驚きはある。

 ちょっとした丘ぐらいの隆起があちらこちらにあるせいで、草原と言う割に視線の通らないところがそれなりにあるのがちょっと残念かな。

 そして空気が美味しい。息を吸うたびに存在力(ExP)を吸収できているようなので、直接的な表現でも本当に美味しい空気である。

 空に浮かんでいるのは太陽を模した光源らしい。

 第一次産業を支える設備としての側面もあり、崩壊した異世界を利用しているらしいけど……ここまでスケールの大きな場所が、登録さえすれば入場無料のレジャー施設のような形で開放されているのは、本当に笑うしかない感じ。


「ちゃんと警戒してる?」

「一応、わかる範囲ではやってたつもりだよ。耳も鼻もそんなに良くはないけどね」

「そう? ……ま、今回は本当に居ないみたいね」


 そんなことを言いつつ、少女は構えを解いた。

 今回の探索者九人の中では俺の次に軽装に見える少女だが、不思議と、この中で一番強いのはこの少女、のような気がする。

 三人組と四人組は移動を始めるようで、ガシャガシャと音を立てながら台座から降りていく。

 俺もそろそろ動いてみるかと歩き出すと、少女も俺の横を歩き始めた。

 なんとなく信用してもよさそうな気はしている相手とはいえ、こうも近いと流石に気になる。


「ねえ」

「ん、うん、何?」

「しばらく、臨時でパーティーを組んであげましょうか?」

「臨時で? 俺はさっきも言った通り、のんびりLvを上げようかと思ってたんだけど……」

「いや、モンスターを倒せるかもわからないのに、どうやって一人で上げるつもりなのよ」

「どうやってって、俺はまだだいぶLvが低いから、適当にのんびり過ごしてるだけでも上がると思うよ?」

「……本当にのんびりした予定を立ててるのね……相当な時間がかかると思うわよ? それ」

「いやぁ、そういう感覚もまだわからないから……ああ、でも、既に一つ上がってるね」

「へ?」


 転移門(ゲート)の中で確認したときはまだ〇だったので、上がったのはこっちに来てから……いや、来る前にこの子と話してる間に上がった可能性もあるか。

 ともかく、これでようやくLvの表記が正の数(プラス)になった。ランス博士のところで運動能力のテストをしていた頃と比べて二割ぐらい強く……正確には存在力による補正が二割ぐらい強くなった、のかな。

 元は(マイナス)八だったそうなので、この世界に来た瞬間から考えれば二倍までもうすぐだ。元が低かっただけだし、実感も今のところないけども。


「上がりかけだったの?」

「多分それもあるけど、上がった今でもLvはまだ低いからね。と、それで、えっと、君の方の目的は大丈夫?」

「ええ。あの顔ぶれなら奥まで進むこともなさそうだから、しばらく貴方に付き合っても問題ないわよ?」

「そうなんだ? それなら……いや、モンスターと遭遇した時のことを考えると助かるけど、本当に初心者だから迷惑をかけそうだし、付き合わせるのはやっぱり申し訳なさがあるからなぁ……」

「へぇ……しっかりしてるわね。それじゃあ……臨時パーティー、組みましょ?」

「……今の流れで?」


 俺は普通に遠慮してただけだったと思うんだけど、本当に何でだろう。


「貴方のLvがある程度上がるまで見守ってないと、気になって仕方がなくなりそうだから、かしらね。初心者をある程度助けるのは探索者ギルドからも推奨されてることだし、早く強くなってもらえれば他の迷宮を探索するときに誘えるでしょ?」

