09:順調に進んで
コボルドの村の勢力を俺が大雑把に分けてすぐ、ウルが放った魔術で地面が凍りついた。コボルドの先頭集団の膝辺りまでも氷が伸びて物理的に足を止めさせている。収納から取り出したわけでもないのに氷がしっかり伸びてる辺り、『魔力』も質量保存とかを割とがっつり無視できる力だった模様。もしかしたら、氷のように見えてるだけかもしれないけどね。
リシーは剣に『闘気』を溜めているところみたいだから、広い範囲を闘気で薙ぎ払って一気に仕留めるつもり、なのかな。
ルビーは、リシーやウルを撃とうとしている射手を妨害したり、切り払える範囲で矢を切り払ったりと、防御役として働いている。やってることは地味だけど、元々索敵や警戒の方が主な仕事みたいだからこの状況で地味なのは仕方なしかな。
(で、ララの方は……Lv以上になんかもう色々違うなぁ)
(踊るような戦い方ですね)
(うん)
ララは流れるような動きで矢も剣も首も切り落とし、剣の輝きを徐々に増している。光には『闘気』とは違う、青い色が混じっていて……何か大技でも使うための溜めも兼ねてるのかな? 実態は不明だけど、リシー達が三人でやっていることを一人でこなしているような印象。流石は、個人の力を指数関数的に伸ばせる世界……ってところかな。
先に溜め終えたのもララだったようで、くるりと回って剣を構え、二回転目で青い斬撃を飛ばし、まとめて薙ぎ払った。青い色は氷の魔術でも混ぜていたらしく、斬られたモンスターは断面の周囲が凍り付いている。
「そんな使い方もできるもんなんだねぇ……」
今の一撃でララが担当していた側はほとんど終わってしまった。
それから少し遅れてリシーが飛ばした『闘気』の大きな斬撃が、堀の右側のコボルド達を一掃していく。
積み重ねた経験値……もとい、存在力の差がある状況で、分担してこそいるものの同じような結果を導けているのは凄い、のかな? ララも何やら少なからず評価してそうな雰囲気でリシー達の方に視線を向けている。
そんなララから、どうするのかと言いたげな視線が俺に向かって飛んできた。まぁ、三メートルぐらいの空堀に落とした程度で小柄かつ頑丈なモンスターを倒せるはずもないので、落ちた分は俺が処理する流れですね。はい。
数はせいぜい三〇程度と多くもなく、収納した地面には岩盤も含まれていたので、柄の部分まで石になっている石槍を作って、【物品目録】から射出して一体一体処理した。
二人が闘技を使って一掃した流れで俺だけ射出ってのはどうかと思うけど、狭いからね。……それなりの連射速度で一撃必殺の全弾命中を成し遂げたので許してほしいところ。
どうかな? と視線を返してみると、ララが堀の中を覗いて……「器用ね……」とどことなく感心してそうな雰囲気で呟いていたのが聞こえた。及第点ぐらいは貰えたかな?
大技でまとめて倒すことはできても、収納はそこまで早くもないようで……今回はパーティー内が三グループに分かれているようなものなので俺が手伝うわけにもいかず、他の探索者パーティーが何組か通り過ぎたところでようやく動くことができるようになった。
頑張ってはいたようなのでお疲れ様、かな、とリシーを見てみると――
「あれ? リシー、何か青い線が入ってるけど大丈夫?」
「えっ、どこ?」
「左脚の外側、真っすぐ引っ掻いたような線があるけど」
「あら本当……ああこれ、インディゴの葉っぱをひっかけちゃったみたいね。毒はないし、色が付くだけよ」
「ならよかった。インディゴ……そういえば染料にそんな名前のがあったっけ?」
「それは色の名前じゃなかった? 関係はありそうだけど、そのものだったかしら……」
「まぁ、本はあるから調べてみるよ」
食べ物じゃないのはちょっと残念だけど、ジーンズの色にもインディゴブルーなんてのはあったと思うから、多分何かしらの関係はあるはず。
(ご主人様、あそこにある植物は和名が藍で、藍染めで使う染料の原料になる植物、だと思います。藍染めは藍を発酵させて作った暗い茶褐色の液体を使うんですけど、空気に晒されると酸化して藍色になるんですよ)
(へぇ、詳しいね)
(伝統工芸ということで、藍染めを勉強したことがあったので。……それで藍なんですが、最初に収納した中にも入ってました。本にも載っていたので、該当ページを開いておきますね)
(うん、ありがとう)
調べてみると言ったばかりであれだけど、ほとんどおまけみたいなものだし、早く済むならその方が良い。
