表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 02 章
36/116

18:火力の問題

 一応即死系の罠がある可能性も考えて警戒しながら穴を下りてみると、縦横三ブロック分程度でどこに行ってもすぐ壁に当たる、狭いだけの部屋だった。

 何事もなく通れた長い穴は、天井から伸びている直径三メートルほどの石の管で、ふちの高さは地上から九メートル弱ぐらい。この管以外の天井を見てみれば、多分五ブロック分から足元の土を引いたぐらいの、二三メートルぐらいの高さがある。

 そしてよく見てみれば、壁の高さは地上から三ブロック分程度しかなく、天井までの間に二ブロック分、一〇メートルほどの隙間がある。


(……なんだろ、この部屋。壁登りでもさせる気なのかな?)

(それはまぁ、させる気なんだと思いますが……休憩地点も兼ねてるかもしれませんね。どうします?)

(んー……疲労はあるけど精神的なのが大きいし、継続で)


 モンスター以外変わり映えのしない、狭いんだか広いんだかよくわからない迷宮を進み続けた気疲れなので、目新しい何かが見えそうなら早く見てみたい。

 動力器付きの脛当てを使ってゆっくり飛びながら上ってみると、直径二メートルはありそうな石の柱や段差があちらこちらに配置されている、かなり広さのある部屋だったことがわかった。


(へぇ……いわゆるモンスターハウスで正解ではあったけど、地形が色々変わってるのは想定外かな)

(中ボスじゃありませんでしたかー)

(まぁ、中ボスの代わりに雑魚ラッシュなんてことは割とあるし、似たようなもんじゃない?)

(一体かと思ってたんですが……ありがとうございます)

(この中に大きめに育ったのが混じってたらそれでも似たような、っと、気づかれたし、倒していこうかな)


 Lvが上がれば上がるほど周囲のものをスローで正確に捉えられるようになる、はずなんだけど、モンスターにはそれが当てはまらないのか、体が大きく、強そうなモンスターであっても反応は遅いので、大した脅威じゃない。刃の通りにくさについても、一応多少硬くはなっているものの、硬さよりも肉の厚さの方が厄介なぐらいだ。

 つまり……成長する能力ってのは、ある程度選べる? 体が極端に大きな探索者は見なかったから、単純にモンスターと比較するのもどうかとは思うけど……獲得した存在力(ExP)に応じて誰もが同様のバランスで成長するかといえば、これは多分違っている。

 俺の場合は、攻撃をまともに受けてはいないし、斬りかかるための力の不足もそれほど感じてはいないから、対応するための思考速度が集中的に伸びた感じかな。まぁ、ゲームみたいにステータスを振ったら固定って感じでもなくて、ある程度落ち着いた状況でなら振り直すように調整できそうな感覚はある。


(にしても、地面の凹凸のおかげで……せいで? 案外気づかれないもんだね)

(気づかれてたら同士討ちでかなり減りそうだから……ですかね。モンスターの敵意の強さから考えて、他のモンスターのことは気にせずに突っ込んできそうです)

(なるほど……)


 そう考えると、この大部屋だと通路と違って全方向を警戒しながら進む必要があるし、次のフロアに繋がる穴も探しにくいから、難しくはなっている。でもなんか……なんかちょっと惜しい。

 とはいえ、飛び回ってモンスターを引き連れるのはどうかと思うし、全部を相手していくのもちょっと面倒そうだから――床から天井まで続いている柱を利用して、モンスターの視線を遮りながら穴を探すことにする。



 ………………

 …………

 ……



 結局大部屋のモンスターを半分以上片付けることになった後、通常のフロアがまた一九個続いた先にあった転移門(ゲート)を使って、この迷宮の最後の階層である第四層に辿り着いた。

 ここにある宝珠(オーブ)に込められている力は『治癒』で、ボスは『デミボス』とかいう聞き覚えのない名前の奴らしい、とはいえ、とにもかくにも、あれだ。


(やー……下級ロビーの四つの迷宮で階層は一番少ないし、階層自体もかなり狭い感じだけど、疲れたね。ようやく着いたかって感じ)

(あはは、お疲れ様でした。それと、何もすることがなくてすみませんでした)

(んん、まぁ……俺が強制的に連れ回してるような状態だから、むしろ俺の方こそ単調なダンジョンの探索を見せるだけでごめんね?)