「な、なるほど……」

「じゃ、決まりね。えー……っと、ここまで自己紹介もしてなかったわよね。私はリシー、魔術剣士よ。よろしくね」

「そっか、うん。俺は、アキミチ。……探索者、って以上に紹介できるものが何もないけど……頑張るつもりではあるので、よろしく、リシーさん」

「リシーでいいわよ、アキミィティッ……」

「……」

「……」

「……」

「……ア、アキ、ミ、チェイ? ……アキ、ミィ、チィ……」


 何だろう、さっきまでの雰囲気が台無しに……。今のところリシー以外の名前を呼んでくれた人は普通に発音してたけど、実際には発音しにくい名前だったりしたんだろうか。

 あだ名か何かのつもりで変えたのならともかく、完全に固まってたからなぁ。

 リシーも上手く発音できていないのは恥ずかしいのか、顔の赤みはどんどん増している。


「アキ、でいいよ。そう呼ばれてたこともあるから」

「そ、そう。よろしくね、アキ」

「うん、よろしく、リシー」

「ええ」


 自己紹介で変な躓き方はしたものの、探索者の知り合いが増えたのはちょっと嬉しい。


「それで、パーティーを組む時は、【所在確認】を使えばいいんだっけ?」

「その通りよ。うん。ちゃんと使えてるわね」

「それはよかった。……へぇ……こんな風に見えるのか……」


 自分自身、パーティーメンバー、パーティー以外の探索者、同じ階層にある転移門(ゲート)の大まかな位置と行先、出すぎると迷宮の外に出される可能性がある範囲、など。

 一部は普通に地図としても表示されているけど、それは俺が通った所と、認識した地形だけ……かな? 【所在確認】をもっと使い慣れていけば、もう少し変わるかもしれない。

 しかし、探索者ツリーのアビリティは、基本ツリーのアビリティと比べて随分と多機能な気がする。


「あ、そうだ、試したいことがあるから、ちょっと剣を抜くよ」

「え、ええ。でも、モンスターは居ないわよ?」

「【物品目録】にも慣れておこうかと思ってね」


 ひとまずはと、近くの雑草のうち少し背の高いものを剣先で切り、そのまま収納しようとしてみたら、できた。連続ではどうかな? とゆっくり剣を動かしながら何本か切ってみると、それらの収納にも成功。

 収納した草を空けた左手に出してみて、再び収納。ここまでは問題ない。

 物の出し入れだけではなく、収納している物の加工もできるらしいので、それも実験。

 まぁ雑草を加工なんて言われてもちょっと思いつかないけど……水分を抜いてみる、とか?

 やってみたらできたので、再び左手に出して――色がついているようだったので、少し匂いを嗅いでみる。青臭かった。

 今の汁を全て収納し、純粋な水分だけを分離して……手に少し出してみると透明に見えた。ただ、手にはさっきの青臭さが残ってそうなので、口の中に直接出してみると、青臭さを感じられない普通の水だった。

 量は少ないものの、ExPが多いおかげか、なんとなく美味しく感じる。

 残った搾りかすは、【物品目録】の機能でExPに分解。

 ……水を飲んだ時より多めにExPを得られた気はするけど、五感を通してないせいかちょっと味気ないのが残念。

 収納した草由来の物がなくなったので、次は切らずに草を収納できるか……と、試してみたら、少し抵抗があるように感じたが、多少の土ごと根まで収納できた。そっか、土も対象になるのか。

