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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 01 章
3/108

03:チュートリアル

 口頭でのテストのようなものも受けて常識について合格を貰い、存在力(ExP)の補填もある程度済んだとのことで、縦にも横にも少し広い部屋に転送された。今度は運動能力のテストをするらしい。

 俺も試してみたい気分ではあったので、言われるままに用意された服に着替えた。

 着替えてみた感触としては、無地で頑丈さを意識してそうな点以外はシルエットも現代的で、違和感は少ない。

 少なくとも、本気で運動することまでは考慮してない私服より動きやすい。

 そう、服に関しては問題ない。


『それではテストを、訓練の方が主目的になるかもしれないが、始めようかね。再挑戦はいくらでも可能なので気楽にしてくれたまえ』

「……はい、わかりました」

『では、まず、武器を選びたまえ。刃は潰してあるが、重さは実物と変わらないよ』

「……えっ、と……」

『む? 何をするにしても、モンスターの脅威がある以上は慣れておいた方がいいし、探索者に興味があるのではないかね?』

「まぁ……そうですね」


 ゲームや漫画に登場してそうなサイズのごっつい刀剣類の現物には、せめて最初ぐらいは触れずにいたかったんだけど……やっぱりダメだよな。

 スルーは諦めてひとまずはと、ナイフのような形状の()を手に取ってみる。

 形状がナイフっぽいだけで、刃渡りは普通に八〇センチぐらいあるので、当然のように重かった。

 身体能力が上がってるはずの今でも、元の世界に居た頃の感覚で二キロぐらいの物を持ったような感じ。実際にはもう少し重いはずだ。


『む……それも一応並べておいた物ではあるが、本当にそれで良いのかね? 他にも武器はあるのだよ?』

「いや、正直他のはまともに扱える気がしないので……というか迷宮って、こういう大きな武器が必要になるぐらいデカいのも普通に居るんですか……?」

『全部が全部というわけではないが、それなりには居るね』

「マジっすか……じゃあ、まぁ、せっかくなので少し」


 一度持っていた剣を元の場所に置いて、改めて並べられている武器を見てみる。

 一番小さいのは先ほど持っていたナイフのような形の片刃の剣。

 次に小さいのは刃渡りが一メートルほどの両刃の剣。

 大きなものになると刃渡りだけでも二メートルを越えている剣だとか、直径が何十センチもある鉄球に刺さってるような形の棒だとか、ゲームや漫画でしか見ないような太くて長い総金属製の馬上槍とか。

 正直、持つ程度ですら怪しいものも多いし、武器として扱えそうなのは一番小さなナイフ型の剣ぐらいだと思うんだけど……まぁ、訓練とも言っていたし、多少無茶してみるのもいいかもしれない。

 ということで比較的大きめの、刃渡り一.五メートルほど剣の柄を握ってみる。

 幅も厚みも結構あるので、相当に重量になりそうだが、今の俺なら――


「……ふうン゛ッ……ヌ、ウゥッ!」


 持ち上げ、ぐらいは、できた、けど、重い!


『あー……流石にそのLvでは無理があったかな』

「で、しょうね……! ハァ……そういえば、俺のLvって、いくつなんですか?」


 実際の重量はわかんないけど、地球に居た頃の感覚で四〇キロぐらいはありそうな感じだった。ここから俺の腕力が倍になったとしても、構えるだけでちょっと厳しい重さだと思う。そのぐらいなら、技術を身に着ければなんとかなるかな?

 とりあえず、今の俺の力だと、これで戦闘するぐらいなら、素手でやった方がまだマシだと思う。

 現状でこの大きさの剣を扱うのはすっぱりと諦めた方がいいだろう。


『今の君のLvは、(マイナス)二なのだよ』

「マイナス!? ……あ、基準はこの世界の標準的な状態なんでしたっけ?」

『正確には、少し昔のものだね。迷宮の近くだと漂っているExPも高めだから、今ならその辺で暮らしているだけでも、三ぐらいにはなれるよ。あぁ、それと、基本ツリーの『情報』の習熟度が十分にあれば自分のLvも確認できる』

「そうでしたか……差が五あれば、二の〇.五乗で……えっと、四割増しぐらいで俺より強いんですかね、普通の人でも」

『ま、まぁ、そうなるね。ああでも、初心者向けの迷宮なら、慎重にやれば今の君でもそれなりに探索できるだろうし、頑張ればLvは上がっていくから安心すると良いのだよ』

「はい、ありがとうございます……」


 記憶にあるよりは身体能力も上がっているのは間違いないんだが、それでもLvがマイナスというのは、何だかなぁ。

 とりあえず、短めのだと両刃か片刃か。力を込めやすそうなのは片刃の方かな、ということで結局最初の片刃剣に戻ってきた。


『実体化した時点で、君のLvは(マイナス)八だった。それが先ほどの部屋で少し過ごしただけで六も上がっている。これからは上がり方も緩やかになるだろうが、悲観するほどではないのだよ?』

