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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 02 章
25/116

07:臨海宮のボス

 水流と一緒に流れてきていたモンスターを片付けた後、もう一度同じ規模で海水の収納をして、更に少し待っても次のモンスターは現れなかった。

 湾内の水位は湾外から流れ込んできた海水のおかげで元通り。


「…………まぁ、多少でも底が見えるだけ、遺跡の裏にあった湖よりはマシかな」


 ゴーレムが出てきたあの湖、現大穴は岸がそのまま垂直な壁だったからなぁ。あれは中々に怖かった。

 それと比べれば目の前の、モンスターの姿もなくなった底の見える海はどうということもない。……底が見えるとは言っても割と深いし、透明度も結構高いから、怖いのは怖いけどね。足を着けて顔が出ない深さのプールや海で泳いだ経験は、小学校低学年時ぐらいしかないんだよなぁ俺……。吊り橋と同じで、この世界に来る前に近い経験があるものを前にすると、なんやかんやで怖さはある。


「一通り片付いたみたいね。それじゃあ島へ移動する方法だけど、ウル、行ける?」

「はい、消耗はなかったので、大きめの足場でも作れますよ、リシー」

「それじゃあ、三〇〇メートルぐらい先に大きなのを頼むわね」

「はい、凍らせます。…………ハッ!」

「うん?」


 ウルが飛ばした洞窟で見たのと同じ光の玉が、リシーの要望通りの距離をまっすぐ飛んで、そのまま落下して海水に着弾。水面を這うように広がる光が周囲の海水を凍らせていく。

 今度こそ跳んで避けるべきかな? と身構えてみたけど、ある程度広がったところで光が徐々に薄れていった。流石に接触している全ての水を対象に、なんてことはなかったらしい。

 そうして、半径百メートル、厚さは、二から三メートルほどありそうな氷の足場が完成した。多少の泡や屈折はあるものの、透明度は高めの氷塊だ。


「これを何度か繰り返して渡っていく形ね。アキは自分で飛べるわよね?」

「飛べるね。舟でなら人を乗せても大丈夫だよ」

「んー、それもいいけど、この距離なら何もせずに渡れるし、戦闘になった時に対応が遅れるかもしれないから、今回は遠慮しておくわね」

「そっか」


 まぁ、二〇〇メートルぐらい海上を走ることになるけど、陸地で加速できる分を加味するとそれなりに渡りやすい距離……ではあるかな?

 見本は何回も見せてもらってるわけだし、良い機会だなので俺も完全に足場のない水上を走って渡ってみようかと思う。沈みそうになったら、まぁ、飛べるし。

 ということで実践。といっても技術的に難しいことは特になく、脚力でごり押すだけだけどね。

 もう少し言うなら、伸ばしたままの脚を水面に突き立てるのは最悪。筋肉をバネのようにして少し強い力を出せる可能性はあるけど、着水時の減速の方が増加する出力よりも大きいはず。完全に伸ばした足で水面を掻く形でも良さそうだけど、加速に使う筋肉が大腿の尻側だけになるのはちょっと厳しそうなのでこれはちょっと微妙。

 ということで、階段を上る時のように膝を自分で曲げておき、水面が近づいたら足裏全体で斜め下後方に蹴るようなイメージで走る。

 集中していればかなりの速さで思考できるので、特に焦る必要もない。高く跳ぶと空気の影響で減速してしまうので、足の回転速度を把握しつつ、丁度いい高さで跳べる角度を一歩一歩考えながら前へ、前へ、到着。

 浮力の影響で少し浮かんでいる氷の上に着地し、多少滑りつつも凹凸に助けられながら減速……成功。

 振り返ってみると、リシー達三人は何かもっとスマートな感じで渡り終えていた。


「飛ばなかったのね」

「うん、Lvは上がってるから試してみようかとね。次からは飛ぶよ」


 飛ぶ方が慣れてるし、常に両足で推力を得られるのでだいぶ気楽そうだと思う。



 ウルが五個目の足場を作り、そこへの移動を終えたところで、少し大きなイカ型モンスターが、海面上に現れた。


「んん……?」


 横になって目だけ上に出していたりするのではなく、胴体部分を立てたまま目までしっかり海の上に出して、安定している。海の中には触手しかない状態みたいなのに、どうやって……?

