04:探索者ギルド
いわゆる合法ロリなランス博士に送ってもらった先は、公園にある転移装置『転移門』の中だった。安全装置はあるらしいが、少し大きめのエレベーター程度の広さであり、留まっているのは普通に迷惑なので足早に出る。
公園の周りに目を向けてみると、西洋ファンタジー風な街が夕日と思しき陽光に照らされている。石畳の広い道に三角屋根の建物が並んでいるだけではなく、乱雑に積まれた何らかの大きな結晶、見慣れない生物の体の一部、武器が並んでいる店もある。
流石に武器を持ち歩いている人は居ないが、体毛や目の色はかなりカラフルで、鎧のような物を纏った人もちらほらと見えた。
俺が浮いているかどうかは、正直わからないけれども。
転送装置の近くには付近の地図が設置されていたので、読み慣れない文字に苦戦しつつもどうにか読み取り、探索者ギルドに辿り着いた。まぁ、普通に正面の目立つ建物だったけど、そういう説明は聞いてなかったからね。
中に入ると、椅子とテーブルがたくさん置かれている待合所のような広いスペースが目に入ったが、とりあえず、入口のそばにあった案内と書かれているカウンターへ。
「いらっしゃいませー。何のご用ですか?」
「えー……と、迷宮に入るための細かな説明を受けたいのと、迷宮に入りたいって用ですね。あ、俺の名前はアキミチ・タダノで、紹介状は頂いてます」
「はい、確認させていただきます。……ちょっと失礼しますね。ギルド長、紹介状を持った方が今……はい、そうです。……はい……はい、了解です。それではー。……えー、では、アキミチさん。この紹介状はお返ししますので、そのままギルド長に渡してください。あちらの階段から二階に上ってすぐの所にある、多目的室Aで説明をするそうです」
「わかりました。ありがとうございます」
それでは、と内線で連絡してくれた受付嬢さんに頭を下げつつ、案内通りに階段を上った。
階段を上ると、室名札に『多目的室A』と書かれている部屋がすぐ見つかったので、とりあえずノック。
「む? ああ、来たのかな?」
「はい、アキミチ・タダノです。入っても?」
「どうぞ」
「失礼します」
ビジネスマナー的なものはかなり緩いようなのだが、失礼にはならないようにと考えていたらこんな風になってしまった。
御御御付――は三重敬語ではなく味噌汁のことだっけ? とにかく、丁寧にしようとしすぎて逆に失礼に、なんてこともありそうだが、その辺の加減はまだわからない。
「私はオーム。ギルドの長を任せられているが、まぁ、そんなに畏まった態度じゃなくても大丈夫だよ」
「そうなんですか? では、もうちょっとだけ普通な感じで。あ、紹介状はこちらです」
「……うん、確かに。ちょっと読ませてもらうよ」
「はい」
書かれている内容に興味はあるが、そこは我慢。
何となく目についた光源に視線を向けてみると、白く光る結晶のような物を乗せた目の細かい網が、天井からいくつか吊り下げられていた。インテリアではなく、蛍光灯やLED電球程度の光量で部屋を照らしているしっかりとした光源である。配線の類は見当たらないので、本当にただ発光している石……なのかな?