「……そうですね」

『それでは、テストを始めようか』

「頑張ります!」

『うむ』



 ………………

 …………

 ……



 走って、跳んで、梯子(はしご)を上り下りして、的に剣を当てる。そんな動作を指示に従ってこなし、地球で普通に暮らしていた頃より、身体能力が上がっている実感は得られた。


「しかし、武器を持ったまま動き回るのって結構疲れますね……」

『それは仕方ないだろう。それにしても、あまり鍛えているようにも見えなかったが、思ったより動けるものだね?』

「重い物を振り回したりした経験は少ないですけど、軽く走ったり自転車に乗るぐらいはしてますからね。思いっきり跳びすぎたりもしましたけど……」

『あれは感覚と運動能力の乖離が激しかったのが…………おや? Lvはまだ(マイナス)二、だね?』

「……どうしました?」


 話の途中でこんな反応をされると、何だかやたらと不安になってくる。

 医者に診断してもらっている最中に、思いきり首を傾げられたような感じだろうか。


『…………あれっ? いや、少し待ちたまえアキミチ君。ああ、君は、元の世界でのLvはどのぐらいだったのだね?』

「ランス博士に教わるまで、自分のLvなんて知りませんでしたが……」

『そ、そうだったね……ああ、それなら、君の体重はどのぐらいだったのかね?』

「体重なら……正確には覚えてませんが、七〇キロ台だったと思います」

『なるほど。ということは、ExPが筋力の補助に強く働いているのかな』

「どういうことです?」

『君の今の体重は四〇キロだよ。体重が軽くなっている分だけ動けたんだろう。脆くはなってなくて良かったね?』

「ほぇー……」


 ダイエット、とは色々違う話だけど、物理的に軽くなってたのか俺。

 この状態を維持出来たら便利かな?


『Lvが上がっていけば元通りになると思うから、安心するといいよ』

「あ、はい」


 どうやら、運動能力とは別の観点で好ましくない状態のようだ。



 ◆



 自分の周囲になかった特殊な力を利用して発展している世界を知ったとき、『その力がない環境で生きてきた自分たちの方が素の能力では優れている』と、大した根拠もなく下に見る例は少なくない。

 この世界だって昔は特殊な力はなかったし、近代兵器が存在したことも、迷宮やモンスターから得た力で発展したことも、読ませるテキストには書いてあるのにね。

 彼はそういった点で、少なくとも私が見た範囲では謙虚だった。

 彼を引き連れてきた澱界(でんかい)に特殊な力を期待できそうにないのは残念だが、今回拾ったアキミチ君は当たりの部類で助かったと言える。

 澱界(でんかい)が接近すれば彼と同じ世界の遭難者が何人も拾われることになるはずだが、この世界に上手く適応した実例を見せられれば、説得が楽になりやすいのだ。


 運動能力が最低基準に達していることは確認できたので、探索者ギルドへの紹介の前に面接をする旨を伝え、少し待つように伝えて一度通信を切った。


「さて、アキミチ君はこのまま合格してくれるかねえ?」

「……流石に、一発では難しいんじゃないですか?」

「いや、合格ライン自体は低めだと思うよ。それに君の場合は、不合格になってなかったら、アースラ嬢に消し飛ばされてたんじゃないかね?」

「……それは……まぁ、そうですが」

「くくく」


 低めのはずの合格ラインを下向きにぶっちぎったビリー君だが、性根自体は真面目だったので、今では街中でも問題を起こさないと思える程度に改善されている。

 重要なのは、『本心と反する、上辺だけの発言をしない』こと。好き嫌いを隠さない分には寛容だし、冗談や皮肉も程度の軽いものならとやかく言われることもないので、慣れてしまえば堅苦しさは感じないだろう。