 敵意は感じるのでモンスターなのは間違いないと思うけど、通常のイカ型モンスターより一回り大きな程度なので、ボスにしては小さいような気がする。バカみたいなサイズのゴーレムじゃなくて、ヤギの方基準でね。


「アキ、他にモンスターは居る?」

「いや、あの一体だけっぽいけど、何あれ?」

「何って、ボスよ?」

「う、うん。それは何となくわかるけど、そうじゃなくて……おぉぉお……?」


 イカ型のボスモンスターが氷の足場に上ってきた。

 触手が妙に発達しているのはいいんだけど、その触手で人間の胸から首までを再現しているような形になっている。特に、左右に伸ばしている二本の長い触手はかなりの太さがあり、先端が五本に枝分かれして手のようになっていて、左の触手では青紫のようなおかしな色に光る岩を掴んでいる。

 サイズは、触手を除けば五メートルほど、左右の触手の長さは二〇メートルぐらい。デカいようなそうでもないような……少なくとも、印象としては気持ち悪さの方が勝っている。それにしても何で普通に海から上がってくるんだよと。


「回避っ!」

「ん」


 ボスが右手を振り下ろし、氷の足場が叩き割られた。まぁ、細かく砕けているのは叩かれた箇所ぐらいで、他はヒビが入った程度だけど。

 ボスが続けて左手を掲げると、握っていた岩が輝いて――その上に大きな、直径一メートル程度水の玉が作られた。……こういうのは杖か、せめて水晶玉みたいな球体であるべきじゃないかな?

 当たりたくはない大きさの玉を回避し、腕の内側で氷上を薙ぎ払うように動いた右手も回避して接近。剣を勢いよく射出して、右手側の、イカ本来の胴体を締め、剣を収納して――ウルが何かを溜めている様子だったので即離脱。


「凍らせ、ますっ!」


 光る玉を飛ばすのと同時に発されたウルの警告。溜めるのは無言でも別にいいのか……とりあえず聞かない理由もないので、更に距離を取りつつ、ついでに少し浮かんでおく。

 ボスの攻撃で半壊状態だった氷の足場が新たな氷に支えられ、ボスの体表にある粘液も多少凍って動きが悪くなっている。……まだ多少は動いているから、凍ったのは表面だけかな? まぁ、リシーが剣を光らせながら突っ込んだから、これでもう終わりかな。


「ハアッ!」


 リシーが剣で目と目の間を斜めに、目の下を真横にと二回斬りつけ、ボスモンスターから色と力が抜けていった。



 氷上で力を失ったボスと小島にあった地下室内の祭壇の宝珠(オーブ)をリシーが収納し、小島周囲の海藻と海水をごっそり収納してから、リシーが使ったパーティー単位の【帰還転移】で精算用の空間にある小部屋へ移動した。

 パーティー単位の【帰還転移】は効果が発揮される前に十秒ほどの猶予があり、メンバーそれぞれの目の前に浮かんだ確認画面で誰か一人でもキャンセルすると全員キャンセル、時間切れで全員転移、というどこかゲーム的なシステムになっていた。

 まぁ、それはそれとして、今は精算。

 全員の前に個人用の精算用画面が浮かんでいて、探索中に収納した【物品目録】内の物がずらっと表示されている。フィルターのような表示制限もできるらしく、モンスターなら収納した階層、戦闘に関わったり視認したメンバーなどの条件でもリストから抽出できる。

 パーティーのメンバーが何を精算に出しているかとか、今回の探索中に獲得した物についても把握できるようになっている。ひとまず、第五層で戦ったイカ型モンスターについては全売却、と。


「イカ一体まるごとの売却額が一万クレジット弱……結構するような、そうでもないような……」

「商品になるまでにも色々あるから、こんなもんじゃない?」

「そう言われると、確かに?」


 綺麗に締めた個体は高め、岩に勢いよく当たった傷のある個体は安めだけど、一体ごとの平均は一万弱。家賃が月に五万ぐらいだから、パーティーメンバーで等分しても今回のイカ分だけで家賃分に近い。

 海藻類も使いきれないので種類別に九割ほど売却。これは合計で八万ほど。

 意外と高かったのは海藻ごと収納していたエビのような奴で、これが一匹で二万ぐらい。大きさは触覚抜きでも一メートルぐらいしかないのにイカより高いのはちょっと解せない。トゲ抜きでバスケットボールぐらいあるウニのような奴も混じってたけど、こっちは一匹あたり千前後と、他と比べてかなり安い。