 生えたままでもいいなら、踏んだり手で触れたりするだけで……いけたな。うん。

 セルフ落とし穴に落ちたくはないので草だけ……いけた。


「まぁ、なんとなくだけど、わかってきた気がする」

「そう、それは良かった……わね?」


 剣は草刈り、もとい草むしりに不要そうなことがわかったので、鞘に納める。

 ……ちょっと手間取ってチクリとやってしまったけど、出血するほどじゃなかったのでセーフ。


「うん。それで……どうしよっか。適当に草を取るだけでもLvは上げられそうだけど……それだけだとリシーに申し訳ないし」

「それなら……モンスターでも探してみる? この階層のモンスターぐらいなら、アキを守りながらでも余裕だから」

「そう、なのか。じゃあ、えっと……俺も戦ってみてもいいかな? 多少怪我はしても死ぬ前に助けてくれれば、何なら最悪死んでも構わないから」

「いや、パーティーを組んでる相手が死んだらどうしても気になるわよ。少なくとも、何回かは私が戦うところを見てるぐらいが良いんじゃない?」

「あー……たしかに。探索者が戦ってるところ自体見たことないし、いくらなんでもいきなりすぎたか」


 リシーの提案に同意して、大人しく見学することにした。



 リシーがモンスターを探して始めたので、その後ろについて歩きつつ、触れた草を収納していく。

 やってみるとこれがまた意外と簡単で、走るのはまだ無理な気はするものの、歩く程度ならできるようになった。

 収納した草は水分だけ抜いて残りはExPに分解、吸収しながらLv上げに利用している。確認してみたら二に上がっていた。

 もうちょっとLvを上げてみないと自信はないけど、Lv一つ分の強さの上がり方より、Lvを一つ上げるために必要なExP量の上がり方が明らかに大きい気がする。


「……うん? 何かが……右の方?」

「? あら、よく気づいたわね」

「いや、はっきりわかったわけじゃないけどね」


 歩きながら、足に触れた範囲の雑草を【物品目録】で取りながら、更に内部で水だけ分け、残りをExPに分解しながら……という状態だったので、五感で何かを捉える余裕はなかった。

 まぁ、前を歩いているリシーの、ボディラインを隠す気がなさそうな後ろ姿に視線が吸い寄せられていたので、別のことに集中しようとしていたようなものだけど。

 ただ何となく、その方向に気をつけた方がいいような気が――より正確には、そう教えられた気がしたような感じ。アビリティのどれかが上手く働いたのかな?


「気づかれた。向かってくるわよ」

「ん、一応備えとくね」

「ええ」


 鞘から剣を抜いて構えておく。

 リシーは腰の剣をすらりと引き抜きながら俺を庇うように位置取り、中段に構えた。

 向かってきているモンスターは、体高一.五メートルほどの大猪だった。

 体を大きく揺らしながら両前足、両後足と二本ずつ使って跳ぶように走っており、その速度は、時速五〇キロぐらい?

 足音もどんどん大きくなっており、かなりの圧力はある……が、不思議と恐くはない。

 そして実際、大猪を目前まで引き付けてから、回避と同時に放った一撃で終わりだった。その一撃で首が皮を少しだけ残して――


「あっ」

「っぶなっ!?」


 そのままの勢いで転がってきた大猪の体に潰されるかと思った……!

 見ることに集中しすぎてたなー。Lvが上がってきてはいるところだけど、この勢いでぶつかられて無傷で耐えられる自信はない。


「ごめんなさい、大丈夫だった?」

「ちょっと驚いただけだね。こっちこそごめん、油断してた」


 迷宮内で治療する手段は持ってないから、大怪我したら帰ることになるんだよなぁ。

 迷宮から【帰還転移】で出るときに治るらしいけど、できれば探索は続けたいところだったし。


「にしても敵意が凄かったね、この猪」

「それは、モンスターだし当然……ってそういうことも知らないの?」

「知らなかったけど……常識なんだ?」

「……そのはずよ? どういう理由だったかしら……とりあえず、複製(コピー)の迷宮にいるモンスターは特にそういうものなのよ。それで、頭もあんまり良くないの」

「……? 原典(オリジナル)の方は賢い、ってことでいいのかな?」

「ある程度はね。ああ、そうそう、思い出してきたわ。原典(オリジナル)に居る個体の複製が複製(コピー)の迷宮に作られるんだけど、精神までは複製されないから、本能的な行動しかできない……だったかしら。それと、ある程度長期間生きた個体は賢くなることもあるらしいわよ?」

