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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 01 章
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01:プロローグ

最初はちょっと動きがないので毎日更新予定。

それ以降は毎週日曜午前0時更新予定です。

『本日、新たな澱界(でんかい)の接近が観測されました。多層型、総合規模B+、表層付近の強度は一三と見られ、構造物の反応もあるとのことです。固定が可能となるのはおよそ二〇日後と予想されており、先遣調査隊の選出も近々開始される見通しです。繰り返します。本日、新たな澱界の接近が――』


 ある日、そんな放送がこの迷宮都市に響き渡った。

 この世界は過去、モンスターの蔓延る迷宮が突如として現れたせいで一度滅びかけている。

 しかし数多の迷宮が攻略され、怪我どころか死すらも容易に覆せるほどに技術が発展した今となっては、目新しい資源が向こうからやってきたようなものでしかない。

 頻度は大小合わせて年に一、二回。

 規模が大国相当(B+)ともなれば、大規模な祭りの開催が決定されたようなものである。



 ◆



 迷宮都市に流れた放送は、大多数にとって有益な表向きの情報。

 表向きではない情報も当然存在する――とは言っても表に出せないものではなく、わざわざ大衆向けに流す価値もないと判断された細かな情報が大半だ。

 例えば、漁獲量に関して『本日、○○湾で水揚げされた魚のうち、サバは××匹。大きなものから順に、△△センチ、□□センチ――』などといちいち詳細に読み上げられるのは、地元のニュースであっても困るだろう。それこそ、総量が何トンだったかという情報にすら興味を抱かれないこともある。


「さて、また建築材、コンクリートの塊だね。組成は、既知の素材のみ、と。ハァ……資源炉に転送しておいてくれたまえ」

「了解。コンクリートの塊を資源炉へ転送します」

「うむ」


 迷宮都市では『澱界(でんかい)』と呼ばれている、異次元空間を通って迷宮都市がある世界へと緩やかに接近してきているものは、『どこかで()()()()異世界』である。

 勢いは皆無であるため、衝撃などの心配する必要はないが、澱界の周囲にはその一部が更に小さく分かれて漂流していることも多い。

 何もしなければこの世界の、地上とは限らないどこかに実体化してしまうため、小さなものでも拾い集め、どのように扱うかを判断する仕事も発生した。

 報酬は高いが、一定以上の各種能力が求められる上に時期や仕事量が不安定なため、澱界の接近時以外は研究や製造を行う兼業家もそれなりに存在する。


「しかし、ランス博士……もう少しこう、やる気を出されては如何ですか?」

「いやぁ、ここまで似たものが続けば仕方ないだろう? とはいえ、雑談に興じているわけにもいかんだろうし」

「それはそうですが……次、実体化します」

「ふむ。……おお、今度のは少しばかり芸術的な形をしているじゃあないか。物理的特性から考えても珍しい壊れ方だね。しかし組成は先程の物と比率が少し違うだけのコンクリート、行先はまた資源炉だ。よろしく頼むよビリー君」


 装置の内部に出現したコンクリートの塊は、破片をまき散らすこともなく浮かんだまま、ランス博士と呼ばれた側の操作でゆっくりと回っている。

 いくらか砕けてはいるが、鉄筋でつながっており、芸術作品だと言われれば納得してしまいそうな複雑さも、よくよく見てみれば無くはない、かもしれない。

 勿論それは、職務上の価値を持たない要素であり――気に入った物品をいくらか報酬として得る権利もあるが、その選択肢に入れる価値すら感じていない心情が転送先の指示に表れている。

 資源炉とは、あらゆる物質をこの世界で活用されている特殊な力に分解してしまうだけの施設である。


「……失礼しました。空元気を絞りながらやるようなものでもないですね」

「そうだろう? まぁ、ため息が多かったのは確かだと思うから、それに関しては控えてあげるとしようじゃないか。ほら、手が止まっているよビリー君」

「了解。少し芸術的なコンクリートの塊を資源炉へ転送します」

「うむ」


 現在の観測機器では実体化するまで詳細が分からず、そのために起こるジレンマである。

 澱界より接近した際は取るに足らない存在も増えるが、それがなければ丸一日見つからない日もあるなど、従業員のやる気を削いでくれる事態には事欠かない。

 しかしそれでも、『澱界の外で形を保つことができている小さな何か』には、手間を掛けるだけの価値がある、こともある。


「次、実体化します……っと」

「おや、人だね。しかも生きている。Lv(レベル)は、(マイナス)八……迷宮とはまだ距離もあるから、保てている方では、あるかね?」

「そうですね。……どうします?」

「……持ち物を見るかぎり『文明人サマ』である確率は高そうだから、正直に言えば見なかったことにして資源炉に送りたいところだが、そういうわけにもいかないだろう。衛生処理後、『個室』に送って、ついでに覚醒も促しておいてくれたまえ」

