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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 03 章
49/116

11:胃もたれしそうな設定 part2

 一トンあたり約七クレジットとやや高値が付いたおかげでやや賑やかになった精算を済ませた後は、パーティーへの一時参加も終えて解散。暇になったので、リシーに聞いた店の前を通ってそのまま部屋に帰ってきた。

 リシーに聞いた装備を扱ってる店は、比較的大きな通りの近くにあって、軽装寄りの防具や武器が並んでいるのはわかったけど、人気店らしくシステムを理解しきった雰囲気の客が店員の三倍ぐらい店内に居たから。

 これが家電量販店なら自分で練り歩いて、店に並んでないものを聞くぐらいはできてたところだけど――システムを全く知らない注文生産(オーダーメイド)前提っぽいお店に入るのは、流石にちょっとどころでなく気が引けた。

 この世界は通販システムがやたらと充実している分、店舗は対面業務がメインになるのは仕方ない、かな? ともかく、本当に何かを買うというより見てみたい方がメインだったから、そんなところに入るのは、ね。

 ということで帰宅した後は、ウィッシュのリクエストによってウィッシュの身体が二つ増えることになった。どちらも以前作った希未(のぞみ)と似た体型で、黒髪と銀髪が一つずつ。

 黒髪の方は腰まである長髪……なんだけど、前髪も眉にかかる程度に切ってあるし、他のボディは全部身長と同程度かそれ以上の長髪だから、相対的には短い。

 銀髪の方は他と同じ身長並みの長髪だけど、目は濃褐色だから、目を開いていれば他の銀髪の身体と同じ服装でも区別はできる。カラコンとかまで着けられてたら流石に難しいけども。


「……それで、えー……とりあえず、名前は?」

「どちらも叶絵(かなえ)です。他の情報はこちらにまとめてあります」

「うん、しばらく読ませてもらうよ」

「はぁい」


 どことなく不満そうな返事をした黒髪の方の叶絵だったけど、読み進める邪魔をする気はないらしく、身体を作るついでに作っていた叶絵用の衣装を並べて、着るものを選んでいる。



 ………………

 …………

 ……



 一通り読んでみたところ、設定に俺の名前は出てこなかった。

 希未(のぞみ)が居た世界とは別の並行世界の出身で、若くして妖魔の手で殺された、才能はあると認められた退魔師のクローンが叶絵(かなえ)、という設定らしい。

 妖魔に殺されて人間にクローンを作られた退魔師の名前も記載はない。……まぁ、希未は運よく超強化を果たしたって設定だったし、叶絵がその希未と見た目がそっくりな時点で、超強化イベントを逃したパラレル希未のクローンなんだろうなってのはわかるけれども。あぁ、名前が違う可能性はあるか。

 ともかく、あらすじは把握したのでしっかり読んでみる。

 まず、クローンとして作られた叶絵には退魔師としての潜在能力こそあるものの、発揮できる戦闘能力は一般人程度だった。ところが、失敗を考慮して複数体培養していたのが功を奏したらしく、クローン同士でなら他の追随を許さない距離と隠密性の念話(テレパシー)が可能だった。

 妖魔からしてみれば、退魔師らしさを感じない弱くて美味しい餌。

 クローンを作った組織にしてみれば、やや高価だが使い捨てにできる優秀な囮。

 ということで、念話の受信を専任していた個体が銀髪の叶絵。国内の複数個所で囮任務をこなしていた叶絵の姿が、他と比べれば髪が短い黒髪の叶絵、ということらしい。

 その囮任務は、妖魔が隠れ潜んでいる可能性がある治安の悪い地域に、一人暮らしを始めたばかりの生徒として通う、といったもの。

 何事もなく過ごせるのであればそれもよし。

 法的な意味での暴行を受けるようであれば、行くところまで行って裏に何かが居るかを探る。

 裏に妖魔が居たら、妖魔の目の前でも気づかれないほど隠密性が高い念話で情報を流しつつ、他にも妖魔が居ないかもそのままできるだけ探ってみる。

 妖魔の戦力を正確に把握できたと確信できれば、十分な戦力を備えた人員を送り込んで確実に処理をする、という流れ。

 囮が殉職してしまった場合でも、それはそれで念話が途切れるので、情報が不足していれば別の囮を投入。対応が可能だと判断できれば、想定より数段階上でも対応可能な戦力を揃えて向かう、と。