なるほど? 藍色のインディゴは水溶性ではない顔料で、還元すると無色のインディカンになって水に溶け…………無色? まぁ、藍染めは伝統工芸らしいし、発酵も手順に含まれてるなら、茶褐色は不純物が混じった色かな。最終的に、水で溶けなくなったインディゴだけを上手く布に残せればいいわけだし。
……ってことは、染まった後はどうせインディゴになるんだから、俺の場合は完全に酸化させてから【物品目録】で直接添加すればいいのか。綺麗に模様を作るなら伝統的な技法に頼った方が良さそうだけど、そんな当てもない。
「……集める必要はないかなー」
よく考えてみたら、染料や顔料ぐらい普通に売られてそうだし。
◇
コボルドの村を抜けた後は難所らしい難所もなく、転移門には無事に辿り着けた。
そして第三層は季節が冬っぽくなってる以外は第一層と大差なく……強いて言えばモンスターが少し頑丈で量も増えたかも? という程度であっさり抜けてしまい、海を渡る必要もなかった。
そしてあっさり着いた第四層は、次の転移門の反応がないからここが最後か。
気候は少し涼しいぐらいで、転移門の位置は小さな島の森の中。近くには別の大きな島があって、どちらの島も見える範囲の海岸線は崖になっている様子。
崖の高さは、五〇メートルぐらいかな? かなり高いし、大きな島との距離も二〇〇メートルぐらいありそう。間に足場にできそうな太い柱状の岩が何個もあるし、向こうとこちらで高低差もないから、三〇メートルぐらい跳べる脚力があれば問題なく渡れそうだけど、足を踏み外したら割と命の危機があるレベルで海が荒れている。まぁ、死んでも蘇生できるらしいけどね。
(波が荒れてるのはともかくとして、こういう地形だと……実はどこかに隠し港があって上と通じる洞窟がー、なんてことがあったり? でも、パーティーでの探索中に趣味全開の探検はダメだよねぇ……)
(ソロの時にするべきでしょうねー……ロマンはちょっとわかりますけどっ)
(お、そう?)
(はい。ゲームでも結構定番ですよね?)
(だねー)
エンディング直前の脱出経路か、逆に侵入経路か、普通にダンジョンとして攻略することもある。DIY程度で作れる秘密基地じゃない、自然を利用した大規模な秘密基地みたいな……いやまぁ、そもそもあるかどうかもまだ不明なんだけども。
それはそれとして、また先に行って安全を確保するか、適当に飛び回っていざって時に備えるか。折り返すと呼び寄せるだけになりそうだし、やるとしたらどっちか片方――
「うーわ……」
「? 突然どうしたのよアキ」
「見つかってる。向こうの島の、あそこの樹……結構高い所から敵意がこっち向いて……増えたね。周りに知らせたのかな」
「ああ、ここを渡ろうとしている間に攻撃されることはかなり多いらしいわよ。渡る前から気づかれてたのなら、納得ね」
「……なるほど?」
まだ島に渡るのに適してそうな地点に着いたばかりなんだけどな。
潜入系のゲームなら未発見クリアが消えたところ、って、他の階層でも戦闘はしてるから、その辺を考慮すると元からだし、丁度そんなゲームのことを思い出しただけで潜入する気もなかったから、これは別に良いんだけどね。うん。
コボルド視点で考えてみても、探索者が毎回同じ島の同じ場所から来るならそりゃ警備ぐらい置くよねぇ…………いや、だとしても想定より早い段階で発見されたのは悔しい。それに、気づかれてるのがわかっている以上、俺が取るべき行動も一択。
「ハァ……とりあえず、先に行ってくるね」
「え、え、ええ、気を付けて?」
「うん」
無駄に怪我をする気は当然ないので、いつ矢が飛んできても対応できるように集中はしておく。
島への移動は当然空を飛んで、減速が終わりかけたところで矢が飛んできた。
鏃がついていて姿勢も悪い状態だったので、少量取り出したゴーレムの身体を盾にして受け止め、着地。前方の藪からも飛んできた矢はもっとしっかり取り出したゴーレムの身体で受け止め、更に取り出した核を押し付けてゴーレムとして制御開始。そのまま盾として運用しながら【物品目録】の力を周辺に通して、植物の茎や幹より上だけしっかり収納する。
(地面は完全にむき出しになってるから根こそぎと言うべきか、根っことかは残してあるから別の言い方をするべきか、ちょっと悩むね)
(ですねー)
本当に根こそぎにはできなくもないけど、この地形だと崖崩れを起こす可能性もありそうだったからね。着地点破壊とか戦犯もいいとこだし。
目隠しになる藪や足場がなくなって姿が見えたコボルドは計三体。そのうち矢を放たなかった一体は槍だけを持ってるけど、これは伏兵のつもりだったのかな? その辺は不明だけど、いつ来るかわからない探索者に備える布陣としては、それなりにしっかり備えられているというかなんというか。