「了解。衛生処理、個別観察室へ転送、覚醒促進の順に実行します」

「うむ」


 ぼんやりと装置内に浮かぶ人影が、復唱された操作通りに消失。

 別のモニターに先程消失したばかりの人影が現れ、ゆっくりと床に降ろされる。


「……やれやれだね、全く」


 継続されていたスキャンにより、所属や文明の発展度を分析した結果がモニターに表示され、溜息が吐かれた。



 ◇



「……?」


 唐突に、目が覚めた。

 熟睡していた状態からわずかな時間で覚醒したような、スッキリとはしているのに違和感がある目覚めだった。はっきりとした全身の感覚もある。

 着ている服は、夏用の外着の私服だったが、体は妙に軽い気がする。

 部屋の様子は、天井に光源となる四角いパネルがいくつかあり、壁に埋め込まれたモニターがある以外は白一色で、凹凸も見当たらない。光の当たり方からして、一辺三メートルぐらいの立方体の、密室?

 こんな部屋に自分で入った覚えはないが、意識を失う直前がどうだったかは――思い出せない。何なんだろうか、この状況は。

 見える手足や体感から健康状態は良好だと思うが、何か、とても長い夢を見ていたような?


『やあ、おはよう』

「? おはよう、ございます」


 スピーカーを通したような、若干ノイズ混じりの声で挨拶が聞こえてきたので、挨拶を返しておいた。


『うむ。わからないことだらけだとは思うが、安全は保障するし、ある程度は情報も出すので、質問に答えてもらいたい。良いね?』

「……まぁ、わかりました。はい」


 子供のような高さの声だが、発音ははっきりしている。

 声の発生源は、モニター? 真っ黒な画面があるだけに見えるが、どこかに小さなスピーカーでも内蔵されているのだろうか。

 あと、物言いは中々に一方的な気はするが、害そうとする意思は感じられない、ような気がする。


『それでは基本から。君の名前と、性別、年齢は?』

「名前は只野(ただの)明路(あきみち)、性別は男、年齢は……あれ、いくつだっけ……?」

『……自分の年齢を覚えていないのかね?』

「とりあえず、三〇にはなってなかったと思いますけど……ええと、今は何年ですか?」


 声の主からは疑われているようだが、本当に思い出せないのだ。

 今が何年だったかという記憶すら曖昧な自分に自分でも呆れるが、流石に生年月日ぐらいは覚えているので、それがわかれば答えられる。

 そう思っての質問だったのだが、スピーカーの向こうに居る誰かは、何故か返答に困っているようだ。


『……あー……説明すると長くなるんだが……いや、スマートフォンだとかを持っているんじゃないかね?』

「あ、それがありましたね。失礼します。……ええと、二六ですね」

『そうか。……いや、素直に答えてくれるのは良いことなんだが、ここまで素直に答えられても……案外、反応に困るものだね』

「……? あれ、もしかして、今俺、誘拐、監禁されてるとかそういう……?」

『そういうわけじゃないんだが、疑われても仕方ない状況だとは……というか、思い至ってなかったのかね?』

「起きる前、というより寝る前? の記憶が曖昧で、まだ起きたばかりですし。それに、何となく、本当に色々教えてくれそうな気はしていたので」


 本当に何となくの、曖昧で感覚的なものだが、悪い人ではないように感じていた。

 今気づいたことだが、誘拐や監禁が目的なら、スマートフォンは手元に残されていなかったとも思う。


『ふむ。そういうことなら、手間が省けて良かったと思っておこうか。ああ一応確認だが、個人を表している部分はアキミチで合っているかね?』

「はい」

『そうか。では、私も名乗っておこう。エレウマイア・ランスだ。ランス博士とでも呼んでくれたまえ』

「わかりました、ランス博士」

『うむ』


 自身を博士を称した声が、少し元気になったような気が、する?