 それでも戦力が不足していれば逆に組織が壊滅させられた可能性なんかもありそうだけど、ここに叶絵が居るってことはつまり、対応できたってことだね。


「……炭鉱のカナリア、みたいなものかなぁ……」


 まぁ、カナリアをガス検知に使ってた頃なら、炭鉱夫の扱いも大概……むしろカナリアの犠牲が無くなった後でも酷い所は酷かったんだっけ? カナリアが何匹死んでも、何なら炭鉱夫が何十人か亡くなっても会社が存続できた例はあると思う。

 それはともかく……裏に妖魔が居るわけでもない単なる反社会的組織が相手になった場合でも、地下の非合法的なイベントに顔を出していたバカを何人も処分できたとかなんとか。

 要するに、クローンを作ってる組織はクローンに関する倫理観はぶっ飛んでいるとはいえ、一般的な犯罪には厳しい組織だったらしい。囮はそんな場所まで連れ込まれた時点で、妖魔と無関係な案件でも大抵再起不能、あるいは殉職って流れだけど。

 そして、囮をしていた叶絵が殉職すると、念話が途切れるだけでなく、その霊的なものが受信を担当していた叶絵に統合されて、受信を担当していた叶絵が強くなる性質があったらしい。

 流石に妖魔に完全吸収された場合は例外として、消化されずに残っていた場合でも霊的なものは統合され――受信担当の叶絵は霊的に清浄な場に居るため、実体を失ったまま付いてきた妖魔の残りかすぐらいなら消滅させることができたとか。

 ただ、記憶も統合される関係で受信担当の叶絵は早々に動けなくなって、意識がないまま組織の機会に脳内を読み取られ続ける生体パーツのような状態だったとのことだけど。

 そんな風に囮の叶絵が殉職する度に負荷はあるものの、受信担当の叶絵は強化されるので交換する必要はなかった……って、やっぱりこの組織はクローンに厳しいね。

 何にせよ、だいぶアレな境遇ではあるけど、受信を担当していた叶絵はこうやって強化され続けた結果、世界から放り出された際にも消滅せず――受信を担当していた途中のアレコレな記憶が曖昧なところに希未の強烈な思念を受信。俺が希未にしたアレコレが叶絵にも強烈に刻まれて覚醒した、という流れらしい。

 覚えているのも俺が読んだ概略ぐらいで、誰に何をされたかといった記憶は完全に上書きされているし、囮用の黒髪の叶絵は一度完全に消滅しているので、再現した目の前の叶絵はまっさらな状態である、と。


「んんんー……まぁ、いい、か」


 多少気にはなるけど、今更だ。

 本人がそれで満足できるならそれでいい。


「では納得いただけたところで、お風呂行きましょうお風呂っ。洗いっこしましょう」

「はは、どう考えても別の目的がありそうな……まぁ、いいけどね」

「勿論ありますが、お疲れでしょうし、控えめにはするつもりですよー」

「うん、ありがとう」


 迷宮二つ続けて探索した後だし、肉体的な疲労は少なくても、少なからず気疲れはある、ような感覚はある。

 叶絵は夏服タイプのセーラー服を着たみたいだけど、その下にはスクール水着や白いニーソが見えていて、ある意味では準備万端みたいだし。


 一応脱衣所まで歩いてから服をアビリティに収納し、そのまま歩いて風呂場に移動。最初に軽い水洗いぐらいは自分でやって――後は叶絵に任せつつ、叶絵の身体を洗ったりもしてみた。叶絵の身体はどちらも文字通りに新品だから、石鹸やシャンプーの香りをすり込むような感覚ではあったけどね。

 それから湯舟に浸かったままぼんやり考えた結果、銀髪の方は『統合体』、黒髪の方は『再現体』と認識しておくことにした。髪でも見分けることはできるけど、染めることもあるかもしれないから、身体的な特徴を避けた結果である。まぁ、叶絵・統合体は泡を洗い流したあたりでウィッシュが収納してそのままだから、区別する必要が……。

 ともかく、残っている叶絵・再現体については、脱衣所で脱がなかったので夏服のセーラー服のまま同じ湯舟に浸かっていて、中のスクール水着が透けている。

 スカートも穿いたままではあるけど、紺色とはいえ夏服というだけあって生地が薄く、俺の視力も向上しているので透けて見える。浮力を受けて普通に捲れたり、そのまま張り付いたりしてるから、透けなくてもあんまり関係はないけども。……いや、それでも透けて見えてる方がそっちの雰囲気は増すか。


