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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 01 章
2/108

02:座学の時間

 ………………

 …………

 ……



 最初は少し戸惑ったが、確かに、手で触れずにモニターを操作することはできた。体や目線を動かさなくても思った通りに動くあたり、本当に謎の技術である。

 その原理に対する興味は解決されていないものの、情報はそれなりに得られたと思う。


 まず、地球とは明らかに異なっているこの世界の物理。

 この相違点には、現在は『存在強度(Exist Strength)』や『存在力(Exist Power)』と呼ばれている要素が関係しているらしい。


 この存在力とやらを蓄えていれば、物理的な意味での強度も自然と高まり、運動能力なども引き上げられる。逆に、この力が無くなれば消滅してしまうんだとか。

 存在強度は存在力による補正の強さを表す数値でもあり、計測方法が確立された際の標準的な値を基準に、二進対数の一〇倍で表したもの――と、書かれていてすぐには分からなかったが、数式やグラフが添えてあったので理解はできた。

 要するに、どんな値であっても数値に一〇の差があれば、数値の高い側の存在強度が二倍強い、ということだ。

 注意点として、一般的に整数で表されるが、存在強度の実際の上がり方は無段階的なものだと書かれていた。


 そして、この世界では実際に扱うことができている『異次元空間』。

 これは生物が通常認識できる三次元空間とは軸そのものが()なる三()()空間であるんだとか。

 これの例としては、携帯ゲーム機が用いられていた。

 携帯ゲーム機の中で動いているシミュレーターが認識できている『三次元空間』で、携帯ゲーム機を持ち寄っている『現実の三次元空間』が異次元空間、という例えだ。

 シミュレーター内でどれだけ動いても現実のゲーム機は動かず、現実のゲーム機を動かしてもシミュレーター内は動かない。しかし画面、スピーカー、ボタンなど、中と外を繋ぐ機能もある。

 そして、異次元空間を通って現れた様々なものを応用した結果、シミュレーター内から外にあるものをある程度操作できるようになったのが現在のこの世界、という例えだ。

 これは理解しやすくした例であり、ここはシミュレーターの中などではない、という補足もしっかり書かれていたが。


 で、異次元空間上では世界の中にある存在力の総量が重力のように周囲の存在を引き寄せる力として働き、存在力が低い世界は形を保てず異次元空間上に散らばってしまうらしい。

 この辺は、宇宙空間で大気を捕らえている惑星と、チリをまき散らし砕け散る彗星に例えられていた。補足として、異次元空間では存在力がかなり広い範囲で水のように内部のものを減速させる緩衝材としても働くため、宇宙空間とは違って接触時の衝撃を心配する必要は皆無なんだとか。

 砂が水底に沈()するように、静かに引き寄せられてくる小さな世()

 それを澱界(でんかい)と呼び、迷宮のような形にまとまっているものは澱界宮(でんかいきゅう)と呼ばれる、らしい。

 ただ、迷宮のような形にまとまっている異世界だけでなく、中身の一部、あるいは全てがこの世界に現れている例もあるそうなので、総称としては澱界宮(でんかいきゅう)より迷宮の方が適切なんだとか。


 この世界も、俺が生まれ育った世界と元々は似ていたらしい。

 出現元となる迷宮にも左右されるが、迷宮から現れたモンスターというのは、存在強度が高かった。逆に、この世界の存在強度は低かった。

 その結果、圧倒的な戦力差によって蹂躙された。

 細身のモンスターが鋼の扉を腕力でこじ開け、粗末な短剣が防刃装備を容易く引き裂き、超常的な現象すらも自在に操る。

 こちらの拳銃程度では表皮どころか粘膜にすら弾かれ、手榴弾の直撃でも傷を負わせるのがせいぜい、大砲やミサイルやロケット弾でも直撃させなければ倒せなかった、直撃させても耐えるものすら居た、などなど。

 そういった理由で一度滅びかけるぐらいまで追い詰められたんだとか。


 そして今、外がどうなっているかと言えば……モンスターの撃退によって存在強度を高めた軍が都市近辺のモンスターを討伐。空間移動(テレポート)をはじめとして魔法のような技術も実用化された結果、おおむね平和であるらしい。

