昔話①(前編)
昔々、ある所に集落があった。
集落に住むのは、一対の鎌を持つ蟷螂族である。
彼らは毎日のように襲いかかってくる魔物を退治しながらも、日々を平和に暮らしていた。
その蟷螂達にはとある日課がある。
それはその集落近辺にある海に行って、漂流物を集めるというものだ。
流れ着く物の中には役に立つ物や珍しい素材が稀に存在し、彼らはそれを用いて毎日の暮らしをより豊かにしていたのだ。
そしてある日、一匹の蟷螂が海岸へと赴こうとしていた…
名を命という。
彼女は虫族にしては珍しく、【聖神の加護】を持つ。
それが影響してか、彼女は集落の中でも一二を争う程の実力者となっていた
その日は風が荒れ狂い、雨が激しく打ち付ける嵐の日だった。
ミコトの仲間達は「今日は探索をすべきでない」と忠告したが、彼女は意思を曲げなかった
そうして彼女は何かに惹かれるように海へと向かった。
ミコトの眼下に広がるのは、大いなる自然の猛威そのものであった。
風によって波は激しくなり、水位は普段と比べて高くなっている。
ミコトはそれでも歩みを止めない。
自らの行くべき方向を知っているかのように、ある地点へと風に耐えながら進んでいった。
ミコトはある光景を目にした。
巨大な蟹が何かを挟んで振り回していたのだ。
ミコトは挟んでいる物を注視する。
そして認識した。
挟まれているのは『人族』だ、と
ミコトはその人族を助けるべく、蟹に近づいてその鎌を振るった。
蟹はそれを空いている片方の鋏で受け止めたが、ミコトはもう一本の鎌によって蟹の両方の鋏を切断した。
蟹はこれでは敵わないと察したのか、海の中へと帰っていった。
ミコトはそれを追わずに、怪我をしている人族を急いで運ぶことにした。
集落には治療を得意とする者がいるので、その者に早く診せようと考えたからだ。
処置が早かったこともあり、一週間もすると傷は完治しその人族は体力を取り戻していた。
ちなみに性別は男である。
怪我は完全に治ったが、問題はまだ残っている。
男にはここに来るまでの記憶が無かったのだ。
だが男はそれを悲観した様子もなく、集落の面々とすぐに打ち解けて楽しそうに過ごしている。
男は蟷螂達と言葉が通じないのにも関わらずだ。
なぜかミコトとだけは話せている。
そうして半年がたった。
半年の間で判明したことがいくつかある。
男はミコトと同等の強さを持つこと、【聖神の加護】があること、そして…武器に鎌を使うことだ。
彼は漂流物の鎌を使い、ミコト達と共に魔物と戦っていた。
彼が持つ技には様々な種類があり、ミコトらの助けとなった。
例えば魔物の再生を封じたり、辺り一帯の硬い草木を刈って見晴らしを良くしたりなどである。
そうして男は完全にその集落の一員となり、日々を平和に暮らしていた。
しかしその平和は突如として終わりを迎えることになる。
それは突然の出来事だった。
いつものように海へと探索に向かったミコト。
そして遥か彼方に見える水平線から、何かが出てくるのが見えた。
魔物かとも思ったが、それにしては小さく、尚且つ一直線にこちらに飛んできているように見えた。
ミコトはそれをぼんやりと眺めていたが、近づいて来た者の姿を見て驚愕した。
それは…褐色の肌、頭に生えた角、背中にあるコウモリのような翼を持つ……魔族だったのだ。
ミコトはその魔族を遠くから見つめる。
魔族もミコトに気づいたようで、ミコトを見つめ返している。
しばらくすると魔族はその場から姿を消した。
ミコトは周りを見渡したが、魔族の姿は見つけることができない。
次の瞬間、ミコトの片腕は切り落とされていた。
ーーーーーー
ミコトが魔族と対峙していた頃、蟷螂達は穏やかに過ごしていた。
しかしその中で男は落ち着きがない様子だった。
蟷螂達はそれが気になったのか、男にどうしたのかと聞いていた。
男はそれに答えるよりも先に集落を出て、海の方角へと向かった。
海にたどり着いた男が見たのは…
両腕を切られ、地面に倒れているミコトの姿だった。
その瞬間、男の中の何かが切れた。




