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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 01 章
10/115

10:カルチャーギャップ

 第四層では、リシーが水たまりに落ちた以外の問題は特になく、蛇型の普通サイズらしいモンスターとワニ型のモンスターを合わせて数匹倒して第五層に到着した。

 転移する前に【所在確認】で確認してみたところ、第四層に四人組の反応はなかったので、四人組が奥に進むつもりでもかなりの差がついていることになる。

 それと、リシーから聞いた話では、というかこの迷宮では第一層と第三層にしか採集エリアはないらしい。

 第五層は岩や大きな石が目立つ地形で、風がやや強く、少し肌寒い。転移門(ゲート)の近くには小さな池があり、その奥には岩壁。反対側は何本かの大きな木が目隠しのようになっていて、ここからでは遠くがどうなっているかはちょっとわからない。

 なんとなくだけど、ここは標高が高いのかな? 第六層への転移門(ゲート)は、【所在確認】で高さを意識しながら見てみると、高低差だけでも一キロぐらいはあるっぽい。

 それにしても――


「この迷宮、草原宮って名前の割に、草原っぽいところが少なくない……?」

「普通に探索してたら、もう少し草原は通ってるわよ。第四層だって、上流の方に進めば草ばかりが生えてる所もあったのよ?」

「なるほど……」


 リシーと会話はしているが、視線は向けない。

 第四層の転移門(ゲート)でリシーが雨具を脱ぎ、大雨をシャワー代わりに泥を落としていたからだ。装備を本格的に脱いでいたわけではないけど、濡れたインナーの上からタオルで水気を拭っているところを見るのは良くないと思うので。

 まぁ、衣擦れの音はものすごく聞こえてくるけれども。

 とりあえず、俺もウェーダーゲイターとやらを外して……着たまま収納すればいいかと、雨合羽と長靴は収納して普通の靴を履く。これで俺の準備は完了だ。


「……あれ? そういえばリシー」

「ええ、何かしら?」

「今更だけど、タオルで拭かなくても、【物品目録】で水分だけ収納してしまえばいいんじゃない、かな?」

「……その、【物品目録】をアキぐらいまで使いこなせてる人って、珍しいのよ?」

「そう、なの?」

「そうなのよ。棒を当てた木が次々に消えていくっていう時点でもうおかしいんだからね? 何をどうやったらそんなことができるのよ……」

「そう言われても……ほら、最初に剣で触れてるだけの草を収納したのはリシーも見てたよね? つまり、間接的に触れてるだけでも【物品目録】は使えるってことで。それに地面に生えたままの草も収納はできたから、地面に生えてる木はそれがただ大きくなっただけ、ってことで棒を通してアビリティを使って収納してる、んだけど」

「……練習はしてみようと思うけど、少なくとも、今の私には無理ね」

「そっかー……」


 ううむ……俺に漫画的な、いわゆる『才能』は無いと思うから、何かコツを掴めた、ってだけだよね、多分。具体的にどんなコツを掴めてるのかはわからないけど、探索者になれば誰でも覚えられる基本中の基本みたいなアビリティだし。

 まぁ、使い慣れていくたびにどんどん使いやすくなってたから、発想が無くて使う機会が少なく、慣れられなかっただけ、ってところだと思う。

 個人の感想です、とか付けるべき……? むむむ……。

 ……インナーじゃない、ブーツの足音が近づいてきたので、出発の準備が整った様子。見てみるとまぁ、多少湿ってそうな雰囲気ではあるけど、見慣れた装いに戻っていた。


「アキ、この階層で、ちょっと寄り道していかない?」

「ん、いいよ。目的地は決まってるの?」

「ええ。案内するわね。何があるかは、見てのお楽しみ、かしら」

「そっか、楽しみにしとくよ」


 どの階層も次の階層への転移門(ゴール)に向かって直進するだけで十数キロは距離があったと思うし、階層にはその直線しかないわけじゃなかった。この階層はかなり視線の通りが悪そうなので、直進するだけでは見つけられない場所の情報は楽しみだ。


