13:先に予定を入れられまして
マンションの室内で安全に試せそうな範囲については十分に試したところで、今から何をするかを考えていたら――希未の、以前は変身後と心の中で認識していた身体が出てきていた。これで部屋に居る希未の身体は三つである。
……まぁ、何を望んでるかはわかりやすいし、多少の変化もあったから整理してみるか。
まず、一番大きな区分としては、ウィッシュという人格……いや、人格と言っていいのかな? 彼女らがどんな意見を交わしてまとめているかの過程は、彼女らのプライベートを尊重しているので不明。多少意見が対立していることもあるようだけど、そんなことがあっても表に出てこないくらいには仲良くしているようで一安心、かな?
そういった彼女らの総意のようであったり、逆に現在四つある設定のどれに所属するかが曖昧な意見のとりあえずの代弁者だったり、柔軟な使われ方をしている感じ。
そして、その下にある四つの設定の、『希未』『叶絵』『祈折』『願依』。
これらもまたウィッシュを構成する彼女らの一部の代弁者のようなものでもあるけど、そもそもまず最初に考え出された希未の設定が俺を組み込んだ捏造だったりとか、その希未の設定を前提としているのが叶絵だったりするように、ウィッシュを構成する彼女らの誰か一人の人生を明確になぞったものではない。祈折と願依についてはほぼ完全に被っている例もあるんだろうけど、ともかく、元になった個人を認識させようとしている感じではなく、そういった設定を抱えるキャラクターを目印にして混ざり合おうとしているような感じ?
まぁ、総数がかなり多くて俺は随分前から数えきれてないし、自分の名前を思い出せないくらい状態が悪い人格も結構混じってるからね。名前以外は外見も年齢もほぼ同じで、漢字の読みだけが違う、漢字だけが違う、姓名どちらかは同じでどちらかが違う、なんて例だっていくらでもあるし、勿論同姓同名だっていくらでも居る。並行世界の広さを感じはするけど、公平に、正確に個人を認識するのは普通に無理。一日は八六四〇〇秒しかないのである。
内情はともかく、それぞれの設定について。
希未はかなり初期に身体を用意した設定なだけあって、髪色が変わる『変身前』と『変身後』には別の身体を用意したし、魂がそういう状態であると表すための『真相』があった。そこに希未の設定のうち実体化されていなかった夢の中の姿を実体化させたような……要するに夢の中のように、玩具のようにもっと激しく弄ばれたいと言わんばかりの、というか実際にそんな主張をしていた『夢玩弄』が加わって、希未用の身体は現在四つある。
ただ、夢玩弄が加わる前だったけど、ゴーレムを割と好き勝手に光らせたりできるようになってたから、変身前と変身後を分ける必要がなくなってしまい、設定的にも同時に出られない関係から、なんかちょっと浮いた感じになっていた。
夢玩弄が加わる時に変身後を夢玩弄として流用してればまた少し違ったんだろうけど、祈折と願依にも変身後ボディを用意してたからねぇ。銀髪ばっかだけど。
白髪と銀髪の違いは、ミクロなダメージの有無かな。材質は同じようなものでも、例えばガラスなら、細かな傷を付けることで白く見えるすりガラスになり、傷がないガラスや傷のある面に脂が付着しているすりガラスは透けて見える。
ただ、透明感のある白髪でも髪の量が少なくて肌色が透けて見えたりしていると、銀髪とは表現しづらいというか、逆に白髪っぽく見える気がしないこともない。
まぁ、そんな銀髪の定義はともかくとして、変身後という扱いの身体がことごとく銀髪だったのは、いわゆる魔法少女的な、変身ヒロインとしての力を失った形だけの変身姿、みたいな表現の模様。狐巫女っぽい変身をする希未が銀髪なのはまだ良いとして、ピンク色が入ったフリフリ衣装になる祈折も変身後が銀髪なのはだいぶ露骨だしね。
どうしてそんな表現をしていたのかといえば、自重やら何やらの心の表れだったんだとか。
そんな、変身と言いつつ実態は変わり身的なマジックだったのが、本当に変身するように色を変えられる技術を覚えたことで、変身後という扱いのボディに衣装を着せて待機させておく必要がなくなった。布の塊を一つ取り出して衣服に再構成しながら着込むような着替え方は流石に厳しいとしても、完成形に近い形の衣装をパーツごとに取り出して順次フィットさせていくくらいなら簡単だしね。
髪の色については、黒髪を普通に染めようとすれば結構なコストはかかるけど、髪ってのは組織全体に色がついてるわけでもなく、一番外側のキューティクル自体は透明だから、キューティクルの内側を光らせればOK。銀髪と黒髪どちらをベースにしたかで色合いは多少変わるけど、電源が切れたモニターが黒いように、光る物は黒を背景にした方が狙った色を出しやすい。銀髪にするにしてもただの銀髪より黒髪を光らせた銀髪の方がちょっと変身ヒロイン的な特別感があったと思う。
