13:進行に注力してみた結果
花粉と土煙の混合物が煙幕として働いたおかげか、モンスターとは遭遇することもなく第二層に辿り着いた。
第一層と同じような山ではあるけど、今回の方がやや険しい印象の山になっていて、少しだけ岩肌が見える。杉系の背の高い樹木が密集しているので、山本来の地形はわからない。風もやや強くなっているおかげか、地面は花粉まみれではなく、針葉樹の枯れた落ち葉が目立っている。
「あの人たち、第二層でも一塊になって進んでるのか」
(最短ルートなんですかね?)
「かもね。他にあるとしたら、モンスターと遭遇しにくい安全なルート、とか? 道中での無駄な消耗を減らすならそういうルートもなくはない気がするし」
(モンスターの経験値……じゃなくて、存在力でしたっけ。それを稼ぐ効率が悪い階層って可能性は確かにありそうですね)
「うん。収納した物を存在力に分解したら結構稼げるけど、そういうのは主流じゃなさそうだし、収納し慣れてない人だと奥でモンスターを倒した方が稼げるよね、多分」
モンスターを倒すだけでも、正確にはモンスターに攻撃を当てるだけでも多少の存在力は手に入る。モンスターの死体を売却する際の価格もそこらの草木や水と比べれば高額だから、収納に時間が掛かるならモンスターと戦う方が効率的な可能性はある。
ある程度以上に慣れていれば、そこらの物を収納した方が効率的だとも思うけど……後輩でもできたら収納するのを推奨しておくところだけど、やってダメな可能性もなきにしもあらず……?
ウィッシュはある意味後輩のような存在ではあるけど、共生関係みたいなもんだからちょっと違うし。
「あと、収納した物を分解するのは、パーティーだと精算時に面倒に繋がる可能性もあるかも」
(それは……困りそうですね)
「うん」
前回、収納した分だけで自分でも割と引く勢いで稼げたからね。
もともと同じパーティーだったのに稼げる人とそうでない人に分かれたりして、問題が起こりそうなのが怖いところ。
収納で稼いでも戦闘の経験が積めるわけじゃないから、後々のことを考えると、ちょっと勧めにくいものでもある。
俺も現状ソロ以外で上手く戦える気はしないしね。まずそもそも自分に何ができるのかが更新され続けてるような感じだし。
「ま、とりあえず、モンスターを狩りながら進んでいこうか」
(山はどうするんですか?)
「山そのものを根こそぎはちょっとやりすぎな気がするから、樹と金属と宝石なんかをある程度、って感じかな」
(十分やりすぎのような気はしますけど……)
「……見た目はマシじゃない?」
(それは、そうかもですね)
うん。山が平地になっているよりは、はげ山になっている程度の方が見た目はマシだよね、多分。
作りたいものは第一層での休憩中に大体作ってしまっているし、第二層をうろついているモンスターも第一層と大差なかったので、休憩は挟まずに、他の探索者達とは被らないルートで回りながら進んでいると――他の探索者達から一〇分程度遅れたあたりで問題なく第三層への転移門に到着した。
第三層は、紅く色づいている針葉樹の葉が目立つ、多分山地。背が高く密度もある針葉樹林のせいで遠くまではよく見えない。
第四層への転移門は高い位置にあるみたいだけど、今居る場所からはまず斜面を下らないといけない、上り下りの激しい階層である。ついでに、二〇人ぐらいいた探索者も三つの集団に分かれているようで、どういうルートを進むかは、少し悩ましいところだね。
三組に分かれる際に多少話し合いでもしていたんだと思うけど、距離は一キロもない程度の位置で、歩くより遅い程度の速度。周辺は大体背の高い針葉樹林だから視界が悪く、多少の物音は隠れそうな地形だから警戒が大変なのはわかるけど、真っすぐ進んだらすぐに合流できそうな位置である。
「……もう樹を取るとか考えずにさっさと進んでしまった方が良いかな?」
(そうですね。なんというか、どうにも速さが違いそうですし)
「うん。煽り運転……ってわけじゃないけど、向こうはモンスターを警戒してるせいか、移動速度が更に下がってるような感じだよね。そして俺は、ウィッシュのおかげで特に減速する必要もないと」
歩行者の後ろを自転車、あるいはもしかしたら自動車がゆっくり進み続けるのは、精神衛生上互いによろしくないんじゃないかと思うところ。
ついでに、三組に分かれた探索者達はおおよそ前方に進んでいるから、俺が左右に大きく逸れつつ前進を優先すれば、容易に追い越して次の階層へ向かうことも可能だと思われる。
ウィッシュが持つ敵意を感じ取る力も、普通に敵意を感じ取るだけなら使い続けたところで何を消耗するわけでもない。俺だけがずるい力を使ってるような感覚になって、ちょっと申し訳なくなるぐらいかな。
(控えた方が良いですか?)