 空や海では戦いにくさから未だに劣勢でこそあるものの、世界に災いをもたらしたモンスターのうち、特に強大だった個体は既に討伐してあるとのこと。

 また、技術の開発と発展により、当人の存在強度を多少消費こそするが、大怪我どころか死すらも覆せて、拠点への帰還も可能、という状態に誰でもすぐになれるようになっている。存在強度を蓄えるには迷宮を利用すると効率が良いので、災害扱いだった迷宮は今や資源として扱われているんだとか。

 転送装置以外の関連技術では、異次元空間を漂っている何かを引き寄せる『牽引機』、不要な物を資源として存在力に分解する『資源炉』、存在力を操作して物品を作る『製造機』などがあるため、人の領域として取り返す必要性が薄れてしまった……と。


「要するに……ポスアポっぽいけど技術は進んだからSF的な、でも銃の強化は効率が悪いせいで武装はファンタジー寄りな世界……ってところかな」


 弾丸の存在力が低いと威力が出ず、火薬の存在力も併せて強化しないと弾丸を加速させにくくなり、上手く調整しても弾丸が音速を軽く超えるせいで距離による減衰や精度の低下が起こりやすく、使用者の存在力が低いと反動で死にかねないとか、銃に関しては散々な書かれ方だったのを覚えている。

 で、さっきの続き……異次元空間を観測する機器の精度は未だにあまり高められていないため、ある程度大きな迷宮ならまだしも、規模の小さな存在は実体化するまで詳細は分からない。

 牽引機で対話可能な生命体が実体化した場合、規定通りに事情の聞き取りとこの世界についての説明を行い、ある程度の補助を行う必要がある、と。


「つまり、俺は今、その通りに扱われているのかな。ありがたいとは思うけど…………引きが悪かったらご愁傷様、かな」


 引きの良し悪しと言えば、不要なものを処分する方法が確立している点も含めて、ソシャゲのガチャのようなものだろうか。

 ランス博士の口ぶりからして、面倒臭い人を実際に引いてしまったか、その実例を見聞きするぐらいはしていそうだ。

 逆にランス博士に引き当てられた俺は、多分、運は良かった方かなと、思わないこともない。


 何が犯罪にあたるかについては、あまり長々とした文章はなかった。『不当な利益を得ようとしてはいけない』とか、『他者を傷つけるために行動してはいけない』とか、まぁ、当たり前のことがふわっとした文章で書かれている程度。法によって治められてはいても、運用がかなりファジーなんだろうか?

 公共設備の利用に関するマナーの方が文章量は多かったと思う。

 まぁ、あまり横道にそれるのも何だし、続きを読むとしよう。


「次は、職業……選択肢が凄いな。いや、ちょっと考えてみれば当然かもしれないけど」


 俺が居た世界でもあったような産業は、人材が余っている状態なんだと思う。

 求人が少ないし、経験や能力面でのハードルもかなり高い。この辺は信頼不足も関わってるかな。ポッと出の異世界人だし。

 軍には無条件で入れるそうだけど、階級は当然一番下からだし、一度入れば最低でも一年は転職が不可能だと明記されている。この世界の人間の身体能力は俺が居た世界のそれより高いようなので、提示されている選択肢の中では最もハードな内容になると思われる。

 迷宮に関しては、面接さえ通れば就職可能、即日転職や副業もOK、という気楽な条件だが、モンスターと戦闘する可能性はあるとも書かれている。これがこの世界の産業の根幹っぽいし、人材を欲しがってそうなのも納得ではある。

 最後に、ランス博士の研究助手。これも条件は面接だけらしい。一年は働いてほしい。真面目に働いていれば転職の選択肢も増える……と、書いてある。


「……迷宮に入るか助手かの二択かな」


 とりあえず、迷宮に関してもう少し詳しく見てみることに。

 迷宮を利用する方法と注意点。

 迷宮に入るには、あらかじめ探索者ギルドで講習を受け、登録を済ませて探索者ツリーを獲得しておく必要がある。

 澱界宮内部の時間は、澱界宮ごとに差はあるが、この世界と比べて千倍以上の速さで流れている。体感できる時間は周囲の流れに従うため、探索中に問題が起こることはそうそうないが、探索の前後でほぼ確実に起こる時差には留意すること。