 元居た世界がどんな所だったとしても、ここはそういう世界なのだ。


「では、そろそろ彼を『面接室』に呼ぶので、ビリー君はしばらく休憩だね」

「了解です」

「うむ」


 この『面接室』という通称の、一見透明な壁で囲まれているだけの空間は、互いに顔を見ながら話すのに都合が良い機能を複数備えている。

 権限の問題でビリー君には転送できない範囲なので、アキミチ君を『面接室』に転送するのは私の操作が必要となる。

 転送が完了したアキミチ君の視線が私と合ったところで、自己紹介はこちらから。


「やあ、アキミチ君」

「あ、はい、どうも、ランス博士……と、あちらは?」

「助手のビリー君だね」


 動きは軽めの目礼だったが、私やビリー君を侮る様子もなく、慰労と感謝の念が伝わってくる。ビリー君へも同様に、軽い挨拶と目礼を送っているね。

 見たところ、状況への不安はあまり大きくはないようだ。


「しかし、なんというか、納得が早すぎないかい?」

「ええと、どういう事でしょう?」

「大抵は、幼気(いたいけ)な容姿の私を見ると、怒りや侮りが内心に湧いていたりするものなのだがね?」

「あー……確かにありそうですけど、博士の声の高さから体格はある程度想像できていましたし、子供が無理に大人ぶっているような印象もなかったので、違和感は特にありませんでしたね」

「…………お世辞ではなく、本心で言ってるみたいだね。もしかして、君の身近に私のような人でも居たのかね?」

「そうですね……博士ほど若い容姿ではありませんでしたが、自分より若く見えた先輩相手にちょっとやらかした記憶はあります」

「……なるほどね」


 これも本心。その記憶までは読めないけど、心の底から反省しているみたいだ。


「あ、それと……博士から本当のことを言われているような気がしてたのも大きい、ですかね?」

「ふむ。運動能力もそうだが、そういった機微を読み取る力も大きくなっていたのかね?」

「さぁ……? 俺には、いつの間にか、何となくそんな気がするようになってた、って程度の実感しかないので」

「ふむぅ……」


 結果的には良かったと思うけど、もう少し薄れかけていた存在を補う時間は作ってあげるべきだったかもしれないね。

 アキミチ君は何も自覚していないようだが、体重が軽くなるのはよくある消滅の兆候だ。もう何日か異次元空間を漂っていれば加速度的に薄れ、実体化できないほどに溶けきっていただろう。

 何にせよ、人格的な問題はなさそうなので、合格でいいだろう。


「まぁ、最初は慎重にLvを上げていくことをすすめておくよ。それと、預かっていた着替えと持ち物も返すよ。そのバッグは、安物ですまないがおまけだね。返さなくてもいいからね」


 運動能力を見る際に預かっていた荷物をまとめたバッグを『面接室』内に転送する。


「ありがとうございます、博士」

「うむ。そして、これが探索者ギルドへの紹介状だ。便宜を図ってくれるように連絡もしておくので、細かい事はあちらで聞いてくれたまえ」

「あ……はい。お世話になりました」

「ん、うむ」


 ふむ。ここまで手がかからなかったことだし、多少のご褒美ぐらいは、設定してあげても良いかもしれないね。

 適度な目的意識があれば、壁を乗り越えやすくもなるだろう。


「そうだね……初心者向けの迷宮、中はたしか、草原だったかな? そこでボスを倒せたら、その素材を持って私を訪ねてくると良い。長く使える装備を作ってあげよう。ボスの大きさには驚くだろうが、Lvをしっかり上げていれば倒せないこともない程度だから、頑張りたまえ」

「ありがとうございます」

「うむ。それではね」


 そう言って私はアキミチ君を『面接室』から探索者ギルド前の公園へと転送した。


「……すんなり通っていきましたね」

「うむ。彼は今のビリー君と似たような経験を元の世界で済ませていたみたいだね」

「そのようで。……今の僕なら通れますか?」

「今のビリー君ならね。というか元々、軽い失敗なら注意して反省を促すだけだし、それで修正できれば合格する程度のものなんだよ?」

「あははは……」

「結果としてアキミチ君はLvが低いまま送り出すことになってしまったが、まぁ、無理さえしなければ大丈夫だろうね」

「そういえば、ボスを倒せたら、なんて話はしてもよかったんですか?」

「ああ、彼が成果を出せばギルドから見返りがあるし、条件は倒せたらだ。ボスを倒すぐらい頑張ってくれれば、加工の手間を考えてもおつりがくるよ」

「なるほど。……倒せますかね?」

「そこは彼次第だね」


 何日かかるかはわからないが、アキミチ君なら倒せるだろう……とは思うが、それは言わないでおいた。

 明路の身長は某狩りゲーPCぐらい。ちょっと真面目に鍛えて筋肉をつけてたら80kgぐらいは行ってた。

 ランス博士は特に姿を偽っているわけでもなく素でロリ体型な成人女性。髪と目はどっちも明るい茶色。

 ビリーは170cmにちょっと届かないぐらいの成人男性。

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