17:下級ロビー最難関
色んな意味でスッキリしてから、ウィッシュには身体を収納してもらい、改めて探索者ギルドの下級ロビーへ。
既に日は沈んでいて、迷宮に通ってると体内時計を合わせるのは大変そうだなと思うところ。体内時計はともかくとして、概ね日に二回ペースで探索してることになるわけだけど、この回数は一般常識的に多いのか少ないのか……まぁ、成果は多い方だと思うけどね。
(……うん? 何か、視線を結構向けられてる、ような?)
(……それなりにわかりやすい格好ですし、噂になっているんですかね? 悪感情は向けられてなさそうです)
(へぇ……それなら、気にする必要はないかな)
ちなみに今は、初めて探索した時と同じナイフ型の剣を購入して、Lv二〇ぐらいまで上げたものを背負っている。最初の剣は勿論持ってるんだけどLvが高すぎて持ち歩きに不便だし、自作した木剣や刀は変な注目を集めそうだったから……と思ってたけど、ここまでくると一緒かも?
(……とりあえず、次の迷宮に行こうか)
(はいっ。次で、下級ロビーの迷宮は全て回ったことになりますね)
(うん。迷宮の数で見ると意外と少ない気もするけど、迷宮自体は広いし階層ごとに特徴もあるから、判断に迷うね。名前は……クレアス大迷宮だっけ)
(ですです。クレアさんが作った迷宮、みたいな意味でしょうか?)
(んん……どうだろ? 配置されてるモンスターには家畜っぽいのが割と居るみたいだから……肉が大好きなクレアさん?)
居るかどうかで言えば、居そうな気はするけど、どうなんだろう……と、ベルが鳴った。
(タイミングは良かったね)
(ですね)
ベルが鳴り止むと扉が閉まり、転移門作動まであと少し。
人数は……俺を除いて一〇人。この迷宮が不人気なのか、時間帯等の都合で偶々なのかはわからないけど、少ない方ではあると思う。
装備の確認をさっと済ませて待機していると、クレアス大迷宮へと転送された。
転送先は石造りの広い部屋の中。壁のところどころには光る石が埋め込まれていて、多少暗い印象ではあるものの、ある程度は見える。
通路は、幅と高さがともに五メートルほどある角ばったもの。少し広めの一車線道路ぐらいの幅で壁があるから、徒歩で行く分にはそれほど狭くもないんだけど、広いかと言われれば悩む程度の広さである。
モンスター以外に価値のあるものは特になさそう、というより迷宮の壁をいきなりどうにかするのはどうなんだとも思うので、普通に道を進む予定。
パーティーを組んでいる他の探索者の移動はあまり速くなく、音もちょっと気になるので、早歩きぐらいの感覚で少しずつ距離を取りつつ進む。足元が石で人数も居るから足音だけでもなかなかだし、内側に緩衝材になる何かは多少張ってありそうだけど、それでもそこそこ音は鳴ってるからね。
一足先に角を曲がって進み……更に角を曲がると行き止まりと大穴。
他に道はなさそうだし、次の階層への転移門は今居る場所よりかなり低い位置にあるみたいなので、この穴から下に降りるのが順路かな。
リストバンドの試運転がてら飛び降り、一〇メートルほどの厚みがあった床を減速しながら抜けると、上の階、いや、フロアよりは少し明るい、五メートルほどの広さの通路。
後ろは行き止まりで、前方には左右に分かれたT字路……丁字路だっけ? とにかくそれが見えている。
(とりあえず、左から進んでみるかな)
(道は、覚えられます?)
(ある程度覚えられるとは思うけど、アビリティの【所在確認】に一度見た地形は記録されるから問題ないよ)
(あ、そうでしたか。なるほどです)
こういう所は至れり尽くせり。これまでの迷宮では使う必要がなかったけど、ここまで迷宮らしい迷宮もあるなら納得の機能である。
さて、他の探索者より少し先に進んでる状態ではあるけど、迷路をどう進めばゴールにたどり着けるかはまだわからないから、他の探索者に追い越される可能性は高い。競争をしているわけじゃないけど、ボスとはちょっと戦いたいし、取る物も特になさそうだからさっさと進んでしまうべきだと思う。
ということでペースを上げ、丁字路を左へ曲がり、あとは道なりに進む。
(お、部屋? と、モンスターか)
直角に曲がる道を進んでいると、天井が通路より高い広間があった。床も部屋の五メートルぐらい手前が下り坂になっていて、部屋は通路より一メートルほど低い位置にある。
部屋の中央付近の天井は特に明るく、部屋の床には草が生い茂っていて、それを猪型やヤギ型のモンスターが食んでいる。
そして、視野が広い草食獣はすぐに俺を見つけて唐突にブチ切れたように襲い掛かってくるし、その物音で他のモンスターも俺に気づく、と。いや、それよりもアレだ。
あの横長の長方形の瞳孔で殺意全開というのは、どうにも変な苦手意識が……。
ヤギの交尾は一瞬で終わるみたいな雑学も知ってはいるけど、普通の動物のヤギより悪魔とかのモチーフによく選ばれてる所を見る機会が多かったからかな?