「いや、頼りにしてるよ」
ウィッシュも俺の一部みたいな状態にはなってるんだろうけど、それで増長するのは俺が嫌だから自嘲気味な自重を忘れずにいたいだけ。うちの子自慢みたいなことはちょっとしたい気もするけど、それはそれで別の問題があるから――
「ダンジョンの探索では、どこまで頼るかなぁ。敵意に対する受動的な索敵と、戦闘用のゴーレム操作の補助ぐらい?」
(ええぇ、何のために存在力を注いだんですかご主人様)
「まぁ、期待してた方向とは違うけど、期待以上には満たされてるからいいんだよ。さ、そろそろ進もうか」
(はーい)
とりあえずはと、モンスターと遭遇しても対応できそうな程度の速度を意識して、順路らしい方向から大きく左に逸れて進んでみることに。
「……おっと、地形がちょっと把握しにくいね、これ」
地面の凹凸がそれなりにあるだけでなく、それなりに繋がったまま落ちている針葉樹の葉に隠されているせいで思っていたよりも走りにくかった。空中を進めば済む話だけど、第三層で飛ぶのはなんか負けた気がするので、樹の幹を足場に跳びながら進むことに。身体能力は上がってるし思考も速くできるから、幹から幹へ跳ぶだけでも時間的な余裕はある。少なくとも水面を走るよりは楽だね。
樹の幹で三角跳びを繰り返すように進んでいると、敵意――クマのようなモンスターが襲い掛かってきたのでさっくり仕留め、一度着地しながら収納して、移動再開。
(結構大きなモンスターでしたね)
「だね。モンスターじゃなくても割と怖いサイズだった」
(ですねぇ)
四足歩行中の肩の高さが五メートルぐらい、立ち上がれば一〇メートルを越えるような大きさだった。多分生き延びて少し大きく育った個体だったんだと思う。ファーバ草原宮のボスヤギと比べても小さい程度なので、戦力的な意味では脅威じゃない。
ただ、そんなのが探索者を視認した瞬間、本当に比喩抜きで瞬間的に敵意を漲らせて襲い掛かってくるから、モンスターってのは倒せるかどうかとは別のところで怖いなと。縄張りがどうこうとかじゃなさそうな分気楽ではあるけどね。
特に目立った問題もなく、第三層もさっくり抜けて第四層に到着。
俺を見つけたモンスターは毎回倒してたけど、出してる速度は今までと大違いだったので、転移門で転移する直前に確認してみても、他の探索者達は第三層の半分も進んでいなかった。よほどのんびりでもしていない限り追いつかれることはないと思う。
第四層は、山地の中央にデカい湖がある階層で、湖の周囲は樹が生えた斜面になっている。対岸まで数キロから十キロ程度の距離はありそうな、カルデラ湖、でいいのかな。それなりに深さもありそうな湖だ。
色合いは普通の湖だし、風もあるので毒ガスが溜まったりはしていないと思われる。ただ、鳥のようなモンスターが居る環境で視界が開けているのは、地味に鬼畜な仕様だとも思う。
(雪は降ってませんが、結構冷えますね。人肌はご入用ですか?)