 しかし状況は相変わらずわからないので、説明に期待してモニターに視線を向けてみる。


『私達は、異次元空間を漂っていた君を、ここに引き寄せて実体化させた。君の視点で言えば異世界に転移したようなものかな』

「……んえっ?」


 変な声が出た。

 明らかにおかしな言葉だと思うんだが、博士は本気でそう考えているようにも感じるせいで余計に混乱する。

 異世界? 本当に?


『海で言うなら遭難した後、外国で救助されたようなものだから、もう少しニュアンスは異なるんだけど、事実さ。先程、君たちの世界でいう何年なのかを答えられなかったのも、同じ理由からだよ』

「ほぇー……」


 異世界……物語の中でしか関わることもないと思っていたが、事実と考えた方が良いような気がする。

 鵜呑みにしすぎかな? と思わないでもないが、本当にただの事実として語っているようだ。それから、博士からの言葉も止まって妙な間ができた。何となく、俺がこの発言を聞いてどう反応するかを待っている、ように感じた。

 これが空気を読む感覚……なんだろうか? この感覚も不思議だが、その前に解消したい疑問もある。


「えっと、異次元空間? って所を漂ってた? ような記憶は特にないんですが……」


 俺は何らかの事故に巻き込まれたような覚えもなく、地球で普通に暮らしていて唐突に意識が途切れて目覚めたらここに居た、ような感じだ。


『まぁ、異次元空間上では時間も曖昧なもののようだから、君にとっては一瞬だったんだろう。むしろ記憶できる状態だったら窒息していたと思うよ。そうでなくとも長期間漂っていれば存在そのものが空間に溶けて消えてしまうこともあるから、本当に運が良かったね?』

「うぇぇ……」


 冗談めかしてはいるが、相変わらず、嘘は吐いていないように感じる。

 それはつまり、俺が九死に一生どころではない命の危機から救われた、ということを意味する。

 なんというかもう、自分のこの感覚の方が信じられなくなってきた。自分が地球で暮らしていたころには、こんな感覚も無かったのだし。


『それより、どうして世界を飛び出してそんなところを漂っていたのか、覚えはないかね』

「飛び出して? ……変なことをした覚えも、危機的状況に陥った覚えもないですよ。隕石が後ろから命中でもしたんでしょうか」

『その場合君は元の世界で挽肉になっていただけだと思うよ。何か、おかしなもの見えたりしなかったかい? よく思い出してみたまえ』

「うーん…………」


 自分でも思い出したい部分なので、目を瞑って真剣に思い出そうとしてみたが、ダメだった。

 着ている衣服から連想できないかと引っ張ったりしてみても、特に破損や汚れもない。スマホも壊れてはいなかった。多分、何か面白いものはないかと、適当に街をぶらつくつもりで出かけたんだった、はず。

 そのまま、特に面白いものも見つけられずにぶらついている途中、ぐらいまでしか記憶は辿れない。自販機に並ぶエナジードリンクが何となく目について、休憩ついでに購入したその場で飲み切ったような覚えはあるが、これも関係ないだろう。

 マイバッグとして利用していたショルダーバッグも、入りきらなかった時のために小さな袋が入っている以外は何もない。


「……やっぱり、心当たりはないですね。服や持ち物にも異常は見当たりませんし」

『……それもそうだね。ううむ、よほどの勢いがあったのかねぇ?』

「俺には何が何やらって感じですが……」


 何も映していないモニターの向こうで、博士も首を傾げているようだ。


『――、――――?』

『ん、ああ、今度はフェンスだね。薄い亜鉛と、緑色に着色した樹脂を被せた鉄の網で、他には何の特徴もない。資源炉へ……っとそうだ、アキミチ君』

「はい?」


 博士に何かを尋ねている第三者の声が少し入ってきたが、日本語ではないようで、上手く聞き取れなかった。

 しかしその声の主に答えている博士の声は日本語で喋っているように聞こえる。


『私は用があるので音声を切るが、君の目の前にあるモニターでこの世界の一般常識を閲覧できるようにしておくので、読んでおいてくれたまえ。手で触れずとも操作はできるはずだ。ではね』

「はい、ありがとうございます」

『ん、うむ』


 プツッとノイズが流れ、真っ黒だったモニターが明るくなった。

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