そんなわけで、元々出番も多くなかった変身後の身体が三つ、本当に余ったような状態になってしまったわけだけども、処分してしまうのはどうかと思うしなぁ、ということで役割が整理されて、半ば観賞用だった変身後ボディは淫夢を体現するような扱いとなった。
つまり、希未に関しては夢玩弄が二つ、ABとでもして夢玩弄A、夢玩弄B……長いな? なんかこう、軽く思い浮かべて読んでみての違和感だったんだけど、画数的にちょっと気になってきた。字面が酷いのは今更だし、表に出す気もない名前だから何でも良いといえば良いとしても、実体がある相手を夢と呼ぶのも何か違和感があるし? そんなわけで一文字削って玩弄A、玩弄Bとする。
どちらをAとするのかについては、身体はウィッシュが収納してしまうし、その中で着替えたりもできるからそのうち区別もつかなくなるだろうけど、一応先に作られた方である元『変身後』の方を心の中ではAとひっそり認識しておこうと思う。
アルファベット順にABと考えればAの方が先でありながら、Base、Anotherと英単語で考えればBの方が基準っぽくなるから丁度良いかなと。複数あるのはまぁ、夢の中ならそんなこともあるでしょ。
あとは、真相はそのままで良いとして、変身前と認識していた黒髪黒目の方は、ウィッシュの身体と同様に『本体扱い』と認識するか、いっそのこと無印として単に名前だけを出したらその身体を指しているものと認識するか……本体扱いの方が良いか。紛らわしいし……何かこう、妙な事が起こらないとも限らない。
そんなこんなで文字数もちょっと気にしながら整理した結果――
ウィッシュは『本体扱い』『応対』『汎用』『実験』。
希未は『本体扱い』『真相』『玩弄A』『玩弄B』。
叶絵は『再現』『統合』。
祈折は『本体扱い』『玩弄』。
願依は『本体扱い』『玩弄』『鳥人』『念動』。
そんな風に認識するかなという結論に至った。表面的にも、呼びかける時にも使ってない呼称だから変わったところで何がどうなるわけでもないけど、ちょっとスッキリ。
叶絵と祈折の身体が少ないのはまぁ、どちらかといえば迷宮とかではない街へのお出かけ用っぽいイメージで、残り二人がほぼ完全に自宅用で、俺は迷宮と自宅以外で過ごす時間が少ないから? 祈折の方は織宮さんが居るからちょっと出しづらいのもあるか。
いや、結局全員見分けがつかないレベルでほぼ同じ顔だし、他の子との比較はともかく、織宮さんのような似た顔の子と比較すれば明確に年齢差を読み取れる希未に対して……ついさっきまで夢玩弄改め玩弄Bは手に付かないしっとり触感のローション饅頭抱き枕にしていたし、その感覚が伝わって悶えている変身前改め本体扱いの声も聞こえているし、これから変身後改め玩弄Aにもナニをしようってところだったりするから今更感も凄いけど。
「改めて触れてみると、衣服としてはかなり頼りないですよね、この水着」
「あー、そだね。一応面積はあるにしても、競技用に近い薄さだろうし、これは特に裏地もない……って、凄く軽いね?」
「ですです。この手袋や靴下やスニーカーと比べてもそれぞれの一組の方が重いくらいですね」
「そう考えると本当に軽いなぁ……」
希未・玩弄Aに促されて実際に手に取ってみたものは、競泳水着。
一時期大会で流行していた高速水着と呼ばれる類のものではなく、デザインとしてはそれより一世代ぐらい古めの、多分公式大会ほどは攻めていないもの。簡単に言えば、背中はX字を描くクロスバックのよく見るやつで、太腿は覆わないタイプだけど、ハイレグと言うほどでもないワンピース水着だ。
今時だとルールが厳しくなってインナーやパッドが禁止されてる代わりに、そんなものが必要ないくらいには要所要所が凹凸を隠せる程度に頑丈な素材が使われたりしていたりした、んだったかな? ただ、これから希未が着用しようとしているのはもっとルールが緩かった時代のもの。
本来なら裏地を縫い付けるくらいしてありそうな伸縮素材オンリーで、取り除かれたのか裏地もない。色は前面の大部分が白で、ところどころにピンク色が入っている感じ。脚の付け根付近もピンク色の布地になっていて、布地はあってもハイレグっぽく見えるようなデザインになっている。まぁ、商品説明には一応練習用とか書かれていて、需要もなんやかんやありそうだけど、明らかに別の目的があるだろうものだ。
持ってみると本当に軽く、一〇〇グラムもないくらいかな。スマホや腕時計より軽いどころか、体操服で言えば上着を含まないブルマ単品と同じくらいの重さしかない。
そんな風に、競泳水着については触れられる状態ではあったものの、希未が比較対象にしていた手袋や靴下は着用済み。どちらも腕や脚の付け根付近まで覆う厚手の黒いニット地で、ラバーほどではなくても実にいかがわしい。一度も外で履いたことがないものとはいえスニーカーまで履いているけど、確かにそれらと比べてもこの水着は軽そうだと思う。