 殺された場合、登録した地点で自動的に蘇生されるが、相手の存在強度が高いと、奪われる存在力の量も増える。存在力が完全に失われると蘇生できずに消滅してしまうため、初心者は特に注意が必要。


「んん……うん?」


 まず、探索者ツリーって当たり前に書かれてるけど何のことだよ、なんて思っていたらモニターに詳細が表示された。

 どうやらアビリティツリーというものの一種らしい。そのアビリティツリーというのは、存在力を含む超常的な力を活用するための技術であるアビリティを扱うための器のようなもの、らしい。

 そして、基本ツリー以外のアビリティツリーは休止状態にできる。高性能なアビリティツリーはコストの高いものが多いため、稼働状態にしておくツリーはある程度制限した方が良い。ただし探索者ツリーは澱界宮から安全に帰還するために必要なものであるため、探索中は稼働しておくべき……と。


「なんとなく……いや、割と雰囲気がゲームっぽいような……」


 殺されたら死亡時の罰(デスペナルティ)のような形で存在力が奪われ、登録した地点(セーブポイント)で自動的に蘇生される。

 存在力が全て奪われれば存在が消滅する(ゲームオーバー)

 アビリティというものが存在していて、超常的な力を扱うことができる。

 まぁ、アビリティでできることはともかく、アビリティツリーってのがそもそもどういうものなのかもわからな――


「……お?」


 先ほどからアビリティツリーについてあれこれと考えていた影響か、視界にその一覧のようなものが浮かんできた。ブラウザでブックマークを表示する時のような、フォルダを開いて表示する形式の……ツリービューとか言うんだったかな?

 目を閉じても表示されたままなので、立体映像ではない模様。

 一つだけ存在する『基本ツリー』が開かれていて、その子のような形で【情報】、【操作】、【発話】、【聴解】、【記述】、【読解】とアビリティが並んで表示されている。各アビリティには習熟度と書かれたゲージもあり、【操作】が八割ほど、【発話】と【聴解】が半分ほど、残りは一割少々。……そんな一覧を見ている間にも【情報】と【操作】の習熟度とやらがじわじわと伸びている。

 未知のフリーソフトが強制的にインストールされているような不快感も無くはないが、機能を見た限りでは有益だし、今は信じるほかないだろう。

 ところでこの習熟度ってのは……と意識したら、その情報についても表示された。

 一般的に習得したと認められる程度に扱えるようになれば習熟度のゲージが最大になり、それ以上の習熟度は可視化されないが、成長の余地はあるらしい。また、アビリティの育ちやすさにはかなりの個人差があるようだ。

 つまりアビリティを確認するアビリティが【情報】、か。うん。詳細が表示されたしその通りだった。


 モニターに視線を戻して読み進めてみると、探索者ツリーのアビリティの簡単な紹介が続いていた。

 物品を多数収納しつつ重量を無視して行動できる、いわゆるアイテムインベントリとなるアビリティも存在していて、探索者として登録すればそれが利用可能になるらしい。

 助手として働く場合にもこの探索者ツリーは持っていれば便利、と書かれている。……そんなに助手が欲しいんだろうか?


 しかし、まぁ、同じ体勢で読み進めるのも少し疲れてきたし、ちょっと伸びでもしてみるか、と――


「あれ? ……??」


 立ち上がろうとしてみたら、なんというか、感触が妙に軽かった。

 軽く跳んでみると、三メートルぐらいの高さがある天井にぶつかりそうなぐらいまで跳べた。もう少し力を込めたら頭をぶつけていたかもしれない。

 でも、落下時の加速からして重力は正常そうな気がする。何だこれ?