 池から流れてていく小川を追うように山を下り、その小川が別の川と合流してから更に下り、新たに合流した何本目かの小さな流れを遡る。

 リシーを追って山を登る形になるし、

 道が整えられているわけでもなく、時折何メートルか跳んで岩の上へと進むことになる――だけならまぁちょっとハードな道のりだなで済むんだけど、リシーが先導する形で登ってるって状況が、アレだね。

 水気が残っているインナーが張り付きやすくなっているのに激しく動くものだから、一部には皺が寄り、一部は引き延ばされて引き締まった体が強調されている。それをローアングルで追う形になるわけだから、目に映る光景が中々にいかがわしい。

 付け根の中央は頑丈な革鎧で、別の線が浮かんだりはしてないからセーフ……?


「着いたわよ」

「あ、うん。ここ? ……この、池が目的地なんだ?」

「ええ、そうよ。何か気づくことはないかしら?」

「うーん……」


 辿ってきた流れは小さかったけど、天然のダムのように水をせき止める何かがあったようで、大雑把に学校のプール一つ分ぐらいの水がこの池にはある。

 池のほとりには、握りこぶし大ぐらいの角ばった石が多い河原が半分ぐらい。残り半分は下草と落ち葉が覆っている。

 池の奥に見える大きな岩肌と河原側の広葉樹が目隠しになるように広がっているので、安全な空間なのだろうとは思う。

 強いて言えば、ハーブか何かのような緑の香りが、この階層に来て一番強く漂っている、ような気がする。

 リシーの現状を踏まえて考えると――


「……安全に水浴びができる場所?」

「それだと、半分ぐらいかしらね。ここの上流ではこの香りの元になってる薬草が川に浸かってて、成分も溶け出してるから、弱い薬みたいになってるのよ。それと、ちょっと触ってみればわかるわね」

「? ……温かい、ような? 温泉と言うには低めだと思うけど、水浴びよりは落ち着けそうだね」

「そういうこと」


 多分だけど、三〇℃はないぐらいのぬるま湯だった。湯気が立つほどの温かさではない。

 まぁ、第四層が地味に体温を奪いにくる階層だったし、この程度でもありがたいか。

 小さな虫などはここまで全く見かけなかったので、そういう点でも安心ではある。


「じゃあ、リシーが入ってる間俺は何をしてようかな」

「えっ?」 

「……えっ? てどういう?」

「武器をすぐ使えるようにしておけば……アキの場合は手に持ってなくても、モンスターには対処できるわよね? むしろ背中に剣を出しておくより早いでしょ?」

「それはまぁ、確かにその通りではあるんだけど……公衆浴場とか、男女別だよね? 湯あみ着ありの混浴もあった気はするけど……」

「知ってるんじゃない。迷宮の中なら、パーティー単位で済ませるのも普通よ普通」

「そういうもんなの……?」


 リシーは恥ずかしそうなそぶりも見せず、茶色の布を取り出して、革鎧を収納した。インナーの上からその布、肩紐が細いミニスカートのワンピースを着ると、インナーも完全に収納。俺の視線に気づくと、首を軽くかしげてから、剣だけ持ってそのままざぶざぶと水の中に進んでしまった。

 嘘を言っているような気はしなかったけど、俺が見てるのに平然としてたけど、『郷に入っては郷に従え』って言葉もあるけど、いや、ええ……? けど、ここは俺が居た世界じゃないし、気にしすぎるのも問題か。ぐぬぬ……。

 ……湯あみ着の持ち合わせはない。今のところ作れる布は透明度が高いものぐらいだから――いや、屈折率自体はあるから、中に小さな隙間を作りまくって、ついでに厚みも持たせて屈折が起こる回数を増やせばいいのか。形は半袖半ズボンぐらいの感じで……。


「…………よし」


 リシーは俺のことを気にする様子もなく、髪を水だけで簡単に洗っている。

 着替えは完全に【物品目録】任せで完了。いざ、尋常に混浴!

 まずは河原でかけ湯からっ……!