 そして――


「……それよりも、その、水の売却額だけで信じられない金額になってますね?」

「うん、量があるからね。それに、同じ海水でも第五層のが高いのかな。一トンあたり三クレジットぐらいになってるし」


 そんな海水をごっそり収納しておいたので、その内の九割ぐらいの売却額だけで一億クレジットを超えている。モンスターとの戦闘は一体何だったのかという圧倒的な金額差である。

 遺跡のコンクリート類も不要な分が多いので九割以上売却したけど、こっちは一トンあたり一クレジット程度とかなり安かった。まぁ、二一世紀だと処分に金が掛かるような物だったと思うので、一クレジットでも金になるのはありがたい。


「…………確かに、量の桁がちょっと凄まじいですね。しかしあの広さで収納していれば、確かにそのぐらいには……それより、アキ? 共闘したモンスター以外は基本個別で良いことになっていたと思うのですが……パーティーの精算対象に含めていて良いのですか?」

「うん。取ろうと思えばいくらでも取れるものだし、遺跡で拾った金属類とかはそのまま貰ってるし、この金額だと独り占めする方がちょっと気になるから……」

「いや、受け取る側も困る額ですよこれは。分配後の額でも宝珠(オーブ)をいくつも買えちゃうじゃないですか……」

「そう言われてもね。まぁ、パーティーでの探索中に得たものだし、装備を整えるにしてもあった方が良いもんでしょ?」

「それはそうですが……ただの海水が、こんな…………いえ、量の桁がおかしいせいでしょうけど、ええ……?」


 ウルとしては気になる金額らしいけど、それほど手間が掛かったわけでもなかったからなぁ。いや、ウルの視線はリシーのビキニアーマーに向いているから、気にしてるのは金額よりもビキニアーマーの方。危機感も少しありそうだから……リシーの方が上位っぽい振る舞いだし、自分の装備がビキニアーマーにされる危機とかそういう? ……あ、なんかこれっぽい気がする。この予想が当たってたら……リシーとの交渉を頑張ってくださいなと。


「こんなもんかな」

「それじゃあ、確定しちゃうわよ?」

「うん、よろしく」


 ということで、精算終了。収納してた物が多かったし慣れてないのもあって完了したのは俺が最後だった。リシーが最終確認的な処理を実行したところで、四等分されて三千万ほどになったクレジットが振り込まれた。

 ついでに買い物もしておきたいところではあるけど、そこは部屋に帰ってからでいいか。


「アキはこの後の予定とか、決まってる?」

「うん、大分大雑把だけど一応ね。今回の探索で足りないものがまた色々見えてきたから、買い物をして、部屋で休みながら本を読んだり何やら作ってみたりとか適当にして、次の迷宮……キ、キ……何て名前だっけ?」

「次なら、キュプレスね。キュプレス山林宮」

「ああ、そうだった、ありがとう。その、キュプレス山林宮に行こうかと思ってるぐらいだね。金銭的な余裕はあるから、特に宝珠(オーブ)を狙ったりはせずのんびり歩きまわってみようかな、とか思ってたりもするけど」

「……まぁ、これだけ稼げるならそうよねぇ……」


 リシーは何かを見ながら、おそらく今回の精算で増えた所持金を見ながら? 苦笑している。俺も正直、あんな金額になるとは思ってなかった。

 …………剣のLv上げのために存在力(ExP)に分解して注ぎまくったのは相当勿体なかったんじゃなかろうかって気が今更してきたけど、そこは本当に今更だからいっか。


「リシー達の方の予定は何か決まってたり?」

「私達? 相談しながら装備の更新を依頼して出来上がるまで休憩、ってぐらいかしらね」

「そっか」


 リシーが『装備』と口にした瞬間ウルがピクリと反応していたのは、うん。がんばって?


「まぁ、今回はここらで解散ってことで、また何か都合がいい時にでも誘ってくれれば嬉しいかな」

「……そ、そうね。それじゃあ、またね、アキ」

「うん、またね、リシー。ウル、ルビーも」


 そんな挨拶を二人とも交わして、リシーの操作でこの精算用の部屋から退出した。

 650×650×3.14×30×3=119,398,500


 半径650メートル、水深平均30メートル程度の海水を収納して3(クレジット)(トン)ぐらいの価格で売れたら1億2000万弱。

 第五層の海水が枯れるまで収納し続けていた場合、価格は多少下がるが1000億近くまでは届いていた。

 一般的な探索者なら何トンかの液体を収納するだけでも苦労するので、モンスターを狩った方が手っ取り早く稼げる。

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