(何にせよ、やっぱりあの目はちょっと苦手だし、手早く倒そう)
澱界宮的な意味での第一層に現れるヤギなので、大きさも大したことはない。
定着させたリストバンドに定着させた飛行用の魔力を使う手順は二段階。
まず、リストバンドからその魔力を動かして、飛ばしたい対象に纏わせる。
次に、纏わせた魔力を飛ばしたい対象ごと動かそうとすればその通りに動く。
消費する魔力の量は作用・反作用の法則あたりに比例するようなので、足の裏だけに纏わせても、内部まで含めた足全体に纏わせても、纏わせる範囲を広くする過程で発生するロスを除けば消費量は大体同じ。
ただし、例えば水が入ったコップを対象にした場合、中の水まで魔力をしっかり纏わせていれば、急加速からジグザグに動かして急停止させても波打ちすらしないようにできる。魔力を纏わせる過程で多少のロスがあるとしてもやる価値はあると思われる。
……まぁ、リストバンドに定着させることができてる魔力の量だと、ロスがなくても空中で数回急制動したら使い切る程度だから、今はまだまだ遠い話だけど――
(うん。慣性の影響を軽減する程度でも、十分使えるね)
そして、補助として使うだけなら回数も増やせる。
自然回復する量から考えると、体感できる程度に軽減させるだけなら、一回分の回復に十数分しか掛からない。……やっぱりこれの性能はもっと上げよう。
………………
…………
……
右手法、あるいは左手法が通用しない構造の迷路を進みながら、落ちると危なそうな深さの穴を使って下のフロアに下りていると、何となくこの大迷宮の構造が理解できてきた。
(……これ、あれだ。スケールがおかしいけどローグライク風だね)
(ローグライクっていうと……えっと、レベルがリセットされたり、自動生成されたりするんでしたっけ?)
(あ、いや、そういう所は普通の迷宮みたいになってると思うよ。ただ、同じフロアにある部屋が直角の曲がり角しかない細い通路で繋がってて、隠し通路っぽい所以外は次のフロアへの穴が部屋にしかなかったから、構造のルールはそうかなって)
(あー……なるほどです)
倒したモンスターがアイテムをドロップして消えたりはしないし、部屋に装備や食料が直接置かれていたりもしない。食べられる植物は生えてるかもしれないけどね。
一応、行き止まりになってる通路の天井に開いていた穴から上のフロアに上って、隠し通路的な通路の行き止まりまで行って宝箱らしいものを見かけたりもした。中から矢が飛んでくる箱もあったけど、それは『防護』のリストバンドが防いでくれたのでセーフ。
そこまでは良いとして……迷宮のスケールがちょっと凄い。
正方形のブロックを並べたような綺麗な構造なのはまさにローグライク風って感じなんだけど、そのブロックが五メートル角。通路は、高さが半分のブロックを上下に使って、半ブロック分部屋より高くしてるような感じ。部屋と繋がる一つのブロックがその落差を埋める坂道になっていて、部屋には一.五メートルほどの厚さで土が敷き詰めてある。ローグライク風とは言っても各フロアの広さは二〇〇×二〇〇ブロック分ぐらいはありそうだから、ゲームと比べればかなり広いと思う。
そして、次のフロアへの移動は三ブロック分、一五メートルなので、次の転移門が何メートル下にあるかがわかれば第一層の迷宮が何フロアに分かれているかが大体わかる。……今は半分ぐらいまで来てて、この後も高低差が変わらないなら、三〇フロアぐらいかな?