そして希未は、競泳水着の上半身を包む部分をくるくると、ただのショーツのようにまとめてしまってから、スニーカーを履いた足を引っ掛かりながらも通し、下半身部分をしっかり穿いてから上半身部分を引き上げながら着ていく。希未の体格に丁度良いくらいのサイズではあるんだろうけど、中々着にくそうな小ささだ。
「やっぱり、乾燥していると思ったほどは透けませんね」
「……まぁ、そうだね。でもだからこそ……と?」
「ふふふふ……」
屈折という現象は主に屈折率が異なる素材との境界で、屈折率の差が大きいほど大きく起こる現象だから……石油系化学繊維と空気との間ではよく屈折して白く見えやすくなる。すりガラスの例えはさっき思い返したっけ。
で、水は空気より屈折率が高いから、空気の代わりに繊維の隙間に入り込めば白くは見えにくくなり……まぁ、繊維そのものに白い顔料が練りこまれていればその色は透けないわけだけど、透けさせて遊ぶ目的が見え見えの白い布地なら結果も自明。
空気の代わりに浸透するものが水より更に屈折率が高い油やローションであれば更に透ける……とはいえ、今回の希未はスニーカーを履いているように、用途がちょっと違う。
部屋の中に小さな部屋を作るようなイメージでローションゴーレムの箱を用意した。上は天井より低いのは仕方ないとして、前後方向には四メートルほど、左右にも三メートルほどあるそれなりに広いリビングでしか作れない広さの箱で、箱と言うように当然壁もある。具体的には砂ぼこり防止用である。
それから箱の底には完全に微生物が居ないレベルで清潔な砂を広げて、軽くローションゴーレムを動かしてみたところで一旦声掛け。
「こんな感じで良いかな?」
「はい、ありがとうございますっ! 流石に外ではやりませんが、んふー」
要するに、今回用意したのは砂場仕様のルームランナーゴーレム。そこで走る予定である希未・玩弄Aには目隠し、手枷、鎖付き首輪等々いかがわしい玩具を一通り加えて準備完了。
機械的な部品はないから動作不良は起こさないし、砂の下にはクッション代わりにもなるローションの層もあるから転んでも大きな擦り傷ができるような環境ではない……のだけれど、我ながら地味に業の深いものを用意してしまったなと思いつつ、出入口を閉めて希未・玩弄Bを抱き寄せた。
………………
…………
……
「んぶ、ブハッ、はぁ……お、終わり、ですか?」
「うん、今回のところはね」
「は、はぁぃ……」
着けていた玩具だけで厳しそうだったけど、夢の中なんだから体が複数あっても、それぞれの感覚がそれぞれに伝わっていてもおかしくはない、ということらしく、希未・玩弄Bに触れても反応はあったし、希未・本体扱いの悶え方は玩弄Bだけを弄っていた時の反応と比べても恍惚度合いが増していたというか……なんかこう、実際にそういう反応をしてるところを目にするとすげえな、と思いはしたけどキリがなさそうだからね。
砂場仕様のルームランナーゴーレム内で走っていた希未・玩弄Aは、走った距離や速度も結構なものだったりはしたせいもあって、何度も転んだ。
その度にペースは緩めていたから引きずられるようなことはなかったし、脱水症や熱中症の心配はないとはいえ、全身だいぶボロボロな感じ。
スニーカーは靴紐をきつめにしっかり結んでたから脱げてはいないものの、見てわかるくらいにはしっかり砂が入り込んでいるし、靴下や髪にも結構な量の砂が絡んでいるのが見て取れる。
砂は混じりものなしだったとはいえ、珪砂だからね。成分的にはガラスやクリスタルと同じで、鋼鉄に傷を着けられるレベルの硬度だってある。
そして、化学繊維の類は引き延ばされた時に硬度の高いものに引っかかれるような物理的作用に弱いものが多く……希未・玩弄Aの身を包んでいたのは化学繊維の、それも引き延ばして着るような競泳水着で、転ぶ際の勢いも中々だったし、回数もあった。だからまぁ、どういう状態にあるかといえば、一応シルエット的にはほとんど変化はないものの、表面を見ると肌色の穴が増えたなと。
「それじゃ、風呂かな?」
「こ、このまま水槽みたいにして丸洗いとか、ダメですか?」
「それはダメだよ。床が抜けそうだからね」
「あっ、そ、それはダメですね」
「うん」
既にマンションの一室で何してんだって感じではあるけど、床が抜けて近所迷惑になりそうなのは本当にダメだろう。
希未は割とダメなレベルのドMなのと、外に出ている身体はあくまでも生肉ゴーレムに過ぎず、生物的な反応だけが運動に使われているわけでもないので、それこそ完全な無酸素空間の中でもフルマラソンくらいは可能だったりとか。
当然、水没しても肺に水が入った感触を味わうだけで窒息死はしませんし、ゴーレムの核がある頭部を破壊されてもその身体との接続が切れるだけです。