 無駄に意気込んでみたものの、水着で温水プールに入ってるのと大差ないんだよな。

 リシーが着ている湯あみ着はかなり余裕があるサイズのようで、水流で揺らめいて肌色しかなかった中身が見えても特に気を悪くした様子はなかった。

 ついでに、TrapやCDでもなかった。かるちゃーぎゃっぷ……。

 真上を見ても空はあんまり見えないけど、視線を上に向けて全身の力を抜いてゆらゆらと……。

 あぁ、なんだろう。温度はぬるま湯程度だけど、疲れがどんどん抜けていくような感覚。


「アキ? 眠いの?」

「あー……確かにちょっと眠気はあるかも。ずっと頭使ってたし……」


 ランス博士の所で意識を取り戻して以降、座学座学で迷宮に来て、迷宮内ではほとんど歩きっぱなしで、【物品目録】でも頭をだいぶ使って……Lvが上がってるとはいえ、脳をちょっと酷使しすぎた気はしないでもない。


「なら、ちょっと仮眠でも取る? ここの池に浸かってれば疲れも取れやすいから、一五分ぐらいでもかなりの効果があるわよ。その間の警戒は私がすればいいだけだし」

「ん、んんー……そだね。このまま探索を続けても迷惑かけそうだし、ちょっとだけ」

「ええ。おやすみなさい」

「うん、ありがとう、リシー」


 そんな短時間で疲れが取れるのなら便利だなぁ。

 ただ、そう、深い所で風呂寝は避けた方が無難だろうから、浅そうな河原を枕に……。



 ……

 …………

 ………………



『――! ――――』


 現代的な日本の、住宅地を見下ろしている。

 どの都道府県かも()()()()、見覚えはある学校。

 グラウンドで人々に囲まれているのは、乱雑に積まれた木材と、高く高く上る火。

 四方に伸びる鎖と、それを縫い留める大釘。


『――! ――! ――――!』


 いつ見ても、何度聞いても不快な喧噪。

 ああ、()()()特に悪い方だ。

 前方に視線を向けると、この光景の主である()()()()()()

 俺は()()()()()と声を――



 ………………

 …………

 ……



「フゥ゛ッ!」

「ッ、アキ?」

「……リシー?」


 周囲を見渡すと、ここは……ああ、そうだ。ファーバ草原宮の第五層の、リシーが教えてくれた天然のぬるま湯で……仮眠を取ってたんだっけ。

 さっきまで見ていた夢は記憶から既に消えていて、全く思い出せそうにない。

 そしてリシーの顔が近い。俺の隣に並んで、眠ってはいなかったと思うけど、寝転がってはいたらしい。ぽたぽたと水滴が垂れている。


「何か、無茶苦茶嫌な夢を見た気がする。内容は思い出せないけど」

「大丈夫?」

「まぁ、うん。頭はスッキリしてるし、体の疲れも取れたみたいだね。何分ぐらい寝てたかな」

「一五分くらいよ。そろそろ起こそうかと思ってたところ」

「そっか、寝る前にも言ったけど、ありがとう」

「どういたしまして。でも、どうせなら良い夢を見てくれても良かったんじゃない?」

「う、うん、何かごめん……? でも夢って、制御できるものじゃなくない?」

「それはそうだけど」


 リシーは不満そうにしてるけど、寝てる間のことはねぇ。多少の寝相ぐらいなら何とかしたことはあるけど。

 落ち着いてみると……ほんのりとした空腹感。そういえば今日はまだ水しか飲んでないや。


「リシー、この辺って火は使っても大丈夫? ちょっと肉でも焼こうかなと思ってるんだけど」

「この階層のモンスターがこの高さまで登ってきてることはそうそうないから、ここなら匂いは問題ないわよ。多少なら煙が出ても大丈夫だと思うけど、火事は流石に気づかれるでしょうね」