「手を出したくなったら、いつでも大丈夫ですからねー」

「あー、うん、しばらくはくつろぐつもりだけど、その後でよろしくね」

「はいっ」


 視線どころか俺の視界を認識できるウィッシュが動かしてるから、誤魔化せる余地なんかは当然ない。

 代わりに、ってわけでもないけど、俺がウィッシュに手を出す分には嫌がられないから、性的な嫌がらせ(セクハラ)に該当しないのが救いか。不可能ってわけでもないだろうけど、どうすれば本気で嫌がらせることができるかってのは、考えていてあまり楽しいことじゃない。

 楽しみ方はなんとなくわかるけど、それで楽しみたくはない感じ。


「……セクハラの楽しみ方、なんてあるんですか?」

「うん、ハラスメント行為全般に共通しそうなのがあるよ。まぁ、俺が勝手にそうだろうなって考えてるだけの話だし、例外もあるだろうけどね」


 ここで専門用語をパパっと並べられれば心理学の専門家への説得力は増すんだろうけど……まぁ、どこかのなんちゃら学会だかで認めてもらいたいわけでもないし、重要なのは推測の正しさってことで。


「ええと、悪口はそれを言った本人が言われたくない言葉、みたいな話を聞いたことはない?」

「まぁ……ありますね。ええっと、デブ、ブスとか言う側は該当していない方も多いと思いますけど」

「うん。チビやハゲも大体そうだと思うけど、言う側はそうじゃない自分に安心してる部分に安心してるところもあるだろうからね。現実ではそうそうあることじゃないけど……魔法か何かでポンと体を作り変えてその悪口を返される、なんてことがあったら、ものすごく嫌がりそうだよね?」

「なるほどですー」


 おとぎ話にいくつかそんな話もあったっけかな? 具体例はすぐにはちょっと思い出せないけど、因果応報的な展開で見た覚えがある、ような気がする。


「ただ、悪口に関しても根本からズレてることはあるかな。例えば筋肉ってのは比重が高いものだから、体脂肪率ではなく体重だけを見て太っているとか痩せているとか言う人は見てて不安になったり。俺も高校ぐらいまではちょっと気にしてた覚えもあるけど、今は体重だけ見てデブなんて言われても、言ってきた側の健康と知識不足が心配になる感じ」


 外見をそのままに体重だけを軽くしようとするのは、筋肉を減らして脂肪の比率を高めるようなもの。霜降り肉を美味しいとは思っても、自分の体を霜降り肉にはしたくはない。


「って、話がズレすぎたか。ともかく、そんな風に自分と人とを無意識に比較するのはよくあることで……何かの試合で勝った時に、負かした相手がヘラヘラ笑ってるか本気で悔しがってるか、みたいなのも割と気にしてたりするんだけど、どっちの方が嬉しいと思う?」

「それは、負けた側が悔しがってる方……ですかね?」

「そういうこと。試合には負けても相手を悔しがらせることができれば『一矢を報いた』なんて言ったりするし、試合に勝った側でも結果的に悔しさが勝ってたら『試合に勝って勝負に負けた』とかね。それを日常に当てはめてみれば……」

「ハラスメントを楽しむ心理になるんですね」

「うん。大半のケースには、そこそこ高い比率で含まれてる心理だと思うよ。気にしなかったら仕掛けた側が怒ってエスカレートすることもある、本当に面倒くさいところだけどね……」

「あはは……」


 そんなハラスメントを仕掛ける相手に遭遇してしまったら、ご愁傷様かな。

 ネット掲示板やSNSではさらに顕著で、論理的に正しいかどうかはどうでもよく、真面目に話している相手を悔しがらせることができればそれでいい、とでも考えてそうな書き込みが割とある。

 そんな連中というのは、論理的に誤りを指摘されたところで恥などと思うはずもなく、時間を浪費させることができた、怒らせることができた、なんて達成感を味わってそうな感じで、また書き込むんだよねぇ。