部屋の中には他に目立つものもなく、ただ広いだけの部屋といった印象だ。まぁ、転送技術やアビリティで簡単に入れ替えられそうだから、この方が自然なのかもしれない。
「うん。アキミチ君、君は、探索者志望ということで良いのかな? 中々大変な仕事なんだけれど……」
「はい。迷宮に入って、モンスターと戦ったりしつつ、価値のあるものを持ち帰れば良いんです、よね?」
「間違ってはいないけど……痛みはしっかりあるし、蘇生できるとはいえ死ぬことだってあるんだよ?」
「痛みはあっても、怪我は完全に治せるんですよね?」
「それは……そうだね。でも、それが理由で病んだ人も居るのは忘れないでくれ」
「わかりました」
俺が住んでいた現代日本では、怪我を直そうとしたら最終的には治癒力頼みだった。俺が経験したことがあるのはやけど、すり傷、内出血ぐらいだけど、それでも大体数日程度は必要だった。縫合が必要になる切り傷も抜糸まで何日かかかるらしいし、骨折でも完全に治るには数か月、欠損すれば一生ものだ。
それがこの世界では、即日で簡単に治せてしまうのである。精神的な傷は残るかもしれないが、どれだけ痛みを感じるものでも『容易に完治させられる傷でしかない』という事実は、間違いなく精神的な負担も和らげてくれる……はずだ。多分。
………………
…………
……
ランス博士の下で得ていた情報との重複もあったが、ギルド長から受けた、迷宮、というより探索者に関する詳しい説明をまとめると――
・探索者ギルドには提携している宿舎があり、探索者は安価に利用できる。
・澱界宮はギルドが管理している特殊な形態の迷宮である。
・澱界宮に入る際には転移門を使う。
・澱界宮の時間の流れは、外の千倍以上。
・澱界宮には複製が複数存在している。
・転移門で同時に転移した探索者以外の探索者とも遭遇する可能性はある。
・Lvが高いモンスターには奪われる存在力の量も多いので注意。
・澱界宮で手に入れた物は自由にしても良いが、国外への持ち出しは認められない。
・探索者ギルドへの貢献が認められれば、他の迷宮の探索許可などの特典が得られる。
・探索者のランクは五段階、ロビーは三つに分かれている。
・ロビーごとに探索可能な澱界宮は異なる。
――といった感じ。
探索者に限らない話では、アビリティに十分に習熟すると、『スキル』という形でアビリティの応用法を得られる……という情報も聞いた。
「……何というか、これでもかってぐらいゲームっぽいですね」
「娯楽に近い形にしておいた方が探索する側の負担も減るだろうから、という配慮もあるんだよ?」
苦笑しながら率直な感想を述べると、ギルド長からも苦笑が返ってきた。
「あとは、そうそう。わざわざ迷宮に潜ってもらっている理由もあるんだ。存在力を操作して〇から物を作ったり性能を伸ばすこともできなくはないんだけど、高品質なものを作ろうとするとコストが馬鹿にならなくて……迷宮で簡単に拾ってこれる物なら拾ってきた方が安上がりなんだよね」
「それもまた……いえまぁ、実際にそうなってるなら仕方ないことですか」
足りない素材を店で用意することはできるが、金銭効率は悪い、みたいな?
挑戦できるランクより下の素材しか作れない、などといったゲーム的制限はなさそうだけど、これも割とよくある状況だなぁと思ってしまう。
「さて、これで一通り説明はできたと思うけど、他に聞きたいことはあるかい?」
「そうですね……まだなってはいませんけど、俺は探索者としてやっていけると思いますか?」
「うーん……痛みに負けない心があれば……とは思うけど、こればっかりは実際味わってみるまでわからないからね。Lvが低くて訓練を受けた経験も無いなら、結果がわかるのは早そうだけど」
「ですよねー……。無い、とは思いたいところですが……」
不思議と、大丈夫そうな気はするものの――やはり体感するまでは、どうなるかもわからない。
「止めておくかい?」
「いえ、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、挑ませていただきたいと思います」
「そうか。じゃあ、これが探索者組合証明札と、能力石だよ。ああ、武器の希望はあるかい?」
「あ、ランス博士の所で試して良いなと思ったのが――」
思ったより軽い意思確認だったらしく、探索者としてやっていくための色々な物を無料で支給してくれた。
アビリティジェムは色が付いたガラス玉のような見た目で、道具として『使う』ことを意識すると空間に溶けるように消滅し、探索者アビリティツリーを無事に獲得できた。
探索者ツリーも基本ツリーと同様に階層構造となっており、アビリティにはアイテムインベントリを拡張したような【物品目録】、マップ機能を色々拡張したような【所在確認】、登録地点に帰還できる【帰還転移】がある。
武器はやはりナイフ型の剣のようなものにした。ギルド長の感覚ではかなり安いものだったようで、両手に持つか予備にもう一本どうかとか、盾を薦められたりもしたが、結局どれも遠慮したので一本だけである。