『何か妙な動きをしているが、問題でもあったのかね?』

「あ、はい、やけに体が軽く感じたので少し試してました」

『む? ……ふむ。元の状態が悪かった分、吸収効率も良いのかもしれないね』

「……? そういえば、基本ツリーとかいうのをいつの間にか獲得してたのとも関係はありますか?」

『うむ。アキミチ君がこの世界に実体化した時点で存在はかなり薄れていたから、ExP……いや、存在力の補填もできるようにその部屋の空気を調整してあったのだよ。『基本ツリー』を身に着けさせるのも私が負っている義務の範疇だね』

「なるほど。ありがとうございます」


 どこから見ているかはわからないが、俺が消滅しかけていたのは本当のことのような気がするので、モニターに向かって頭を下げておいた。

 この部屋も酸素カプセルのようなもの、なんだと思う。

 それにしては広いけど、酸素の代わりに特殊な薬効のあるガスで満たされていると考えれば――いや、尚更贅沢な使い方だな? こっちの物価は知らないけど。


「ところで、今しがたのイーエックスピー? ……とは何だったんですか?」

『それは……まぁ、一通り読み終えているようだし、君ならもう伝えてもいいかな。ExPは、存在(Exist)(Power)俗語(スラング)的な略称さ。正式な名称ではないが、普通に暮らしていれば耳に入ってくる言葉だよ』

「そうなんですか。……存在力の方がExPなら、もしかして、存在強度の方は原型のない俗語(スラング)で呼ばれてたりします?」

『その通り。この世界では誰もがExPを貯めてLv(レベル)を上げるのさ。ExPを貯めた時点で強くなっているし、上がったところで何かを覚えるようなことはないが、モチベーションに繋がりやすかったみたいだよ。わざわざ二進対数の一〇倍なんて表記を使って数字が適度に増えやすくしてあるのも、小数点以下を表示しないのもね』

「ははぁ……なるほどですねー……」


 モニターに表示されていた異世界人用と思しきテキストの中で正式名称しか書かれていなかったのは、『ゲームの中の世界だ』なんて勘違いをさせないため、だったのかな。


『ああ、特に倫理観がゲームとは違うことは忘れないでいてくれたまえ。死んでも蘇生できる世界ではあるが、通行人を理由なく傷つけるのは当然犯罪だし、他人の家に無断で入ったり物を盗むのも犯罪だよ』

「あー……はい。気を付けます」


 多分、実際にそういった問題が起こったんだろうなぁ。


「拾われた異世界人が罪を犯した場合、拾った人間の責任問題になったり……?」

『その可能性は高いのだよ……だからと言って安易に自由意志を奪ったりすると、もっと直接的な罪に問われるわけだね』

「それはまた何と言いますか……俺は助かってますが」

『本当に、本っ当に頼むから、気を付けてくれたまえよ?』

「わ、わかりましたよ」


 かなり必死な感じだし、わざわざ問題を起こすつもりもないので素直に頷いておく。


『あぁ、それで思い出した。何が犯罪行為にあたるかは君の常識とそう大差ないと思うが、一つ重要なことがあるのだよ』

「はい、何でしょうか?」

『異世界人からは何かと物言いが付きやすいことではあるんだがね……この世界では、悪意の証明が容易なのだよ』

「悪意の……?」


 証明することが非常に難しい内容であるにもかかわらず証明させようとすることが『悪魔の証明』と呼ばれることは知っている。けど、悪意?

 いやまぁ、悪魔の証明が容易なんて言われても意味はわからないけども。


『文字通りでね、悪意をもって行動したのかどうかを、この世界では容易に読み取れるのだよ。無論、他の方法でも証拠は集めるがね』

「そう、なんですか。それは……かなり大きな違いですね」


 そんなものが簡単に証明できるのなら、世の中はどうなるのやら。

 この世界の司法機関がどうなってるかは知らないけど……たまにニュースで見た容疑を否認してどうこうとかいう事例が減る? それ以前に、法の抜け道を探ろうとする行為自体が良くない気がする。

 あと、考えられる問題点は――


「確信犯? ……罪にならないと心底から思っている場合、どうなるんですか?」

『内容次第だね。罪が軽くなる事は多いけど、更生の余地がないほど狂っていると見なされて、科される刑罰が非常に重くなった事例もあるよ』

「そんなこともあるんですね……」


 軽くなるだけじゃないのか……まぁ、当然か。

 それにしても、罪が重くなった事例の確信犯というのは、どんな人格をしているのやら。知りたいような、知りたくないような。とりあえず、会いたくはないかな。

 というかもしかしてこれ、交渉術や権謀術数と呼ばれる類のものが、単なる犯罪として処理される?

 ……仕掛けたことなんてないと思うし、今後も仕掛けなければそれでいいか。

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