「惹かれはするけど、後でね」
事前にざっくり調べていた情報だと、水鳥の類のモンスターは居ても水棲の大型モンスターは居なかったはずだから、舟でも使うかな。一応、湯舟ではなく飛ぶための道具として作った物だし。
取り出す前に【物品目録】の中で破損の有無をチェック。問題なさそうなので、軽く跳んで足元に取り出し、そのまま浮かせる。
「あ、これ、舟のLvを上げたら安定性は増すかな?」
(風の影響は受けにくくなりそうですね。急制動、でしたっけ? 細かい動きは難しくなりそうですけど)
「まぁ、上げすぎなければ大丈夫だよ、多分。ってことで一旦収納して……」
Lvの上げ幅は、とりあえず一〇ぐらい? 補正が元の倍ぐらいになるように意識して、存在力を注ぎ込んでみる。
存在力の補正による重さへの影響はちょっと特殊で、質量が元の倍になったら、重力の影響は半分になるような感じ。要するに、浮いた状態を維持するために必要なエネルギーはLvを上げる前と同程度で済む……はず!
ということで、とりあえずもう一度取り出して乗ってみる。
「……レースゲームで軽量級から重量級に乗り換えたような感覚だけど、まぁ、浮かせる分の労力は、大差ないからヨシヨシ」
ちょっと増えた気がしないこともないので、Lvは上げすぎない方が良さそう。
とりあえず、舟の質量自体は増えているようなものだから、風の影響は受けにくく、加速もさせにくくはなった。……浮力や揚力の影響も小さくなりそうだから、船や飛行機の類は特に運用が難しそうだね。
何なら生身でも、環境と比べてLvを上げすぎたら地面を踏み抜く気がするし……いやでも、鳥系統のデカいモンスターが空を飛べてるから、もっと別の何かはあるか。
「まぁ、準備は出来たし、そろそろ渡っちゃおうか」
(中々無茶な予定だと思いますけど、やるならふぁいとですよー)
「おー」
意思決定は完了したので、水面から二、三メートル程度離れた高さを直進する。
意外と見られてはいないらしく、敵意を向けて飛んでくるのは一部だけ。速度はこっちの方が出てるぐらいなので、移動中は無視することにして――三分弱ぐらいで対岸に到着。その勢いは残したまま舟を収納し、着地後数回跳んで湖岸の木々の後ろに回って、戦闘に備えた。
最初に突っ込んできたのは黒ベースに白が入った猛禽類っぽいモンスター。もう少し厳密に言うなら多分ワシで、広げた翼が六メートルを超えてそうな大きさだった。
この迷宮のしっかりした針葉樹に高速で当たって墜落したので、起き上がる前に仕留めた。
次は白が多めで足が水かきになっている、猛禽類っぽいモンスターと同じぐらいの大きさのモンスターが三体向かってきている。
(これは、アホウドリですかね)
「アホウドリかぁ……」
ゲームでしかやったことないけど、ゴルフではワシよりアホウドリの方が上なんだっけかな。着地はともかく長距離飛行はアホウドリの方が得意らしいので、その順なのはわからないでもない。
まぁ、名前の由来は無警戒で大人しい性格だからだったはずだけど、モンスターってのはやっぱ怖いなぁ。
戦闘の内容としては、針葉樹に当たって勝手に墜落するので俺はトドメを刺すだけである。
「……湖の上で戦ってたら別なんだろうけど、林に入ったらなんて残念な……」
(ですねぇ……)
樹の後ろに身を隠しているおかげで追加も少なく、種類ごとに飛行速度が違うせいでまとめては来ないから、なおさら狩りやすいというかなんというか。
次に来たのは、さっきまでのモンスターと比べれば一回り小さな白い水鳥。
(ガチョウ……ですかね?)
「うん、くちばしと舌に歯みたいな突起もあるし、多分そうだね。……でもガチョウって、草食じゃなかったっけ……?」
(モンスターですねぇ……)
「まぁ、そうだね」
草食の哺乳類ならまだわかるけど、草食の鳥類が飛んで突っ込んでくるのは違和感が大きい。ニワトリは雑食だし、軍鶏みたいな品種も居るからまだ理解はできる部類だけど、空を飛べる草食動物が突っ込んでくるのはどうなんだと。
他の鳥系統のモンスターと同様、向かってきた群れは頑丈な樹に当たって墜落しているので、起き上がる前にトドメを刺した。