「ん、じゃあ、草がない方で?」

「ええ」


 足場の悪さは少し気になるけど、何となく良さそうな石を組み立てて、コの字型のDIY感溢れるかまどが作成。

 着火用の道具はギルドで貰っていたし、アビリティで木材から綿のような繊維塊も作れるので着火は問題なし。

 貰った物の中に鍋や網がなかったので、焼き方は……蒲焼(かばやき)っぽくいってみるか。

 食材は、第一層で初めて狩った猪型モンスター、要するに野生の豚肉。潤沢に調味料があるわけではないので、味をつけるのは焼いた後。熟成も部位も知ったことかと適当に薄く切り出し、長い木串を等間隔にぶっ刺した。

 この木串を置く場所は、残念ながら金属の持ち合わせがないので、火から少し離れた位置に木製の串立てを設置。横から見るとコの字に見えるような深い溝を入れただけだけど、複数の串が肉で繋がっているので横に倒れることもない。

 そうして火が通るまで焼いていると、肉が美味しく焼けていそうな良い匂いが漂ってきた。火はやっぱりこう、生活を助ける用途に使わないと……? 何か引っかかった気がする?

 まぁ、うなぎ以外の蒲焼は珍しいか。


「良い匂いね。……これがアキの世界の焼き方……?」

「いや、自分でやっといてなんだけど、肉をこんな風に焼いたのは初めてだよ。金属製の調理器具がないから仕方なくね」

「へぇぇー、猪かしら?」

「そうそう、自分で初めて狩ったやつ……!?」

「なるほどね」


 匂いにつられて来たらしいリシーは、湯あみ着が張り付いて体の線が露わになっていた。石に座ってる俺の横で前かがみに覗き込むもんだから割と目の前に――なんというか、小ぶりではあるけどしっかりあるんだなぁ、と思った。

 息を吸って……そろそろ十分焼けたかな。裏返してみて、どっちもOK。

 木皿に乗せ、塩をかけてから丸く束ねてかぶりつく。まぁ、及第点。素材がいいね。

 食べるときにちょっと困ることがわかったので、串立ての溝に凸凹を付けて、肉の幅も焼き鳥ぐらいに。


「アキ、その……あら、焼き方を変えたのね」

「さっきのは思ったより食べにくかったからね。リシーも食べる?」

「いいの? ……じゃなくて、アキにお願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「リシーから? 色々お世話になってるし全然構わないけど、どんなこと?」

「その、そのね? 私のインナーを乾かしてほしいの」

「…………」


 え、いや、え? どういう要求……?


「火を使いたいとかじゃなくて?」

「火は加減が難しいし、時間もかかるわよ?」

「あー……そうなのか」


 濡れた後のシチュエーションとして割とよく見るものだけど、そういえばどのぐらいの時間が掛かるかは知らなかった。まぁ、乾燥機よりは遅いと考えるのが自然ではあるかな。


「……っていうかリシーはいいの? 俺が触ることになるけど」

「それは、何か問題があるの?」

「え、異性に下着を触られるようなものだけど、嫌だったりしない?」

「……見ず知らずの他人やちょっとした知り合いぐらいなら考えるけど、アキなら構わないわよ?」

「そ、そっか」


 羞恥を感じるポイントが割と根本的に違ってる……?

 思ったよりデカいなカルチャーギャップ。

 世界的に、『裸を見せるのは肉体関係を求める暗黙的なサインではない』『それ以上を求めるなら告白と同意が必要』という感覚が男女双方に常識レベルで浸透している。

 近くで武器を振り回していても気にならないぐらいの関係なら特にそう。

 人を害そうとする意思を大なり小なり感じ取れるので、平和ボケというわけでもない。


 リシーは自分ができないことや失敗を晒すのが恥ずかしいタイプ。

 露出に関しては、現代日本で例えるならノーマルな人が同性に鍛えた肉体を見せる程度の感覚でやっている。

 そんなリシーの感覚で言えば明路は『見て楽しんでるのに見ないようにしてる変な人』。頭ではなんとなくわかっているものの、強引に手を出そうという意思も明路からは感じられないので、実感は伴っていない。



 Trap:罠。いわゆる男の娘を指す。

 CD:Cross Dresser の略。異性の(Cross)婦人服(Dress)を着る人(er)。要するに女装。

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