「なるほど?」


 脳は間違いなく複製されてそうだから、元と同じ記憶ぐらいありそうなもんだけど……まぁ、考えて答えが出るような話じゃないか。

 今思えば、リシーがモンスターを探してる間も普通に歩いてるだけだったし。

 とりあえず、そういうものだと納得しておく。


「あ、分配はどうするかって話はしてなかったわよね?」

「あー……倒すのに協力したわけじゃないし、リシーがそのまま持っておけばいいんじゃない? というか、雑草だけど、俺は既に結構分解しちゃった後だし」

「結構って、あの時の少しだけじゃなかったの?」

「うん。歩きながら足元のを収納してたよ」

「歩きながら……?」


 リシーは気づいていなかったらしく、軽くぴょんと跳ぶような感じで何メートルか跳び上がり、驚いている様子。気づいてなかったのか。

 俺もどのぐらい跳べるかちょっと試してみたいところだけど、とりあえず話の続き。


「まぁ、そういうわけだから……今回は臨時で組んだパーティーだし?」

「……そうね。それじゃ、一緒に戦った時に相談ね」

「だね」


 行き当たりばったり的な方針が定まり、リシーは大猪に手を当てたまま数秒間集中するようにして収納した。

 大きな獲物だと収納するだけでも大変なのかもしれない。


「……あれ、また、何か……」

「? あら、ホントね。さっきの個体と比べるとかなり小さいけど……」

「向かってきてるね。今回は俺がやってみていい?」

「もう? ……軽い怪我なら治してあげられるけど、無茶はダメだからね?」

「えっ? 治せんの?」

「ちょっ、今はモンスターの方に集中しなさいよ!」

「っと、そうだね」


 リシーの発言が意外で驚いたが、治せる仲間が居るなら多少怪我する可能性があっても無茶ではない、はず。

 今回も猪で、体高はさっきの個体よりかなり小さい一メートル程度。動きも見えているし、あの程度なら狩れるという実感がある。……錯覚じゃないよな? とりあえず、テニスのように腰を落とすイメージで待機。

 猪突猛進なんて言葉もあるが、猪というのは生物学的にも鹿と比較的近い仲間で、走り方も『重量級の鹿』のようなイメージだったはず。少なくとも、このモンスターはそういう走り方をしている。つまり、その気になれば一回の跳躍で鋭角なターンすら可能と考えるべき。

 そして、俺の目の前に両前足が突き立てられ、その延長線上に後足が降ろされつつある。これで、この猪の次の跳躍は前進で確定した。

 姿勢を維持したまま右に低く跳んで回避し、即座に両足で強く切り返し――振る余裕がなかったので突く。

 骨に当たったような硬い感触はあるが、貫けていない。ただ、地面に押し倒すような形にはなったので、あと少し。体重だけで押し込むのは難しい。じゃああれだ、なんか動画で見たナイフ!


「……ふぅ……」

「凄いじゃない! もうちょっと力は欲しいけど、正確な一撃だったわ」

「ありがとう。本当に、この大きさだからどうにかなったような感じだね」


 リシーが仕留めた大猪は体高だけ見ても大体一.五倍。幅も奥行きもあるから三乗で……体重は単純計算でこの個体の三倍ちょっとあるのか。アレ相手に同じ手でやるのは流石にまだ無茶だよなぁ。

 息を吐きながら、刺さったままの剣からも手を放し、体から力を抜いて休ませる。

 さっきふと脳裏に浮かんだのは、ガスか何かを先端から噴出してスイカを破裂させるナイフの動画だった。

 俺が持っているのはただの剣だけど、【物品目録】を通して間接的に物を収納できるのはわかっていたので、逆に出してみたわけだ。剣の先端から噴出させたのは飲むために分けてあった水である。

 そして、モンスターを倒しただけでも、少しExPを得られたような感覚があった。


「で、これはどうしようか。多少は治してもらえるならってことでちょっと思い切ってみたところはあるから、分けても全然構わないけど」

「アキだってモンスターを見つけたりしてたじゃない? それで私が丸ごと一体分貰ってるんだから、それはアキので良いわよ」

「そっか、それじゃあ、ありがたく」


 刺さったままだった剣を掴んで猪を収納。付着した血や脂も収納して綺麗になった刃を指で軽くなぞってみてから、またちょっと手間取りつつも鞘に戻した。

 草食系(物理)男子

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