(これまでの迷宮と比べればスペースは有効活用されてる感じだけど……流石、大迷宮ってだけはあるね)
(ですね。普通に進んでたら何日も掛かりそうです)
(うん。もともと迷宮はどこも探索に時間がかかる想定はしてそうだけど、下級ロビーにある中では特に長いかも)
何か漠然とゲームっぽいな、って感覚自体は何フロアか前からあったけど、明確に認識すると更にアレだ。配置されてるモンスターはずっと大差ないままだし、倒しても大量の存在力を獲得してLvUPとはいかないから、端的に言ってだいぶダルい。
収納したものを存在力に分解せずにLvを上げるならいい迷宮なのかな? ずっとこの調子なら、俺も探索を終える頃には二六近くまで上がりそうではあるけども――と、穴を見つけたので、部屋のモンスターを一掃してから下のフロアへ。
リストバンドは作ったけど、現状は動力器付きの脛当てで飛ぶのが一番扱いにも慣れてるし効率も良さそうなのがちょっと残念かな。
………………
…………
……
何にせよ、俺はほぼ無限に飛べる状態なので、パーティーを組んで徒歩で進んでいる探索者達と比べれば圧倒的に速い。そういうわけで、時々フロア全体を回って最後の部屋から降りる羽目になったりはしつつも、第三層まで来ることができた。
第一層は結局最後までモンスターも変わらず似たような構造のままだった。
第二層はモンスターが倍ぐらい大きくなっていて、体高三メートルほどのウシ型や猪型、ニワトリ型のモンスターをなぎ倒しながら、五〇フロアもあった迷宮を踏破した。
第三層では更に一回りか二回り大きくなったモンスターが闊歩していたものの、第二層までと同様に戦いながら一九フロア目に到達したところである。
宝箱には罠が設置されていることもあるとわかっているので、箱ごと収納して【物品目録】の中で罠の設置方法や構造を勉強してみたりもした。第一層のものと比べて第二層、第三層の宝箱の罠は更に少し凶悪さが増していたものの、箱ごと収納してしまえば何の問題もなかった。
倒したモンスターの死体はしっかり収納しているので、収納内の食肉の在庫が充実してきている。ヘビやワニの肉を食肉にカウントするなら、ここまで倒したモンスターは全て食肉への加工用の素材、みたいなものかな。
(……それにしても、なんかちょっと、小人にでもなったような気分かも)
(はい。この通路、モンスター用のサイズだったんですね)
第三層も通路は五メートルほどの幅や高さで作られていたけど、その通路を一体ずつしか抜けられないぐらいまでモンスターが大きくなっていて、ローグライク感がまた少し増した気がする。ターン制ではないけどね。
そして通路を埋めるようなサイズでも、別に硬くなったりはしていない。質量もあって動けはするけど、十分なLvがあればサクッと倒せてしまう程度のモンスターだ。
(お肉がまた増えましたね)
(だねー……流石にまだ身体の追加はなしだからね?)
(そ、そうですか。……設定を練るだけにしておきます)
(うん。まぁ、作れるようにある程度確保はしておくよ)
かなり残念に思ってそうな声が伝わってきたけど、流石にね。希未シリーズの身体を三つ作って、それから主観ですら半日も経たないうちにイチャつくための別設定を抱えた身体を作ったりするのは、いくらなんでも、ちょっとどうかと思うからね。
ウィッシュには我慢させる形になるけど、時間はあるし、そのうち作るから勘弁してほしいところ。
(で、この穴を抜けたら二〇フロア目……になりそうだけど、この穴、なんか、これまでの倍ぐらい深いね?)
(ですね。ボス……ではないでしょうし、中ボスでしょうか?)
(もしくは、フロア全体が一つの部屋になってる、いわゆるモンスターハウスだったりするかもね)
(ああ、それも定番といえば定番ですね)
(うん)
モンスターハウスの方だったら、フロアの端からもちょっと遠いから囲まれそうだし、ちょっと怖さもあるけど、ここまで本当に似たような構造の迷宮を進むだけだったから、期待感もなくはない。
(さて、何があるのかな?)
クレアス大迷宮
クレア'sではなく、ギリシャ語で肉を意味するΚρέας (ラテンアルファベットでKreas)。要するに食肉大迷宮。
命名規則からは少し外れているが、食肉になるモンスターを本当に適当に詰め込んだような迷宮になったのでこうなった。
魚介類は環境を整えるのが難しかったので、この迷宮には配置されなかった。
虫は基本的に歩留まりが悪く、強さや個体数の調整も難しく、需要も低く、毎日はちみつを採取できる養蜂場として利用される澱界なども存在するので却下された。