今は他の汎用的な道具と一緒に【物品目録】で収納しており、そうこうしているうちに【物品目録】の習熟度ゲージが最大になったりした。ゲージの意味……。
そして、座学に飽きてきていたことは見抜かれていたらしく、『死ぬまでとは言わないけど、実際に行ってみたらどうかな』と入ってすぐにも見えていた下級ロビーに送り出され、今に至る。
下級ロビーは探索者ランクの下から二つ、初級と下級用のロビーで、皆しっかりした装備を身に着けてるなぁ、といった印象。
俺が選んだ剣はこの中では明らかに小さな部類だし、何らかの防具も身に着けていて……俺みたいに、服しか着ていない人は見当たらない。
ゲーム的に言えば、戦士と軽戦士しか居ない場所に村人が迷い込んだような……魔法使いっぽい人も多少は居てほしいところだけど、本当に見当たらない。
存在すること自体は確からしいので、今日がたまたまそうなのか、絶対数が少ないのか。
澱界宮へと探索に向かうための転移門は澱界宮ごとに一セットずつあって、入口用のものは壁の一部がガラスでできている巨大エレベーター、のような感じ。五〇人ぐらいが装備を身に着けたまま入っても余裕がありそうな広さがある。転移の少し前に扉が閉まり、内部に居る全員が同時に澱界宮内へ転送される仕組みのようだ。
入口の隣には出口として同様の広さの部屋が隣接しており、扉は開かれたままで、こちらは全員同時というわけではなく、パーティーぐらいの単位でばらばらに現れては次々に出てきていた。
様子見はこのぐらいでいいだろうと、ギルド長からも初心者向けの迷宮と聞いた『ファーバ草原宮』の転移門へ向かい、受付で軽く案内を聞いてから、転移門の入口側に入った。あとは、このまましばらく待っていれば迷宮の中に転送されることになる。
「中から見るとこんな感じか……」
床は石造りでもただ武骨な感じではなく、ある程度装飾が施されていて豪華なように感じる。
視線を転移門の外に向けてみると、そのタイミングで丁度この澱界宮の出口から出てきた人が見えた。じろじろ見るのも失礼だしな……と視線を切って、転移門内に視線を戻した。
それで……そう。ギルドが管理している澱界宮には原典、複製という区分があって、探索者が探索に入るのは複製の方。
複製の澱界宮は原典を参照しながら不足を補う形で補修されるようになっているらしいので、迷宮内で他の探索者に迷惑をかけないように気を付けていれば内部の物は基本的に好きにして良いらしい。
まぁ、対人戦気分で探索者を狩りに行ったり、妨害する目的で何かを仕掛けにいったりしなければ大丈夫のはず。
このファーバ草原宮の複製は五つらしいから、次に同じ複製に転送されるまでの待機時間は外の時間で五〇分、内部の時間は千倍以上だから五万分以上……内部の時間だと、大体一か月ぐらいで次が来る計算になるのかな。
そのぐらい長期間探索を続ける探索者も稀に居るそうなので、アビリティ『所在確認』で確認する必要がある、と。……人型のモンスターが出る澱界宮もあるんだろう、多分。
澱界や迷宮の規模の表し方は共通していて、大まかに――
S:宇宙
A++:惑星
A:大陸
B:国
C:街
D:家
E:人
F:物
といった認識で覚えておけば問題ないらしい。E以下は迷宮の規模に使うものではないと思うし、S以上はこの世界以外が該当したことはないらしいけど、とにかく、大変あばうと。
実際にはもう少し細かく、国と大陸の中間ぐらいならB+、街と国の中間ぐらいならC+、といった表記もするらしいけど、それでもかなり大雑把だと思う。
元々の『世界』が含む規模を考えると小さな表現ばかりだけど、接近してくる澱界はこのぐらいの規模にまとまっているものらしい。砕けて小さくまとまったのか、存在力が集中した箇所以外が消滅したのか、他の何かに存在力を吸われて小さくなったのか、理由は色々考えられるが、判別はできないんだそうな。
そして、このファーバ草原宮は『多層型、総合規模B、単層規模平均C+』。
複数の階層が転移門で繋がれている迷宮で、全体を合わせると国ぐらいの大きさ、階層の大きさを平均すると大都市相当、という澱界宮だ。それが原典と複製を合わせて六つあり、それすらも探索者ギルドが管理している迷宮の一つでしかない。それらを管理しているのがただの一組織なのかと思うと、実にとんでもない規模である。よく丁寧に説明してくれたなホント……。
……うん。
転送は一〇分ごとで、つい先ほど行われたばかりなのでもうしばらく待つ必要があるんだけど、話し相手が居るわけでもないからね。ふふふ……。
どの程度やれるかもわからないし、適当に歩き回りたい気分でもあるから、他の探索者とパーティーを組んでも迷惑をかけるだけだろうし。物乞いムーブもしたくはないから一人で居るのは普通に必然ってだけだけどね。うん。
……これから入る迷宮と比べれば狭いとはいえ、転移門の中も案外広いからボッチ感は凄いけど……。
「ねえ」
「? はい?」
この転移門への入口側、すぐ近くから声が聞こえた。
声を掛けてきたのは、何となく見覚えがある探索者。さっき一人で出口側の転移門から出てきた探索者、だったかな?