「あぁ、そのものってわけじゃないけど、悲惨なニュースを見て『可哀そう』と思いながら、無意識に『自分の周囲は無事でよかった』なんて安心してることも結構あるかな。それが事件のニュースで、犯人がヘラヘラ笑ってたら……いや、これ以上掘り下げなくてもいいか」


 バリエーションが無駄に豊かで、『ハラスメントハラスメント』なんてハラスメントも聞いたことがあるし、どんどん新しい○○ハラスメントがニュースになったりしていた記憶があるけど、似たような話が続くだけだし。

 人前でやることで『俺はこいつより上なんだ』と周囲に示すようなのもあるけど、そういうのも対象が増えただけで同じこと。


「ええと、悔しがらせるのとは根本的に逆な話で……えっと、仲良くない人にされたら嫌だけど、仲が良い相手なら嫌じゃないことって、色々あるよね?」

「……そうですね。色々ありますね」

「うん。まぁ今の状況が割とそのままなんだけど、デリケートな所に触れるとか、髪なんかでもそうかな。職業次第では触れることもあるだろうけど、電車で他人の髪に櫛を入れたりペタペタ触ったりする異性の美容師が居たら普通に嫌だよね」

「あははは……それも確かにそうですね。えっと、お嫌でしたか?」

「いや、特にそんなことはないよ。ウィッシュ……いや、今は叶絵か。そっちはどう?」

「勿論嫌ではないですよ。嬉しいですっ。……つまり、今ご主人様が楽しんでいるのは、そういう部分であると」

「そういう部分もある、って感じだね。もっと単純に触り心地を楽しんでるところもあるよ」


 結局のところ都合の良い相手に甘えてるだけ、なんてまとめ方もできる状況なのがあれだけど、多少恥ずかしそうにはしても嫌がるそぶりがないのは、本当に助かっている。


 他愛もない話を続けながらしばらくくつろぎ、結局やることはやってからもう一度汗を流して、ベッドへ移動した。

 叶絵・再現体は、セーラー服の上とスクール水着は風呂からずっと着たままだし、ニーソけど、乾燥自体は簡単にできるので、ベッドが濡れたりはしていない。いわゆる、装飾品の類がちょっと増えていて、背中側で組んだままになっている腕が不自由そうだったり、歩幅に制限が掛かってたりはするけど……とりあえず、本人は楽しそうな感じ。

 それはいい、ということにしておくとして。


「叶絵と希未が同時に動いてる……?」

「同時に動かせそうな余裕は少し前からあったんですけど、その、希未(わたし)が何人も同時に動いてるのはおかしいじゃないですか?」

「まぁ、そうだね」


 ベッドの上に座っている、膝丈スカートタイプの巫女服だけを着た希未・変身前が話した内容に頷く。

 確かに、変身前、変身後、真相のいずれも同一の希未という設定なので、設定を大事にするなら、同時に出して動くわけにはいかない。


「お風呂はお風呂で、叶絵にとっても初めてだったので、そこに希未(わたし)が混じるのもなんですし」

「なるほど……ちょっと失礼」

「はい? ひゃっ、ご、ご主人様?」

「いや、何となくね」


 理屈には納得できたので希未を引き寄せ、無防備な脇腹を少しくすぐってみた。すると叶絵は希未に連動してくすぐったがったりはせず、ちょっと羨ましそうな視線を向けるだけだった。

 凄いと思うべきか、人格の分裂なんかを少し心配するべきか、ちょっと悩むな。

 叶絵(かなえ)


 並行世界の希未(のぞみ)にあたる退魔師のクローンで、姓はない。

 この並行世界の明路にあたる存在と叶絵が交流を持ったことはない。

 囮として潜入する度に違う名前を名乗っているが、覚えてはいない。

 何事もなく過ごせたクローンは、別件の突入部隊員として再利用された。

 世界が崩壊した時点で殉職していなかったクローンはそのまま消滅しており、再現体は統合体から改めて再現されたもの、という設定。


 設定上は使い捨てられるクローンだが、そういったものはあくまで設定上の話でしかないため、ウィッシュ自身も使い捨てにするつもりは全くない。

 希未にも部活掛け持ち設定はあったが、叶絵の衣装については自由度が非常に高く、文化祭で着せられた過激なコスチュームが何種類あっても設定は破綻しない。

 悪い思い出を更に上書きするという理由を付けてコスチュームを適宜用意しつつ、希未とも共用しながら楽しむつもりである。

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