(あ、いえいえ、同じものを見て話ができるだけでも十分楽しさは感じられていますので、気にしないでください)

(そう? ならよかった)

(はいっ)


 うん。というわけで第四層側の転移門(ゲート)に居るわけだけど、この第四層がまた地味に狭い。階層全体で直径一キロもなく、高さも五〇〇メートルに届くかどうか……いやまぁ、屋内と考えればかなり広い方ではあるんだけどね。でも、これまでの迷宮の大きさと比較すると明らかに狭い。

 そして、転移門(ゲート)があるのはこの階層の端の下側付近。

 エリア外になる範囲を除くとこの第四層は上が丸い饅頭のような形になるので、それで例えるなら現在位置は餡の端辺り。そして、階層の中心がある方向を見てみると、何かの模様が彫り込まれている大きな石の、扉。縁取りが左右で分かれてるし、ここまで通ってきた通路と同じぐらいのサイズだから、扉で間違いないと思う。門も兼ねてるかもしれないけど、扉は扉だ。

 そんな扉に刻まれている模様はオレンジっぽい色に光っていて、その正面には、踏めと言わんばかりに扉の模様と同じ色で強く光っている石の台。

 転移門(ゲート)のように【操作】で使うことを意識しても反応はなかった。


(……これは明らかに、踏めってことだよね。……即死トラップなんかじゃありませんように)

(ですです)


 微妙に縁起の悪いウィッシュの反応に苦笑しつつ、歩いて台に乗ってみると、ゴゴゴと音を立てて石扉が、俺から見て奥の方へと開き始めた。

 そして石扉の向こうにはデミボスとやらが――


(……居ないね?)

(……探索者が入った後で現れるんでしょうかね?)

(試してみようか)


 台から降りたらすぐに扉が閉まる、などといったこともなく、普通に歩いて扉を抜けると、闘技場……っぽくはあるんだけど、直径六〇〇メートルぐらいありそうなだだっ広い円形の部屋だった。天井もかなり高めで、三〇〇メートル近い高さだと思われる。何というか、自分が凄く小さくなってしまったような感覚だね。

 足元はまさに石畳といった雰囲気で、それなりにザラザラとしていて滑りにくそうではあるものの、転んだら怪我をしそうな感じ。

 そして何か視界内の明るさがチカチカ変わってるなと思ったら、さっき踏んでいた石の台の光が点滅していて、点滅が少しずつ早くなっている。


(……迷宮ってここまで本当に転移門(ゲート)以外自然そのものって感じだった印象だけど、ここは地味にハイテク……?)

(う、ううん……どうなんでしょう)


 秒間一〇回光るぐらいまで点滅の周期が早くなったところで光が消え、石扉がゆっくり閉じた。ただ、閉じただけでそれから更に数秒経過したところで何も――


「うん?」


 闘技場の奥の方から強い敵意を感じたので振り向くと、ほぼ同時に足元に振動。更に一秒ほど遅れてズズンという重低音が耳に届いた。どこからか現れたデミボスとやらが闘技場に着地したらしい。

 その見た目は……五〇メートルぐらいありそうなサイズはともかく、頭などに牛の特徴を持った二足歩行のモンスターで、サイズに見合った金属製の両刃の両手斧を構えている。


(……いやあれ、ミノタウロスじゃん?)

(ですね……あれ? 下腹部が膨らんでますけど、メスなんでしょうか)

(……ん? まぁ、突起が四つ垂れてるし、多分そうだね。骨格以外はかなり牛っぽいから乳房の配置もあんな……ああ、なるほど、メスも居るから牡牛(タウロス)は避けたってところなのかな)


 ミノタウロスといえば、『ミノスの牡牛』を意味する単語だったと、何やら創作関連で当てこすられていたのを見た記憶がある。タウロスって単語が(オス)の牛って意味だから、メスにタウロスとつくのはおかしいとか、ケンタウロスは『牛殺し』って意味だからメスにタウロスと付いてても良いとかなんとか。


(デミは半分って意味だったと思うから、ボスが性別を問わない牛の意味かな?)

(ううん……中ボスみたいな感じで、ちょっと紛らわしいですね)

(一応、デミボスの方はsが一個少なかったと思うけど、紛らわしいのは確かだね)


 ともかく、そんなモンスターが走ってきていて、音速が実感できなくなってきた。

 斧も含めて単純にデカいせいか、ズンズンと足音を立てつつ迫ってくる姿は中々の迫力がある。

 サイズ差がある割に狙いも正確で、俺が居た場所を足元の石畳ごと削るように薙ぎ払い、空中に回避した俺を狙って一撃目とは反対側の刃が当たるような大振りがすぐに来た。


(俺は空中でも動けるからいいけど、これ単純に真上にジャンプしただけだったら終わってたかもね)


 そして空中の俺相手に空振りしたデミボスは、そのまま斧を大上段に構え直し、真上から叩きつけるような一撃――俺は分厚い斧にも太い腕にも当たらないように大きく回避しながら首筋に接近し、岩製の大斧刃を射出しながら後ろへ抜けた。


(デカかったけど首は落とせたから、これで終わり、かな?)


 皮一枚で繋がっている首の断面が、多分『治癒』の力で淡く光ってはいるものの、それで治るような傷では…………ないよね? 流石にないよね?