まぁ、そういうことをするモンスターも居ることは学べたので、ララを巻き込んだりしないかを一応確認してから『闘気』を纏った触手で真っすぐ貫いて戦闘終了。それからすぐアビリティ上では確認したものの、岩を足場に鋭角なジャンプを繰り返していたララの着地音は聞こえなかった。
「よくそんな静かに跳べるね?」
「努力はしてるからね。アキミチこそ、その収納は結構な積み重ねがあったんじゃない?」
「まぁ、応用できる経験がかなりあったおかげだね」
応用……そういえば、慣性を消すこともできる力もあるんだから、これを応用して慣性の大半を打ち消せば静かに着地はできる、というか、移動後に動きやすくするためだけど、既にやってたね俺。
同じように、どんな力で移動した時でも着地寸前で慣性を打ち消せば、着地時の音はもっと小さくできるはず。まぁ、普段の歩き方については『もう少しがんばりましょう』ってところかな。
いや、ほら、足音を小さくしようとすると、足が地面に触れた時の衝撃を和らげる必要があるわけで。それをやろうとしたら、地面に足を突き立てるのではなく、関節を曲げて筋肉で支えることになる。
やり方も頭には入ってるし、今なら多少意識するだけでできそうだけど、スタミナ的な意味では確実に燃費が悪い。鍛えていけば最低限の筋肉の弾力性で楽できそうだけど、長距離移動には……俺の場合飛べばいいか。というより、Lvが上がって現時点でも既に超人的な体力が身についてるわけだから、足音の大きさを犠牲にしてスタミナを温存する必要性が……全くと言っていいほど、皆無?
衝撃を減らす歩き方を突き詰めるわけだから足も痛めにくいだろうし、筋肉自体は使う頻度が上がるからいざという時の出力も上がる。長距離走なんかの陸上競技に出るわけでもないから、極端な話になるけど、バネになるような何かを仕込んでもいい。
「……のんびり頑張るかな」
実際に動かして、それを体に覚えさせて、継続してれば筋肉も適した付き方をしていく、はず。
リシー達三人も無事に島へと渡り終えたところで、島内の探索開始。
この島は直径一〇キロほどあるらしいので、面積では、東京二三区の平均ぐらい? さらに地形的な起伏に加えて岩や草木といった障害物が地味に多いから、視線もあまり通らない。まぁ、俺以外は目的地を知ってる状態だから、順路通りに進むだけなんだけどね。
……いや、俺が一人で来た場合でも同じ場所は目指したかな。島の中心からはちょっとズレてそうだけど、階層の中心とは一致してるみたいだし。
それはそれとして、どうなってるか――
「……砦?」
レンガぐらいのサイズのやや不揃いな石を、セメントだかモルタルだかで積み重ねたような見た目の砦があった。表面は風化が進んでてボロボロだけど、屋上を囲う壁は隙間がいくつもある、砦と言えばコレ、といったデザインの建物。大きさもなかなかで……大きいのは大きいんだけど、ショッピングセンターやデパートぐらいのサイズ感。窓は上の方にしかないから、中に入ったら暗そうだね。
人より小柄なコボルドが使うにしては大きい、人間用サイズの砦に見えるけど、そういうのは今更かな? ゴブリンの所も人が通れる広さの通路があったし。
「アキミチ」
「ん、どうかした?」
「……コボルドの気配が近くにあるけど、気づいてないの?」
「うん、特にそれらしい感覚はないけど……向こうから気づかれてはいない、よね?」
「え、ええ、警戒してるだけみたい……いや、どんな感覚してるのよ」
「……まぁ、自分で意識して鍛え上げたわけじゃないからねぇ」
ウィッシュに頼りっぱなしの、俺の他の感覚と比べれば地続きかどうかもわからな第六感的な感覚だ。俺がそんなものを持っていることについては、ちぐはぐな印象を受けるのも道理だろうね。利用してる俺自身ちょっとズルいかなーみたいなことは思ってたり。
「っと、流石に気づかれたね」
「……」
二〇メートルぐらい先の岩を挟んだ向こう側ぐらいの位置に居たようで、話してる声が聞こえて気づいたんだと思われる。会話の内容までは理解できていないみたいで、動きは見せてないけど、頭隠して何とやら。
不意打ち狙いというよりは、俺達が通っている道とは別のルートから探索者が来ないかをメインに警戒してた感じかな? 第四層に入ってからコボルドが変に賢くて嫌な雰囲気だね。
ララが静かに跳んで仕留めてしまったから、今のコボルドに問題はなかったけども。……というか近くに居た俺にも全く音が聞こえなかったんだけど……ララって何というか、多芸だな。