十代後半ぐらいの若い女性に見えるけど、頭頂部が俺の目線と同じぐらいだから、一七〇センチぐらいかな? 肩にかかるぐらいの茶髪で、目は緑色。
少し不機嫌そうではあるが、悪い子ではなさそうな気がする。
「貴方は、初めて見る顔ね?」
「まぁ、登録を済ませたのは今日だし、迷宮に入るのもこれが初めてだからね」
「そうなの?」
「そうだよ?」
探索者ツリーを獲得したあたりでまた少し上がったみたいだけど、それでようやくLv〇。装備もこちらの一般的な服を着ているだけという、紛うことなき初心者である。
「じゃあ、得意な武器とか、戦い方は?」
「得意武器は今のところ特になし。戦った経験もないけど、多少の知識はあるから、中で色々試そうとは思ってるよ」
「それは……のんびりしすぎなんじゃないかしら?」
「まぁ、そう言われるとその通りだけどね。とりあえず、最初は慎重にLvを上げていくようにも言われてるから……具体的には、しばらく適当に草でも刈ってみようかと思ってるところだね。急ぐ理由もないし」
「……そこまでのんびりしてるのは逆にすごい気がするわね……これから迷宮に入るのよ? 動画で見たことぐらいあるでしょ?」
「いや、ないよ。口頭で軽く説明は受けたけど、そのぐらいだね」
「??? どんな環境で育ったらそうなるのよ…………まさかとは思うけど、武器すら持ち込んでない、とか?」
「一応剣は持ってるよ。そういえば、出しておいたほうが良いのかな」
「ええ。迷宮に入った直後に囲まれてることだってあるから、すぐに抜けるようにはしておいた方がいいでしょうね」
「なるほど。じゃあ、出しておくことにするよ。ありがとう」
「……どういたしまして」
先輩探索者少女のアドバイスに従って、大ぶりのナイフのような剣を『物品目録』アビリティで鞘ごと取り出し、付属の紐を斜めにかけた。鎧の類は一切ないシンプルな装備である。
「……貴方が扱うには小さいんじゃない……?」
「いや、ほら、今はまだちょっと力が足りなくて仕方なくね。Lvが上がったらまた考えるつもりではあるんだよ? ……ホントだよ?」
「……」
真面目に答えたつもりだったんだが、少女は頭を抱えてしまった。そんなに呆れられるような状態なのか? 俺。
少女の方の装備は――引き締まった体の線を隠す気がなさそうなインナーの上に、そこそこ硬さがありそうな革の防具を着けているような感じ。腰のベルトには刃渡り一メートルはありそうな直剣の鞘と、指揮棒ぐらいの長さの豪華な棒、のようなものが固定されている。この棒は、魔法的な何かを使うための杖、でいいのかな? 頭部を守れそうなものは何も身に着けていない。
この下級ロビーで見た中では、軽装な部類の印象だ。性能ではわからないけど。
会話が途切れたまま少し経つと、入口が閉まる合図らしいベルがヂリリリリと鳴り、入口がゆっくりと閉まった。駆け込みもなく、今回同じ迷宮に向かう参加者は、俺とこの少女、あとは離れて纏まっている三人組と四人組を合わせて九人のようだ。
「まぁ、俺は自分なりにやれるだけやってみるつもりだから、君も頑張って?」
「……ハァ……私も今回はちょっとのんびりしてみようかしら……」
「うん……?」
少女の発言に首をかしげていたら、転移門が作動した。