(…………)

(……消えましたね)

(うん)


 正直、戦ってる間より緊張した。

 苦戦どころかまともに戦ってる感覚も皆無なのは、明らかに火力が過剰だからだろうけど、今更火力を落として緊張感のある長期戦をやりたいかというと……悩むんだよなぁ。

 短期決戦用の装備だったり、ゲームみたいに一時的な補助効果を盛ってるわけでもないから、本当にただ装備を縛る感じになる。しいて言えば、射出した斧刃はただの岩だから、刃こぼれしたり割れたりして消耗しやすいぐらい。


(毎回射出するのもあれだし、柄の部分でも使って長刀でも作るかな?)

(それも良さそうですが、闘気を使ってみるのは如何でしょうか)

(ああ、それもいいね)


 闘気に関しては宝珠(オーブ)も持ってるから、それを使って何かしてみるのも悪くない。ただ、それはそれとして、ある程度消耗しにくい大型の武器もそろそろ欲しい。

 一応武器も市販はされてるんだけど、加工が難しいのか質量比以上の割合で高額になるみたいだから、金を積んで買うよりはDIYした方が探索者として格好いい、ような気がする。まぁ誤差かもだけど。


(そういえば、この迷宮の宝珠(オーブ)は……ああ、ボスを倒したら出てくる仕組みだったのか)


 ズゴゴゴといった感じの音を立てながら、この闘技場の中央付近の石畳が一部せり上がって……地下鉄入り口のような雰囲気の屋根になって、淡く光っているのが遠目に見える。

 音自体はあまり大きくなかったと思うけど、他に音を発生させるものがほとんど存在していない空間だからか、よく響いていた。

 閉じられても困るので、ボスの死体と武器と、射出したせいで刃こぼれしている斧刃も回収して、ゴールになってそうな場所の入り口へ。


(……こういう所は、ちゃんと人間サイズなんだねぇ)

(ですねー。他が全部おっきな迷宮なので、不思議な感じです)

(本当にねー)


 地下へ向かう通路は入り口も階段も人間に合わせたサイズで、階段の踏まれる面以外に埋め込まれている光源が淡く通路を照らしている。この迷宮は光源を持ち込む必要がなかったらしい。

 そして、下りた先にあった祭壇から宝珠(オーブ)やお宝を取り、これにて今回の探索は完了である、と。


(さて、外に出たら……まず何をしようかな。ウィッシュは何が良いと思う?)

(そうですね……解放感のある迷宮でのんびりしてみても良いんじゃないですか?)

(あー……解放感というと、臨海宮かな。第一層、第二層なら天気も悪くないし、存在力(ExP)に分解するなら海水が集めやすい分効率的な感じだから、一石三鳥ぐらいかな)

(ラミナリア臨海宮ですね。ご主人様がそこを探索していた頃は、まだそれほど余裕もなかったので、楽しみです。水着もあった方がいいでしょうか)

(んん、どうだろ……遊泳はやめておいた方が良いと思うけど、他の服よりは良さそうな気もするね)

(ですよねっ! お昼の間はのんびり過ごして、夜は、ログハウスがありましたね。そちらでのんびり過ごしつつ、布団の中で――)

(あ、いや、迷宮でX指定が必要そうな行動はなしで。物理的なカメラがあるわけじゃないけど、ドライブレコーダー並みの再現映像を作れるレベルで行動記録(ログ)が残るから、そんな環境であれこれするのは流石に御免被るんよ)

(うぅ……じゃあ、それは帰ってからですかねー……)

(それに関しては、そうしたいねー)


 そして、ラミナリア臨海宮でのんびり過ごした後は……いい加減下級に上がる申請はしておこうかな。ちょっとした手続きだけで上がれるらしいし、下級になれば中級ロビーにも入れるようになるからね。


(それじゃ、そろそろこの迷宮からは出るよー)

(はーい)


 念のため忘れ物がないかも軽く確認してから、【帰還転移】を発動した。

 デミボス(Demi-bos)

 この個体は迷宮のボス(BOSS)でもあるが、名前はウシ属(bos)。ウシ科まで広げるとヤギやヒツジなども含まれるので属。

 肉牛、乳牛、牡牝問わずウシ型ならデミボス。ミノタウロスと呼ばれることも多いが、この世界では一応俗称扱い。

 この迷宮に配置されている個体は骨格以外が特に牛に近いため、胴体は太く消化管の占める割合も大きい。


 性ホルモンの影響により(オス)は筋肉が発達しやすく、(メス)と比べて固い肉質となる。

 去勢すれば肉質への影響は小さくなるが、それでも牝牛の方が柔らかい肉になりやすい。

 そしてここは食肉(クレアス)大迷宮である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